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一章3

大学部の課題を一通り終えた頃にはすっかり、夕方になっていた。後一週間もしたら、アルバート皇太子がこちらのルクセン王国を訪問する。

しかも、アンジェリーナへの縁談を添えてだ。

気分はよろしくない。王家の一員として、いずれは政略結婚も覚悟していた。

だが、いくら何でも唐突だし、時期が早すぎる。昔ならいざ知らず、今のご時世、女性も大学部に進んだり、仕事を得て働くのは当たり前になりつつあった。ルクセンとスルティアはユーラス大陸ではそういった辺りは進んだ国である。

(…まあ、セドニアは皇家が権力を完全に掌握しているような封建制の国家だし。スルティアやルクセンとはそこが違うわね)

アルバート皇太子の人柄は真面目で温厚な感じだとは聞いたが。父王は見かけこそ冷たく感じるが中身は好青年だと苦笑しながら言っていた。

まあ、交渉して大学部を卒業するまでは待ってもらうしかないだろう。それが無理だったら、家臣の公爵家などのご令嬢に回すしかないか。が、それは良くないとアンジェリーナは首を横に振った。

もともとは自分との、王女との縁談だ。妹のカトリーヌでも良いだろうがまだ若すぎる。仕方ないとアンジェリーナは腹を括るしかなかった。



夕食になり、妹と父王、カトレアの息子で異母弟のカイル王太子の四人で食事をしていた。食堂は広く、三十人くらいは軽く入れるほどだ。下の異母弟達とカトレアの三人は別室にいる。

父王がアルバート皇太子とセドニアのことで話したいからとカトレアの息子達で姉には比較的、好意的なカイル王太子も同席する事になったのだ。

長い机の一番奥に父王のヴィルヘルム、左隣にカイル王太子、右隣にアンジェリーナ、さらに彼女の隣にカトリーヌが座っている。

「…父上。アンジェ姉上がセドニアの皇太子と婚約なさるというのは本当ですか?」

今年で十三歳になるカイル王太子はアンジェリーナの五歳下の弟だ。年に似合わず、穏やかで冷静でしっかりとした少年である。少し、白に近い金色の髪に父と違い、紫色の瞳は滅多にない珍しい組み合わせだった。

「うむ。アンジェが婚約するというのはまだ、正式に決定していないが。その予定だ」

「…父様。姉様はまだ婚約する事を迷っておられるみたいで。皇太子殿下と会って、よく互いの事を知ってからでも遅くはないと思うのですけど」

カトリーヌが控えめに発言した。珍しいと父王と王太子は驚いて彼女に視線を一斉にやる。

「…お前がそんなことを言うとは珍しいな。スルティアにいた間も心配をしてはいたが」

「父様。姉様はまだ、高等部を卒業されたばかりです。大学部を卒業されるまでには後、四年はかかります。それまで、皇太子殿下と結婚は無理だと思われるのですわ」

カトリーヌは驚きを隠さない父王にさらに言い募る。

それはアンジェリーナ本人も考えていたことだった。父王は確かにと頷いた。

「そこが問題なのだ。余、わたしもそれは考えていた。アンジェはスルティアでまだ、学ばなければならない事がたくさんある。まあ、スルティアの皇太子殿と婚約してもかまわないのだが」

父王の最後の一言にアンジェリーナは飲んでいた食後の紅茶を口から吹き出しそうになった。何とか、それはこらえたがむせてしまう。

「だ、大丈夫?姉様」

カトリーヌは椅子から立ち上がり、アンジェリーナの背中を自ら撫でる。

「…アンジェ。まあ、そういうことだ。セドニアの皇太子殿との縁談は受けてくれ。あちらの皇帝と戦は避けたいんでな」

「……わ、わかりました。でも、あちらから断られないでしょうか?」

アンジェリーナが何とか声を出して質問すると父王は困ったように笑った。

「それはないだろう。あちらのアルバート皇太子はお前の事をいたく気に入っているそうだから。断られる事はないだろうが」

「そうですか。でも、私は気に入っていただけるか自信がありません。アルバート殿下が冷たい方でないと信じたいのですけど」

消極的な言葉を発すると父王とカイル王太子は同時にため息をついた。

「…アンジェ。何を言うんだ」

「姉上。そんなことをおっしゃっていたら、他の女性に皇太子殿下を盗られてしまいますよ」

先者は父王で後者はカイル王太子であった。

「…だって。私が気に入られる要素なんてないじゃない。アルバート殿下はよっぽど、頭がよろしくないのよ。何か、勘違いをなさっているとしか思えないわ」

「……姉様。さすがに言い過ぎよ。殿下に失礼だわ」

気弱発言とも天然ともとれるとんちんかんな言葉にカトリーヌがとっさにまともなつっこみを入れる。あまりに不敬な発言に父王は顔をしかめて眉間を手で揉み、カイル王太子は唖然と姉を見つめていた。

「…アンジェ。カトリーヌの言うとおりだ。殿下に失礼だぞ」

絞り出すような声で父王に注意される。それに、蚊の鳴くような声ではいと答えたのであった。




食事会は終わり、アンジェリーナは湯浴みをすませて夜着に着替えて寝る支度をすませた。久方ぶりに帰ってきたので侍女や女官達はアンジェリーナになおさら、丁重に接してくる。

そして、よく眠れるようにとハーブティを入れたカップを机に置き、侍女達は部屋を静かに去っていった。一人残されたアンジェリーナはため息をつく。

ベッドサイドの机に置かれたハーブティを手に取り、口に含む。独特の苦みと芳香はランカらしい。紫色の花で夏頃に咲く。

ハーブとしての効能は鎮静効果や安眠効果だったか。要は鎮静剤に近い成分を含んでいる。それを思い出しながら、嚥下する。

(…ランカは確か、気が立ちやすい時に飲んだりするとよかったはずだわ。けど、たくさん飲めば、眠りが深すぎて危険だと習ったわね)

そう頭の中で効能を並べ立てながら、一口ずつ飲んだ。

こくこくと飲んで半分くらいまでなくなった。残りを一気にがぶ飲みしてカップを机に置いた。

アンジェリーナは立ち上がり、ベッドまで向かう。

ゆっくりと歩み寄り、シーツを跳ね上げる。室内履きを脱いでベッドの中に潜り込んだ。

そして、深い眠りに落ちていった。




あれから、一週間はあっと言う間に過ぎていった。セドニア皇国から、アルバート皇太子がルクセン王国を訪問した。銀髪に深い碧眼の美しい皇太子にルクセン王国の民衆は沸き立ったという。そして、黄金の魔女と称される第一王女のアンジェリーナと結婚するという噂に女性が主に驚きの声をあげたらしい。

そんな事を侍女から聞かされたアンジェリーナとカトリーヌは呆れたような表情を浮かべた。

「…わたしたちはまだ、皇太子殿下にお会いしていないのに。噂が一人歩きをしているわね」

カトリーヌがため息をつきながら、言った。アンジェリーナもそうねと頷く。

「まあ、仕方ないわ。皇太子殿下は今日の夕方に王宮に着かれるそうよ。それまでに支度をして門でお出迎えをしないとね」

「…わかったわ。では、ジェーン。それから、フィン。二人とも姉様やわたしの身支度をお願い。他の侍女達も呼んでちょうだい」

カトリーヌが侍女のジェーンやフィンに命じると二人共、てきぱきと動き始めた。騒がしくなった部屋の中でアンジェリーナはすっくと立ち上がる。

カトリーヌも続いて立ち上がった。

他に五人の侍女がやってきて姿見の前で二人に着せるドレスや靴、宝飾品を用意して選ばせる。

そして、身支度が始まった。

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