まごころクッキー
大学祭用にサークルで書いた短々編です。
とある秋の日のこと、僕こと寺井晴輝は、幼馴染の葉山咲良の家に招かれていた。クッキーを作りたいから手伝ってほしいと言われたが、器用な咲良のことだから、僕は手伝いに来たというよりは、ごちそうになりに来たという方が正しいだろう。
「いらっしゃい。ささっ、上がってちょうだい」
普段着にエプロンをつけた咲良に出迎えられ、そのまま僕たちはキッチンに直行した。台所のテーブルには、材料(複数の白い粉とオリーブオイルとにんじん)、それに、調理器具が置いてある。
「クッキーに、にんじん?」
「うん。にんじんクッキーを作ろうと思って。晴輝、にんじんをすりおろしてちょうだい。もう洗ってあるから」
「ああ、わかった」
僕は少しわくわくした心持で、咲良の言う通りに早速にんじんをすりおろし始めた。にんじんクッキーなんて、食べる機会はあまりないからな。楽しみだ。
しかし、ふと思う。美味しいものを食べたいと思うのは誰でも同じだが、それを作ろうと思い立つモチベーションはいったいどこから来るのだろう。なんとなく、手は止めないまま咲良に訊いてみると、
「お菓子だけじゃなくて料理全般に言えることだけど、美味しいものってみんな、人の手がかかったものだと思うの。あ、でも、外で売っているものや外食がまずいって訳じゃないよ。むしろ、より多くの人が美味しく思えるようなものだと思う。でも、自分で作る料理は食べてもらう人が分かっているでしょう。今の場合は、私と晴輝だね。……あ、あと優雨ちゃんの分もお土産に持って帰る?」
「うん、頼む。うちの妹様があとでうるさそうだから」
すりおろしたにんじんを咲良に渡す。受け取った咲良はボウルに白い粉と一緒にすりおろしたにんじんを汁ごと入れて混ぜ合わせはじめた。小さじ一杯のオリーブオイルも混ぜて、生地は完成。二~三ミリほどの厚さに引き延ばして、ハートや星形の型でくりぬき、すでに温めてあったらしいオーブンの中に入れて焼き始めた。あまりの手際の良さで、お料理番組を見ているような気分になる。
「あとは、二十分焼いたら出来上がり。……ええと、さっきの話の続きだけど、食べてもらう人を分かっていれば、その人の好みに合わせた味付けができる。例えば、晴輝はあまり甘くないクッキーが好きで、優雨ちゃんは甘めが好みだから、今日は甘みは抑え気味だけどジャムと相性がいいクッキーを作ってみました」
「なるほど。食べる方の好みが分かっていれば、確かに美味しいものを作れるだろうな」
「ん、でもそれ以上にね、まごころを込めて作ることができるんだ。食べてもらう人には、やっぱりおいしいって言って食べてもらいたいから」
それからしばらくして、クッキーが焼きあがった。ミトンをつけた咲良がオーブンからクッキーを取り出すと、焼き立て特有の香ばしい香りが漂ってくる。お皿に盛りつけて、咲良特製・人参クッキーの完成だ。
咲良がエプロンを脱ぐのを待ってから、
「いただきます」
にこにこと頬を緩ませる幼馴染に見守られながら、僕はクッキーを食べた。
美味い。仄かに、人参の風味。それに、市販のものとは違った温かさを感じる。
なるほど、これが手作りで、まごころが込められているということなのだろう。