本当の方言はわざと使えない
今回から再び本編です。
200話よりも完結目指して今後も頑張ります。
走る車の窓から外を眺めると、家々がまばらに並ぶ。港の近くには店がある程度あったけれど、車が緩やかな坂道を登っていると、最早コンビニすらなくなってしまう。
「というかこの島にコンビニはないよ。本土まで行かないと」
「そうなんですか⁉︎」
知らなかった。自分の地元が都会だと思ったけれど、コンビニが近くにないということを今まで想定したことがなかった。
かと言って、この島がただの田舎かといえば、また違うような気もするけれど。
「何か買っとかなきゃいけないものとかあった? 何なら引き返すよ。多少の雑貨なら買えるし、おやつならウチにあるから大丈夫。それなら、」
「良いんです! 別に買わなきゃいけないものはないですよ。必要なものは全部自分たちで持ってきましたから。コンビニがないことに驚いただけで」
「ウチの孫たちはたまに行きたがるけど、必要なものは全部近くで買い揃えられるさぁ」
沖縄の訛りを交えてそう言う比嘉さん。
その後、矢継ぎ早に質問されて主に僕が答えることを繰り返していると、あっという間に比嘉さんの家に着いた。
僕たちの民泊先。石でできた塀に囲まれて、門の両端にはシーサーが鎮座していた。コンクリートの地面に車二台分入りそうなガレージと隣接する家。奥には木と名前の知らない花が植わっている。
「さ、上がってちょうだい」
玄関の引き戸は比嘉さんが手をかける前から施錠されていないどころか全開になっていた。
案内された僕たちは畳が敷かれた和室に通され、荷物を置いて腰を落ち着けた。全身が弛緩するのを感じる。自分の家ではないにしても、“家”という場所に帰ってきたのが随分久しぶりなように思えた。
「ちょっと待っててね。今お茶を持ってくるから」
そう言うと、比嘉さんは家の奥に消えていった。
ひと呼吸置いてから僕たちは口を開く。
「とうとう着いたな」と僕。
「ええ。民泊って初めてだから楽しみ」と咲良。
いつも雄弁な井坂は何も言わずに天井を見上げていた。どこか昔を懐かしむかのような表情をしている。
「ねえ、あれ。あれ」
氷見さんが部屋の入り口の方を指差している。慌てた口調でそう言うので、すぐにそちらを見ると、小さい頭が二つトーテムポールのように重なって覗いていた。
僕たちの視線に気づいた二人はふにゃっと笑うと、一旦頭を引っ込めてから、二人揃って和室に入ってきた。
頭の頂点でお団子を作って、肌はよく日に焼けた褐色、お揃いのワンピースを着た二人の女の子だ。
「「おにぃちゃんたちは“みんぱく”するひとたち?」」
ひらがなの発音でユニゾンする二人。大きい黒目を好奇心で光らせた女の子たちはそっくりな顔をしている。双子だろうか。
「そうだよ。君たちはここの家の子たちかな?」
僕が代表して返事をする。すると二人は、
「わたしはえり」「わたしはゆうり」
「「ここはばあちゃんち」」
お団子に結んでいるゴムが赤い方が「えり」ちゃん、青い方が「ゆうり」ちゃんらしい。……申し訳ないが、それくらいでしか二人の見分けがつかない。
「ねーねー、どこからきたのー?」「どうやってきたのー? ふね?」「ふねじゃなくてひこうきだよ。ひこうきにのらないととおくからこられないんだよ」「えー、でも、ふねじゃないとこのしまにこられないんだよ」
きゃっきゃとはしゃぐ女の子たちにどうしたものかと困っていると、「アンタたち、あんまり構ってお兄さんたちを困らせるんじゃないよ」という声が聞こえてきた。
トレーにグラスのお茶を乗せて、比嘉さんが戻ってきたのだ。二人は「あ、ばーちゃん!」とすぐさま反応して、それぞれ比嘉さんの両脚に抱きつく。
「騒がしくてごめんね。この子らは私の双子の孫。恵璃と悠璃。迷惑かけなかった?」
「いえいえ。とても人懐っこくて可愛いですね」
やっぱりこの子たちは話に聞いていた比嘉さんのお孫さんたちのようだ。捲し立てる感じが比嘉さんの血縁を感じさせる。
「ゆうりかわいいってー」「えりかわいいってー」「えりもかわいいよねー」「ゆうりもかわいいよねー」「「ねー」」
見つめ合ってニコニコと笑う双子の頭を比嘉さんがガシッと押さえつける。
「ほらほら、お兄さんとお姉さんは遠くから来てお疲れなんだから、アンタたちは他で遊んどいで」
「「はーい」」
気を悪くしていない様子でユニゾンで返事をすると、恵璃ちゃんと悠璃ちゃんはどこかへ去って行った。元気な子たちだ。
「さて、冷たいお茶を持ってきたよ」
「ありがとうございます」
僕たちは口々にお礼を言って、お茶の入ったグラスを受け取る。黄色い見た目からして緑茶ではないようだ。
飲んでみるとこれまた不思議な味がした。烏龍茶に微かに似ているけれど、また違うような気もする風味だ。
「これ、何というお茶なんですか?」
「さんぴん茶だよ」
「さんぴん茶?」
思わず聞き返してしまった。初めて聞いた名前だ。紅茶でもないようだし……。
「えーと、ジャスミン茶ですよね?」
自信なさげにそう言うのは氷見さんだ。
「『さんぴん茶』というのは沖縄の方言で、ジャスミン茶と同じ。ですよね?」
「そうそう! さすが詳しいねえ、鈴花ちゃん」
比嘉さんと一緒に僕も感心した。今初めて知ったことだ。覚えておこう。
そもそも、ジャスミン茶を普段あまり飲まないからわからなかったというのもあるけれど。
「氷見さん、沖縄ってジャスミンの生産地なの?」
「え、ち、違うよ。輸入品が多く出回ってるだけ。来る時に自販機でもあったでしょ?」
「ごめん、ちゃんと見てなかったからわからない」
情けない話、氷見さんとはこれまであまり話したことがなかったから知らなかったけれど、比嘉さんが言っていた通り賢い人のようだ。挨拶とちょっとした会話だけでそれを看破した比嘉さんも只者ではないが。
さんぴん茶をいただきながら、僕たちは休憩をさせてもらう。
「あ、そうだ。寝室なんだけど、みんなここで良いよね?」
「良い訳ないでしょう!」
朗らかに言う比嘉さんに全力でツッコミを入れさせていただいた。
男女で同じ家に民泊というのもかなりグレーだと思うのに、同じ部屋で寝るのは流石に公序良俗的にまずいだろう。
「あははは、冗談よ。咲良ちゃんと鈴花ちゃんは隣の部屋を使ってちょうだい。その襖を開けてすぐだから。ついでにみんな学校の制服から着替えたら? 居心地悪いでしょ」
そう言い残して、比嘉さんは再び和室を後にした。
「それじゃあ、晴輝。お言葉に甘えて、私たち荷物を移してそのまま着替えちゃうね」
「ああ、わかった」
咲良と氷見さんは荷物を持って隣の部屋に移動した。僕たちも咲良たちが居ないうちに着替えておこう。制服のままで堅苦しいのも事実だしな。
井坂の方を振り返ると、井坂は先ほどの天井を見上げる姿勢のままでいた。
「井坂?」
「…………」
「おーい?」
「……ん、ああ、悪い。女子二人が居ない間に着替えておくんだな。わかったよ」
そう言って、バッグを開けて着替えを取り出し始める。
「なあ、井坂。お前ここに来てから何か変だぞ。どうかしたのか?」
「どうもしねーよ」
井坂は振り返らないまま答える。
「ただ、センチな気分になっただけさ。昔を思い出してな。大したことはない。お前は気にするな」
僕はこれ以上何も言えなかった。僕の与り知らぬ事情があるらしいけれど、多分今気にしてもしょうがないことのように思える。
僕も黙って荷物の中から服を取り出して着替え始めた。
四人みんな制服から着替え終えてから(咲良はこの前買いに行った服だ)、夜までの時間を歓談しつつ、祖母の言いつけに背いてひょっこりと姿を現した双子たちと遊びながら過ごした。
時間になって、僕たちはテーブルを横並べして比嘉さんお手製の夕飯をいただくことになった。
メニューはソーキそばと豚の角煮と海藻サラダ。外から来た僕たちのために郷土料理に特化したラインナップにしてくれたようだ。
「いただきます」
まずはソーキそばをいただく。名前に「そば」とあるけれど、見た目も味もどちらかといえばうどんに近い。大根もスープの味が染み込んでいて美味しい……と思ったところで、僅かな違和感を覚えた。食感がかなり大根に近いけれど、微妙に違うな。
「すみません、これって大根ですか?」
「違うよ。パパイヤ」
「パパイヤ⁉︎」
パパイヤといえば南国のフルーツというイメージがあったけれど、これではまるで野菜だ。というか、ほとんど大根だ。
「他所ではどうか知らないけど、パパイヤはこうして料理に使えちゃうからねえ」
なるほど。
全く、食事一つでここまで驚かされるとは。さんぴん茶のこともあって、つくづくここでは学びが多い。
しきりに感心しながら、僕たちは沖縄料理に舌鼓を打った。
美味しいご飯をいただいて少し食休みをしていると、片付けを終えた比嘉さんがこんな提案をした。
「みんな、これからこのおばあと一緒にちょっと夜のドライブに出かけてみない?」