エピローグ
目が覚めたら、まだ飛行機は空を飛んでいた。窓の外はすっかり暗くなっていて、薄らと雲が見える。
授業中の居眠りと同じで短い時間でも熟睡することができた。良い具合に疲れが取れている。というよりも、やっぱり疲れていたんだな、僕。
ふと右肩に重みを感じると思ったら咲良だった。咲良が僕の右肩にもたれかかって寝ているようだ。寝顔を覗き込んでみたくなったけれど、身動ぎして咲良を起こしてしまうのも悪い。そのままにしておこう。
それにしても、だ。
どうして女の子ってこんなに良い香りがするんだろうね。使っているシャンプーだろうか。いや、それだけじゃない何かもありそうな気がする。
男の子にとって女の子はファンタジー。まあ、あの妹と一緒に暮らしているので、過度な期待はしていないけれど。
落ち着くけれど落ち着かない。着陸まであとどのくらいかなーと時計を確認しながら、悶々とした気分のままでもなるべく肩を揺らさないように座り続けていた。
空港に着いてすぐに僕たち修学旅行生は解散となった。みんなそれぞれ自分で帰るべく駅に向かっていたり、迎えに来た家族を探しに行ったりしていた。井坂たちとも同時に別れた。
行きは咲良のお父さん、光一おじさんに送ってもらったけれど、帰りはウチの父親に迎えに来てもらう手筈になっている。咲良と一緒に探していると、
「おーい!」
聞き馴染みのあるよく通る声が聞こえてきた。そこに居たのは、
「兄さーん、咲良ちゃーん、おかえり〜!」
優雨が元気良く手を振っていた。その後ろには父さんと母さんも居るーーもちろん、元の大人の姿で。
ウチの家族勢揃いだ。
「優雨も来たのか」
「あたぼうよ! きちんとおかえりなさいを伝えたくってさ」
「優雨……」
妹の殊勝な姿に涙腺が緩みかけたけれど、一瞬で冷静さを取り戻す。
「そんなにおかえりなさいを伝えたかったんだな」
「うん! わたしの出番おかえりなさいって!」
「そんなことだろうと思ったよ!」
僕も伊達に優雨の兄を十六年やってきた訳じゃない。
「本命・自分の出番、対抗・咲良のお出迎えぐらいの予想はできたわ」
「うっわ、わたしの頭の中覗かれてる⁉︎ 気持ち悪っ⁉︎」
「年頃の男子に気持ち悪いとか絶対に言っちゃダメだからな」
……不本意なことに、こういうやり取りをしていると帰ってきたような感じがするな。
「よう、晴輝と咲良ちゃんもご苦労。機内で何かメシは出たのか?」
ワイシャツ姿の父さんが訊いてくる。
「いいや。帰ってきてから食べようと思って」
「だろうな。ちょうど全員揃ってるから外に何か食べに行こうぜ。荷物もしまえば身軽になるだろ。咲良ちゃんも一緒にどうだい?」
「私もですか? えっと、ご迷惑でなければ」
「きゃっほう!」
父さんよりも先に優雨の歓声が返事をした。
「晴輝、今回は本当にご苦労様」
そう言って優しい声で労ってくれるのは母さんだ。……多分この言い方からして、ククルのことも含めて言っているのだろう。
「そっちこそ、ありがとう母さん。変なことに付き合わせちゃって。身体が高校生に戻ったり、元の大人になったりで大変だったでしょう」
「そうでもなかったわ。七海ちゃんが色々と手を尽くしてくれたから。……あの子のお父さんの時の方がもっと大変だったのよ」
「ははは」
乾いた笑みを浮かべるしかない。かなり落ち着いた印象を受ける行成おじさんも、あの調子でやることがえげつないからな。
「それにね、高校生の頃の、私が初めて出会った頃の姿の洋くんに会えて嬉しかったわ」
「…………」
三点リーダーを並べるしかない。普段こそ父さんから母さんへの愛の重さにうんざりさせられるところだけれど、母さんも父さんのことを結構好きなんだよな。仲良きことは良いことだしそのこと自体に文句は何もないけれど、両親の仲の良い姿は子供として擽ったくなるものがあって。
「それを言うなら俺もだぜ。JK時代の茉衣子と写真撮りまくったからな。見る見る?」
「別に」
父さんは平常運転なので気にしないことにする。
「そんなどうでも良いことはどうでも良いからさ、早く行こうよ。わたしお腹空いちゃった」
僕の意思をトレースしたかのように「どうでも良い」を重ねる優雨に、父さんが「そうだな」と返事をして、
「んじゃ、メシ食って帰ろうぜ」
僕は両親の後ろをついて行きながら、優雨は咲良の腕に絡みつきながら、咲良はそんな優雨に困ったような笑みを浮かべながら。
夜の空港を後にしたのだった。
◯
『こんばんは。晴輝先輩から聞いたよ。上手くやってくれたようだね』
「本当ですよ! 私がどんだけ骨を折ったと思ったんです? 大急ぎで四人分の十代後半くらいまで肉体年齢を若返らせる薬を用意して、マシン使って沖縄まで送迎して」
『はは、ありがとう。感謝しているよ』
「感謝が軽いんだよなぁ」
『ん?』
「重い殺気を放たないでください! 全く……私も晴輝兄の助けになりたかったのは本当なので良いんですけどね。おじさんたちの高校生姿を見られたのも面白かったし」
『私も見てみたかったところだけど。ただ、下級生が修学旅行について行くのも野暮だからね』
「高校生の修学旅行に茶々を入れた小学生はどうなるんでしょう?」
『ところで、例のククルの空間に入れなかった人が先輩たちの中で一人だけ居たそうだね』
「ええ。私が行った時には顔を合わせませんでしたけれど」
『それが君の言っていた“彼”なのかい?』
「……はい。私たちの“敵”です」
『“敵”、か。私も一度や二度顔を見かけたくらいで、後は話に聞くくらいだけど、そう悪い人には思えないんだよね』
「敵に悪人も善人も関係ないですよ。何度もバチバチやり合ってるんですから」
『そうだね。私も思うところはあるから、こうして協力している』
「今のところ、協力を仰ぐどころか顎で使われているだけのように思うんですけど」
『…………』
「黙らないでください。無言の威圧をやめてください」
『とにかく、今回のことは後に活きるかもしれない。覚えておくと良いよ』
「あなたに確実に覚えておいてもらった方が良い気もしますけどねー」
「はっはー、それもそうだ。……それじゃあ今夜はこの辺で。おやすみ、七海」
『はい。おやすみなさい、香純おねーさん』
今回でフォースシーズン終了です!
ここまでのご愛読ありがとうございました。
次シーズンもよろしくお願いします。




