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一章2

王宮へ帰ってきたアンジェリーナとカトリーヌは早速、父王の執務の間を訪れた。母のお墓参りの事やアンジェリーナの帰国の理由についても話があったからだ。

扉の両脇に控えていた護衛の騎士が二人の姿を見て取るとうやうやしく扉を開けた。

「…陛下は執務の合間の休憩に入られたところです。お入りください」

右側の若い騎士がそう言い、二人を通した。

言われた通りにゆっくりとアンジェリーナとカトリーヌは執務の間に入る。静かに扉は閉められ、二人は大きな飴色の執務机に備え付けられた椅子に腰掛けた父王と向き合う。

父王のいる目の前まで来るとアンジェリーナから立った状態で礼をした。カトリーヌも後に続いて頭を下げる。

「…頭を上げなさい。今は玉座の間ではないから楽にしてよい」

ヴィルヘルム王は威厳たっぷりに娘たちに声をかけた。ゆっくりと下げていた頭を上げる。

父王は口元に少し笑みを浮かべながら、二人を見ていた。

「…陛下、ただ今戻りました。お墓参りはつつがなく終わりましたわ」

アンジェリーナが姉として父王に告げる。だが、父王は眉を八の字に下げて困ったような顔になった。

「アンジェ。陛下などと他人行儀な呼び方はよせ。昔のように父様と呼んでくれないのか?」

先ほどとは比べものにならないくらい、くだけた口調でしゃべる父王を見てアンジェリーナは困ってしまった。

「ですが、私は他国に長年身を寄せていましたし」

「そんなのかまわぬ。昔と同じようにと言われても難しいのはわかっている。けど、こういう家族だけの時くらいは陛下と呼ばずともよかろう。小さい頃のアンジェはそりゃ、可愛らしかったのに」

「…はあ」

アンジェリーナに、甘えてくれてもかまわぬと言う父王はすっかり、親ばか全開であった。

それをカトリーヌはまた、父様のわがままが始まったと頭を抱えた。


ため息をついた二人の様子に先ほどまで親ばか全開であった父王はさすがに我に返ったらしい。笑っていた顔を引き締めて真面目な表情になり、咳払いをした。

「…ああ、すまん。つい、アンジェが久方ぶりに帰ってきものだから。情けないところを見せた。さて、アンジェを急遽、こちらに帰らせた事について話をしなければと思っていた」

「そのことなのですけど。何か、あったのですか?」

アンジェリーナが問いかけると父王はふむと顎を撫でながら、少し話す内容を考えたらしい。

「…まあ、そうだな。隣国のセドニア皇国を知っているだろう。そちらの皇帝陛下の第一王子、皇太子がルクセン王国を賓客として訪問される事が決まった。王宮の案内などをカトリーヌにやってもらおうと思っていたのだが。だが、カトレアが反対してな。仕方なく、お前を無理矢理スルティアから帰らせる事になった」

そこで一旦、父王は言葉を切る。

「…父様。わたしよりも姉様の方が良いと思われたのは何故ですか?」

その後を継いでカトリーヌが問いかける。父王はまた、考えるそぶりをした。

「カトリーヌ。お前も答えにくい事を質問するな。まあ、いいか。教えてやろう」

父王は一拍の間を置くとため息をついた。

「アンジェリーナの噂を聞いたあちらの皇帝が興味を持たれてな。我が息子の皇太子の后にさせたいと望んだらしいのだ。ちなみに、セドニアの皇太子は名をアルバートという。英明で切れ者だと評判だ」

父王はそう言って、また困ったような顔になる。どうしたのだろうと思った。アンジェリーナは父王の青い瞳を見つめた。

「父様。はっきりおっしゃいますと、私の縁談がセドニア国から出たということですか?」

父王は目を少し見開いた後、仕方がないという風に頷いた。

「…そうだ。皇太子自らが来るのだ。よほど、お前の事が気になるらしい」

父王はやれやれと言わんばかりに首を軽く横に振った。アンジェリーナは黙って考えてみた。

まず、向こうのアルバート皇太子とは今まで一度も会った事がない。皇太子の来訪もたった今、聞いたところで寝耳に水くらいの衝撃はあった。しかも、これが彼との初の顔合わせとなる。

「…父様。アルバート皇太子は私の事をどれくらいご存知なのでしょう。肖像画をお持ちだったりしたら、それはわかるのですけど」

「…アンジェリーナ。すまん、お前がスルティア皇国にいた間にカトレアが勝手に決めた縁談でな。向こうには肖像画を画家に密かに描かせて送った。といっても、当時のお前とは似ても似つかぬ絵だったが。同じなのはその金色の髪と瞳くらいだ」

この縁談はかなり昔から決まっていたらしい。

父王はその後もアンジェリーナに皇太子の人柄や年齢なども教えてくれた。苦々しげにしながらも、アルバート皇太子の肖像画も侍従にいって出してきてくれたりもした。

勝手に決めてしまった以上、断るかどうかはアンジェリーナに委ねると最後に父王は告げる。

「…アンジェ。この肖像画はお前に預けておく。皇太子がやってくるのは一週間後だから、その間に心の準備をしておいたらいい」

「わかりました。何から何までありがとうございます」

優しい父王にアンジェリーナはにこやかに笑いながら、礼を述べた。肖像画は両手で持てる大きさだったので自分で抱えて父王の執務の間をカトリーヌと出たのであった。


「姉様。皇太子様は肖像画で見た限りでは神秘的な外見をなさっているわね」

カトリーヌがアンジェリーナの自室に一緒に入った際にそうのたまった。アンジェリーナも机の上に置いた肖像画をのぞき込んだ。

そこには、赤い絨毯の上に置かれた豪奢な椅子に座った青年が描かれている。

髪はまっすぐなプラチナブロンドで青みがかった銀色をしていた。瞳は空というより、高山地帯の雪解け水でできた池のように深い蒼色だ。

「…確かにその通りね。父様は今年で皇太子様は二十歳になられるとおっしゃっていたわ。私より二つ上だったかしら」

「じゃあ、姉様とお似合いね。銀色の髪は珍しいわ」

カトリーヌは瞳を輝かせながら、そう言った。アンジェリーナは今日何度めかのため息をつく。

皇太子の髪は背中に少しかかるくらいの長さで蒼い目も切れ長な感じだ。雰囲気から、神秘的だが鋭さも感じさせる。

確かに、この美貌だと祖国のセドニア皇国ではご令嬢方の憧れの皇子としてもてはやされているに違いない。が、アンジェリーナは複雑であった。会ったこともなく顔さえ知らなかった人が相手だ。

しかも、学問や魔術、医学を学ぶために大学部まで進んでいたのだ。その道は閉ざされてしまう。

残念だという気持ちがあった。せめて、大学部を卒業するまでは結婚を待ってもらえないだろうか。けど、相手がどう言うかにもよる。

アンジェリーナは不安と戦いながらも心配そうにする妹に笑いかけたのだった。



アンジェリーナは俗に言う春休みの期間だったから、スルティアの皇帝夫妻に伝えるだけで母国に帰って来れた。別に学校をずる休みしたわけではない。

あれから、一日が経つ。ちなみに、スルティアにある学校は私立スルティア学園といい、アンジェリーナはそちらに通っていた。

大学部に入学するまで後二ヶ月はある。私立なので、公立の学校よりも休みの期間が長いらしい。

それを思い出しながらもアンジェリーナは持って帰ってきた大学部の課題を部屋で黙々とこなしていた。自室には誰もいない。

先ほどまでは侍女と女官が三人ほどいた。彼女たちには一人にさせてほしいと言って退出させたのだ。

高等部から大学部に入る時にはもちろん、入学試験がある。それに受かることができれば、アンジェリーナは入学できるのだが。けど、皇太子妃に正式に選ばれたら、大学部に入学するのは難しくなってしまう。

アンジェリーナは計算する手を止めると立ち上がった。ガラス窓の向こうの空を眺めた。

空は淡い水色をしていてつい、見入ってしまったのだった。

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