閑話 ご主人様から見たわんことにゃんこ そのきゅう
ウィリーと待ち合わせしていたその部屋は、魔術師達が個人的な実験や訓練を行う為に、防音や防火など、様々に想定される事故に備え防護が施された場所である。その為、余分な装飾や家具は何も置かれていない。
アティリオと共にそこへ足を踏み入れたカルロス。
床いっぱいに描かれた魔法陣は、窓から差し込む朝日に照らされ黒々とした線が沈黙を保っており、今のところ何も発動準備がされておらず、ウィリーの研究成果を見て欲しいという話ならば、何故予め下準備を済ませていないのか。
ドアを閉め、完全防音となった室内で、ウィリーは先輩2人を振り返った。
「ここで相談……だなんて、よほど深刻な話なようだね」
「はい……少なくとも、おれにとっては」
黙って腕を組み、背を壁に預けてカルロスはウィリーを見つめた。
アティリオの問いに小さく頷き、カルロスが沈黙をもって話の先を促している事を感じ取ったのか、俯きがちに続ける。
「……先だって、おれがクォン召喚の儀式に成功した事は、カルロス先輩のお耳にも入っているかと思います」
「ああ。お前が俺を頼るような相談事なんて、それ関係しかねえだろうな」
そんな短いやり取りで、アティリオは納得したように「ああ」と呟いて、一歩下がって事の成り行きを見守る事にしたようだ。
適性魔術が異なれば、師事する人物も変わる。ましてやカルロスは本部勤めですらなく、ウィリーとの接点は殆ど無い。魔術師連盟の学院にウィリーが入学したばかりの頃に、基礎教養の勉強会をカルロスも手伝っていたぐらい関係なのだ。
「カルロス先輩は……夢を、見る事はありますか?
明らかに自分自身の体験や願望ではない、クォンが歩んできた道のりの」
恐る恐る、そんな調子で問い掛けてくる後輩に、カルロスは拍子抜けしながら頷いて肯定を示した。
「なんだ。そんな事ならしょっちゅうあるぞ」
あっけらかんと軽い調子で答えるカルロスに、ウィリーはなんとも形容しがたい微妙な表情を浮かべる。安堵したような、逆に不安が増したような、納得と疑念を同時に覚えたかのように。
「その夢は……ああ、具体的な内容は個人的な事なので省いて下さって構いません。
その夢はいつ頃から見始めて、夢の中の追体験を現実に引きずるような事は?」
「は?」
答えを急かすように矢継ぎ早に尋ねられ、カルロスはやや面食らう。そして、どうやらウィリーにとってはそれが深刻な問題を引き起こしているらしいと察し、想像力を働かせてみる。
夢を見ている最中、カルロスとユーリの意識は混ざり合ったような形であり、彼が違和感を覚えた瞬間に分離化する。もしも仮に、あの夢を見る際に既にユーリの魂は吸収済みだったとしたら、あの夢はどういった形で進行するだろう。
……分離しようにも、既に別個の意識は確立されていない状態なのだから、『カルロス』という人格が保てず夢の中心に飲み込まれるのではないだろうか?
何故だかは分からない。けれど今、カルロスの背にとてつもない戦慄が走った。
「俺がアイツの夢を見始めたのは、仮契約を結んで数日後の夜の事だ。
ただ、俺は『これはアイツの夢か』って、すぐに気が付くし……目の前で展開される芝居をジーッと眺めてる感覚に近いな。
そうそう見る事もないし、朝起きてから別段何も異変は無い。ただ……」
シャルだって夢を見るし、彼を召喚して以来一度も元の世界に戻さなかった訳ではない。
けれどもどうして、カルロスが垣間見るしもべの夢は、ユーリのものだけなのか?
ユーリが仮契約の頃も、地球に送り返してからだって、時折彼女と同じ夢を見ては彼女との繋がりを感じていた。
カルロスが気遣って精神壁を張ってやらなくては、思考がダダ漏れなにゃんこ。それは別の言い方をすれば、カルロスの意識に彼女の自我を送り込む事で、彼本来の自我を侵食していく現象に近い。
ユーリ自身も、主人として可能な技能で最も恐ろしいものは『カルロスの心を強制的に読ませる能力』だと、そう考えていた。
「ただ?」
「……アイツが嫌な夢を見た時、『それは夢だ!』って夢の中で叫んだりして無理やり起こすと、アイツは起きるんだが、何故か俺はぐーぐー寝入る事になるな。何でかはサッパリ分からん」
真剣に相談を持ちかけてくる後輩になるべく嘘はつきたくないが、ウィリーにたいしてユーリの名を出す訳にはいかないので個人名は伏せ、事実のみを語る。
それにウィリーは困ったように溜め息を吐いた。
「そうですか」
「どんな夢がお前を悩ますんだ、ウィリー?」
「おれは……広い、果てのない海底で過ごしている夢です。
海面を見上げると、太陽光がゆらゆらしていて……海藻の林と色鮮やかな鱗の魚が目の前を泳いでいく。
変わり映えのしない毎日の中で、恋人と微笑みあって……『明日は結婚式だね』って、彼女が笑うんです。でも、でも次の瞬間には信じられないぐらい痛くて苦しくて、目の前にはおれの顔が……」
「ウィルフレド!」
ガタガタと震えだしたウィリーの肩を、驚いたように駆け寄ってきたアティリオが慌てて抱き締めた。
それでも尚、ウィリーは狂気に取り憑かれたように言葉を紡ぐ。
「おれが笑いながらスタッフを振り上げて、助けを求めるおれを、なぐりころす……」
「それは夢だ。ただの夢なんだ」
命を奪った対象の全てを吸収しているのだから、それは確かに死の瞬間の記憶が一番強く残っているだろう。
けれども、連盟の長老達は決して、幼い子らにこんな悪夢を繰り返し見させたいと願って、クォン召喚術を教えてはいない筈だ。それなのに何故、ウィリーは苦しまなくてはならないのか。
ユーリ! 聞こえるか、ユーリ!?
独りで考えても分からない事は、他の誰かの意見を聞いてみる方が良い。殊に、彼のにゃんこは故郷で多種多様な知識や学問に触れ、カルロスには理解しがたい哲学やら『シュウキョウシンリガク』だの『シンガク』なるモノも齧っている。
ユーリ曰わく、『数学とは、理論的かつ合理的に答えを導き出す為の、思考力と技術を学ぶ学問である』だそうなので、カルロスとは異なる視点でこの現象についての見解を示してくれる筈だ。
“はい、どうされたのですか、主?”
どうやらレディ・フィデリアの膝の上で微睡んでいたらしきしもべは、実に呑気な返事を寄越してきた。カルロスは微妙に緊迫感を削がれつつ、掻い摘んでウィリーの身に起きた事態を説明。
“ははあ……それはまたご愁傷様と申しますか。むしろこう、そうなるのはさもありなん、因果応報って感じですねぇ”
ユーリ!
どこか冷たい声音で呟くユーリに、カルロスが思わず強い口調で窘めると、にゃんこは微妙な感情を抱いた。
彼女は決して、魔術師を好いてはいない。特に、クォンを召喚して吸収するような人物は。
けれども、ウィリーがクォンの悪夢を見る事について全く驚いていない態度からも、ユーリはこの現象について何か腑に落ちる点があるのだろう。『他人の心を強制的に押し付けられる』それは心底恐ろしい現象だと考える彼女ならば。
だがもしかすると、それが突破口になるかもしれない。
“はあ、何でウィリーさんの現象に納得かと言われましても。
普通に考えて、他人の記憶を丸々写したら廃人って事は、自我が強いクォンさんの記憶が全部入ったりすれば大惨事確実じゃないですか。
長老方がそれを懸念されず、クォン召喚術を後押しって事は……『今、強い術者が生み出せるなら将来的に彼らが廃人になっても構わない』か、『そもそも強い自我を持った生物の召喚は想定外』の、どちらかなんじゃないですか?”
確かに、長老達は後進の指導に余念は無い。けれどもだからといって、彼らを道具のように扱っているなんて、決してそんな事は無い。
そうなると……
「ウィリー、お前……クォン召喚術の要である、時空間指定に手を抜いたのか?」
アティリオに宥められ、多少落ち着きを取り戻したように見えたウィリーだったが、カルロスの問いに、目に見えてギクリと全身を強ばらせた。
「時空間指定?
そう言えば、クォン召喚術はやけに制約が厳しかったな……実践したのは幼少期だけだが、それで苦労した覚えがある」
「自分と魂を分かち合ったクォンは、どの次元、どの場所、どんな世界に居るのかさえ分からない。
ぶっちゃけ、遥か遠い未来かもしれないし、遠い過去に没して以来転生してないかもしれん」
「そうそう、藁に落ちた針を探すようなもので……成功例は極めて低い」
「……」
カルロスとアティリオの言葉に、じっと押し黙るウィリー。
「実はな、アティリオ。俺の経験から言って、クォンを発見する事自体はそこまで難しくは無いんだ。
だが仮に、クォンを発見出来たとしても。一定値以上の反応を示した個体は、決して召喚してはならないという制約がある。
反応が弱まるギリギリの時間まで遡って、ようやく召喚が可能になるんだが、大抵の術者はこれで個体をロストするせいで、クォン召喚術は失敗に終わる」
「どうせ僕は、そもそも適合個体探査に失敗した口だ。
しかし、その『一定値以上の反応』とは、そもそも何を示すモノなんだ?」
「俺も、言われるがままに術を行っていて、実態を正確には把握していなかったが……多分、相手の自我だ。
一定値以上の反応を持っている個体をクォンとして召喚、吸収すると……術者本人の心身に害をなす。だから戒められてるんだろう」
「そんな……」
呆然と呟くウィリーに、カルロスは同情を込めた眼差しを向けた。
思い返せばカルロスが初めて召喚した当初、シャルもユーリもまだ幼く、彼らは当時の出来事を殆ど覚えていない。なるほど『まだ自我が確立される前』だと推測される年齢だ。
「それじゃあおれは、これから先、ずっと……ずっとあの海とリーンと、自分に、ころされる……ゆめを……」
ふらりと倒れ込みそうになったウィリーの背を、慌ててアティリオが支えてやる。
ユーリ、何かこう、具体的な対策は無いか? このままじゃ、ウィリーが壊れちまう。
“うーん……特定の記憶を消去する魔法でも存在しない限り、それはウィリーさん本人に『自分』というものを強く持って頂くしか無いのではありませんか?
まあ、主の印象からして、かなりマーマンさんの影響を受けたっぽいですけど”
あ? 俺の印象?
“ウィリーさんってちょっと前は生意気だった筈なのに、今は礼儀正しいんですよね?
でもって、術の制約を無視してまで栄華を求める軽はずみなところがあったのに、今は最も適した相談相手を主だと選別し、事前に約束を取り付けて相談事をする周到さがある、と”
……なるほど……そう考えるとウィリーの奴、クォンの影響すげぇ受けてるっぽいな。
“結局のところ、吸収されたマーマンさんはウィリーさんの一部になったのであって、彼を支配する事なんて出来ないんです。
だから対処策としては、ひたすら自分が一番だと強気な姿勢を保って頂くぐらいしか思いつきません……”
いや、助かった。有り難うなユーリ。
“いえ”
にゃんことの心話を終えて、カルロスはウィリーに歩み寄った。暗い表情の後輩エルフは、アティリオに支えられたものの、俯いたまま彼を見上げる事もしない。
そんなウィリーの肩を、カルロスはガシッと両手で掴んだ。
「ウィリー、良いか……それは全部夢だ!
いくら実際にお前のクォンが経験した出来事だろうが、主人であるウィリー、お前にとってはあくまでも夢なんだ! 惑わされるな。自分が主人なんだと、強気でいけ、強気で!」
「か、カルロス……」
「カルロスせんぱ……」
「飲み込まれるな。潰れそうになったら、お前の回りには味方がたくさんいるだろう?
連盟の仲間は助けてくれるし、ウィリーのお師匠さんのマルシアル長老だって……」
きっと親身に相談に乗ってくれる、と言いかけて、カルロスは普段見掛けるマルシアル長老の態度を思い出した。
長老議会中だろうが魔術講義中だろうがひたすらに面倒臭そうであり、眠そうかつ投げやりな発言が頻発する某長老。
何故にウィリーは、かの長老を慕っているのだろう。彼と比べたら、カルロスとアティリオの師たるベアトリスの方が、よほど頼り甲斐もあるし信用だって置けるだろうに。そこら辺、永遠の謎だ。
「とにかく! ウィリーはウィリー、クォンはクォン、別の存在だと自分の中で明解に位置付けろ。
愚痴や不安ならまた聞いてやるから。な?」
「はい、有り難う……ございます」
ぺこりと頭を下げるウィリーは、まだどこかに思いを馳せるような眼差しを向けたが、その幼い顔立ちには似つかわしくない、諦観のような表情を浮かべていた。
彼は自らの引き起こした事象、その結果と、これから先一生向き合っていかねばならないという現実を突き付けられた者。文字通り、自分自身との終わり無き戦いが待ち構えている。
「『彼』は、あの海で将来を期待されていた。恋人のリーンが愛おしくて、愛おしくて、結婚が待ち遠しくて堪らなかった。
おれは誰かを好きになった事は無い。それでも……おれは異種族のリーンが愛おしくて、二度と彼女に会う事が出来ないこの現実に、胸が張り裂けそうになるんです」
胸中を吐き出すうちに、淡々とした声音から今にも泣き出しそうな顔と声になったウィリーは、泣き笑いのような表情でカルロスを見上げた。
恋を知る前に、愛おしい恋人と永遠の別離を体感してしまった後輩の目を真っ直ぐ見返す。
もしかすると。その『彼』の恋人である『リーン』への想いが死の恐怖を上回る程に強かったが為に、ウィリーは春から今日に至るまで、心を壊さず気が狂わずにいられたのかもしれない。
愛を失った苦悩を代償にして。
「間違えるな。それこそが泡のように呆気なく消え去る夢で、今、苦しいと感じているこれこそが現実だ」
「はい」
泣き出すのかと思っていたウィリーは、コクリと頷いて「仕事があるので」と、先に退室する事を詫びながら足早に立ち去っていった。
もしかしたら、これから1人で考えて心の整理をつけたいのかもしれない。必要以上に思い詰めず、1人で苦しまなければ良いのだが……その辺りは、これからも頻繁に気をつけてやらねばなるまい。
「僕はクォン召喚術に失敗して、ある意味幸せだったのかもしれないな」
ウィリーが退室して実験室のドアがパタリと閉じられると、アティリオは今まで止めていたらしき息を大きく吐き出し、しみじみと呟いた。
「まあ、色々考える羽目になるのは確かだ。
なあ、アティリオ。お前、ウィリーの話を聞いてもまだ、俺はクォンの魂を吸収するべきだと思うか?」
カルロスの問いに、アティリオは動きを止めた。
しばし、沈黙したまま互いの本心を探るように見つめ合う。
「……いや。君の暴虐と小賢しい動物は、君の自我とやらを平然とねじ伏せそうだ」
「だよな。ウィリーにはああ言ったが、俺も正直そう思う」
「あっさり同意するな!?
君はもう少し、物事を深く考えて発言したらどうなんだ」
「この問題に関しては、いくら考えてもこの予測が外れる気がしねえ。
なんせ、2人分だぞ? 消化しきれずに俺の頭が破裂するわ」
カルロスのどこか乾いた笑いに、アティリオは小さく眉をしかめる。
「……ところでカルロス。僕の方の用件だが」
「クォン関係と、ティカの話ならまたにしてくれ」
「そちらの話じゃない。
いや、ティカに関わる話ではあるんだが……これは君にも、取り急ぎ確認したい事柄なんだ」
「んだよ、んな怖い顔して」
普段から怒ったような仏頂面ばかりを向けてくるアティリオであるが、今日は更に輪をかけてその表情が厳しい。ずいっと人差し指を突き付けられて、カルロスは微妙にたじろいだ。
「昔から仕えてくれている者はともかく、最近勤め始めた僕の家の使用人とは、君はあまり面識は無いとは思うが……」
「あー、そうだな。アルバレス侯の城にお邪魔したのは、もう十年以上は前か」
「最近お祖母様が気に入っている若いフットマンが、妙に怪しいんだ。
ルティの話によると、どこから手に入れたのかヴァレットのお仕着せを着て、城内を徘徊していたり。
さり気なくお祖父様に水を向けてみても、『あれには構いつけるな』と、やんわり流される始末で」
「……アティリオ、話が見えんぞ。
何でそんな家庭内事情を、赤の他人である俺に話しておくべき、になるんだ?」
アティリオはたまに、愚痴混じりになるせいか、話す内容の軸が主題からズレていく事がある。彼の可愛い従兄弟が関係している場合は特に。
「ああ、つまりだな。
その怪しいフットマン、名はミチェルと言うんだが……彼の顔が、ティカとそっくりなんだ」
話の要点を無造作に提示されて、カルロスはギクリと身を強ばらせた。
初めて彼の存在を知ってから、いずれ誰かが言いだしはしないかと警戒していたが、アティリオとルティの両方から、ミチェルとユーリには何か関係性があるのではないかと、疑問を抱かれる羽目になるとは。厄介な事だ。
それもこれも、ミチェルの野郎がアルバレス侯爵家のお坊ちゃま方と、より近い距離で働いているのがいかん。
アイツにはジェッセニアのキーラとしての、自覚やら自尊心は無いのか。いや、あんま無いから平気で使用人ライフを送ってるんだろうが。
「僕も、ティカの顔を初めて間近で見た時はひどく驚いた。
雰囲気や髪と目の色、男女の性差、まあよくよく見れば確かに別人なんだ。
だが、彼らはよく似た顔立ちなんだ。一瞬、ミチェルが女装してるのかと思った程にね」
固まったカルロスの反応をどう思っているのやら、当然の驚愕だとでも捉えたのか、アティリオは熱心に言葉を続ける。
「ルティは前々からミチェルを訝しんでいて、こっそり彼の経歴や素性を調べてるようなんだ。
そこに彼とそっくりなティカが現れて……
僕は、ミチェルとティカを会わせてみれば何か分かるんじゃないかと思ってるんだが、ルティは消極的でね。カルロスはどう思う?」
不意に話を振られて、カルロスはゆっくりと瞬いた。
ユーリとミチェルを会わせるべきか否か?
そんなものは、考えるまでもなく『否!』である。彼の過去の言動を考慮するに、ミチェルの奴は決してユーリに好感など抱いておらず、負の感情に近いモノを持っているようだ。
だが、何と言ってアティリオを説き伏せればこの頑固頭が納得するのか。
「……実はな、アティリオ。
俺も、そのミチェルって奴の存在は知ってたんだ」
「なんだって?」
「うちのイヌとネコが散歩に行った先で、偶然出会してな。その記憶を垣間見た。
当然、一目でミチェルとティカの顔がよく似てる事にも気が付いたが……婆さんの話によると、奴はヤバいらしい」
すすっとアティリオの耳元に顔を近付け、努めて声を低めて秘密事を明かす。
「アティリオが知ってるかは知らんが、ハイエルフの一族が代々伝えてきた秘術の継承者で、ミチェルがその気になれば千人の軍隊が攻めて来ようが、欠伸一つで捻り潰せるとかなんとか。
だから、奴にはなるべく関わるなと警告された」
「ハイエルフの?
だが、ミチェルは明らかに人間だぞ? 純血を貴ぶハイエルフが、同族以外を伴侶に迎えるなど……師匠以外にもそんな変わり者が居たなんて、聞いた事も無いが」
「とにかく、俺はそいつとティカを会わせるのは反対だ。
せめてルティがしっかり身元を洗って、不審な点など無いと確証を得てからだ」
「それは……確かに。
もしかすると、関わりがあったとしてもティカの記憶喪失の元凶である、という可能性もあるわけか」
……まあ、ミチェルが遠因だと言えなくもないな、確かに。
もしかしたら危険人物かも、という不安を無駄に大袈裟に煽ってやると、過保護なハーフエルフは案の定、心配症状を発揮し始めた。
「しかし、仮にも侯爵夫人の側仕えなら、よほどしっかりした紹介状があったんじゃないのか?
そっちからは辿れねえのか?」
「ああ、それがだな。ミチェルが持参した紹介状というのは……」
言いにくそうにアティリオは一瞬口ごもり、そしてカルロスの目を見返して答えた。
「ミチェルの紹介状を書いてきたのは、パヴォド伯爵家のハウス・スチュワードである、ゴンサレス氏だ」