02.二人の秘密
親友と呼べるようになったのは中二の夏。
一緒にいるのが普通になったのは中二の春。
もともと部活でもクラスでも互いの顔は見ていたので体育祭などで男女の掛橋になったりとかしている間に仲良くなった。
好きか嫌いかと問われたら、間違いなく即答で好きだと言える、そんな間柄。
それは高校に入った今でも変わってはいない。
クラスも同じだし、話題も事欠かない。
誰とでも話すし仲もいいし、女友達も多いけど、殆ど慎埜と行動を共にしている。
もともと捌けた男勝りの性格をしているので、違和感はないし、時々女友達の中にいるのが嫌になることもあるので、そこにいるのは自然な流れかも知れない。
「なぁ!英語見せてくれ!予習のトコ!」
「また〜!?たまには自分でやれよ」
「間に合わないって!!俺バカだし!」
「…今度購買のデニッシュな」
「よし!交渉成立だな!!」
そういって私のノートを引ったくっていく。
その周りには人の山。
私は勉強も運動もよくできたので、予習の必要な古典や英語の前の休み時間は大体こんな感じだ。
ま、いっけど。
前の席の喧騒は休み時間ギリギリまで続くだろう。
私は逃げるように廊下に出た。
日が差し込む南向きの廊下は、光りで溢れていた。
窓に寄り掛かり、半ば身を乗り出すような感じで外を見回すと、私は視界を閉ざす。
喧騒がとても遠くに聞こえた。
視界を元に戻すと、一緒に喧騒も戻ってくる。
もう一度視界を覆うように降りて来た瞼を、始業のチャイムが邪魔をした。
私は溜息を着きながら教室に戻ると、人の山が少しずつ小さくなっていっていた。
「サンキュ」
慎埜はそう言って今まで必死に写していた私のノートを差し出した。
「写し終わった?」
差し出されたノートを受け取りながらそう聞き返してみる。
「バッチリ」
ウィンクでもしそうなくらいに悪戯っ子の笑みを浮かべる。
「次は見せないからね」
そう釘は刺すが、多分頼まれれば見せるに違いないと内心苦笑する。
周りから見れば人が良いんだそうだが、なぜだか頼まれると嫌とは言えないらしい。
いくつかの例外はあるにしても。
「リョーカイ」
そう笑いながらいうこいつは、私の性格をよく知っているので、予習をやって来たことはない。
ま、部活で疲れ切っているっていうのが手を付けない理由だろう。
それに自主練までしていれば、確かに予習なんてできないだろう。
そうこうしている間に授業が始まり、規則性無しに当てては単語の意味から動詞の活用、反意語などを答えさせている。
だからこそいつもは爆睡している奴でさえ、この予習箇所だけは見せてもらったりして書き写しているのだ。
答えられないと成績から減点されるということも、あれだけ人が集まる理由だろう。
私みたいに勉強が出来る奴にはまず当てないその性格で、生徒に好かれていないことは周知の事実だ。
「宮城!」
『へぇ?』というなんともマヌケな顔をしているだろうと思いながら、起立する。
「聴いてるか?」
聞いてないという訳にもいかない。
聞いてるように思えないから指されたのだろう。
「一応」
そう答えると教師はニヤッという表現がピッタリ合いそうな笑みを浮かべる。
「本文12行目までを訳していってみろ」
どうせ聞いてないんだろうという顔を向けて勝ち誇ったようにいう教師の態度に、ただでさえ細い糸が切れる寸前まで伸びる。
「訳まで授業は進んでないと思いますが」
前に座る慎埜には私の変化がわかったらしい。
まるで馬を落ち着けるように、ドウドウとしている。
私は確かに優等生の部類に入るが、決して従順な訳ではない。
「わからないのか?」
試すようにと言うより舐め回すように這う視線に心のメーターが上がっていく。
私はキッと教師を見据える。
「わからないならそうと言えば許してやってもいいゾ」
プチッと私の中の糸が切れる。
私は申し訳程度に開かれた教科書を片手に持ち上げて、言った。
「It is difficult to understand foreign countries,and even more so to make our country understood……(以下略)」
流暢な英語が紡がれる。
日本の教育現場では絶対に聞けない発音。
12行目まで行くとパタンと本を閉じ、教師を半ば睨み付ける形で早口にまくし立てる。
「外国の事を理解するのは難しく、ましてや自国の事を正しく知ってもらうのは……(以下略)」
言われた所まで訳すと一睨みしてから乱暴に座った。
辺りがし〜んと静まり返る中で、慎埜だけが声も出さずに爆笑していた。
「……よし、じゃあ――」
呆然と教師が教科書に目を落とした瞬間、待ち構えたようにチャイムが響き渡った。
「…ここまで」
そう言って逃げるように教師が出て行った後、教室中が沸き返ったのは言うまでもない。
休み時間はその話題で持ち切りだった。
「スカッとしたよ」
「最高!!」
などと口々に言っていたが、爆笑していた慎埜だけは苦笑するように見ているだけだった。
そして辺りの興奮が納まり人がまばらになってから言った。
「バカ。隠すって言ってなかったか?」
「……」
「短気過ぎる」
「慎埜には言われたくない」
「事実だろ?――それにしても」
そして何も言えなくなった私とは対象的に思いだし笑いをしながら付け足す。
「瀧に英語で喧嘩ふっかけるなんて馬鹿としかいいようがないな。なぁ?」
私はその返事には曖昧に濁らせた。
慎埜のいうとおりで帰国子女である私に喧嘩を売ったあの教師は馬鹿としか言えない。
それを知ってるのは高校ではこいつだけだが。
もともと小さい頃から英語に慣れ親しんだわけもあって、英語は完璧に近い。
単語もほとんどわかるし。
でも高校では帰国子女のことは知られたくないので、慎埜にも緘口令を引いているので、そういうことは言って来ない。
「それより、何ボーっとしてたんだ?」
「別に…」
いきなり話題を変えて来るのは慎埜だけだろう。
私が特に考えもなくそういった言葉に反応する。
「俺にも言えないこと?」
『何でお前に言わなきゃいけないんだ』とかいうセリフは一応飲み込んでおく。
こいつ相手の言い合いは疲れる。
いろいろな意味で。
「理由がないからボーっとするんじゃないのか?」
「なぁんだ」
「何がだ?」
「俺のこと考えてたんじゃないかな♪ってさ♪」
「……」
あきれてものも言えなくなるとはこういうことだろうと思う。
何か言おうと口を開きかけたが…、無視することにした。
とりあえず綺麗さっぱりスルー。
もちろん軽蔑するような瞳を向けてやるのは忘れない。
「…悪かったって。瀧」
その反応に困ったらしく、からかうのが面白くて笑った顔が見る見る変わっていく。
私をからかおうと思うのはこいつぐらいだろうと常々思うのだが、こいつから見れば私をからかうのはかなり楽しいらしい。
ムカツク事ではあるが…大体は慎埜の方が折れてからかいは失敗に終わるのだが…。
「はしゃぎ過ぎた。わりぃ」
「……本気で言ったらマジ怒るぞ?」
「あぁ」
「ならもういいや」
そう言って慎埜を軽く小突いていつものように馬鹿みたいな話をする。
胸がチクチク痛むような気がするのは…気のせいと言うことにして置いた。