小太郎からの手紙
生後3ヶ月。
ボクは、このあの家にやってきた。
F市のペットショップ前に、雑種の”里親探しています”の札のかけられたダンボールの箱の中に、ボクはおった。
箱の中には、ボクの兄弟がまだ一匹残っていた。
ボクは、寒い外にそのメスの兄弟の温もりだけが頼りやった。
「めっちゃ可愛い!!!」
「見て、この子」
「わあ、こっちはオスやで。」
色んな人に触られて、うとうと眠るのもかなわない。
ホントすごく眠かったのに。
そんなとき、お母ちゃんと出会ったね。
お母ちゃんと、そしておっきいお姉ちゃんと、ちっちゃいお姉ちゃん。
近くのデパートに買い物しに来ていた帰り、ボクを見つけてくれた。
乱暴もののお兄ちゃん達に持って帰られようとしているボクを見つけて、
おかあちゃんが咄嗟にボクを手にとったんやて。
それで、急遽、ボクを家に連れて帰ってくれた。
そして、まだちゃんと歩けないボクに、ミルクをくれた。
おっきいお姉ちゃんは、ボクに名前をつけようとして、
ジョンとか、ジャックとか、色々いい名前を考えてくれたけど、
結局決まらなくて、最終的に”小太郎”っていう、パソコンで育ててる犬の名前をつけてもらったよ。
ボクは、怖がりで淋しがりだった。
夜になると、いつも一人で泣いた。
皆がどこかへ出かけて一人になると、ボクはあちこちを探し回った。
だって、一人は淋しいから。
お父ちゃんも、お母ちゃんも、おっきいお姉ちゃんも、ちっちゃいお姉ちゃんも、
ボクをすごく可愛がってくれた。
毎日お散歩にも連れて行ってくれたし、
近くの草原のある公園に、よく遊びに連れていってもくれた。
ボクが小さいうちは、おっきいお姉ちゃんは、
しょっちゅう自分のお腹の上に、ボクを載せて、寝ていたっけ。
ボクが大きくなると、今度は毎晩1時間のウォーキングに
一緒に連れて行ってくれたね。
ボクは、走るのがとっても好きだった。
お母ちゃんや、お姉ちゃん達皆と、一緒に歩いて、走って、とっても楽しかった。
けど、ボクはおっきくなりすぎた。
お母ちゃんも、お姉ちゃんも、皆びっくりしてた。
あんなに小さかったボクがこんなに大きくなるなんて、思ってなかったんやて。
ボクはちょっぴり暴れん坊で、悪戯好きだったから、
散歩のとき、思い余ってお母ちゃんやお姉ちゃんを引きずってしまったことも何度もあったね。
それに、ときどき、遊んでいるうちに、お母ちゃんやお姉ちゃんの手を噛んでしまったりして、ボクはよく叱られた。
ほんとにごめんなさい。
やがて、ボクを見て、皆が怖がるようになった。
顔がシェパードみたい、って皆が言ってた。
シェパードって何?
おいしいの?
ボクはおっきすぎて、お母ちゃんたちと、家の中では暮らせなかったけど、
とっても幸せだった。
皆に可愛がってもたって、とっても幸せだった。
この幸せは、これからもずっとずっと続くんや、って思っていた。
ある日、ボクは病気になった。
お腹が痛くて痛くて苦しくて。
お母ちゃんもお姉ちゃんも、皆が心配して、病院に連れて行ってくれた。
病院は大嫌いだったけど、
ボクは、手術をする為に、入院することになった。
先生に、助からないかもしれない、と言われた。
けど、皆が神さんに拝んでくれて、ボクはなんとか助かった。
お尻の毛が剃られてなくなって、すうすうするし、痛いし、恥ずかしかったけど、
家に帰ると、皆がとっても優しくしてくれた。
しばらくはお家の中で生活させてくれた。
ボクは、ちょっぴり嬉しかった。
こうして一度は助かった命。
ボクはやっぱりこれからも幸せは続くと思っていた。
けど、ボクは、子どもが嫌いやったんや。
ちっちゃいとき、いっぱいビービー弾をぶつけられて
梅干を食べさせられた。
ボクが眠いとき、すぐ近くではやし立てた。
ボクは、子どもが嫌いだった。
ほんとにごめんなさい。
あの日、ボクは頭がかあってなってしまったんや。
お母ちゃんが、仕事から帰ってきたとき
子どもが家の前を走り回っていた。
ボクは、また嫌なことをされると思ってしまったんや。
気がつくと、ボクは、お母ちゃんが入ってこようと開けた門をすり抜けて
子どもの足に噛み付いていた。
遠くでお母ちゃんが叫んでいる。
ボクを捕まえようとしている。
それでもボクは、噛み付いた。
思いっきり噛み付いた。
ごめんなさい。
だから、ボクを一人にしないで。
お母ちゃん、なんでボクをこんな牢屋に預けたの?
淋しいよ。
ボクも一緒にあの家に帰りたいよ。
お父ちゃん、ねえ、連れて帰って。
お母ちゃんも、お姉ちゃんも、皆、いつもよりボクによしよししてくれた。
大好きなウインナーもくれたよ。
お母ちゃんも、おっきいお姉ちゃんも、ちっちゃいお姉ちゃんも、皆泣いてた。
なんで泣いてるの?
淋しいよ。
帰りたいよ。
ねえ、ごめんなさい。もう噛まないから。
ボクは、あの家で暮らした7年間、
とっても幸せでした。
お母ちゃんに出会えたこと、お父ちゃん、おっきいお姉ちゃん、ちっちゃいお姉ちゃんに出会えたこと、とっても幸せでした。
次は、人間になって生まれたい。
人間になって、また、あの家で一緒に暮らしたいな。