冬の少女
童話かどうか自信はありませんが、こんな感じも書けるということで。読後感がよかったら、それで満足です。では、どうぞ。
冬は大好きな季節だ。寒くなるのを毎年、待っている。そして両親にこうねだる。
「ねえ、おばあちゃんちに一緒に行こうよ」
でもそれはいつだって無理だって返事。だからいつもボク一人で出かける。電車に乗り、終点の駅から今度はバス。窓の景色は街から山、そして雪へと変わる。バスも終点につくと、もう周りはすっかり暗くなっている。あたりはボクの背よりも高く雪が積もっている。
そしてそのバス停で待っている、小さな女の人がボクのおばあちゃん。おとうさんのおかあさんは一人でこの小さな村に住んでいる。ボクはおじいちゃんにはあったことはない。
そのおばあちゃんはバスから降りたボクの頭を撫でて、「よう来た。よう来た」といつも笑う。しわくちゃの顔で。そして二人で村の外れのおばあちゃんの家まで雪の中を歩いて行く。
雪をたくさん被った萱葺きのでっかい家。ボクの街の家の何倍あるんだろう。昔はたくさん兄弟がいたから、家も大きいのが必要だったんだよって言ってた。でも今はおばあちゃん一人。「寂しくない?」って聞くと、「少しだけ」って笑う。
「でも離れらんねえからねえ」
そうか、だからおとうさんが誘ってもなかなか街にはこないんだね。
朝、目を覚ますと、ボクは窓に駆け寄った。内側の窓を開けて、さらに外にある窓に近寄る。二重にしてないと、家の中まで冷気が入ってきて、結露が凍って家の中まで氷が侵入してくるんだって。真冬だと「冷蔵庫の中より寒いんだ」っておばあちゃんは言っていた。
外の窓ガラスは下半分が雪の中。上は氷が付いているけど、それが朝日に照らされて、キラキラ輝く。その向こうにはつららが何本も立っていて、背景に抜けるような青空。
「やった。遊んできていいよね!」
ボクは内ガラスの向こうにいるおばあちゃんに叫ぶ。
「ああ、スキーは物置にあるよ。着替えはここやぞ」
ボクはおばあちゃんの言葉もそこそこに外へ飛び出した。風が埃のように新雪を舞い上げる。キュッキュと音を立てながらスキーを抱えて上る。おばあちゃんちの裏手にはスキー場があって、そこがボクのマイゲレンデ。もちろん、スキーは大好きだけどそれ以外にも楽しみがあった。
「今年も逢えるかな……」
赤い耳当て。長い髪。ミトンの手袋の女の子。いつからこの子がボクを見ていたのか、わからない。初めてスキーに乗って、そして見事に転がったとき、その子の視線に気がついた。くすくす笑ってた。リフト乗り場の横の大木のところに立って。
笑われて、ちょっと腹が立ったボクは、その子のことを無視した。だけど、すぐに又転ぶ。そして、その子はまたクスクス笑う。その笑い方があまりにも面白そうなので、ついつられて僕も笑った。そして、ボク達は仲良くなった。
名前も歳も知らない。この村の子には違いないけど、冬にしか会えない女の子。その子とはゲレンデで会って、一緒に遊ぶ。帰る時間が来ると、おばあちゃんの家の近くで別れる。きっと近くに住んでいるんだろうけど、家も知らない。いつも同じ服。同じ手袋。同じ耳当て。違うのは毎年少しずつ長くなっていく髪の毛ぐらい。
だけど、その日は会えなかった。次の日なら、って思ってたけど、ボクは熱を出してしまった。おばあちゃんが出してくれた氷嚢の上に頭を乗せて、ぼーっと窓の外を見てた。外は風が強くて、雪が激しく舞っていた。今日は待っててくれててもきっと外は寒いだろうな、と思いながら。
その窓の向こう、赤いものが動いていた。何が動いているんだろう、そう思って見ていた。気がつくと、あの女の子が枕元に座ってた。じっと僕の顔を見下ろしている。そして手をおでこに当てた。冷たくて、気持ちいい、そう思ってた。
『あたしが来たこと、黙ってて。じゃないと遊べなくなっちゃう』
確かにその子はそういったような気がする。
目が覚めたとき、そこには誰もいなかった。熱はすっかり下がっていた。これであの子に会いにいける! そう思って有頂天になっていたボクは、つい、おばあちゃんにその子が会いにきたことを話してしまっていた。
「へえ、そんな子がねえ……」
この近くに住んでいるから、おばあちゃんなら知っていると思っていた。でもおばあちゃんは首をひねるばかり。この近くにそんな子は見たことがないという。何年も前からここで会っているのに、おばあちゃん、ぼけちゃったな、なんて思ってた。
でも次の日は激しい吹雪になっていた。風はうなり声をあげていた。窓ガラスがガタガタ揺れる。空は暗くて、雪は風に飛ばされて横へも下からも吹いていた。
「こんな日は家ん中でじっとしとらにゃかんよ」
あの子の事が気にはなっていたけど、ボクも外へは出られなかった。あの子だって、こんな日は家の中にいるに決まっているんだから。
でも、風の音にのって、あの子の声が聞こえたような気がした。そんなはずない。空耳か聞き間違いだ、そう思ってもあの子が呼んでいるような気がしてしかたない。どうしようもなくなって、ボクは長靴を履いた。それを見て、おばあちゃんが僕を止める。
「あの子が呼んでいるんだ。いかなくちゃ」
「馬鹿なこと言うんなじゃねえ。そんな子はいないんだ」
引きとめようとするおばあちゃんの声を振り払い、僕は外へ飛び出した。吹雪で前を見るのも辛かったけど、片手で目を覆うようにして、走る。後ろでおばあちゃんの声がしたけど、ボクはスキー場へ上っていく。もちろん、こんな天候じゃあリフトなんて動いてない。だから誰もいない。でも、あの子が立っていた、あの大木のところを目指して僕は登っていった。
あの木のところまで、雪を掻き分けてやっとついた。でもあの子はいなかった。昼間なのに薄暗く、雪しか見えない景色にボクはようやく我に返った。急に寒さが身にしみて、体中が震える。
いったい、どうしてこんなところに来たんだろう。何がしたかったんだろう。そう思いながら、ボクは雪の中で立ちすくんでいた。だから、突然抱きしめられたとき、とても驚いた。でもそれはおばあちゃんだった。
「よかった、よかった」そう言いながら、ボクに話しかける。
「あの女の子のことは忘れろ。あれはダメだ」
いったいおばあちゃんが何を言いたいのか、さっぱりわからなかった。何がダメなんだろう。そう思って聞こうとしたとき、あの子が目の前に立っていた。
きっとおばあちゃんにもその子の姿が見えたに違いない。だってボクを抱きしめる両手に力がこもったから。
「だめだ、だめだ。この子はだめだ。代わりにワシにしておくれ」
おばあちゃんはそうつぶやいていた。いったい何を言っているんだろう。
「お願いだよ。ユキムスメ。ワシの命を持ってけ、だけどこの子は助けておくれ!」
女の子の姿が急に近づいた。まるで獲物に飛び掛る猛獣のように。
『誰にも言ってはならぬ!』
反射的に身を縮めた。ボクとおばあちゃんは雪の中に倒れこんだ。その直後、ものすごい轟音と地響きがあたり一面に響き渡った。
目を覚ましたとき、そこはどこかの家の中だった。知らない大人の人、白衣の人。警察の人、とにかくいっぱいだった。隣の布団ではおばあちゃんが起きていた。
何が起きたのか、聞いてみた。雪崩がおきたそうだ。それでおばあちゃんの家が押しつぶされてしまったんだそうだ。みんなは驚いて慌てて助けにきたんだけど、家の残骸の中には誰もいない。そのうちに足跡に気がついて、雪の中で倒れていたボク達を発見したそうだ。
奇跡だ。みんな、そう言っていた。もし、家にいたままだったら、雪崩に巻き込まれて死んでいたに違いないと。雪崩はギリギリのところでボク達を避けていた。あの大木がちょうどさえぎったようなそんな形になっていたのだそうだ。
なぜあんなところに二人がいたのか、誰もが首をひねっていた。その理由を聞かれたけど、ボクは答えなかった。あの子の言葉を思い出していたから。おばあちゃんも言わなかった。ただ、ボクの後を追ったら、あそこで雪崩にあったとだけ。それからはもう二度とあの子に会うことはなかった。そして、おばあちゃんもしばらくしておじいちゃんのところへ旅立った。あの子のことは一言も口にしないで。
おばあちゃんの家の残骸はすぐに片付けられたけど、ずーっと空き地のままだった。でもそこには今、新しい家が建って、子供達が顔を覗かせている。そう、ボクのことを「パパ」と呼ぶ子供達が。
ここに引っ越してきてから、ボク達はあの場所へあがって行った。リフトは新しいものに代わっていたけれど、あの大木はあの時のままそこにあった。そして、ボクは子供達にこの話を初めてしたんだ。
子供達が言う。
「パパ、それは怖い雪女なんかじゃないよ」
「だって、パパとパパのおばあちゃんを助けてくれたんでしょ」
そうだよね。でもじゃああの子はなんだったんだろう。
「山の神様だとか?」
「座敷わらしかな?」
「パパ、子供の守り神なんじゃないかな。それともこの木の神様だ!」
そうかも知れない。いや、きっとそうだよね。ボクもそう思う。だからここに引っ越してきたんだ。きっとあの子は君たちの所へも遊びに来ると思うよ。もし来たら、パパもずーっと待ってたってこと、そしてあの時はありがとうって、伝えておくれ。
ユキムスメとは、雪女の呼び方の一つです。他にもユキオナゴ、雪ンバ、ツララオナゴなど地方によっていろいろあるそうです。