26.シュート
――しくじったなぁ――
瀧は始めの位置に戻りながら、やはりシュートの感覚が現役の時よりも鈍っている事を自覚する。
現役の時は『ここだ!』という時には必ず決めていたのに…。
――どうするかなぁ〜――
さっきの策は上手くいったが、同じ手は使えないだろう。
パスで一人抜いたとしても、自力で4人を相手にしなければならない。
――きっ―ついなぁ――
そう思いながらも、瀧の顔は笑みが零れている。
楽しくてしょうがないという顔だった。
「どうすんの?」
「なんとかなるでしょ♪この後もパスよろしく♪」
心配をしながら声をかけた慎埜が場違いだと思うほどに、瀧の頬は緩んでいた。
――そういや、こういう奴だよな〜――
瀧のその顔を見て、慎埜は大会を思い出す。
追い詰められればそれだけ周りが落ち込むのに反比例して、俄然やる気を出すのが瀧なのだ。
――変わってないな…――
と思いながら、それが当たり前と感じなくなっていた自分に慎埜自身が驚く。
「もう不意打ちは無理だよ♪ちゃんと勝負して貰うからね」
元瀧のライバルは嬉しそうに瀧を煽っている。
「冗談★全員と一対一は無理だし、数人抜いていく気もないよ」
言葉とは裏腹に、顔は生き生きと輝いている。
子供が何かを思い付いて試そうとしている顔に似ているかも知れない。
瀧は慎埜に目配せすると、誰も向いていないそのままの状態で、パシッとボールを受け取ったや否や、その勢いのままに後ろのディフェンスを軽くかわす。
――残り4人…――
滞る事なく、気を抜く事もなく、コート上の5人に変わらず神経を尖らせながら、瀧はゴールのリングだけを見ていた。
その視線は常にリングに向けられていて、視界一杯でコートの状況を判断していた。
否、見ていたと言った方が無難だろう。
何せ周りの状況を考える事などなく、体が勝手に反応するのだから……。
二人目のディフェンスをバックターンでかわし、三人目はフェイントで引っ掛けて抜かすが、最後の二人は同じ所まで出て、確実に動きを止めようとしている。
――二人…――
瀧はスピードを緩める事なく、二人目掛けて一直線に飛び込んでいく。
二人は当然のように、瀧の動きを止めようと進行方向を塞ぐ。
そして瀧は跳ねた。
3Pラインから1メートルも離れた手前からのロングシュート――。
まず打つ人いないこのシュートの最大の理由は、ゴールまでボールが届かないからである。
中学でも瀧はこんなシュートを打ったことはなかった――部活では…。
誰もが『外した』と思ったそのシュートのリバウンドを取ろうとするなか、瀧は動かなかった。
諦めたのではなく、取りに行く必要がなかったのだ。
『入った』と思った人物は二人――、本人である瀧と、瀧がロングシュートを打てる事を唯一知っていた慎埜である。
一身に視線を集めているボールは、高く緩やかな弧を描きながら、ゴールのリングに吸い寄せられるように、軽い紐との摩擦音を残してすんなりとリングを通過した。
「私の勝ち♪」
呆然と立ち尽くしている殆どの人間を無視するように、瀧の声は体育館内に響いた。
そしてもう一つ――。
「瀧!」
慎埜の声に反応して振り向くと、いつ持ってきたのか、見慣れた鞄が瀧に向かって飛んで来ていた。
それを難無く受け取ると、案の定自分の鞄だった。
「ナイスシュート」
慎埜は嬉しそうにそういいながら、瀧の傍まで行き、片手を挙げる。
「慎埜なんかした〜?」
とからかうように言いながらも、瀧も片手を挙げ、慎埜の片手と打ち鳴らす。
「いいの?バスケ部」
「ん?構わないって」
一応この勝負を言い出したのはバスケ部の顧問である。
しかも顧問にとっては瀧には負けてほしかったのだから、喜んでいいのかと思ったが、どうやら平気らしい。
鞄の中を軽く確認すると、そのまま背負うように持つ。
「じゃあこれで」
一応世話になったのでその場の全員に向けて軽く会釈すると、もう一度慎埜に向き直る。
「これ、洗って返すから♪」
彼に借りたジャージを摘むように見せながら瀧は笑っている。
「あぁ。わかった。早めに返せよ?」
「どうせ使わないじゃん」
「ま、そうだけどな」
二人で笑いながら、瀧は慎埜にツッコミをいれると、アイコンタクトで何かを伝えると体育館に背を向けた。
――…頑張れ…か。ったく、抜かりないな――
多分自分の立場の事を言っているのだろう。
中学の時からそういうことに一際聡かったことを、慎埜は思い返して苦笑しながらも、すぐに今の状況の打破を真剣に考え始めていた。