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二章 皇太子と姫君

父から聞かされた話は驚きの内容だった。アンジェリーナは黙って話を聞いていた。

何でも、スルテイア皇国の皇帝から、アンジェリーナとの縁談が出ているらしい。お相手は今年で二十二歳になる皇太子のアンドレイ殿下である。

彼とは、六歳くらいの時からの付き合いだが。異性としては見た事がない。それに被さるように来たのがセドニアの皇太子であるアルバートとの縁談である。

父としては妹のカトリーヌをスルテイアの皇太子にと思っているという。セドニアは軍事面が他の国よりも突出していて、産業なども盛んであるために第一王女であるアンジェリーナを嫁がせて貿易での条約を締結させたいという思惑があるらしい。他の面でも婚姻関係をなしておいた方がこちらにとっても有利になると父は計算して、了承した。

そこまでを聞いて、アンジェリーナは笑いたくなった。見かけによらず、父は国のことを優先するだけのあくどさを持っている。

「…父様。王としては立派だけど、父親としては見損ないました。せめて、国内の貴族との結婚の方が良かったわ。私を国外に出すのは本当は駄目なのに。どうして、昔からの盟約を破ってまで他の国の方との縁談を進めようとなさるのですか?」

「…すまない。お前を王宮から出そうとしているのはカトレアの意志でもあってな。どうも、お前やカトリーヌをこの国に置いておくのは危険だと思っているようだ。あれはシエラを嫌っているからな」

父のブイルヘルムは苦笑いしながら言った。亡き母のシエラを嫌っているとは思わなかった。

「そうですか。でしたら、セドニアの皇太子殿下との縁談は破棄できませんし。カトリーヌをスルテイアの皇太子殿下にという話もお受けになってください。私からは何も言いません」

「アンジェ。すまない。カトリーヌにはわたしから話しておく」

謝りながらもブイルヘルムはアンジェリーナを見据える。

「…アンジェリーナ。もう、時間切れだ。執務があるのでな」

「わかりました。失礼します」

アンジェリーナは一礼をして父の執務室を出た。




自室に戻ると、アンジェリーナはソファーに座り込んだ。疲れがどっと出たように思う。

(…あの皇太子と婚約か。何だか、憂鬱だわ。むしろ、スルテイアの皇太子殿下との婚約の方がましね)

そう思いながら、侍女が用意しておいたらしい柑橘水をガラスのコップに自身で注いだ。コップを手に持って一気に飲み干す。

ふうと息をついて、コップをソファーの前の机に置いた。アンジェリーナは肘掛けに凭れ掛かる。

この部屋には誰もいないので気兼ねなく、寛ぐ事ができるが。それでも、きょろきょろと辺りを見回してから寝転がった。かなり、行儀が悪いが今は王女らしくする気持ちがない。

今はかったるいという気持ちが強かった。ソファーの肘掛けに足を掛けて伸びをする。

そして、ふて寝を決め込む事にした。といっても、誰もいないが。

だが、後ろから冷たい声が響いた。

「…アンジェリーナ様。何という格好をなさっているのですか」

後ろを振り返るとそこには侍女が立っていた。彼女はアンジェリーナを世話し続けてきた人で気心が知れていた。だが、その顔は笑っていなかった。

「……あ、あら。いたのね」

「……いたのねじゃありません。わたくし共の目がないからと油断なさるとは。王女としてのお立場を忘れておいでのようですね」

背筋に冷たいものが走る。そして、アンジェリーナは二時間もお説教を侍女からされたのであった。




あれから、二日が経ち、セドニアのアルバート皇太子と庭で歓談をする事になった。アンジェリーナの他には妹のカトリーヌや弟のカイル王太子、アンリ王子など兄弟が勢揃いしていた。

父のヴィルヘルム王や王妃のカトレアもいる。アンジェリーナ達、五人兄弟が全員揃うのは珍しい事ではあった。

「…アンジェリーナ姫は医学や魔術に精通しておられると聞いた。実際、たくさんの人々を救ったとか。さすがは伝説の黄金の魔女殿だな」

「……誉めても何にも出ませんよ」

アルバートに誉められたがアンジェリーナは胡乱げな目をして、答えた。この間の夜這い事件が彼女には堪えていたからだ。以前より、疑り深くなってしまっていた。

だが、アルバートは気を悪くする事なく、笑いながらこう言った。

「ははっ。これは冷たい答えだな。王の御前なのだから、もう少し愛想よくしていただきたいものだが」

「…あなたに言われても嬉しくありません。それよりも殿下こそ、なかなかの女たらしだと伺いました。本当なんですか?」

それを口にした途端、周囲の空気が凍りついた。カトリーヌは青ざめ、義母のカトレアも固まりで男性陣も呆気に取られている。アルバートも目を見開いて黙り込んでいた。




「…わたしが何だって?」

アルバートがもう一度尋ねてきた。アンジェリーナは微笑みながら、言い直した。

「だから、殿下は女たらしなのかと申し上げたのです。本当なのかと」

そう切り返せば、アルバートは口元をひくりと震わせた。父王もぎこちなく首を動かしてカトレアを見やる。

「…アンジェリーナ姫。わたしに対してそんなことを言うとはね。いい度胸をしているな」

アルバートは皮肉げに笑いながら、椅子を引いて立ち上がった。そして、アンジェリーナに近づいた。

彼女の側にやってきて耳元で囁いた。

「…姫。まだ、自分の立場をわかってないようだな。お前の言葉次第でこの国の行く末を決めることになる。それを忘れてないか?」

「…何ですって。あなたに言われなくてもわかっているわ。けど、私はすぐにあなたと結婚する気はないから。それはわかってもらいたいものね」

そう言い返すとアルバートはふうんと顔をしかめながら、自分の席に戻っていった。二人のやり取りを見守っていたカトリーヌたちはほうと胸を撫で下ろしていた。

アルバートがそれほど、怒ってないように見えたからだ。だが、この時の言葉をアンジェリーナは後悔することになる。思わぬ反撃を食らう事になるからだった。

この時は誰もそんな事態になるとは予想することができなかった。




あれから、アルバートがルクセンを訪問して、滞在するようになってから半月が経った。その間にアンジェリーナは一人では寝れなくなって妹のカトリーヌに頼み込んで一緒の部屋で寝むようになっていた。

アルバートの夜這いを警戒しての事であった。最初は半信半疑の彼女であったが姉の必死な様子を見て感じ取るものがあったのだろう。一通りの説明を聞いて承諾をしてくれた。

それからはアルバートの夜這いはふっつりと鳴りを潜めた。ほっとしながらもアンジェリーナは気を緩められない日々を送っていた。

「…姉様。目の下にくまができているわ」

「えっ。本当?!」

アンジェリーナは慌てて鏡台に向かう。確かに妹の言う通り、目の下にはくっきりと青いくまができていた。これには、さすがに精神的な痛手が大きかった。

どんよりと沈み込むアンジェリーナにカトリーヌは一生懸命に頭を働かせながら、励まそうと口を開いた。

「ご、ごめんなさい。姉様、大丈夫よ。目の下のくまならよく眠れば治るから。そんなに落ち込まないで」

「…けど、よく眠れないのよ。だから、しばらくは取れないわね」

「姉様。そんな事はないわ。何だったら、皇太子殿下の事についてはわたしからお父様に申し上げておくから。あまり、姉様にちょっかいを出さないでいただきたいって」

アンジェリーナはそうねと肯くだけだった。心配しながらもカトリーヌは父王に言う言葉を今から考えるのであった。


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