13.メール
『付き合え』
次の日の明朝、起きがけに見たメールはこれだった。
送り主を確認するまでもない。
こんな用件のわからないメールを送ってくるのは一人しかいない。
――神林慎埜――
考えの通りに見慣れた名前がある。
知らず知らずのうちに溜息がでた。
昨日慎埜に似ている中沢君といた事で、せめて女としてみてほしいと思うようになってしまった。
いつまで親友を演じていられるかわからない…。
途端に暗くなったが、のろのろと返事を打つ。
『何に?』
人の事は言えないかもしれないが、慎埜へのメールはこれで十分通じる。
すぐに着信音が鳴り、メールがきたのを知らせる。
『自主練』
『いつもの所?何時?』
『17』
『了解』
そこで終了。
我ながら好きな相手になんてメールしてるんだろう思うが、親友を演じているのでしょうがないと言う事にしておく。
一つ深い溜息を吐き出すと、重い気持ちのままベットから這い出した。
外は瀧の心中と対象的に晴れ渡っていた。
日中はいつも通りに軽く勉強をした。
休み明けの予習やら一週間の復習を行う。
進学校ということもあってレベルは高いはずだが、瀧は難無くそれを熟す。
講習を受けたことも、塾に行ったことも、家庭教師に教わったこともないが、瀧は小さい頃から勉強に困ったことはなかった。
中学から始まった英語は、昔取った杵柄ということもあって、成績はいつもトップだった。
それでも嫉まれることも皮肉られることもなかったのは、一重に瀧の人柄が成せる技だろう。
本人にそんな自覚は全くないが…。
男女どちらでも同じように振る舞う瀧は、余程捻くれたりした人でもないかぎり上手くいっていた。
ノートに説明を付け足したりするのも毎週の週間で、だからこそ借りていく人は多かった。
それが終わると、次は部屋にある大金を払って購入したパソコンを起動する。
ニュースや時事問題を確かめながらざっと目を通していく。
そのあとは軽くネットサーフィンをしながらめぼしい情報がないかどうか探していく。
それも終わると自分のHPをアップしにかかる。
バスケの事や英語の事、最近考えることや思うこと、英語や日本語の詩。
それらを気が向いたものや書きたい題材のあるものだけアップロードしていく。
このページのURLは知り合いには言っていなかった。
隠し続けている気持ちが書き記されているからだ。
女としての自分はこのHP上に存在していると言ってもいい。
近くにいる人ほど知らないもう一人の私のようだ。
HPをアップロードしたあとは今度はネットを使ってチャットに参加する。
英語のチャットで主にアメリカで同い年ぐらいの年の人達が集まるチャットルームだ。
この時間では常連で、常時接続なので時間を気にする事なく英会話を楽しむ。
去年のパソコンを買った当初は会話に入ることが出来なかった。
というのも会話のスピードに合わせて打つ事ガ出来なかったのである。
それなのに今はブラインドタッチと言われるキーボードを見ないで打つ打ち方が出来、かなり早い方に入るのは確かだ。
またこのチャットによって色々な人の考え方や感じ方、同年代から見た世界情勢等、雑談に混じって色々な話しが飛び交う。
瀧はいい国際交流だと思っていた。
瀧はバソコンを買ったことによって自分の視野や世界感が広がったと感じていた。
今はまだ将来に何をやりたいかなどわからない。
だからこそ色々な事を知りたいと思った。
将来を広く選べるように。
そのための勉強も努力も苦にはならなかった。
むしろなるべく多くの事を知りたくて積極的に勉強をしているのは、あまり多くの人には知られていない。
正午までチャットを続け、キリのいい所で切り上げる。
17時から約束があるので、昼食を食べるとすぐにジャージなどの用意をすると、リビングの隣に置いてある、グランドピアノに手をかけた。
ピアノは母親が好きで、瀧も小さい頃から弾いていて、筋がいいらしく、初見で弾けるほどの腕前だ。
流暢で流れるような音が奏でられる。
時に高く、時に低くなるその音には瀧の内面が色濃く現れる。
感じていること。
想っていること。
隠していること。
その全てが音になって踊りだす。
突然曲調が変わる。
瀧の気分次第で変わる即興だ。
今日の音は迷いがあるような流暢だがローテンポの音。
約2時間ほど、瀧はピアノを弾き続けた。