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王都はパヴォド伯爵家のお屋敷、その裏庭の、更に人目につきにくいやや奥まった林、枝振り見事な木陰より。

えー、私、魔法使いカルロス様の第二の使い魔ユーリはただ今、未だかつて無い窮地に陥っていませんでしょうか?


私は敷物の上に足を投げ出して腰を下ろしております。そんな私のすぐ傍らに膝をつき、背中を預けている樹の幹に手をついて前傾姿勢で顔を覗き込んでくるのは、連盟女性魔術師ルティ……の、扮装をしている胡散臭さ炸裂野郎。(ファーストネーム・ブラウリオ。性別・れっきとした男)


例え、この様子を無関係な誰かに目撃されたとしても。相手は堂に入った女装を得意としている男である。

今のコレは明らかに危険で、バーデュロイの男女間における常識としては礼儀に適っていない距離と体勢であるが、せいぜい、『あら、あの娘達ずいぶん仲良しなのね~。内緒話なんかしちゃって』などと、微笑ましく思われるのが関の山だ。

いっそ、ユーリの方が少年にしか見えない雰囲気であれば『淑女として感心出来ない体勢だ』と、謗られるのはブラウの方であったのに。

本日のユーリの服装はカルロスからのお下がり少年服ではあるが、男装をしている風変わりな女の子、にしか見えないらしい。


ユーリの背を、ダラダラと冷や汗が流れ落ちてゆく。

そんな彼女の表情をじっくりと観察しつつ、ブラウは唇を開いた。


「グラシアノをどう思う?」

「どう……と、仰られましても、少しお目にかかった程度では今ひとつ計りかねます」


正確に言うと、伯爵領からこの王都の屋敷まで馬車での道中を共にした訳で、ユーリの印象としては『あの閣下の息子とは思えない頼りなさ。お父様の言動に苦労してそう。脳筋っぽい。無口無表情無愛想、三無しで近寄りがた~い。ネコ好きご垂涎のらぶり~黒にゃんこ(カルロス談)に笑いかけないだなんて、さてはイヌ派か?』というイメージを持っている。


「さっきのセリアへの態度に、声音と目つきだよ。

アイツ、主家の令息って立場を利用して、セリアが逆らえないのを良いことに、頻繁に連れ出してるんだよ全く」

「ええと……」


何というか、ブラウの話の主眼がユーリが警戒していた方向性とは、何か違う。

むしろこう、先にセリアとの時間を過ごすと約束を交わしていたのは彼の方なのに、立場を笠に着た令息に横から友達を取られた……いや、気になる女の子を取られた?……ブラウが、愚痴っているようにしか見えない。

そしてユーリは、先ほどのグラの言動を改めて思い返してみる。


「ああ、はい……確かにグラシアノ様がセリアさんを見つめる時は、表情が豊かになっておられましたね」


仮に、グラはセリアの事が気になっていると推測する。その論拠、先ほどのグラの態度から導き出していくと、

①グラはルティが本当は男だと知っているので、知らずに友情を築いているセリアが無防備で心配。

②セリアはたまに、カルロスに憧れているチックな態度を取る。エストお嬢様絡みで誤解っぽいが、親しい事には変わりがないので勘違いするには十分。

③セリアはそもそも、グラの妹であるエストに直接仕えているメイドであって、本来彼には関係が薄い立場の筈である。


「……そ、それで、ルティさんはグラシアノ様の態度が気に食わない、と?」

「そう! セリアに好意を持ってるなら、もっとそれなりの対応ってものがあるだろう?

部屋の反対側から無言でじっと見つめてるだけとか、自分の気持ちを言葉にして相手に伝えて無い癖に、嫉妬心やら独占欲は見せて。

実に見苦しい。美しくないね!」


不服そうに眉をしかめ、吐息がかかりそうな程の至近距離に顔を近付けてきているブラウは、低く吐き捨てた。

誰も彼もがこの人のように、美辞麗句で飾り立てて想い人を口説けるとは思えないが、確かにユーリもそんな立場に立たされたら、部屋の反対側からじっと無言で見つめられ続けるのは気持ちが悪い。


「ええと、でもグラシアノ様って……」


――グラはどうも無愛想なところがあるから、女の子からは遠巻きにされてしまうからね。


女の子からはちょっと距離を置かれる、逆に言えばぐらぐら様からも近付く努力をなさる様子が見受けられないと。

ああ、はい。ぐらぐら様は、ご両親からも『ちょっと奥手』認識をされていらっしゃるんでしたか。

……で、確か。


――……んもーっ。ほんっと、グラシアノ様は頼りにならないーっ!

どーしてエストお嬢様の隣席をブラウリオ様に許すのよーっ!


……そんな中でも結構親しい年頃の女性であるセリアさんからも、恋愛感情的な慕われ方をされてる訳じゃない、と。

むしろブラウさん、具体的に分かり易くぐらぐら様に恥かかせた訳でも無いのに、しっかりちゃっかりセリアさんの中でのぐらぐら様評価・男性的心証を下落させてますね。何この人恐ろしい。


眉根を寄せて途中で言葉を切り、しばし回想に耽っていたユーリの頬に、ブラウは空いていた片方の手を伸ばし……軽くみよんと引っ張ってきた。


「痛いです。無断で触らないで下さい」

「話してる途中で、ティカちゃんが急に黙り込むから悪いんじゃないか」


誰かに触られてまた匂いが混じったりしたら、後でシャルの嫌味が炸裂するかもしれない。あれは流石に一度で十分だ。

ユーリの頬を摘んでいるブラウの指先を即座にパシッと払いのけると、先ほどまでは不満たらたらだった筈の男は、何か面白いオモチャでも見つけたかのような表情で、ユーリの顔を見返してくる。


「その点、カル先輩は違うみたいだね」

「どうしてここで急にカルロス様のお名前が出るのか、私のような凡人には、あなたが繰り出す会話の展開にはついていけないのですが」

「ふぅん……

分かり易く言うなら、セリアを後ろからずっと見つめても気が付かれないけど、ティカちゃんはボクの視線にすぐに気が付くね」

「……どこが分かり易いと?」


ブラウが何を言いたいのか、本気で分からない。

今までのグラがセリアへ微妙に片思いな関係なのか、ブラウも含めた三角なのか、所詮ヨソ事と気楽に予想を立てていた恋バナ(?)から、何がどう転んだらカルロスが関わってくるのか。


もしやブラウさん。セリアさんは主の事が好きだと予想を立てていらっしゃる?

それとも……今までの会話は全て前振りで、エストお嬢様と主の関係に勘付いている……!?


取り繕った表情など、ブラウが相手ではあっさり見抜かれるのがオチだ。ユーリ自身は恐らく、グラ以上に腹芸に向いていない。

警戒心も露わに睨み付けるユーリに、ブラウは払いのけられた指先をおもむろに彼女の服の襟に差し込むと、即座に容赦なくグイッと引っ張り首筋をさらけ出させた。

ただでさえボタンは一番上まできっちりと留めているのに、ポーラー・タイの留め具代わりなブローチが喉を圧迫するせいで、ユーリはごく自然に呼吸する事さえ息苦しくて難しい。


「ぐえッ!? いきなり何するんですか!?」


彼の暗器を操る技術でなら、こんな直接的な方法ではなく、呼吸障害を引き起こす手段はいくらでもあるはずだ。故に恐らく、ブラウの狙いは首絞めなどではない。

涙目になりながら抗議をするユーリに構わず、ブラウは目を細めて彼女の首を注視している。


「ティカちゃん、自分で気が付いてる?

襟に隠れるか隠れないかぐらいのトコ、うなじにね、痕が付いてる」

「……は?」


何となく、ユーリが知っている『ブラウリオ公子らしい胡散臭い上にふざけた雰囲気』が消えて、かといって『ルティとして振る舞うきゃぴきゃぴさ』も無い。

その瞳に宿るモノは、気のせいでなければ、いつかどこかで見たような熱をはらんでいないだろうか。

ブラウが何を言っているのか、ユーリは意味が把握出来ずにマヌケな声を上げていた。彼は皮肉げに唇で笑みをかたどる。


「まさか本当にティカちゃんがお相手をしてたとはねえ……君、カル先輩の趣味とはかけ離れてるから、思いもよらなかったな」


うなじ……に、痕?


思い当たる節と言えば、つい先ほどシャルにじゃれつかれて噛まれたり吸われたりした、アレだ。彼女は即座に、シャルが舐めていた辺りを片手で押さえた。その時の出来事がユーリの脳裏をフラッシュバックして、どんどん頬が熱くなっていく。

その様子を小さくフッと鼻で笑い、ブラウはユーリの服の襟から指を離した。絞めつけてくる圧迫感は消え失せても、色んな理由で息が荒い。

ブラウの低められた声音に反論しようと唇を慄かせるも、上手く声になってくれない。


「ホント、絶妙な位置。

普通に対面したり、節度を保った距離からじゃ、まず襟に隠れて気が付かないけど……君に近付こうとしたら無言で威嚇してくるみたいだ。『俺の女に近付くな』ってね」


いやいやいや。違うから。そんなトコに付いたのは偶然ですから!

多分、イヌバージョンだと甘噛みのつもりでガブッと咬み千切っちゃうから、シャルさんは人間バージョンでよく私を噛むんだと思います!


「良いねぇ、そういう顔。

カル先輩が溺れて独り占めしたがってるなんて、逆に興味が湧いてくるな」


主、大変です。シャルさんのわんこスキンシップのせいで、この変態モノクル野郎から多大なる誤解を受けています。主の尊厳が大いに傷付けられております!


「ティカちゃん……」


キッ! と、睨み付けるユーリが首筋を押さえている手を、ブラウがスッと掬い上げた。

彼はそのまま、手元に引き寄せ……


「ボクと、イイコトしちゃおっか?」


言うや否や、ブラウはユーリの瞳を細めた目で上から覗き込んだまま、彼女の指先に自らの唇を触れさせた。

彼の瞳にチラチラと潜む熱気はやはり、ユーリの勘違いでも早合点でもなく……紛れもない情欲だ。


ギャーッ!?

ブラウさん、私がコドモじゃないのを見抜いた上で、火遊びに誘ってきてるーっ!?


本気でカルロスとユーリの関係をそうだと思っているのかは分からないが、どうやらブラウの関心を嫌な意味で引いたのは確からしい。

バーデュロイの肉感的美女は散々相手にしてきたし、ここらで毛色の違うB級グルメをつまみ食いでも……などという気分なのだろう、恐らく。間違い無く、愛だの恋だのといった浮ついた感情なんて一切無い、単なる一夜限りの……今は真っ昼間だけれど……遊び相手としてのお誘い。


予想外の事態に硬直しているユーリに気を良くしたのか、彼女の手を握ったままブラウはゆっくりと顔を近付けてきて……ユーリは反射的に、取られていない方の手にしていた物を自分達の顔の間に翳した。

そんな遮蔽物が突然現れるとは思いもしていなかったのか、ブラウはユーリが確保していた最後の一枚であるクッキーにむちゅっと口付けて、数度瞬いた。そのままはむっとかじり、勝手に握っていた手を解放する代わりのように、彼女の手から容赦なく菓子を強奪。

ユーリを幹に縫い止めていた自らの上半身を起こして一口目をもぐもぐと咀嚼して飲み込み、ブラウは彼女の傍らにポスッと腰を下ろした。


「あはは! 何、ティカちゃん。

セリアが作ったクッキーでボクを躱すなんて、君、ホント面白いね!」


けらけらと笑い声を上げるブラウからは、先ほどの熱気が綺麗に霧散して、普段の胡散臭いボンボンに戻っている。


「黙れ、変態女装色魔。

女の格好したまま口説けると思うなボケ」

「何度聞いても、ティカちゃんのスラングは普段との落差激しいなあ。

何でここにアティ兄さん居ないんだろ? 兄さんのお姫様の、この姿を見せてやりたいよ。絶対反応が面白いのにー」

「……面白がる前に、貴様は今頃、アティリオさんに殴り倒されてる」


あからさまにブラウに反感を示しているというのに、彼はさして気にも留めていない様子でクッキーをかじり、とても美味しそうにじっくりと味わっている。

ユーリはポケットから手拭いを取り出して、ブラウに握られた手をゴシゴシと強く擦った。


「ま、今日はなんか気分が削がれたから別に良いや」

「私は金輪際近寄って欲しくありません。寄るな触るな見るな気持ち悪い」

「美しいこのボクから声を掛けられてその反応だなんて、ティカちゃんつれないなぁ」


先ほどの妖しい空気が嘘のように、ふふふ、と笑い声を漏らす今のブラウは単なる変な思考回路のあんちゃんである。

ユーリを遊び相手に誘ってきたのは、これももしやアティリオの時のように、友人であるカルロスが変な女に捕まっていないか余計なお節介を焼いたとか、そんなはた迷惑な動機だったりするのだろうか。

それとも、相変わらず『黒髪のティカ=どこぞから送り込まれたスパイ容疑』のあぶり出しを兼ねて、色仕掛けでもしてきたのだろうか。ワザと珍妙な仮装までして身体を張るあんちゃんなだけに、そっち方面の手管も辞さない心構えを持っていそうだ。


ユーリとカルロスは大人な関係だというブラウの推測……キッパリと誤解を正しておくべきか、エストとの関係を覆い隠す目眩まし代わりに放置すべきか。少しばかり悩ましい。


……よーく、考えてみたら。

ブラウさんには、私が主のクォンである事を知らせておくと、ちょっぴりメリットもあるんですよね。


エストの心の恋人がカルロスだと、ブラウが知った暁には。

シャルに加えてユーリという2人のクォンを従えている、というのはこの世界の魔術師からは規格外であるらしい。そんなある意味『要警戒な魔法使い』である事を知ったならば、いかにハチャメチャな理屈で動くブラウとて、下手を打って真っ向からカルロスと敵対しようとはしない筈だ。多分、もしかしたら、きっと。

ついでに、ユーリのスパイ疑惑も晴れる。


が、無論、ユーリがクォンである事をブラウに知られたならば、それを効果的かつ最大限に悪用して連盟でのカルロスの立場を失墜させる可能性も大いにある……むしろそっちの線が濃厚なので、自分から打ち明けるのは却下。


「ティカちゃんって、無口だけど顔は面白いよね」

「……ケンカ売ってます?」


むむ……と、問題の女装男の一分の隙もない女装姿をなんとなく視界に収めつつ、真剣に思索に耽るユーリに向かって、ブラウからそんなヤジが飛んできた。即座にモノクル野郎をギロリと睨み据えると、彼は全く気にせずコポコポとティーカップに茶を注ぎ入れ、一口。


「ううん、これ以上ないぐらいの誉め言葉」

「ああそうですか。自分だけ飲んでないで、私にもお茶下さい」

「残念、これで最後」

「……」


ああ、主。

やっぱり私、コイツと一緒に居るだけで無性に苛立ちが掻き立てられます。

ムシャクシャして張り飛ばしたいって、こういう感情を言うんでしょうか。


「ティカちゃんさあ……」


ブラウは、淑女とはかくあるべき、とお手本として紹介されそうなほど優雅にティーカップを口元で傾け、ソーサーに戻すとしげしげとユーリを観察した。


「ついさっきボクに迫られて、何で平然とそこに座っていられるの?

しかも、お茶まで要求してくるし」

「その答えはあの地下道でも言いました。

あなたが私を殺す気なら、私が逃げ惑うまでもなく簡単に殺せます。同じように、私を襲うつもりなら、私の抵抗などものともしないでしょう?」


彼は圧倒的なまでに強く、冷酷で、こうやって言葉を交わしたユーリの事でさえ、恐らく必要とあらば躊躇なく命を摘み取る。

逃げる生き物をどこまでも追跡する狩猟犬のように、的確に。

死に物狂いで逃走すれば生き延びる活路が開ける彼の従兄弟とは、根本的に違う。慌てふためきながら体力を削り取られ、トドメを刺されて終わりだ。


今は殺す気もなさそうで、強引に襲いたいほどユーリのカラダに興味があるとも思えない。ならばこのパヴォド伯爵家のお屋敷で、ブラウがまたぞろどんな行動を取っていたのか不明となる単独行動を許すよりも、しっかり監視していた方が懸念材料が減る。

ユーリの精神衛生上は、全くよろしくないが。


ユーリは嫌々ながら、眉をしかめて言葉を繋げる。


「あんな片手間かつ陳腐で冗談としか思えない口説き方じゃ、妖しい遊びのお誘いに乗りたいとも思えません。

要するに、いちいち背中を見せるのもバカバカしいから何もしないだけです」

「……ティカちゃん、それ、警戒心あるのか無いのか、微妙過ぎじゃない?

君に大いに認められてるらしい、ボクが言うのもなんだけど……変な奴に付け込まれたらどうするの」

「大丈夫でしょう。私、そうそう滅多に1人きりにはなりませんし」

「……」


よし。うるさくて鬱陶しい輩を黙らせる事に成功しました。

この男に際限なく喋らせておいたら、いつナルシーな台詞が炸裂して疲労させられるか分かりませんからね。この人、たまには絶句とかしておけば良いと思います。


「……ああ、だからキスマークなんだ……ティカちゃんがこんなだから……先輩も大変だな……」


いち早く復活しくさりやがったブラウが、小声で何かブツブツと独り言を漏らしているが、ユーリは全く気にせずバスケットの中のパンに手を伸ばした。

後輩から勘違いされた上に、同情まで寄せられてしまったユーリの偉大なるご主人様はただ今、パヴォド伯爵閣下から予想外の無茶ぶりを振られたらしく、絶賛混乱遊ばしていらっしゃるご様子である。


「ねえ、ティカちゃん」

「はい」

「君にちょっと確認しておきたい事があるんだけど」

「何でしょう」


何やら頭脳を回転させまくり、彼は彼なりに得た情報から様々な推測や仮定を立てたらしきブラウは、ひたすらにもごもごとパンを味わっているユーリに、どことなく真剣な眼差しで問い掛けてきた。


「あの日、ボクがどうやってあの地下室に入ったか、君は当然知ってるよね?」


『あの日』と言えば、やはり例のゲッテャトール子爵の館、その地下室へと黒ずくめの2人組に誘拐された時の事だろう。ブラウが知る限り、ユーリとの接点はそこからの筈だ。


「さあ? あなたが何をどうやって潜り込んだのか、私には皆目見当もつきません」

「……やっぱりあの男、か……」

「はい?」


ユーリのやる気のない答えに、ブラウは眉を顰めて理解しがたい呟きを漏らした。

首を捻る彼女に、彼はスッと頭上を指差す。

釣られてユーリもまた首を上向ける。照りつける太陽は、せり出した枝葉に遮られて目を刺す事も無く、時折そよ風に吹かれながら、光と影の濃淡が様々な緑の色合いを醸し出していた。


「ねえ、ティカちゃん。夏の木陰で木漏れ日を浴びるのは心地良いわね」

「はあ……」


突如としてルティとして振る舞い始めたブラウを怪訝に思い、周囲に素早く視線を巡らせると……こちらに向かって駆けてくるセリアの姿が。


「こうして下から見上げるとあの葉っぱなんて、一本の枝からそっくり同じ形で並んで繋がって生えてるように見えるけど……重なって陰になってるから混同して見えるだけで、本当は別々の枝なのよね」

「……はあ、そう、ですね?」


こんもりと茂った枝葉が何だと言うのだろう。木の葉を隠すなら森の中、などという格言がこちらにあるのかどうかも分からないし、ブラウが暗に示したい事象が掴めず困惑する彼女の傍らに、セリアがようやく到着。


「せっかくのお茶中に放り出しちゃってごめんなさい、2人とも!」

「ううん、仕事熱心なセリアは、あたしの自慢だもの」


肩で息をするセリアに、立ち上がったブラウは軽くポンポンと頭を撫でた。


「せっかく急いで戻ってきてくれたところ、悪いんだけど……あたし、そろそろ戻らなきゃ」

「えっ! もう行っちゃうの、ルティ」

「うん。あたしも張り切ってお仕事しなくちゃね。

そんな顔しないの。また顔見せに来るわ」

「……分かった」


ブラウが……いや、セリアにとっては『ルティという女友達』だが。とにかく、彼が帰ると聞き、セリアはひどく落胆してみせ、ブラウから明るく励まされている。

「またね~」と、にっこり笑顔を振りまきながら足取りも軽く裏口から去ってゆくブラウの背中を、セリアは熱心に見送り。

そんな彼らの様子を眺めつつ、ユーリは内心で呟いた。


……で。

結局のところ、ブラウのにーちゃんにとって、セリアさんはどんな関係なのさ?



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