番外編 アンジェリーナの日常1
番外編の一話目になります。
アンジェリーナとアンソニーが結婚してから三年が経った。
アンジェリーナとアンソニーの間には第一王女と第一王子が生まれている。アンジェリーナは日々、女王として多忙な生活を送っていた。
侍女の中で王女たちと年の近い子供がいる者を選んで乳母にしている。また、新しく雇った乳母もいた。
王女ことアリエノールと王子ことアンドルーは両親に似てかなりの美男美女に育ちつつあった。
アリエノールが三歳でアンドルーは一歳になっていた。アンジェリーナとアンソニーはなるべく子供たちの世話をできる範囲でやっている。そのため、二人とも多忙といえた。
今日もアリエノールやアンドルーは元気にはしゃいで遊んでいる。
「おたあさま。きょうはごほんをよんでほしいの」
アリエノールが小さな手で差し出してきたのは子供向けにありがちな可哀想な姫君と勇敢な王子の恋物語を描いた絵本だった。
まだ、三歳の彼女には早いかとアンジェリーナも思ったが。周囲の勧めもあって一度読み聞かせた事があった。そうしたら、アリエノールはすっかりこの絵本を気に入ってしまい、乳母や母のアンジェリーナに読み聞かせをしてほしいとしきりにねだるようになった。「あら。これはいつものアリエが好きな氷のお姫様のお話ね。いいわ、読むからこちらに来なさい」
アンジェリーナが笑顔で頷きながら言うとアリエノールはにこっと満面の笑みで走りよってくる。椅子に座っている母の膝の上によじ登ると定位置に落ち着く。
「じゃあ、おたあさま。よんで!」
「…わかったわ。昔、昔ある所に…」
アンジェリーナが絵本を開いて読み聞かせを始めるとアリエノールはわくわくとした様子で静かに聞いていた。しばらく、その光景を乳母や侍女たちは微笑ましそうに眺めていたのだった。
「そして、氷のお姫様は助けてくれた王子様と幸せに暮らしました。めでたしめでたし」
アンジェリーナが読み終えるとアリエノールは嬉しそうに笑いながら言った。
「ありがとう。おたあさま。いつきいてもこおりのおひめさまのおはなしはいいわ」
「そうね。最初はアリエが気に入るとは思わなかったけど」
「わたくちだっておんなよ。こういうおはなしはあこがれるの」
はっきり言うアリエノールにアンジェリーナは苦笑いする。随分とませてきたなと思う。口には出さないが。
アンソニーが聞いたらすごく驚きそうだ。
アンジェリーナはそんなことを考えながらも時刻を見る。既に夕暮れ時が近くなっていた。
「あ。もうこんな時間なのね。アリエ、夕食の時間だから食堂に行きましょう」
「わかりました」
アリエノールは素直に頷いてアンジェリーナの膝の上から慎重に降りた。絵本を侍女に手渡すとアンジェリーナも娘に続く。
食堂に向かったのだった。
食堂に着くと後から来た侍女が扉を開けてくれる。礼を言いながらアンジェリーナはアリエノールと入る。
既に夫でアリエノールたちの父でもあるアンソニーが席についていた。
「あ。アンジェ、アリエも。アンドルーはどうしたんだ?」
「アンドルーはまだ遊びに夢中みたいだから。子供部屋にいるわ。後で乳母たちが連れてきてくれると思う」
「そう。けど、食事の時くらいはきちんと言った方がいいよ。アンジェ、甘やかすのは良くないと思うけど」
アンソニーが少し厳しい口調で言う。アンジェリーナも確かにうっかりしていたと反省する。
「そうね。今からでも連れてくるわ。ごめんなさい、私もうっかりしていたわね」
アンジェリーナは踵を返すとアンドルーがいるであろう子供部屋に急いで戻った。アリエノールも付いてこようとする。が、乳母に連れ戻されてしまう。
背後でアリエノールが拗ねて泣く声が聞こえたが。
それには敢えてなだめたりせずにアンドルーの元へ向かう。子供部屋にたどり着いて扉を自分で開ける。
中には乳母と侍女が二人ほどアンドルーの側に控えていた。
「あ。陛下」
「いきなり来て悪いわね。もう食事の時間だからアンドルーを迎えに来たの」
「そうでしたね。殿下、行きましょう」
アンドルーに乳母が声をかける。アンドルーは父譲りの淡い水色の瞳を母に向けた。
「おかあたま?」
首を傾げながらアンドルーがアンジェリーナによたよた歩きで近寄る。アンジェリーナは彼を受けとめてそのまま抱き上げた。
「お父様が待っているから行きましょう?」
言葉の意味が何となくは理解できたようでアンドルーは頷いた。賢い子だなと思いながらアンジェリーナは食堂に乳母や侍女たちと歩いていく。
食堂に着くと中に入ってアリエノールの隣の椅子に座らせてやる。
「アンジェリーナ。アンドルーを連れてきてくれたんだね。泣かれなくてよかったよ」
「まあ、なだめたりするのは慣れたから。アンドルーも意味がわかったみたいだし」
「何となくはわかるみたいだね。我が子ながら将来が楽しみだよ」
アンソニーが言うとアンジェリーナもそうみたいねと笑う。二人して隣同士で座る。
アリエノールとアンドルーと向かい合わせに座り、夕食が運ばれてきた。アンジェリーナとアンソニーの分は白パンやスープ、牛肉に野菜を巻いたものなど様々な料理が順序よく運ばれてきた。
アリエノールたちの分は食べやすいように白パンも薄く切り分けてあったりスープも薄味のものが出されている。アリエノールは意外とあっさりとした白魚のムニエルや野菜を柔らかく煮込んだスープを好む。アンドルーは反対にオムレツやこってりとしたビーフシチューを好きなようだ。アンジェリーナやアンソニーもそれを知っているが好き嫌いがないように嫌いなものでも食事に入れるように料理長に言っていた。
アリエノールはスプーンを器用に使いながら静かに野菜のスープを口に運んでいる。アンドルーはまだスプーンなどをうまく使えない。なので乳母が代わりに白パンを小さくちぎって食べさせたりスープをスプーンですくい、口元に運んだりしていた。
アンジェリーナとアンソニーもやってやりたいが乳母たちに時間がかかるからと止められている。
そんなこんなで夕食の一時は静かに過ぎていった。