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兄妹シリーズ  作者: モンブラン
1stシーズン〜兄妹と愉快な仲間たち編〜
12/250

母の日

「父の日」だけだとバランスが悪いと思い、書いてみました。時系列がだいぶ前後してしまって、すみません(汗)



「ねえ、洋介くん。大人になるってどういうことだと思う?」

「何だ? 藪から棒に」


 場所は確か、学校の帰り道だっただろうか。私、宮野茉衣子は寺井洋介くんと高校生の時にこんな話をしたことがある。


「うん、本当に藪から棒なんだけどね。明日は母の日でしょう?」

「だな」

「そこでふと思ったの。私のお母さんはもちろん大人なんだけど、私もいつかは大人になって誰かの母親になれる日が来るのかしらって」

「はあ」


 と、彼は生返事。関心がないからではなく、あまりピンと来ていないからだと思う。

 よく分からんが、と彼は言いながら、


「歳を取れば、誰でも大人になれるんじゃねーの? 母親にしても結婚すれば、…………いや、シングルマザーというのもあるのか」

「シングルマザーは、私は嫌かな。ちゃんと結婚して、ち、父親になってくれる人が欲しい」

「まあ、確かにな」

「……………………」


 これが噂に聞く、鈍感主人公というものなのだろうか? 私は意味あり気な視線を送ってみたのだけれど、彼は一向に気づく気配がない。

 その癖に、


「けど、茉衣子さんなら大丈夫だろ。君くらいの美人なら嫁の貰い手には困らんだろうぜ」

「⁉」


 こういうことを不意打ち気味に言って来るのは、やめて欲しい。一々反応しなければ良いとは解っていても、私にはもう無理なのだから。


「どうした、顔赤くして? 熱でもあんのか?」

「大丈夫です! それよりも、」


 気持ちを切り換えて、


「歳を取って大人になるにしても、その頃の自分には、今は持っていない何かがあるということでしょう。 それはなんだろうって、私は考えていたの」

「…………ああっ、何だ、そういうことか」


 肩をすくめる、得意のポーズを彼は取ってから、


「んなもん決まってる。自分に責任を取れることだ」

「責任を?」

「ああ。現に、俺たちは両親に養ってもらって学校にも行ってるだろう。そして、それは俺たちの責任じゃなくて、根っこのところの責任は親にある。物理的な問題だけじゃない、精神的にも俺たちは社会に放り出すにはまだまだ未熟だ。両親の、大人の助けなしに、俺たちは生きて行けないのさ。だから、自分で自分を養える時、自分の一挙手一投足に責任を取れる時、それが大人になるってことなんじゃねーの」

「………………」


 そうなんだ、と私はすぐに納得してしまった。

 いや、それだけが正解という訳ではないだろう。けれど、彼が正解のひとつを言い当てていることは間違いないはず。

 いつも、彼はそうだ。適当そうに見えても、自分で自分のことを平凡だと言っていても。

 誰かの為に悩み考え、答えを出せる彼は、私の目にはいつからか特別に映っていた。


「茉衣子さーん、どうしたー? 今日はボーッとしてばっかだぜ。本当に熱でもあるんじゃ……」

「平気よ。…………ありがとね」

「そうか。あ、で、母親のことだが、そういう大人になって初めて、母親になれるんだと思うぜ。そうでなくっちゃ、多分ダメだろう」


 ウチの母親がどうだか、知らんがな。

 そんなことを言う彼だけれど、明日の母の日にはカーネーションを贈るのだろう。明日は、私もお母さんに日頃の感謝を伝えたい。

 そしてゆくゆくは、私も今の私が憧れるような母親になってみたいな。


「茉衣子さん、今からものすごく余分なことを言うけどさ、俺は惚れた腫れたとかいうのに勤しむには、まだまだ大人になれないのと一緒で、未熟だと思うんだ。もう少しで何とかするからさ、…………待っててくれるか?」


 私はこの日のことを、ずっとずっと後になっても覚えている。

 ほんのひと時の、ほんの少しだけの思い出。







「ベッドに入ってからの寝る前のトークって、なんか良いよな」

「良い雰囲気の回想を台無しにしないでください!」


 今の私の状況は、彼の言う通り。私たち夫婦の寝室の、ふたりそれぞれのベッドで少しだけお喋りをしていた(ピロートークではないよ)。

 彼曰く、楽な姿勢でかつ少し声を潜めながらのトークがとても心地よい、上質な音楽を聴いているようだ、とのことらしい。

 そのセリフをよくよく吟味してみると、何だか必要以上に私の声が褒められているようで、新婚当初は少し照れてしまったけれど、流石にもう今は慣れた。ええ、慣れましたもの。


「いやいや、良い雰囲気の回想って言うが、それボケとツッコミ、イジりイジられが編集でカットされてるぞ」

「盛ってはないわ」

「そして、俺の恥ずかしいセリフで回想を締めないでくれる? 十代の頃の恥をアラフォーになってから、あら探ししないでくれる?」


 アラだけにな、と彼は言った。色々と若々しい彼だけれど、こういうところはオジさんになったなと思った。


「恥って、…………嬉しかったのよ、私」

「そして、夫婦のノロケはこの辺にしとこうぜ。読者からの攻撃的な視線のレーザービームが痛い。…………相談したいことがあるんだろ」


 その通り。彼の言うボケとツッコミの中でも、ボケは私の柄じゃないのだ。

 本題を口にする前に、少しだけ自分の気持ちを落ち着けたかったから。


「うん、そうなんだ。…………晴輝のことなんだけど、最近様子が変じゃない。あなたは何か気づいたことはない?」

「ああ、変だな」


 …………ええと。あまりにあっけらかんとした返事で呆けてしまった。


「変だなって、洋くん、あなた何とかしようと思わないの」

「何とかしようとは思わん。何とかするのは、あいつ自身だ。俺たちじゃねーよ」


 でも、少しずつ様変わりして行く息子を放っておいても良いの? 大人に近づくこととは違う、歪な変化を見過ごしても良いの?


「まあな、良くはねーわな。俺だって心配だよ。だが、親の過保護過干渉はあいつらの為にならない」

「できるだけ、自分の力で解決してほしい、っていうこと? でも、それにも限度があると思わない?」

「ああ、確かにそこのバランスが難しいからな、見逃すことは出来ても見過ごすは出来ない。本当に俺たち親が必要な時には、遠慮なく手も口も出さなきゃならないよ」

「でも、それは今じゃない。まだ大丈夫だと?」

「ああ。けど、日中は土日ぐらいしか家に居られないから、ほとんどの時間を茉衣子に任せ切ってしまうことになっちまう。…………すまない」

「良いの。あなたは仕事を頑張ってちょうだい。……でも、ちょっと悔しいわ。家に居る時間は私の方が長いのに、あなたの方が子どもたちのことを良く解ってるみたいで」

「いやいやいやいや、そんなことねーよ! 茉衣子の方があいつらのことを良く解ってるはずだ。それに、君は解ってないんじゃなくて、心配しているんだろ。そんな優しい君だから、俺は安心して家を任せられるんだ」

「あ、あんまり過大評価しないでちょうだい。でも、そうね、確かに晴輝のことは大丈夫かもしれないわ。優雨もいるし」

「優雨が?」

「あの娘って、本当にあなたそっくりよ。口はあんまり良くないかもしれないけれど、なんだかんだでお兄ちゃんを好きなことはよく伝わってくるわ」

「そうか? 優雨は単に自由に振る舞ってるだけなんじゃねーのか? それに、少なくとも俺は君が言うような弱ツンデレ属性ないからな」

「ふふ、確かに私の方があなた達のことを良く解ってるかもしれないわね」


 こんなことを言っている私は、あの頃の私が思っていたような母親になれたのだろうか。母親どころか、大人になれたかどうかも解らない。

 けれども、こんな私でも洋くんや晴輝や優雨と一緒に過ごして来た日々の中で私は多くのことを学べたと思う。


「はは、君も母親の顔になってきたね」

「本当に?」

「本当に」

「ありがとう」


 今の私なら、少しくらいは過去の自分に誇れるのかもしれない。


「そろそろ、寝るか。明日は母の日、君が主役だぜ」

「ところで、あなたはお義母さんに何か渡さないの?」

「ん? ああ、プレゼントならもうちゃちゃっと渡して来た」

「ぞんざいねえ」

「そう言う君はどうなんだ?」

「………………あなたと同じ」

「ぞんざいねえ」


 ま、明日は楽しみにしとけ、我が家のお母さんってことで俺も準備してるもんがあるからさ。

 そう言って、彼はすぐに眠り込んでしまった。いかにおしゃべり好きの彼と言えども、仕事疲れからか、ベッドの上では流石に眠くなってしまったのだろう。

 私ももう寝よう。彼と、そして子どもたちも何かを用意しているらしい母の日を楽しみに、


「おやすみなさい」


 明日からも母親として頑張ろう。

















 おまけ、その時の兄妹。


「兄さん、自分の親が仲良すぎるのってさ、ちょっと微妙な気分じゃない?」

「そうか? 険悪よりはマシだと思うけど」

「それは、そうなんだけど。でも、あのリア充ぶりをアラフォーまで維持できるのって大したもんだよね。良い子も悪い子も真似できない」

「ところで優雨、お前、明日の母の日のプレゼントは用意してあるのか?」

「してあるっちゃあ、してあるよ。近所のお花屋さんにカーネーションを予約してある」

「げっ⁉ お前まさか、毎年行ってるあの店じゃないだろうな」

「そうだけど………………まさか、兄さんも?」

「そのまさかだよ……」

「うっわー、考えてることわたしと同じだよー、やっだー。兄さんはいつ予約しに行ったの?」

「先週。別にどちらが予約したのが早いか勝負してもしょうがないだろ。こうなったら、二人分まとめて渡せばいいんじゃないのか」

「………………………………ちぇっ、つまんないの」

「ん? 何か言ったか?」

「うんにゃ。…………そうだ、兄さん。まだ先の話なんだけどさ、賭けをしない?」

「何の?」

「今度の父の日に、お父さんがちゃんと父の日を覚えてるかどうか」

「そりゃあ、忘れてるだろう。父さん、自分のアニバーサリーには滅法疎い人だからな」

「えー、でも今年こそはさすがに覚えてるよ。よし、じゃあこれで賭けね。負けた方はジュース奢りだから! おやすみ~」

「あ、お、おい! …………何でそんなことを?」



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― 新着の感想 ―
[良い点] とても深かったです。。 確かに、大人って何だろう?と私も感じることが時々あって、もう10代でもないのに自分の感覚としてまだ子どもの延長線上にいる気持ちから変わりません。 私は同年代の人達に…
2020/08/10 21:04 退会済み
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