22.偽りのデート
「宮崎さん」
私を見つけた中沢君が私の名を呼ぶ。
「ちょっと遅れた…かな?」
すでにそこにいたらしい中沢君を見て、携帯の時計を確認しながら聞いてみる。
およそ神林とはすることのない会話だ。
「違う違う。俺が早かっただけだから」
そういう彼のいう通りで、まだ約束の時間まで5分はあった。
「よかった。早かったね」
「会えると思ったら嬉しくて、早くついちゃった」
中沢君は告白した後から、恥ずかしげもなくそんな事を口走るようになった。
話しを聞いて見ると、小さい頃に6年ほどアメリカで暮らしていて、彼も帰国子女らしい。
多分だからだろうと思う。
あちらでは思ったことは口に出すから、日本と違ってそういうことが素直に言えるのだろう。
それに比べると自分はそういう面ではあまりあちらに馴染んではいない。
「What does it carry out after this?」
大体の会話が英語で交わされる。
そうなったのは二人にとってかなり自然な事だった。
「Isn't it shopping?」
「Is there any monochrome to buy?」
「It is not especially.」
「Then, does it turn suitably?」
「It agrees.」
お互いが納得しあって色々見て回る事になると、中沢君は躊躇いもなく瀧の手を掴んだ。
「Let's go.」
そう言って手を引く彼に、瀧は罪悪感を感じた。
理由は簡単。
瀧が残酷な事をしているからだ。
中沢君に神林を写しながら見ている。
そして何気なく比較している。
そしてこんなにも自分の事を想ってくれている彼の期待を長引かせている。
答えられないだろうとわかっていながら…。
「Is there any thought?」
考えに夢中で今何をしているのかを忘れていた。
「To an exception There is nothing anything.」
笑って告げると、店先にある洋服に興味をもったふりをする。
その洋服を手に取るフリをして手を伸ばした瀧の逆手を、中沢君が引いた。
「What is the matter?」
「How about going to a park just for a moment?」
「Certainly. Is it in near?」
「It is there immediately.」
手を引かれて連れていかれた先には、小さいがいくつかの遊具のある公園だった。
彼に促されてブランコに腰をかけると、その周りを取り囲むサクに彼は腰を降ろした。
瀧とは向かい合う形になる。
彼の後ろが夕日なので逆光で顔がよく見えない。
彼が言った言葉は私にとっては青天の霹靂だった。
「日本語でいいよな?…好きな奴――いるんだろ?」
「――…っ」
「――知ってたよ?告った時、振られるのを覚悟してたんだ」
彼の表情はまったくわからない。
しかしその声も口調も穏やかで、静かだった。
「好きな奴に似てるんだろ?俺。振られなかったって事は、宮崎さんの好きな人は宮崎さんの事意識してないってことだろ?近くにあるものには代わりなんていらないんだから」はっきりと言い切られた。
推定でも推察でもなく、断定の言葉。
「俺じゃダメ?代わりじゃなくて、俺じゃダメなの?…俺を見てよ――。今宮崎の隣にいるのは俺なんだから――」
それは彼の本心だろう。
偽りのない彼の願いであり――望み。
瀧は何も言えなかった。
何か言えばきっと謝ってしまう。
けれど彼はそれを望んではいないから。
「絶対に泣かせないし、苦しめないから。俺を見てよ。好きにならせて見せるから…!」
それは彼の願い。
それは彼の望み。
それは彼の懇願。
瀧は彼の足元を見ていた。
顔は合わせられない。
いつからこんなに苦しくなったのだろう。
いつからこんなに変わってしまったんだろう。
「身代わりだけは我慢できないんだ…!――忘れさせて見せるから…!」
「…なんで?」
「え?」
「何で優しいの?私は…酷い事してるのに…」
「…好きになっちゃったんだからしょうがないだろ…?身代わりにされてるってわかっても、気持ちは変わらなかったんだから」
「……」
「だから、振り向いてほしい…」
――忘れることが出来るだろうか――
胸を掠める思い。
けれど忘れることが出来るだろうか。
いつだってそばにいたあいつの事を。
名前で呼ばなくなっただけで、こんなにも胸が痛くなるのに…。
「―他の奴を思ったままでもいい。俺自身を見てくれるなら――」
妥協なのだと思う。
好きな相手の心に違う誰かがいて平気である訳がないのだから――。
そして、自分に向けて見せるという強い気持ち。
――やっぱり馬鹿かも。私は…――
「ゴメン…ナサイ……」
それは拒絶の言葉。
――無理だから…――
――傷付けたくないから――
謝罪を込めた、断りの言葉。
「――中沢君を傷つけてしまう。そんな事したくないから……、ゴメンナサイ…」
――結局私は捨てられないのだ。あいつへの気持ちを…――
こんなに中沢君を傷つけて、やっと気付くなんて…。
「…ゴメンナサイ――」
ただその言葉を繰り返した。
何度言っても、言い足りなかった。
私が弱いばっかりに、彼をより深く傷つけたのだから。
私のその言葉を聞きながら、彼は静かに私を見ていたが、諦めたように息を吐き出すと諦めの交じった口調で言った。
「―なんだ。―宮崎さんの恋に望みがなさそうだから、どうにかなるかと思ったんだけど、結局俺はオリジナルには勝てない訳だ」
もう一度ゴメンと言いかけた私の言葉を彼は遮った。
「言っただろう?初めから断られるの覚悟してたって。だから別に気にすることはないよ」
優しいその口調に最近使いっぱなしの涙腺から、また溢れてくる。
ダメだとは思ったけど、もう止められなかった。
彼は優しく胸を貸してくれたが、それが一層涙を増やし、瀧は辺りが暗くなるまで泣き続けた。