優しさの裏返しが意地悪とも限らないので結局ケースバイケース
今回のタイトルやたら長いです。意味があるとは言ってません。
ともすれば親戚の家に遊びに来たような感覚になってしまうほどの自由な修学旅行だ。
僕たちはもちろん比嘉さんからの提案を快く受け入れて、夜のドライブに連れて行っていただくことにした。
僕たちは再びワンボックスカーに乗り込み、夕方から晩御飯の時間にかけてすっかり仲良くなった恵璃ちゃん&悠璃ちゃんの双子も同乗する。
「どこに連れて行っていただけるんですか?」
「あはは、そりゃあ行ってみてからのお楽しみだよ。会えるかどうかも併せてね」
「?」
とにかく今は黙って連れて行ってもらうしかないようだ。
車に乗って知らない土地の夜道を走る。一人だとかなり心細くなりそうな状況だけれど、人数が多いと不思議な高揚感が湧いてくる。
車内は賑やかになっていた。僕たちと話したがる双子たちが後ろに座ることになるため、一番後ろに二人、次いで三人座ることになり、僕たち高校生チームのうち誰か一人が助手席に座ることになったのだが、
「子供らの相手はお前らに任せた。俺はパス」
井坂はそう言ってさっさと助手席に引っ込んでしまった。子供が苦手なのだろうか。
やたらと首を突っ込んでくるコイツらしくない。
そんな訳で、真ん中の席に僕と咲良と悠璃ちゃん。後部座席に氷見さんと恵璃ちゃんが座ることになった。
「ふ、双子の姉妹をそれぞれのテーブルに指名したみたいだね」
「氷見さん、アンタ何言ってんだ⁉︎」
この同級生、一見態度や口調が控えめでも、言ってることがえげつないぞ。
「じゃ、じゃあ、二人と悠璃ちゃんが並ぶと親子に見えるよ。うん」
「僕たちはそんなんじゃない!」「私はまだそんな歳じゃない!」
僕と咲良は揃ってツッコミを入れた。
しかし、咲良のツッコミはどこかピントが外れている気がする。ツッコミ役としてはまだまだだな。
「で、でも、そっか。夫婦というには不誠実だよねっ。寺井くんの周りって綺麗な女の子しか居ないもんね」
「人聞きの悪いことを言うな!」
僕の主な交友関係を改めて考えてみる。
咲良。香純ちゃん。妹の優雨と、たまに優雨の友達の相手をさせられることもあるくらいか。
あれ? 氷見さんの言う通りになってる。
嘘だろ。僕ってそんな奴だったの。
「晴輝、どうしたの? 顔色悪いよ」
「顔色よりも旗色が悪い」
咲良からの気遣う言葉すら今は胸に刺さる。
「だいじょうぶ、おにいちゃん」
悠璃ちゃんからも心配されてしまった。流石にそれはまずい。僕は落ち込んだ気分を急浮上させる。
「大丈夫だよ。ありがとう、悠璃ちゃん」
そう言って頭にそっと手を置くと、悠璃ちゃんは笑顔を取り戻した。幼気な女の子にまで気を遣われてしまうのは情けないにも程があるからな。
「ろ、ロリコンかな?」
「氷見さん! さっきから僕の心を傷つけてそんなに楽しいか!」
「それならもっとはっきりすれば良いのに」
僕を揶揄するその言葉はいやにはっきりしていた。
しっかりと後ろの方を見ると、氷見さんは普段にない冷気を帯びた視線を向けていた。寒くもないのに鳥肌が立つ。
「はっきりって何を」
「教えないよ。私は意地が悪いから」
「そんなこと言われても」
「寺井くん、覚えておいてね。あなたが周りを見ているように、周りだってあなたを見ているんだから」
車が止まったのは小高い丘の上だった。地面にはコンクリートが敷かれていて、僕の胸くらいの高さの柵が置かれている。目が細かいので、双子たちが間を通り抜けてしまうこともなさそうだ。
「ここ、ですか。比嘉さんが行ってみてのお楽しみと行った場所は」
「うん。ほら、ここから周りを見渡してごらん」
言われた通りに柵の近くまで来て、辺りを見渡してみる。
高いところから見下ろす光景は美しかった。満点の星空、月明かりでぼんやりと光る海、街灯の少ない島の地上の輪郭。
比嘉さんが行ってみてからのお楽しみだと焦らした訳だ。これは実際に目にしないとわからない。
「すごいですね」
「でしょう」
僕だけでなく、咲良、井坂、氷見さんもこの光景に目を奪われているようだった。
僕も再び視線を戻すと、
「ねえ、おにいちゃん」
声をかけられた。
袖を引っ張られて振り返ると、ええと髪を括るリボンが青だから悠璃ちゃんか、悠璃ちゃんが背後に居た。
「どうしたんだい、悠璃ちゃん」
「ちょっとついてきて」
隣の森の方へと駆け出してしまう。慌てて追いかけるけれど、不思議とその背中に追いつくことができない。おかしい、小学校低学年くらいの女の子に高校生男子が走って追いつけないなんてことがありえないはずだ。
「どうしたの?」
僕の慌てた様子を見て、咲良、井坂、氷見さんの三人も後を追ってきたらしい。背後から再び前へ向き直ると前を走る女の子が二人になっていた。いつの間に恵璃ちゃんまで悠璃ちゃんの隣に居たのか。
双子は次第に走るスピードを落として、僕たちはようやく追いつくことができた。そこそこ長い距離を走ったように思うのに、二人は息切れ一つしていない。
そして、僕もまた同じ。走ることがまあまあ得意である僕でも、全く息切れもせず身体が疲労を覚えていないのは奇妙だ。
しかし、もっと奇妙なものが目の前にあった。
多分、木なのだと思う。
多くの木々に囲まれる中で、半径十メートルくらいの範囲でただ一本だけ立っている木。
複数の白い縄が絡み合うようにして立つその木は、周りが暗い夜においても月光を浴びて白く光っていた。神秘性すら感じさせる。
「恵璃ちゃん、悠璃ちゃん、これは?」
「ガジュマルのきだよ」「このばしょはこどもしかこられないんだよ」
ガジュマルという名前には聞き覚えがある。この辺りに生えている樹木の名前。実物も写真すらも見たことがないので、目の当たりにするのは初めてだーーそのはずだ。
なのに、初めて見た気がしないのはどうしたことだろう。既視感にも似た感覚だ。
それはさておき、子供しか来られないというのはどういうことだ。生息地が限られている樹木とは言え、そんな奇抜な制限はないはずだけれど。
ふと、僕の後ろをついてきた三人を振り返ると、そこに居たのは三人ではなかった。
葉山咲良、氷見鈴花の二人の隣に、井坂文弥の姿がどこにもなかったのである。
「咲良、氷見さん。井坂はどこに行った? 一緒に来てなかったのか?」
「わからないわ。一緒に来てたと思ったんだけど」
「わ、私も。ここに来る途中までは一緒に走ってたけど、着いた途端に居なくなってたから」
二人が困惑するさらに後ろの方を見渡しても、ただ木々が並ぶだけだった。ここまで真っ直ぐに走ってきたとは思えないほど無秩序に並んでいる。
僕は前に向き直り、双子に訊ねる。
「二人とも、ここまで来る途中まで居たもう一人の男の高校生を知らない?」
双子は首を横に振る。
「わかんない」「わたしたちはおにいちゃんたちならここにこられるかなーっておもった」「たぶんおいだされちゃったんじゃないの」
追い出された……子供しか入れない……。
僕は言われてみて、改めてこの場所の異質さに気づいた。空の色も先ほど見た星空とは違う。代わりに、先ほどまでの空と比べ物にならないほどの月光が煌々と目の前のガジュマルの木を照らしている。
微かに吹く夜風さえ何か違和感を覚えさせる。
同じ感覚を覚えていたのだろう、咲良は僕よりもワンテンポ早く双子たちに訊いていた。
「恵璃ちゃん、悠璃ちゃん。ここは一体どこなの?」
二人はにっこり笑って答える。
「ここはともだちのおうち」「ばあちゃんたちにはみえないともだち」「ククルがでてくる」
相変わらず返答を聞いても首をかしげるしかない。
発言をまとめると、恐らく比嘉さんをはじめとした大人には見えない“ククル”という友達が出てくるらしいが。“ククル”って何だ。
しかし、その答えはすぐにわかった。
木の陰から小作りな顔が覗いていた。女の子だ。肌は褐色で髪は短く、胸と腰のあたりに赤い毛皮を巻いている。純粋そうな瞳の輝きは近づけば近づくほど増していき、いや、近い、近いよ。僕が近づいているのではなく、向こうからこちらに走って近づいてくる。そして、
「ヨースケ! ヨースケ! ククル、ずっと待ってた! ずっと会いたかった!」
ゼロ距離で抱きしめられた。
……色々と困惑することしきりなのだけれど、この子、今誰の名前を呼んだ?




