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一章5

灰銀の皇太子はにやりと笑いながら、アンジェリーナを見下ろした。

「…初めましてというべきか。ルクセンの姫君?」

悠々とした態度をとられたのでアンジェリーナは口元をひくりとさせる。

「…盗賊紛いの事をしておいて、何が始めましてなの。平然とした態度をおとりになっていても様になっていませんわよ。セドニアの皇太子殿下」

「ほう。なかなかの口をきくではないか。様子を見に来て正解だったな」

満足そうに皇太子は笑った。見かけは儚げにも映る彼だが性格は正反対らしい。なかなかのしたたかさを持っている。

「…で、何の用ですの。こんな夜更けに来られるなんて」

嫌みたらしく言うと月光だけが照らす室内で青い目をきらめかせながら、皇太子は面白そうにまた笑う。

「何、君の本性を暴きにね。または夜這いともいうが」

アンジェリーナは呆気にとられて、口をぽかりと開けてしまった。毒舌な所のある彼に驚かされっぱなしだ。

「何ですって?」

「だから、夜這いをしにきたといった」

「…誰が誰に?」

聞き返したら、皇太子は呆れたようにため息をついた。

「私が君にだ」

ぽんぽんと言い返すアンジェリーナに皇太子は忍耐強く答える。が、彼女はよけいに混乱してしまう。

何で、婚約話が出てまだ間がないというのに夜這いをかけられなければいけないのか。訳がわからない。

「…殿下。私はまだあなたとは正式に婚約もしていませんのよ。だというのに、夜這いだなんて。段階をすっ飛ばすにもほどがあります」

「確かにそうかもな。だが、わたしは君を一目で気に入った。夜這いをかけるに十分な理由ではないか」

どこをどういう風にしたら十分な理由になるんだ。アンジェリーナは深いため息をついた。

皇太子はアンジェリーナに一歩近づいた。二人の距離は歩数でいえば、五歩分は空いているだろうか。それをゆっくりと詰めていく。

アンジェリーナは身の危険を感じて一歩後ろへと引いた。

「…姫。わたしは君をずっと、想い続けてきた。やっと、会えたんだ。想いを遂げたいのは本当なんだよ。信じてくれ」

「い、意味がわかりません。近づかないでください!」

怖気がきて、アンジェリーナは逃げようとする。だが、腕を掴まれてそれは阻まれてしまう。

「…姫」

皇太子が抱き寄せようとした瞬間、アンジェリーナの周りに透明な壁ができた。当然ながら彼は弾かれてしまう。アンジェリーナに何かあった時のためにとスルティア皇国の皇帝が施しておいてくれた防御魔法によるものだった。

しかも、妃である皇后も彼女にこっそりと探索魔法をかけていて危険があれば、すぐに護衛を差し向けられるようになっている。スルティア皇国の皇帝夫妻は両方とも優れた魔術師であった。武芸にも長けているので黄金の魔女であるアンジェリーナを狙う輩をことごとく退けてきたという裏伝説がある。

そんな事を思い出していたら、アンジェリーナの前に音もなく一つの影が舞い降りた。

「…アンジェ様。皇后様の命により参りました。大事ありませんか?」

「あなたは。確か、スルティアの皇后様の影だったわね。名をリョウといったかしら」

「はい。皇后様より姫様の護衛を仰せつかりましたので」

高い声をしているが腕は確かな凶手だ。年はアンジェリーナより年下の十七歳になる。リョウはスルティアにいた頃から、彼女の身辺護衛をしてくれていた。男ではあるのだがあまり、異性という感じはしない。

「…くっ。何だ?」

リョウに意識をとられていたアンジェリーナはやっと、結界に弾かれて後ろに倒れていたアルバート皇太子に気が付いた。情けない格好になっている彼にリョウは布で隠した顔で無感情に見つめている。

「…これはセドニアのアルバート殿下ではないですか。確か、かなりの放蕩者で浮気癖もひどいと聞いてはいましたが。こんな強引な事をなさるとは思いませんでした」

「……何でそんなことを知っているんだ。それより、そなたは何者か。姫の寝室にいるとはな」

「先ほど、説明をしたでしょう。私は姫の護衛の者です」

淡々と答えるリョウにアルバート皇太子は苛立ったらしく、ぎりと歯を噛みしめる。

「ほう。姫の護衛ね。わたしの夜這いを邪魔するとはいい度胸をしている。わかった、今ここで始末してくれる。覚悟はいいな?」

あまりに強引な展開にアンジェリーナは付いていけない。何で、夜這いを邪魔されただけで自分の護衛を始末されなくてはならないのか。

理不尽にもほどがある。

「…ちょっと待って!」

気づけば、アルバート皇太子の腕を掴んで止めようとしていた。

「殿下。今は抑えてください。もし、リョウがあなたに始末なんてされたら。スルティアの皇后様が黙っていないわ。あの方は見かけは儚げだけど腕は確かな方なんです。皇帝陛下も敵に回す事になるかもしれません」

「…たかが、影一人くらいで皇后や皇帝が怒ったりするものか。馬鹿馬鹿しい」

吐き捨てるように言われたがアンジェリーナも簡単には引かない。

「あなたはあのお二人の怖さをよく知らないからそんなことがいえるのよ。皇帝陛下は一度怒らせたら、なかなかの怖さなのに」

「…それは本当か?」

「ええ、本当よ。一度お会いしてみるといいですわ。殿下もあのお二人の本性を垣間見ればわかると思います」

ふむと頷きながらアルバート皇太子は抜きにかかっていた剣を収めた。

リョウは無言でアンジェリーナに近づいた。アルバート皇太子から彼女を引き剥がしにかかる。

「…とりあえず、姫から離れていただけませんか。夜這いをしに来られた事、ヴィルヘルム王にばれたらえらいことになりますよ」

「…お前に言われずともわかっている。姫、今日は悪かった。この埋め直しはいつかしよう」

最初はリョウに対して次にアンジェリーナに言った。

皇太子は踵を返すと灰銀の髪を月光に輝かせながら扉に近づいた。

静かに開けて出て行った。それをアンジェリーナとリョウは見送ったのだった。



翌朝、アンジェリーナは侍女たちに起こされて目を覚ました。昨夜はアルバート皇太子が来たせいであまり熟睡できなかった。リョウはすぐに姿を消して一人きりになると疲れがどっと押し寄せてくる。寝台に再び潜り込んだがなかなか、寝付けない。

あのバカ皇太子めと悪態をつきながらアンジェリーナは一夜を過ごしたのであった。




侍女たちに甲斐甲斐しく世話されながら、王女としてのアンジェリーナができあがっていく。

化粧を施して髪を結い上げたら、出来上がりである。アンジェリーナは支度ができるとゆっくりと立ち上がった。

スルティアの皇后には礼を言っておかねばなるまい。そのためにはあちらに戻れるように父王に頼まなければと考えた。だが、それは実現しないとは思いもよらなかった。




アンジェリーナは朝食を終えると早速、執務の間に向かった。父王にスルティアに戻らせてほしい事を頼むためだ。

執務の間に挨拶もそこそこに入り、父王、ヴィルヘルムに早速その旨を伝える。

「…父様。あの、もう少し後でいいのですけど。スルティアに戻りたいのです。許可をいただけないでしょうか?」

「早速、何を言い出すかと思えば。スルティア皇国に戻りたいとはな。すまぬが、許可はできん」

思ったよりもはっきりと父王は即答した。アンジェリーナは違和感に首を傾げる。

「どうしてですか?」

「…セドニアのアルバート皇太子が来訪されているんだぞ。しかも、婚約の話まで出ているんだ。スルティアには戻せぬ」

冷や水を浴びせられたような心地にとはこのような事をいうのだろうか。アンジェリーナはあまりのことに呆然としてしまった。

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