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王都はパヴォド伯爵家の屋敷、その敷地内に存在する使用人棟の廊下を軽い足取りで歩くブラウ。ユーリは無造作に置かれた荷物の物陰や曲がり角にこっそりと身を隠しながら、彼の姿を見失わぬよう後をつけていた。

ネコ派との手に汗握る対峙、及びネコパンチ連打と追いかけっこ、そして敵の裏をかく作戦の数々は『キモい・ウザい・メンドい』の三重苦な時間であり……ユーリの精神的ストレス軽減の為にも、記憶の中から抹消そして割愛である。


わざわざルティ姿に変装してエストの部屋を訪れた割に、彼はユーリと戯れた……と、言って良いのか微妙……後、セリアにこう尋ねたのだ。『ゴンサレス様にお会いしたいのだけれど、どちらにいらっしゃるか知ってる?』と。

ブラウがまたしてもこの屋敷にやって来たのは、ゴンサレスに面会するのが主目的だったのか。エストの部屋を訪問した当初、ユーリは眠りこけていたのでヤツの真意は定かではない。


だからこそ、こうしてスニークミッションと相成っているのですよ。

ふふふふ……見ていろ女装変態野郎め。貴様の言動から有意な情報を拾い上げてやる。


それにしても、案内を頼みもせずにすいすいと迷わず歩いてゆくブラウは、本当にどっかの誰かさんの忠犬なのだろうか。

背後をトコトコと黒ネコがついて歩いているにも関わらず、一度も背後に気を配る素振りさえ見せず、尾行に気が付いた様子も無い。


いや……陰険でネコ派らしきヤツの事です。

とうの昔に私の存在には気が付いていて、どうやって捕獲しようかと、あの嫌な笑顔で策を練っているに違いありません。


強敵に対し抱いてはならぬ油断や侮りの感情を、ユーリは慌てて戒めた。ブラウは彼女よりも一枚も二枚も上手の相手であり、決して良いようにあしらえる者ではない。

どうやら無類のネコ好きらしいとの絶妙な弱点は知り得たが、ユーリ本人が慢心という痛恨のミスによってネコ姿を上手く使えなくてはその情報も意味がない。


ユーリがじっと見つめる先のブラウは相変わらず、廊下を歩いてゆく。早歩きでもゆったりでもなく、以前連盟の塔の中で出会した時となんら変わらぬ歩調で。

それはつまり、女性魔術師のルティとしては普通の歩き方だが、本来の男性であるブラウリオ公子としてはやや歩調を緩めた移動速度ではないか、と思われる。

周囲には人影も無く、一々演技をする必要性も感じないが、彼はプロ意識から女装中は誰に見咎められずとも常に女性として振る舞っているのか。


それとも……あの人もこの屋敷のどこかに潜む監視の目を警戒している、とか?


ブラウが何を目的としているのか、もしかしたらこの屋敷には隣国の鼠さんが忍んでいるかもしれない、という可能性を知っているのか。それはユーリには分からない。

ただ、確かつい先頃までのブラウの任務は、『売国奴の内偵及び摘発』だった筈だ。現在も引き続きその任を帯びている、との予想も出来る。

ブラウはようやっと目的の部屋にやって来たのか、廊下奥から二番目のドアを軽くノックしてコンコンと軽い音を鳴らし、室内からは「誰だ?」といういらえが返ってきた。


「ゴンサレス様、あたしです」

「……開いている。入りたまえ」


室内の人物はブラウの言葉に一瞬沈黙し、そして入室を促した。

物陰から監視していたユーリは、ブラウがドアを大きく開け放つのではなく、薄く開いて身を滑り込ませる様子に、大慌てで駆け出した。探りを入れたくとも、話を聞き逃しては意味が無い。


しかし、何か……引っ掛かるんですよね。

ブラウさんって、一応貴族ですよね。女装中だって多分、エストお嬢様の対応から言っても、身分ある家の令嬢っぽく振る舞ってるみたいですし。

なのにどうして、ブラウさんがゴンサレスさんに丁寧語で、ゴンサレスさんはブラウさんに敬語を使わないのでしょう?


ブラウのローブの裾が部屋の中に消え、そしてすぐさまパタムと音を立てて閉じられるドア。


……って。

ちょこっと考え事をしてる間に、うっかり閉め出された!?


今の子ネコ姿のままでは、眼前に立ちはだかるその扉は大きな難関となってユーリの行く手を阻む。

仮に、全力でジャンプしてノブに取り付き、奇跡的かつ強引に開ける事が出来たとしても、ネコがドアを開けて入室してくる姿というのは……流石に目立つ。

慌てて閉じられたドアにペッタリと耳を押し当て、室内の物音を拾い上げようと神経を研ぎ澄ます。


「……は、何者なのです?」


室内では声を潜めてやり取りが行われているようだが、何とか会話が聞き取れた。

まずは、ルティとして振る舞っているブラウが、誰かについての疑惑をぶつけたようだ。


「君は黒砂だと考えるのか?」


と、これはおじ様執事さんことゴンサレス氏だ。

ブラウが問う『誰某さん』と、ゴンサレスの口にする『黒砂』とは何なのだろうか。

だが、その疑問が解消される前に、小さくキィという、何かサビついてきた金属が擦れるような小さな音と共に、ブラウとゴンサレスの声はぱったりと途絶えた。

ユーリはより一層ドアに張り付き、耳を押し付ける。だが、やはり室内からはうんともすんとも言わない。


……?

ハッ!? も、もしや、この部屋の向こうに更に別の部屋があって、移動された!?


慌ててノブに飛び付こうとユーリは懸命に飛び跳ねるも、惜しいところで前足が届かない!


ユーリは改めて周囲をぐるりと見回した。

ここは住み込み使用人の寮というか、居住用の棟の二階。飾り気の無いフローリングの床と壁、昼間の太陽が窓ガラス越しにさんさんと降り注ぎ、人気の無い静謐な廊下を明るく照らし出している。


なんとか聞き耳を立てられる位置まで近付かないと!


ゴンサレスの両隣の部屋のドアにも飛び付くが、やはり前足が届かない。

順繰りにドアが開いていないか確認するが、どの扉もきっちりと閉じられており、ユーリが侵入出来そうな隙間が無い。

こんな時、スニークミッションを任されていたのがユーリではなく彼女の同僚だったなら、こんな苦労などせずとも簡単に会話を拾い上げられただろうに……と歯噛みするも、無いものねだりなんてしている場合ではない。


ウロウロと廊下を右往左往しているうちに、ユーリは階段の前にまでやって来てしまった。

片方は一階へ、もう一方は三階に向かう上り階段。

ユーリは万が一の可能性に賭けて、三階に向かって駆け出した。勢い良く段差を駆け上り、廊下の様子を窺う。


……よし、誰も居ませんね。


人気が無い事を確認し、廊下を奥へと向かって走り出す。

目指すは奥から二番目の部屋、その近辺。

しかし、三階と二階は間取りがやや異なるのか、ドアの間隔が狭い事が気になる。


どこか……開いてる部屋は!?


一番奥、しっかり閉まっている。

二番目、しっかり閉まっている。

三番目のドアも閉じられているのだろうかと、半ば覚悟しながら体重を押し付けて確認してみると、頭上でノブがカチリと回った小さな物音が。ほんの僅か、小指の先程度にドアが動いた。

ドアアタックを警戒し、反射的かつ全速力でその場を飛び退いたユーリであったが、いつまで経っても中途半端に動いたまま、ドアを開け放ち誰かが潜り抜ける気配が無い。


これは……初めから鍵が掛かっていないだけでなく、きっちりと閉じられてさえいなかった、という現象でしょうか。


グイグイとドアを押して今の自分が入り込めるだけの隙間を作ると、ユーリは室内に滑り込んだ。

が、勇んで踏み出した足下に小さな紙片が一枚ポツンと落ちており、いきなり一歩目でそれを踏みつけてズルリと体勢を崩し、ドテッと転んでしまった。


痛た……ううっ、何故こんな出入り口前に紙が……?

ドアがキチンと閉められていなかった事と言い、ずぼらな方の住まいですかっ!?


グチグチと内心愚痴りつつ、ユーリは室内を見回してベッドに飛び乗り、そのままカーテンが閉じられている窓枠に飛び移った。

はめ殺しではなく、左右にカラカラと動かすタイプの窓を開け放ち、周囲を見渡す。


王都の真夏の空は美しく青く澄み渡り、純白の大きな雲が幾つも浮かぶ。三階の窓は屋敷をぐるりと囲む塀よりも高所に位置しており、見渡す限り建物が建ち並び、遠く、中央広場では今日も噴水が日の光をキラキラと反射しながら輝いている。


……いやあ……いい眺めですねぇ。

今日はもう、すごすごと引っ込んで昼寝タイムで良いですかね?


王都の風景を遠く視界に収めつつ、真下である屋敷の中庭には決して目をやらないまま。ユーリは自らの脳内幻覚で生み出した、眼前に浮かぶ架空のご主人様に向かって、消極的な意見を述べた。

幻のご主人様は実に晴れやかな笑顔を浮かべて、人差し指を下へと差し向けた。

笑みを象るその唇が動く。


『とっとと、行け』


あくまでも幻影であるにも関わらず、実に厳しい。しかし、ここでグダグダしていては、本物からテレパシーが飛んできて乱暴に窓から羽ばたかされるかもしれない。

使用人棟の部屋の窓の向こうは、バルコニーとも呼べないような落下防止の小さな手すりと板。

森の家ではこういったスペースには植木鉢あたりを飾っていたが、この部屋の主はその辺もずぼららしい。


手すりの隙間から身を乗り出すと、下の階の部屋の住人も別段ガーデニングに精を出してはいないようで、殺風景な窓の手すりが窺える。


これ……想像以上に高いんですけど。い、行けますかね……?


ユーリの脳裏に、シャルが人の姿で繰り広げた、まるでサルの如きアクロバティックなバトルスタイルが過ぎる。

あんなに身軽に……とはいかずとも、今のユーリはかなり軽い筈だ。

しかし、失敗は許されない。


ええいっ、女は度胸!


気合い一発、ユーリは部屋を覗き込むような形で板ギリギリで四つん這いになると、全力で爪を立てて前足を板に引っ掛け、後ろ足で空中に踊り出た。

身体がほぼ全て窓から放り出されるような格好になり、全体重が両前足に掛かる。勢い良く飛び出した振り子のように、ユーリの両後ろ足は反動で二階の窓の手すり上空に……


今だ!


パッと両前足の爪を引っ込め前足を離すと、ユーリの全身は慣性の法則に従い二階の窓枠目掛けて落下してゆき、板の上に無事到着した。

腰から落っこちてしまったせいで、ぶつけた痛みにしばしのたうち回る羽目にはなったが、何とか辿り着いた。


おおお……い、生きてる。私まだ生きてますよ!


高いところから飛び降りる練習や実践はよく行ったが、まだ主作のキャットタワーが完成されていない現在、こんなに高い場所から降りたのは初めてだ。

本来の人間としてのユーリはさして運動が得意ではないが、そもそもこんな無茶をする気になったのだって、子ネコ姿だと小柄で身軽故に衝撃が緩和されるからだ。とはいえ、二度とコレはやりたくない。


ええと……窓は、っと。


あまり下の光景を見たりしては足が竦んで動けなくなってしまう。

カーテンが半分ほど引かれていて、誰かがいるのかどうかすらよく分からない。室内の様子を探るべく、ユーリはそそくさと窓のサッシに前足をかける。そーっと窓枠を横へズラ……す事が出来ず、固い手応えと共に全く動かない窓ガラス。


鍵が掛かっていた。


な、なんたる事……! こ、こんな恐怖体験を経て辿り着いた先に、まさかの鍵ですって!?


思わず脱力してべた~っと窓に張り付いてしまった。

しかし、どうやら天はユーリを見捨てはしなかったらしい。彼女の耳は、間違いなく聞き慣れた女装男の声を捉えた。


「……では、このまま放置していろ、と?」

「志を同じくする者ではない。だが、無闇に敵意を向けていたずらに反感を買うべきではないだろうな。

あくまでも敵に回すと厄介であるから、互いにある程度便宜を図っているに過ぎんよ」

「ふぅ……分かりました。ならば、どちらも様子見に留めます。

ではゴンサレス様、失礼します」


そう告げて、ブラウの声がパッタリと途絶えた。どうやら退室していったらしい。

肝心な部分を聞き逃してしまったのか、結局ブラウとゴンサレスが何を語らっていたのかサッパリ分からない。


がっくりと肩を落とすユーリの眼前で、窓の向こうのカーテンが揺れて開かれた。息を飲み、ギクリと身を固める。

室内にまだ残っていたゴンサレス氏がカーテンを開いたのかと思ったのだが、窓の向こうには先ほどまで誰も居なかった筈であるのに、一瞬にして何者かの背中がすぐ目の前に現れたのだ。


視線を上げていくと、ウェーブのかかった燃えるような赤い髪が……


な、ななな……この人いつの間に!?あ、いや、これがミチェルならお得意のテレポート魔法か!?


「ほう……あなたの仲間にさして期待などしていなかったが、なかなかどうして、美しいお嬢さんじゃないか」


窓枠に背中を預け、恐らく腕を組んでいると思われるミチェルを、ゴンサレスが振り返って「ミチェル」と呼びかけ……窓の向こうで固まっているユーリと、マトモに目が合った。

ビキーン! と固まるユーリをヨソに、ゴンサレス氏はノーリアクションのまま平然と一歩踏み出し、視線をミチェルに固定。


ええと……む、無視された?

二階の窓にネコがいたら、普通驚くと思うんですが……


そんな疑問にカクッと首を傾げるも、今は彼らの会話に集中するのが先だ。


「……美女の基準に厳しいお前が誰かを褒めるとは珍しい」

「無論、この世で最も高貴で美しいあの人には遠く及ばないが、私は基本、女性には紳士で賛辞は欠かさないさ」

「少女の後頭部を背後から全力で殴り倒して、昏倒させた男の台詞ではないなミチェル」

「なんだそれは?

……ああ、あの時か。あれは別だ。遠慮も容赦も必要無い」


……ミチェルって、色んな意味で警戒すべき危険人物だったのですね。いやまあ、話がよく見えないので、その殴り倒した少女とやらの方がもっと危ない人だった可能性もある訳ですが。

 

「まああのお嬢さんも、ここでずっと見物していた私に、露ほども気が付かない辺りはまだまだだがな」

「お前はまたどうせ、身隠しの魔法でも使っていたのだろう?

ルティは魔力探査にはさほど向かんよ」


クスクスと笑みを漏らすミチェルに、ゴンサレスは片眉を上げて軽く擁護しただけで、「それより」と、話題をあっさりと変えた。


「今日はまた、何の用だ?」

「ご挨拶だな。頼まれていた品をわざわざ届けに来てやったと言うのに」


ミチェルはユーリに背を向けたまま窓から離れ、懐から何かがたくさん詰まっていそうな布袋を取り出した。それを無造作にゴンサレスに手渡す。


「安全なのだろうな?」

「動作確認済み、稼働範囲はこの王都内ならどこででも。ただし、一度きりの使い捨てで召集指定の空間に応じて人数は変動する。

……あまり狭い場所ではオススメしないな」

「ふむ……」


袋から中身を一つ取り出し、ゴンサレスは矯めつ眇めつ手の中でそれをひっくり返した。なんの変哲もない小さな金属片のようにしか見えないそれは、ミチェルの口ぶりではまるで……テレポートを可能とする魔法の品であるかのようだ。


「それで、かの方のご意向は?」

「未だに変わらず、だ。今しばし、雌伏」

「……もう夏も真っ盛りで、残すところは宮殿での王太后陛下の誕生日祝典ぐらいだろうに。

まさか今年も、肩透かしになるんじゃないだろうな」

「さあな。こればかりはあの未熟者次第であれば、そうそう我々の想定通りにはいかんよ」

「大まかな計画準備に費やした三年前、もしや気が逸るかもしれんと急ピッチで特訓した一昨年、万全を期して自信満々に待ち構えた昨年、そして今年も本命の夏はジリジリと過ぎゆく……か」


何やら謎のテレポート計画? は、かなり以前からじっくりと練られていた遠大なる作戦らしい。

ミチェルは嘆息を漏らし、肩を竦めた。


この人達、王太后陛下のお誕生日を祝うパーティーで、何かやらかすんでしょうか。

お誕生日パーティー会場に、警備なんかものともしないテレポート魔法でドカドカと人が出現、あらやだテロ行為だって簡単じゃない……


何か怖い考えがユーリの脳裏を過ぎるが、思い込みから勝手にそうだと決め付けては危険だ。


「それでミチェル、お前の探し人とやらは見つかったのか?」

「それについてだが。

どうやら山の瘴気の増加も関係していたようだ。恐らく、『鍵』の封印がまた一つ解けたのだろう」

「ふぅむ……やはり、王城か?

情報を得るならば、いっそ連盟に加わったらどうだ。歓迎されるだろうに」

「ああいった組織には、なるべく近寄りたくはない。

存在意義を考えるならば、奥深くだと考えるのが妥当だろうが……」


ミチェルは言葉を一旦切り、呟く。


「継承資格は近親血族、剥奪権利は他の『鍵』保有者。

保有したままの死は解錠と同義。

黎明期には三十を数えた氏族も、今は多くとも十四か」


やれやれ、と、首を左右に振ったミチェルは、ふと窓の方に目線を寄越してきた。後ろ足で立ち上がって窓ガラスにへばり付き、聞き耳を立てているユーリともろに目が合う。

慌てて窓からは離れるも、手すりの内側スペースはさして広くもなく、ここから更にもう一度下の階に降りるには心の準備が整っていない。


「……何で、こんなところにネコが?

ゴンサレスの飼ってるネコ?」

「いや、私のネコではないぞ」


ミチェルは軽い足取りで窓辺に歩み寄って窓の鍵である留め具を外し、カラカラと開いた。

あわあわと手すりに縋りつくも、それで事態が好転するでもなく。


「しかしこの子、どっかで見覚えが……このリボン、さてはユーリさんだな!」


ガベラの森で刹那的に邂逅しただけのユーリの事を、ミチェルはしっかりと記憶していたようだ。

笑顔で手を伸ばしてくるミチェルの指先からは身を捩って逃れるも、彼の背後に立ったゴンサレスから素早く飛んできた手に、呆気なく捕らえられてしまった。ユーリはゴンサレスに首根っこを掴まれて、だら~んとぶら下げられてしまう。この扱いは如何なものか。


「彼女は当家の方々が皆で可愛がっているネコだ。お前が気安く触るなミチェル」

「……いや、私に『気安く触るな』はともかくとして。

ではゴンサレスのその、パヴォド伯爵家の大事なアイドルネコの捕獲に関する姿勢に、私はどうコメントしたら良いんだ?」

「このネコに、無闇に手を出そうとしなければそれで良い」


ユーリをプラ~ンプラ~ンと小さく揺らしたまま、ゴンサレスは踵を返してドアを開け放ち、隣接していたらしきお部屋の右手にあるドアをガチャリと開いた。そこはとても見覚えのある、飾り気の少ない廊下。


「……人間の君に、遠慮も容赦も不要らしいからな」


廊下に下ろされながら、ボソリと小声で呟かれたゴンサレスの一言に、ユーリが反応して振り返るも。既にその時にはドアは閉じられてしまっていた。


ちょっと待て。

今、確かにあの人、私の事を実は人間だと承知している発言をしましたよね。

一体全体、どうして……!?


――エスト、これはユーリだ。俺のもう一匹の使い魔。


不意に脳裏に、エストと初めて出会い紹介された時の主人の声が蘇ってくる。

あの日あの時、あの家に。間違いなく、おじ様執事さんことゴンサレス氏もエストのそばに控えていた訳で……

彼はいつからこの家に仕えているのかは不明だが、かつて主人と共にパヴォド伯爵家に仕えていたシャルがクォンであり、また、カルロスが自身のクォンには変身能力を付与している事を知っているのだとしたら。

そして黒ネコをもう一匹のクォンだと知っているゴンサレスが、黒ネコを迎えに来た筈のカルロスがシャルと見慣れぬ黒髪の少女を引き連れて行く姿を目撃したのならば。その二つを結び付けても、おかしくないのではないか。


ど、どうやって私が主のクォンであると探り出したのかも何も、もしかしなくてもこれは、主が自分からバラしっ……!?


カルロスから直接説明されたエスト、事前の前提と鋭い洞察力で見事に見破ったアティリオ、そしてパヴォド伯爵も同じように最初の召喚の際に知っていたのだろう。

この3人以外にも、知っているという事実を頭の中から完璧に忘れ去っていたその人物。


……えーと、もしかしてゴンサレスさんが鼠さんですか?



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