1:始まりは桜散る春の夜にて
――時は平安の世。昼と夜が分かれ、魑魅魍魎が跋扈していた時代。
雪も溶け、淡い色が鮮やかに踊り始め、それでも夜は肌寒く感じる季節。
京と呼ばれる都の寂れた屋敷の1角で事件は起こっていた。
「御敵を縛りたまえ――オンキリキリタアタカラカンマン」
人の騒めきが消える夜に墨染の衣をまとった少年が二人。体格の良い少年が唱えた真言が見えない鎖となって妖しへと襲い掛かる。
大きな蛞でも思わせるような二尺ばかりある髑髏は縛りつけられ重い叫びとともに抗う。そこへ鎖を放った少年は声をあげる。
「雅幸、今だ!」
声とともに髑髏の後方へと回っていたもう1人の少年が真言を唱えた。
「オンバサラバジリナウマクサンダウンハッタ――万魔挟服!」
見えない刄は髑髏を貫き、跡形もなくそれを消し去った。
残されたのは半壊した屋敷のみだったのは言うまでもない。
二人は烏帽子を被らず、髪を後で括るという本来ならば有るまじき出立ちで、暗い夜道を迷いもせずに安倍邸へと急いだ。
「……あのたぬきじじい、どこが見てくるだけだ……」
小柄で雅幸と呼ばれた少年は、祖父であろう人をたぬきじじいとまですっぱり言い切る。
名を安倍雅幸。彼の陰陽師、安倍晴明の末の孫にあたる。
「そう怒るなよ……晴明様も忙しかったんだろうし」
おまえの性格考えたら、晴明様も苦肉の策だったんだろうよ。
雅幸のすぐ横を歩いていた少年は、口にはしないものの内心付け加えながら今にも爆発しそうな雅幸を宥める。
名を賀茂泰浩。安倍家と並ぶ陰陽師の家系、賀茂家の末の孫である。