7
「姫、姫や。儂の小さなフレイセや」
煌々と照らし出された舞台の上で、壮年の紳士が誰かに呼びかけている。耳が長く、豪奢な衣装を纏った金髪の彼は、豪華な家具が配置された舞台の上をウロウロと歩き回り、ソファの下を覗き込んでは「フレイセや~い」などと呼び掛ける。
舞台袖からこれまた華やかな若緑色のドレスを纏った耳の長い金髪の美女が現れて、ズンズンと舞台中央に進み、今度は巨大なツボの中を覗き込んで「姫や、出ておいで~!」などと叫んでいる紳士の背後で立ち止まり両手を腰に当てた。
「お父様っ! いくらわたくしが細腰と言えども、そんなツボの中には隠れられませんっ!」
「おお、儂のフレイセや!
そんなところにいたのか!」
お父様紳士はクルリと振り返り、嬉々とした様子で彼女に向けて両手を広げて抱き付こうと足を踏み出すも、フレイセと呼ばれた彼女はさっと傍らに身を躱してバグから逃れる。抱き留められたなかった反動で、お父様エルフは前方に転びかけた。
娘の愛に、お父様は半分涙ながらに立ち上がり、ドサリとソファに腰を下ろしてフレイセを見やる。
「わたくしをお呼びだと聞きましたが、いったいどんなご用?」
「姫や、そろそろお主も年頃じゃ。儂がお主の婿にと考えておる若者がおってな……」
「そんな事を仰って、今度はいったいどんな爺をわたくしに引き合わせるおつもり?」
ソファの傍らに立ったまま、フレイセはつーんと顔を背け問う。
お父様は両腕を組んで重々しく口を開いた。
「まだたったの250歳の若造じゃ。文句はあるまい?」
「あり過ぎだこのバカオヤジ! アタシまだ50歳よ!?
なんなのよ、前回は500歳目前の爺とか連れて来るし! アタシの好みは年下だって、何回言ったら理解するのよ!」
フレイセがそう叫んだ途端、会場内に『ぺんぽ~ん』なるヘンテコな音が響き渡り、舞台上の灯りが一気に絞られ薄暗くなり、2人の役者もまた、まるでそこだけ時間が止まったかのように、完全にピタリと動きを止めた。
そこへ、手燭を手にした黒っぽいローブ姿の人が舞台袖からすすす……と音もなく滑るように舞台の中央へと進み、客席へ向かって軽く会釈した。
「ご観覧中の皆様へ、この辺でそっとご注釈致します。
ハイエルフ族である彼女らは、我ら人間とは寿命に隔たりがございます故、年齢の感覚は約二十分の1程度に換算してお考え下さいませ。
おっと、そうなるとフレイセ姫のお年は……いやいや、これ以上は言いますまい」
後半は含み笑いを交えながら、黒っぽいローブ姿の人物は舞台を横切って出て来た方とは逆の袖の向こうに消えた。途端に、舞台上の灯りが再び煌々と灯され、身動きを再開したお父様が叫ぶ。
「お主よりも若い、だと……!? そんな幼子と連れ添おうなど犯罪じゃ、フレイセ!」
「数百歳年上のヒヒ爺を押し付けられるより、なんぼかマシじゃーっ!?」
フレイセも大声で怒鳴り返し、両者は肩で大きくゼイゼイと喘いだ。
そしてえへんと咳払いし、居住まいを正したお父様は改めて生真面目な表情で娘を見上げた。
「儂の若い頃は良かったのう。結婚相手にこんなに悩まんかったが」
「一族の出生率は、近年下がる一方ですものね。わたくしとて、年回りの近い殿方の1人でもいれば、黙ってその方と添い遂げていた……かもしれませんわ」
ころりと言葉遣いを改めたフレイセは、ドレスの裾を捌いて舞台中央から客席に向かい合い、大空を見上げるかのように眩しげに目を細めて歌い上げる。
「けれどもそれは、ハイエルフ族の中でだけの話。
この霊峰レデュハベスから踏み出せば、一般のエルフ達が大勢暮らしている。そう、それにデュアレックス王国を出ればもっとたくさんの人間達が」
そして彼女は一旦唇を閉ざし、力なくゆっくりと首を左右に振った。
「いいえ、そんな事は許される筈が無い。
ハイエルフ族の伴侶はハイエルフ族。それはもう、何万年と昔から連綿と続いてきた例外の無い伝統、なのだから……」
それから舞台の上ではお父様エルフさんが送り込んでくる、様々な性格をした見合い相手の男性陣の多種多様なアタックから、時にダッシュで逃れ、時に舌先三寸で言いくるめ、時に超原始的なブービートラップを駆使して、必死に躱しまくるフレイセ姫。
その展開はまるっきりコメディであり、ユーリが想像していたドラマチックな劇とは……何かが違う。
そんな第一幕を経て、舞台は総大理石を思わせる広間に移行していた。
舞台中央、赤い絨毯が敷かれた数段高い位置に設えられた大きな椅子は、玉座だろうか。そこには、やはり金髪で耳が長く、ボディラインに沿うマーメイドドレスを思わせる豪奢な真紅のドレスを着こなした女性が腰掛けていた。玉座の下段へと優雅に広がるドレスの引き裾には、遠目にも細かな金糸の刺繍が見て取れる。
フレイセはそんな彼女の傍らに腰を下ろし、甘えるように膝の上に頬を乗せて愚痴を零していた。
「アタシはもう、あのクソオヤジのなりふり構わない見合い攻撃にはウンザリよ。
ねえ、ロベルティナから止めるよう命令してくれない? 女王様の命令なら、きっと聞き入れるに違いないわ」
ロベルティナ、と呼ばれた玉座の上の女王は、フレイセの頬を愛おしげに撫でる。
「妾のいとけなきフレイセや、それは出来ぬ相談じゃ。王たる妾はディベルキュルスの一族を繁栄させる義務があるゆえ。
ベルベティーが幾百年も待ち望んだ待望の和子、太陽の娘。そなたが婿を娶り、健やかな子を育んでくれる事を、妾とて願ってやまぬ」
ロベルティナの言葉に、フレイセは不満げに顔を上げた。
女王は「しかし」と、もったいぶって言葉を続ける。
「しかし、そなたの姉代わりたるロービィとして言わせてもらえれば……『クソオヤジ、もっと乙女心を解しやがれ』じゃな」
「ロベルティナ……!」
「そうさの。ベルベティーを諫めてやる事はせぬが、一つ、そなたに逃亡場所を提供してやろう」
ロベルティナの悪戯めいた笑い含みの言葉と共に、舞台は暗転。そして一拍の間を置いて再び明るくなった舞台の上は、一瞬にして背景や小物などが先ほどとは異なる屋外の様相に一変していた。
フレイセは鼻歌混じりに舞台の上をスキップしながら横切るが、先ほどまで一緒に舞台の上で演技していた筈のロベルティナ役の女性の姿は見えない。明かりが消えて観客の目隠しがされている間に、舞台奥の玉座を隠すような位置にでも屋外背景画が立てられたのだろうか? 見事なまでに一瞬の早業な場面転換だ。
どうやら女王様からお父様エルフの魔の手が届かない安全地帯を提供されたフレイセ姫は、とてもご機嫌なようだ。
と、そんな彼女が背を向けている方の舞台袖から、1人の青年が進み出てきた。これまで、この劇では示し合わせたかのように金髪の人物しか出て来なかったが、新たに登場した彼は亜麻色の髪の毛をしていた。
さて、舞台袖からズンズンと歩く彼は自身が手にしている帳面のような物を凝視しつつ、俯きがちな姿勢のまま黙々と競歩並みのスピードで突き進み……ものの見事にフレイセと衝突した。
「きゃあっ!?」
「うわぁっ!?」
勢い良く激突した2人だったが、フレイセの方は僅かによろめいただけですぐに体勢を整えたというのに、青年はゴムの壁にでも全力突撃したかのように尻餅をついた。
「痛た……こんなところに柱なんかあったっけ?」
「なっ!? 誰が柱並みに硬くてまっ平らよ!? 失礼ね!」
ぶつけた辺りをさすりながら唸った青年の呟きを聞きつけたフレイセは、両手を腰に当てて彼を見下ろした。彼女の苛立ちの声を耳にした青年は、慌てて頭上を見上げ……
「柱って言うよりは、節くれだった樹の幹?」
そんな訂正を試みて、フレイセ姫から往復ビンタをお見舞いされた。
青年が登場した辺りで一区切りらしく、舞台の幕が下りると観客席のあちこちから人々の話し声が上り始めた。
「グラシアノお兄様、ホワイエに参りませんか? わたくし、小腹が空いてしまいましたわ」
「……ああ、行こうか」
こういった幕間にて歓談に勤しむのが上流階級の習いなのか、セリアが開けた廊下へと繋がるドアの向こう側を通ってゆく紳士淑女の姿が多数見受けられる。
肩の上のユーリを摘み上げながらいやいや立ち上がったグラは、迷子防止にかセリアの鞄の中へと黒ネコを押し込めてしまう。グラが出来うる限り、人と会いたくないと考えていたのは見え見えで、妹のおねだりに不承不承といった苦い顔をしていた。
エストが淑女らしからぬ『お腹空いた』発言を繰り出してまで兄を動かさねばならぬ辺り、グラが自発的に社交場に足を踏み入れる事は無いらしい。それでいいのか、伯爵家貴公子様。
鞄の中という、暗くて何となく息苦しく閉塞的な場所で大人しくうずくまりつつ、ユーリは再び外の様子に耳を澄ませる。ざわめく人々の声が遠くから聞こえてはくるが、会話の内容までは聞き取れない。ゆらゆらと揺りかごのように揺れ動いていた鞄が、不意にピタリ動きを止めた。
「まあ、あちらにいらっしゃるのはレディ・コンスタンサだわ」
エストが弾んだ声音でそうひとりごち、
「ご機嫌よう、コンス」
と、精力的に知人を探して旧交を温める気ナッシングな兄に頓着せず、早速自らの社交に励み始めたらしい。セリアは当然、エストの傍らに控えているようなので彼女の発する言葉はユーリの耳にも明瞭に聞こえるが、布張りの壁向こうで黙して語らぬ兄君様の現在の動向は全くの不明である。
「あら、こんなところでお会いするだなんて。奇遇ですわね、レディ・エステファニア。
今晩は、セリア。お元気そうね」
「ご無沙汰しております。レディ・コンスタンサ」
顔や服装などが分からない、発する声や会話内容のみでのユーリが感じた人物イメージになるが、レディ・コンスタンサはどことなく蠱惑的な甘さと色香を湛えた声で話す人だ。巻き舌というのだろうか。意味深長な含みを感じさせる喋り方だ。
開幕前に遭遇したグラの知人らしきギュゼル氏も、声の印象は若々しく溌剌としていたが……どうも、レディ・コンスタンサもギュゼル氏も、声だけでは彼らの年齢が今一つ想像出来ない。
一つ印象的な点があるとすれば、貴族階級において絶対的に存在する身分差により、高貴な人々にとってこういった社交場で付き添いの使用人に話し掛けるものではない、という認識があると思われる。現に、先ほどのギュゼル氏はセリアについて何も言及しなかったし、セリアはずっと口を閉ざしていた。
けれどもレディ・コンスタンサにとって、セリアは人間としてきちんと視界に入るらしい。
「エストは今夜もグリーンのお召し物なのね。
フレイセを観に来る日ぐらい、その色は控えられるかと思っていたわ」
「実はね、コンス。今夜は会う人会う人から、このドレスについて『強気だ』『あなたらしい』と言われて素知らぬ顔で流しているのだけれど……
わたくしドレスには拘りも何も無くて、その日その日にセリアが勧めた物を、特に感慨も深い詮索もせずに身に着けているだけなの。
フレイセの演目は初めて観るのだけれど、緑色のドレスに何か特別な意味でもありますの?」
エストの悪戯めかした告白に次いで、あっけらかんとした問い掛けをなされ、レディ・コンスタンサは呆れ果てて深く溜め息を吐いたようだった。
「レディらしからぬ心構えですこと。
フレイセは有名な演目ですのに、エストは耳にした事もありませんのね? 答えは次の幕にまで楽しみになさっていると良いわ」
「ええ、続きが楽しみですわ。
コンスの今夜の美しい紫色のドレスにも、きっと何か素敵な意味が込められていますのね?」
弾むエストの声音とは対照的に、レディ・コンスタンサはやれやれとお疲れ気味のようだ。
「エスト、待たせてすまない。これだけあれば足りるだろうか」
「まあ、美味しそう。ありがとうございますお兄様」
「……いや」
と、不意に会話に混ざったグラの声に、エストは嬉しそうに答えている。
……会話の流れからして、エストがコンス嬢に声を掛けた時点で既にグラは無言のまま妹の為にご飯を取りに行っており、だからこそコンス嬢はセリアには挨拶をしてもグラに対しての言葉は無かったと。そしてエストは、紛れもなく口実ではなくお腹が空いている、と。
「コンスも召し上がります?」
「……頂くわ」
社交場におけるお料理とは、飾りというイメージが大きいユーリである。何しろ、誰の物でもないお料理が盛られたテーブルの脇で、楽しく会話する人々……目に見えないほど微細な埃が舞い上がり、唾が飛ぶ。
しかし、堂々とした態度で食事を楽しむエストに勧められ、素っ気なく断るのも礼儀に反すると思ったのか、コンス嬢、お料理を口にしたようである。
「あら、美味しい」
「この揚げ物も、ベタベタせずにカラッと上がっていて美味しい」
「それにしても……」
しばしお料理の味わい深さに感心し、おもむろにコンス嬢は何か言いたげに言葉を途切れさせた。
「……お目にかかるのは久方振りだというのに、このわたくしに挨拶の一つもありませんの、グラシアノ?」
どこか不機嫌そうに言葉尻を尖らせるコンス嬢。確かに、グラはさっきからまともに喋っていない。
てっきり、先ほどと同じくユーリの知らぬ間にまたどこかへ何かを取りに向かったのだとばかり思っていたのだが、彼はじっと無言のまま佇んでいたらしい。……いやひょっとすると、料理を盛った取り皿をエストに差し出したまま、兄は直立不動なのかもしれない。
「……ご機嫌よう、レディ・コンスタンサ」
「……」
「……」
「……」
グラが低い声音でそう挨拶すると、周囲の女性陣は何かを期待するかのような沈黙を発した。彼の次なる台詞を待ち望んでいるらしい。
だがしかし、いくら待ってもグラはそれ以上何かを口にする事はなく、誰かが諦めたかのように溜め息を零す。
「ねえグラシアノ。あなた、もう少し妹以外の女性と会話する努力をなさった方がよろしくてよ。
そんな調子では今に、誤解されたくない相手から好ましくない捉え方をされる恐れがあるわ」
「……肝に銘じておきます」
「そうしてちょうだい。
しっかり銘じた分、今わたくしにたいして何を口にすべきか、分かりますわね?」
コンス嬢の重々しいお言葉。どこかの伯爵閣下を彷彿とさせる問い掛けに、グラは沈黙した。多分恐らく、彼は今、この場合の適切な台詞とは何か、これ以上ないほど真剣かつ必死に考えている。
「……お飲み物のお代わりを何かお持ちしましょうか、レディ・コンスタンサ?」
そうして弾き出された答えがそれだったらしい。一見、レディの為に紳士として気を利かせている……ようには感じられない事もないが、その実は飲み物を口実に難解な謎解きを強要される女性陣の側から、嬉々として離れたい貴公子様の本音が透けて見えるような気がする。
「……大いなる進歩、そう考えて差し上げますわ。
わたくしはフレッシュジュースを」
「お兄様、わたくしにはシャンパンをお願いします」
レディのご注文を受け、グラはやはり無言のまま飲み物を貰いに行ったらしい。
「まったく……相変わらず、遊び心の欠片も持ち合わせていらっしゃらない兄君ね、エスト」
「コンス、あまり兄を苛めないでやって下さいませ」
ふんっと小さく鼻を鳴らしながら憤然と苛立ちを吐き捨てるレディ・コンスタンサに、エストは弱りながらも宥めた。
「あの朴念仁のお陰で、わたくしがどれほど被害を被っていると思いますの?
わたくしとてそろそろ嫁ぎたいと思うものを、グラシアノの不甲斐なさで未だに未婚ですわ。この調子では、グラシアノは婚姻も妹に先を越されそうね」
そしてレディ・コンスタンサが呟いた愚痴に、ユーリは首を傾げた。
彼女の言い方から推測すると……グラの婚約者なのだろうか。それも、結婚をかなり待たされている?
妹への溺愛度と比較しても、ぐらぐら様のレディ・コンスタンサへの態度は素っ気ないというか、腫れ物的な対応でしたし……政略的な婚約で、ぐらぐら様は彼女にどう接したら良いか分からない、とかなのでしょうか。
ぐらぐら様、そこらへんはお父上様を見習うべきだと思います。
「それならばコンス、兄が自発的に動く事を期待するよりも、あなた自らご自分の結婚の準備を整えてしまえば良いのですわ。そして状況をお膳立てして、了承しか出来ない状態に追い込みますの!
グラシアノお兄様に、その手の機微は期待するだけ無駄ですもの」
「ねえエスト、わたくしあなたのその、実兄にたいしてさえ容赦の無い率直さが無性に好ましく思えるわ。どうしてあなたは殿方ではなかったのかしら?」
「殿方のわたくしがご覧になりたいのでしたら、父に面会すればすぐにも会えますわよ?」
「……あらどうしてかしら、一瞬にして淡い夢が儚く消え失せてしまったわ」
コンス嬢を唆す、パヴォド伯爵令嬢エスト。彼女の発言には時折、お父上様の濃い血の繋がりが容姿以外にも見え隠れしている。
エストお嬢様の幼少期の教育係は主であったハズなのに、ほんの時折ダブって見える姿が主の残念さではなくて、パヴォド伯爵閣下の例の微笑って辺りに、DNAの頑強さを思い知ります……
「お待たせしてすまない」
妹と、推定婚約者が企み事を練っていたとはつゆ知らず、使いっぱしりにされても全く動じない変なところで大物なグラが、グラスを運んできたらしい。
流石に当人の前で計画を打ち合わせる訳にもいかず、レディ達はさらりと、
「また次の機会にでも、わたくしのお茶会にいらして」
「ええ、必ずお伺いしますわ」
などと、にこやかに語らって次回の作戦会議の約束を交わしている。
「そういえば、エストはフレイセをご覧になるのは今夜が初めてなのよね。グラシアノも?」
「はい。私は……観劇には疎いもので」
「そう。実にあなたらしくて結構。
それでどうかしら、ここまでのご感想は?」
コンス嬢の問い、それはグラにはやっぱり回答に非常に困る難問を投げかけられたに等しいのか、しばし重苦しく沈黙。
「……非常に、堅苦しさとは縁遠いストーリー運びかと」
「お兄様はこのお話、あまりお好きではなさそうね。
わたくしは気に入りましたわ。役者の皆様の熱演も見事ですし、思わず笑ってしまう展開で何十年と受け継がれてきた脚本であるのも納得です」
「そう。相変わらず真逆のご兄妹ですこと。
実のところ、わたくしもフレイセはあまり好きではありませんの」
「あら、どうして?」
「なんというのかしら……ほら、わたくしずっと王都住まいでしょう?
魔術師連盟の図書室へ幼い頃からよく足を運んでは、ローブを翻して歩き去る、知性を体現した存在のような魔術師の方々の背中をよく見ていたものよ……その、仄かな憧憬心が、初めてこのフレイセを観覧したその日に、ガラガラと崩れ落ちたわっ」
レディ・コンスタンサは、声質そのものは甘く色っぽいのに、話す内容や言葉の選定、そして台詞間の溜めや絶妙な吐息技をも駆使した起承転結が劇的にコメディっぽい。
いったいどんな表情や身振りで話すのかと、思わず覗いてみたくなる。ユーリは相変わらずセリアの鞄の中でじっと大人しくしているしか出来ないのが、非常に残念だ。
「……このような劇が上演されて受け継がれているのも、我が国ぐらいなものでしょう」
「この脚本を書いて劇団に託したのは、当時設立されたばかりの魔術師連盟の方だと聞きましたわ。
偏見を払拭させる手段として、笑いの感情を揺さぶるのは適切ではないかしら」
「わたくし達が生まれる何十年と前から、連盟の方々は様々な手法で居場所を作り上げてきたのね。
……それでも、幻想や神秘性を打ち砕くにも限度がありますわ」
ハイエルフ族の女性をモチーフにした劇だなんて、連盟が良い顔しないんじゃないのかなぁ? などと僅かばかり危惧していたユーリであったが、当の魔術師連盟から友好関係をアピールすべく、長い鼻を折りまくって提供されたネタだったらしい。
……相変わらず、涙無しには語れない歴史です。エルフ族。