23.告白
「決めた!告る!!」
握りこぶしを胸の辺りに持ち上げながらそう宣言した瀧は、いつも通りの瀧に戻っていた。
「振られたんじゃないの?すでに…」
「言葉で言ったことはない。失恋は決定的だけど…!」
こんな台詞さえ握った拳を下げずにいう瀧の立直りを、里奈達一同は安堵していた。
「で?いつ?」
「今日の昼。メール送ったら来るってさ」
――行動力あるなぁ――
と誰もが思ったが、言葉には出さなかった。
『思い立ったら吉日』とは瀧の為にある言葉だろう。
「――なんで急に?」
「実際に言って失恋してないから気持ちが変わらないんだと思うから、振られてふっ切って新しい恋でもしようかと思っただけだよ」笑顔で伸び伸びとそういった瀧の笑顔は、里奈達でさえドキッとさせられるほど、素敵な笑顔だった。
珍しく瀧の方が里奈のクラスに顔を出したのでなにかとは思っていたが、こういうことだったのである。
「ってことだから邪魔しないで。ね?」
チッと誰もが舌打ちをしたが、勿論表面上は取り繕っている。
「当たり前じゃない!頑張ってね!」
里奈達の中で唯一純粋な雫は、瀧の握り締められた拳を両手で覆い、その一途な目を瀧に向けていた。
「ありがと。頑張るよ、雫…!」
信じ切った目で瀧は雫を見つめると、チラッと周りを見回した。
これで里奈達は邪魔も覗きも出来ないことが決定されたのである。
ちょうどそれが証明された頃、始業のチャイムが響き渡った。
「――…瀧?」
恐る恐るという感じで声をかけて来たのは、紛れも無く神林慎埜その人だった。
「来てくれてサンキュ、神林」
――神林――と言った瞬間に彼の顔に何とも言えない感情が走ったが、生憎瀧は見てはいなかった。
「――話って?」
「この前の続き」
落ち着いて話せる自分が不思議だった。
こんな状態でも冷静に考えながら言葉を紡ぐ事が出来る。
「はっきりさせときたくて」
多分、あの日以来初めて瀧は正面から彼を見た。
――前髪が伸びたかな――
悠長にそんな事を考えられる自分がおかしかった。
「はっきり…って?」
真剣な瞳――。
時々垣間見せる本気の瞳――。
瀧が――神林慎埜をカッコイイと思った時の瞳――。
瀧も真っ直ぐに彼を見返した。
「私は神林が好きだよ、前から。神林の――慎埜の気持ちが知りたい」
はっきりと。
きっぱりと。
瀧は言った。
この前のように感情に流されるのではなく、確固たる自分の意思によって伝える。
後悔はなかった。
振られたらきっぱりと諦めるという覚悟がある。
だからこそ、真っ直ぐに神林慎埜を見つめていた。
「――どうって…。好きだけど…友達としてなのか、そうじゃないのか、よくわからないんだ」
慎埜は本当に困ったような顔をして、しどろもどろに言った。
「…この前…瀧に好きだって言われて、よくわかんなくなって――瀧はずっと親友だったから――。だから好きかどうかなんて考えた事なくて……」
――何を言ってるんだろう。そんな風に話していると、期待してしまう。せっかく諦めるって決めていたのに……――
「距離を置かれて焦ったし…、かなりつらかった……」
――何を言おうとしてるの…?――
「だから、好きの意味はわからないけど、大切な事は確か…、…それじゃあダメか…?」
考えても見なかった展開に、完璧頭がついていってない。
そのままの目で、しかし問うようにこちらを見る慎埜に、頭が真っ白になる。
「…大…切…?」
「当たり前だろう?何年一緒にいるんだよ」その言葉に絶句する。
そして次の言葉で完全に瀧の思考は飛んだ。
「先輩の事も…さ、なんか瀧取られるみたいでヤだったんだ、実は。だからどうなったか気になった」
何も考えられなくなった瀧の思考に、慎埜は余計に拍車をかける。
「…中学の時は瀧断ってたからさ、だから引き受けたんだけど…、公園で見ちゃったんだよね。瀧が泣いてるトコ。先輩に…抱きしめられてるトコロ」
――見られてた…?――
瀧の中に小さなさざ波がたつ。
「しかもその後俺の事苗字で呼んだじゃん?線を引かれたような気がして…。先輩に会ったことも俺に言おうとしないしさ。傍にいるのが当たり前だったから、そうじゃなくなる気がしてかなり焦った。だからあの時屋上行ったんだ」
いつの間にか慎埜の目は泳いで、違う所を見ていた。
「そしたらまた泣いてんだもんな。声かけられなかった。俺の前で瀧は泣いたことがないから。俺の前では瀧は弱いところ見せたことがないから」
――そう言えば…避けていた気がする。慎埜の前で泣いたり弱みを見せてしまうと、親友の私が壊れてしまう気がして…――
「そんなに頼りないかな。俺は頼って欲しかったけど…。なんて事を瀧に告られた後思うようになった」
少し、ほんの少し、慎埜の顔が赤くなっているように瀧は思った。
考えてもいなかった慎埜の告白。
瀧は返す言葉を選べなかった。
そんな瀧に同意を求めるように慎埜は続ける。
「今はまだ、この気持ちが友情なのか違うのかはわからない。でも瀧には傍にいてほしい。ちゃんと自分の気持ち確かめたいし…。だから…さ、瀧には頼ってほしいんだ。他の奴じゃなくて、一応一番傍にいるの俺だと思ってるからさ」
「…無理だよ」
何かを言い募ろうとした慎埜の次の言葉を、瀧の次の言葉が封じた。
「――余計に好きになっちゃうから…」
「――……いいよ。言っただろう?瀧が大切なんだって。他の奴には思った事ないし」
「ヤだよ。友情だったらどうするのさ…」
「ん〜、多分違うんじゃないかって思い始めたから、平気だと思う 」
「――…」
「それじゃあダメか?」
もう一度慎埜はあの目で私を見た。
ここまで言われて、好きな人を遠ざける人が果たしているのだろうか。
ゆっくりと首を横に振ると、満足したように慎埜は笑った。
「そうだ。神林はやめろよ?慎埜でいい」
屋上の扉に手をかけてすぐに思い出したようにそういうと、何も心配事が無くなったかのように、瀧の返事を聞くことなく、颯爽と階下に降りて行った。