出会いの数だけさよならがある
修学旅行編もあと少し。
スピードを落とさぬように頑張ります!
恵璃ちゃんと悠璃ちゃんの双子コンビに導かれ、僕たちは木々に囲まれた道を進む。ここを通るのは二度目だけれど、あの場所に優る奇妙さだ。並木道というにはあまりに隙間なく、むしろトンネルに近い。
どれほどの時間と距離を進んだか、僕たちは昨夜にも見たガジュマルの木の下に戻ってきた。
この場所の時間も今は夜。星明かりが煌々と夜の地上を照らしている。そして、
「エリ? ユーリ? ……ハルキ?」
木の根元に立っていたククルが困惑したように僕たちを見ていた。僕は不安はないことを笑顔をもって伝える。
「こんばんは、ククル。今夜は君に会わせたい人たちが居るんだ」
そう言って、僕が後ろの方を指すと、高校生の姿まで若返り制服に身を包んだ父さんたちがおずおずと前に進み出た。
日頃は雄弁な父さんにしては珍しく少しの間まごついていたけれど、すぐに後ろめたさと照れ臭さが混じった笑顔でククルに呼びかけた。
「……よぉ、久しぶりだな。元気にしてたか、ククル?」
その姿を見たククルは大きく瞬きをした後に、ぱあっと表情が晴れていった。
「ヨースケ……ヨースケなの⁉︎」
そのまま父さんの足元に勢いよく抱きつく。それにたじろぐことなく、父さんは「ああ、俺だよ」と優しげな声音でそう言った。
「また、会えたね。約束、守ってくれた」
「約束を守るにしては遅過ぎた。すまなかったな」
父さんがその言葉と共に頭を下げると、ククルは勢いよく首を横に振る。
「そんなことない。ヨースケ、約束守ってくれた。また会えた。私は嬉しい」
キラキラと輝く瞳に流石の父さんも眩しさを覚えたのか、頭を僅かに逸らしながら後ろについてきていた母さんや咲良の両親たちを指す。
三人は口々にククルに再会の挨拶をして、それに伴ってククルは更に嬉しそうにしている。身体も上下に僅かに動いていて、両足が地面から離れていないことが不思議なくらいだ。
再会を喜び合う光景を見ていると微笑ましい。が、その一方で考えてしまう。
父さんたちの感覚ではククルと今こうして再会するまでに二十年以上の時間が経っているけれど、ククルの感覚ではどれほどの時間彼らを待ち続けたのだろう。時の流れが違うこの場所では二十年も経っていないのだろうか。それとも、彼女が老いないだけで同じだけの時間を経てきたのか。
いずれにせよ、ククルの喜ぶ姿を見て、彼女の寂しさを埋めることはできたのだと思う。そうであって欲しい。
一頻り歓談した後、元高校生チームを代表して父さんが真剣な顔で告げる。
「ククル。こうして再会することはできたが、俺たちはお前に別れを告げに来たんだ」
懇々と丁寧な口調で父さんは続けた。
「俺たちは大人になったんだ。今でこそこんなナリをしてるが、本当はそこに居る息子たちができたくらいには大人なんだ」
「大人、なの?」
「ああ。だから、もう二度とお前と会うことはできない。俺たちのことはもう待たなくて良いんだ」
そう言う父さんの表情は悲しげだ。俯くククルをただじっと見守っている。
しばらく経って、ククルはそっと呟く。
「ヨースケ、お父さんになったんだね」
「ああ」
「マイコも、お母さん?」
「そうだ。光一と姫香さんもな。みーんな人の親になっちまった。お前と遊んでられる子どもではいられないが、俺はお前のことを忘れない。お前は俺のことを忘れても構わないから、俺を大人で、父親で居させてくれないか」
父さんがしゃがみ込み、ククルと同じ目線で見つめ合う。しばらく見つめ合う二人だったが、そこから最初に口を開いたのはククルだった。
「わかった。ククル、さよならする。でも、ヨースケのこと、忘れない。みんなのこと、忘れない」
そう言って微笑んだ。
……ああ、これが見たかったんだ。
どうあっても覆らない現実があったとしても、それでも受け入れて笑ってくれる彼女の姿を。
僕一人の力ではどうにもならなかったけれど、この結果さえあればそれで良い。
これで誰にとっても良い思い出にすることができる。
気づくと、僕は安堵の溜息を漏らしていた。
僕たちは最後の一晩を過ごして、再びこの地に朝が訪れた。朝日と共にまた昨晩と同じ帰り道が現れる。ここを通れば、長かった二日間が終わるのだ。
「みんな、さよなら」
ククルに見送られて、僕たちは元の世界に戻る。彼女を一人残して去ってしまう後ろめたさは決して拭い切れないけれど、これで良かったはずだ。未練に苦しむこともなく、叶わない期待に縛られることもない。
「さよなら、ククル」
別れの数だけ君にまた良い出会いがありますように。
光の道を通って、僕たちは夜の丘の上に戻ってきた。
「父さん、母さん、今日は来てくれてありがとう。助かったよ」
僕は改めて父さんたちにお礼を伝えた。咲良は咲良で自身の両親と話をしている。姿形が同い年にまで若返っていても、この人たちは間違いなく僕の両親だ。
「もうこんなことをする年じゃねーと思ったがな。まあ、俺は俺で後悔をスッキリさせることができたし、礼を言うのは俺の方さ。ほら、見ろよ」
父さんはそう言って、母さんを指差した。
「高校時代の茉衣子、超可愛いだろ」
…………この人は……。
「洋くん、恥ずかしいことを言わないで! ただでさえ、この姿で居ること自体気恥ずかしいのに」
「何も恥じるこたーねーだろ。鏡見ろ、俺の初恋の人が映ってるから」
「あなたねえ……。そう言う割に、高校の頃はちっとも靡いてくれなかったのに」
「何も思わなかった訳じゃねーよ。だから、大学以降はデレ期に入ったんだろうが。愛を前面に押し出してんだろうが」
「ありがとう。でも、バランスを覚えて。お願いだから」
いたたまれない。いたたまれないよ。
目の前で高校生の姿をした両親がいちゃついているのを見せつけられる気持ちになって欲しい。
いたたまれないよ、ホントに。
咲良の方も同じようなことになっているらしい。桃色の空気の傍らで白く儚くなっている咲良の姿があった。
また視線を動かすと、氷見さんと目が合った。というか、この人に至っては完全に巻き込まれた部外者なんだよな。
「氷見さん、なんか色々ごめん。僕たちの都合で大変なことに巻き込んじゃって」
「いや、何というか……。寺井くん、普段からこんな大変な目に遭ってるんだね。なんか、色々酷いこと言ってごめん」
逆に謝られてしまった。本当は誰よりも冷静な彼女にそう言われてしまうと複雑な気分になるな……。喧嘩にもなっていないけれど、なし崩し的に氷見さんと和解できたのだった。いや、絶対に何かが違うぞコレ。
「七海!」
「ここに!」
七海がシュタッと現れる。この小学生も実質徹夜したようなものなのにピンピンしている。これが若さか。
「父さんたちを連れてきてくれてありがとう。ただ、帰りはどうするんだ?」
「帰りですか? 普通に行きと同じ方法で帰りますよ。時空間移動の内、時を移動せずに済む分楽チンですから」
確かにな。タイムマシンは時だけでなく場所も移動しなければならないから大変だけれど、場所の移動だけなら負担はかなり減って楽になるよな。……いや、僕自身がちょっと何を言ってるのかわからない。
「そういう訳なので、おじさんたちのことはお任せください。晴輝兄たちが民泊先にお戻りになった後で、ちゃあんとお送りしてきますから」
例によって、あまり人目に晒したくない方法のようだ。ここは素直に七海に任せるとしよう。
七海と両親たちに別れを告げてから、僕たちは比嘉さんのところへ戻ってきた。
「おかえり。終わったみたいだね」
「はい。おかげさまで」
鷹揚に微笑む比嘉さん。そう言えば、この人は高校時代の僕たちの両親のことを知っていて、今さっきも会話までしていたんだよな。このおかしな状況、大丈夫なのだろうか。
「何だか面白いことが起きているようだけど、難しいことを考えても仕方ないんだろうね。私は気にしない。恵璃と悠璃も眠そうだし、もう帰ろうか」
「……はい」
この人が器の大きい大人で良かった。追求されても説明のしようがなかったから。
ようやくこれで肩の荷が降りた。頑張って立ちながらも船を漕いでいる双子の手を取って、ワンボックスカーに乗る。咲良と氷見さんも乗り込んだところで、比嘉さんの運転する車は発進した。
車窓を開けて後ろを振り返ってみても、丘から遠ざかって行くだけで見たいものは何も見えない。
車が進む勢いで夜風は一層冷たかった。




