06.体育
ダンダンと体育館の床がなる音を身近に聞きながら、瀧は深い溜息をついた。
昨日の今日なのに体育がバスケだとは…。
しかも担当の教師は男女バスケ部の顧問であり、顔を合わせる度に部活に誘われるので、瀧は授業以外では特に会わないようにしていた。
「瀧!!絶対に負けないからね!!!」
合同のHクラスに目の敵にしている子がいる綾瀬は、珍しく息巻いている。
――こりゃ、本気にならないと後恐いかも――
そう思いながら、友情をとって勧誘を受けるか、友情を捨てて勧誘を免れるか、瀧は真剣に悩んだ。
バスケ部部員を負かしたとなれば勧誘は免れないだろう。
「瀧!返事は!?」
「…了解」
もともと選択肢なんて用意されてなかったらしい。
弱々と返事をすると、授業中決して近づかないことと、終わったら速攻引き揚げることを心に誓った。
チームは女子の中で仲のよい5人グループ。
身長の高い経験者の私と、ミニバスをやっていた綾瀬、未経験だが足の早い南輝、体育会系ではない千夏と七海の5人となった。
一方相手チームは、女バス4人と、バレー部が一人。
簡単に勝てる相手ではないのは確かだ。
そして第一試合にこの二つを当てるということは、教師の特権乱用ではないかと思う。
緊張と不安にほんのちょっとのワクワクを乗せて、集合の合図がかかった。
全員やる気はあるので一応マークを決めるが、ヘルプを徹底しなければならないのは確かだ。
中央で背の高いセンターらしい相手と向かい合う。
やや私の方が低いようだ。
教師が投げ上げたボールを見ながら、タイミングを図ってジャンプする。
相手の方はタイミングを外したので、相手コートにいる南輝に向かって思いっきりボールを飛ばす。
足の早い南輝はレイアップができる。
その期待に答えるように、南輝は先制点を入れた。
ここまでは予想通り。
自コートに戻って、シュートを打たれないことと手を必ず上げていることを徹底させる。
抜かれるのはしょうがないので注意は向けさせない。
巧にパスで繋ぎながらきっちりセンターにいれてくる。
――たかが授業だろう!?――
と思いつつDFするが、簡単にシュートを決められる。
ボールをコート内に入れようとした瞬間――硬直した。
相手はDFをオールマンツーにしているらしく、一人一人にピッタリと張り付いている。
――マジ…?――
これではパスは難しい。
南輝に目配せをし、振り切って来た南輝にパスを出す。
そのまま動けないでいる南輝から手渡しでボールを受け取ると、DFを意識しながらドリブルを始めて、声を張り上げた。
「ゴール下まで行ってて!!絶対に運ぶから!!」
すぐに私についているバスケ部である相手の顔が厳つくなる。
当然だった。
『抜く』と宣言したのだから。
そこで味方メンバーは相手コートへと下がる。
それを確認すると、私は相手を見つめた。
一挙手一動も見逃すまいと張り詰めている空気が伝わる。
その空気に頬の筋肉が緩むのを感じる。
――やっぱりバスケが好きだな――と自分の気持ちを再確認してみたりする。
前触れもなく唐突に私から仕掛けた。
相手を二重のフェイントによって簡単に抜き去り、その勢いのままヘルプに来た2人を抜く。
すでにリバウンドの用意を始めた皆に調子づいて、3Pを放つ。
早いモーションのあとに指を離れ、弧を描いてリングへと向かうボール――。
私は足が着いた瞬間にガッツポーズをとる。
昨日の今日ということもあり、感覚が冴えていることを実感する。
一息遅れて沸き上がる歓声。
それを背後に感じながらコートに戻り、既に戻って来たボールを見つめる。
「っ!!!」
次の瞬間混乱して単調になった相手のパスを私の手が捕らえる。
それにいち早く気付いた綾瀬にロングパスをいれると、ジャンプシュートを決めた。
隣コートで授業を受けているはずの男子の歓声があがった。
その中でやれやれという顔で見学する慎埜の顔を見つけた。
その後――10分間の試合を、32対18で終えた。
結果はこちらの勝ち。
一人プレーという感じではあったが、シュートは全員が打っていた。
最後の挨拶のときに睨まれたと思うのは、絶対に気のせいではないだろう。
3試合中2勝1敗。
グループのメンバーには怒られたが、力が同じぐらいだったので徹底的にアシストに回っていたら2点ほど足りなかったのだ。
私としては満足だが、皆は全勝したかったらしい。
授業終了後は誰を待つことなく、逃げるように体育館を去ったのはいうまでもない。