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もしかすると、これは彼の差し金なのだろうかと勘繰ってしまうようなタイミングだった。
「カルロス殿、閣下のお召しでございます」
使用人や出入りの職人など、裏方の人間が通りすがりに細やかに心を和ませる静かな裏庭に、不意にその人が現れたのは。
幾度か見掛けた事はあるが、そのたびに伯爵家のどの人物に仕えているのかが今一つ分からない、ユーリも顔だけは見知っているおじ様執事さんだ。正確な役職は不明だが、いつも服装はピシッとしているし、エストやグラも、彼が側に控えていようが空気のように受け流していた。
閣下の下へとカルロスを呼ぶべく、わざわざ母屋の方から裏方に回り込んで迎えに来たらしきおじ様執事さんに、カルロスはしばし意表を突かれたように瞬いた。
屋敷を訪れたとはいえ、閣下に目通りを願った訳ではない。パヴォド伯爵はどうやってカルロスの来訪をこれほど早く察知したのだろう、と、ユーリが首を傾げていると、主人とセリアが互いに視線を投げ合った。
セリアが何を考えているのかまでは分からないが、カルロスの想像は何となく予想がつく。『カルロスが伯爵家の屋敷を訪れる予定だという事を、セリアが伯爵閣下に伝えたのではないか?』だ。
そのセリアはおじ様執事さんが視線を寄越すと礼儀正しく裾を調えて目礼し、その傍らではブラウもまた軽く腰を落として女性が行う会釈を示した。
「畏まりました。シャル、……ティカ、行くぞ」
主、今一瞬、うっかり『ユーリ』って呼びそうになりましたね?
ご迷惑をお掛けしております……
ユーリはシャルと全く同じタイミングで「はい」と返事を返したのだが、主人へと一歩足を踏み出したところで、セリアからまだ掴まれていた手をグイッと引かれた。
怪訝に思いながら振り返ると、にっこりと笑顔を向けてくるセリアと、真っ向から目線がぶつかった。
「ティカちゃん、カルロスさんはこれから大切なお仕事みたいだから、あなたはここでわたし達と待っていましょう?」
もしもしセリアさん。だからやっぱり、目が笑っていらっしゃらないんですってばー!
「いや、だがセリア……」
「もー、カル先輩ってば、ティカちゃんをどれだけ歩き詰めにさせる気ですか?
ちゃんと座ってお茶を飲ませてあげてます? ティカちゃん、さっきから元気ないじゃないですか!」
何事かを言い掛けたカルロスに、ルティ姿のブラウは有無を言わせず畳み掛ける。
どちらかと言うとユーリは内弁慶な、大人しく口数も少ない方であり、たくさん喋っている姿など彼だって見ていないはずなのだが、さも『自分は年少の少女を気遣っています』とアピールしている。
「ましてや閣下にお目通りするなんて、ティカちゃんも緊張しちゃうでしょう?」
「あ、はい……」
セリアからも熱心に言い募られて同意を求められ、『どんな障害を乗り越えてでも会いたい!』とは、多分決して思えないパヴォド伯爵閣下のご尊顔が過ぎり、ユーリは反射的に頷いていた。むしろ、なるべくならばあのお方にはネコ姿以外をお目にかけたくはない。端的に言ってしまえば怖いから。
「カルロス殿」
「はい、今行きます。
……じゃあ、しばらくティカをよろしく頼む」
「あ、セリアさん、ティカさんは甘党なので、お菓子をくわえさせておけば大人しいですよ」
おじ様執事さんから言外に『サッサと来い。閣下をお待たせするな』という怒気を感じさせる呼び声に頷いて、カルロスは早口でブラウとセリアにユーリの世話を頼むと、シャルがすかさずビミョーなアドバイスを付け加えた。
「行ってらっしゃいカルロス様。シャルさん、余計なお世話ですー」
おじ様執事さんに急かされ、早足で歩み去る主人と同僚の背中を見送って、ユーリはセリアとブラウに向き直った。
「さ、こっちに座ってティカちゃん。
じっっっくり、お話ししましょうね?」
「はい、ありがとうございます、セリアさん。お邪魔します」
はい、忌憚のないガールズトークのお時間だと仰りたいのですね、セリアさん? オッケイです、どんと来いです。
約一名、この場に混ざるには相応しくない女装男子が茶をカップに注いでおりますが、その点については目をつむらせて頂く方向で。
再び敷物に腰を下ろしたセリアから、彼女の傍らをポンポンと叩いて促されるので、ユーリは素直にそこに腰を下ろした。
「それで、ティカちゃん。カル先輩との暮らしはどぉ?」
お茶がなみなみと注がれたカップをユーリに向かって差し出しつつ、ブラウは気安いジャブ的世間話……に見せかけた、ストレートな先制攻撃を仕掛けてくる。セリアの眉がピクリと反応した事からも、彼女が『カルロスとティカの同居』について、不服を抱いている事は明白だ。
この茶に、まさか毒の類は仕込まれていないだろうが……と、大ざっぱな予想を立てる。
ブラウがどういった情報を押さえていて、何を承知しているかは分からない。
だが、彼はかねてから友人として知己を得ていたセリアに『何か』を煽り、カルロスに対する不信感を抱かせる要素として、『カルロスが預かる事になったティカ』を利用しているらしい。
これもまた、別の策への布石なのかもしれないが、そもそもエストの信頼が厚い腹心のメイドであるセリア、彼女には利用価値ありと判断を下してパイプを事前に繋いでおくなど、ブラウは随分前からエストを注視していたのだろう。仕事のマメさに脱帽してしまう。
親しくなるのならば何故、『ナジュドラーダのブラウリオ』への信頼に関しては放置しているのかは不明だが……
いかに親しい友人相手だろうが、セリアが自分からお嬢様の秘密をバラすとは考えられない。
しかし、ブラウは勘付いたのだろうか。セリアやエスト、アティリオや……そしてカルロスの態度から、カルロスとエストの互いの感情に。
当然、アティリオとエストを添わせたいブラウにとって、カルロスの存在は邪魔だ。早速排除、妨害に掛かってきたのか……まだ確信が持てず、セリアやユーリの反応から推測の確定を狙っている段階なのか。
「……ルティ、さん。お気遣いありがとうございます。
でも私、もともとカルロス様に助けて頂いた身ですし、あの方はいつもご親切ですよ」
敢えて唇の形を一瞬だけ『ブ』の動きをさせ、慌てて取り繕った風を装いながら、つっかえつつ『ルティさん』と呼び掛けてみる。
その短い間に、やはりセリアは何か不審を抱いた様子もなく反応を見せないが、ユーリの不自然な間に気が付いているはずのブラウは、やはり笑顔を崩さない。彼のその態度こそが、セリアは『ブラウリオ』と『ルティ』が同一人物だと知らないのだろう、という推測を裏付けていた。
まあ、ブラウさんに絶対に使えないジョーカーですけど。というか、これを使う素振りを見せたら即、刃物ザックリな未来が垣間見えるようです。
ユーリが隠し持っている本当の手札は、所持している事を百も承知されている道化師などではなく、もう一組のトランプを隠し持っているイカサマ師のような、ある意味卑怯技……カルロスとの精神的な繋がり、だ。
いかにブラウが策を弄し、ユーリの傍からカルロスとシャルを物理的に遠ざけ、孤立無援の不安感を抱かそうと企んでも、この繋がりだけは誰にも断ち切る事は出来ない。
“まあ、魔術遮断結界や、お互いの睡魔の前には無力だがな!”
自らを奮い立たせようと、決意も露わに意気込むユーリに、突如としてご主人様からの茶々入れが頭の中に割り込んできた。
我々の場合は、主の睡魔によって阻まれる事が多々ありますね!
“いや。お前の睡魔も、なかなか強力だぞ?”
あまり力み過ぎるな……そんなご主人様からの忠告はありがたいけれど。お茶のカップを受け取りながら、ユーリは内心で(ブラウリオ公子に邪魔などさせるものか)と小さく呟いた。
セリアを取り込み、カルロスとエストの仲立ち協力者の心に迷いを生じさせるのが、ブラウの狙いなのだろうか。
いやいや。はたまた『セリアさんはカルロス様、もしくはシャルさんの事が好き』だとブラウさんが勘違いしていて、で、セリアさんを奮起させる材料に私の存在をちらつかせた、という可能性も無きにしもあらず?
ブラウさんって、どっか愉快犯的性癖をお持ちですし……
何と言っても、セリアのユーリを見つめる眼差しがそう、まるで憧れの彼のそばに擦り寄っている馬の骨、的な目つきなのだ。
セリアのエストお嬢様至上主義、な性格とカルロスとエストの胸に秘めた関係を承知しているユーリだからこそ、彼女が憤慨している理由は、
『エストお嬢様という心の恋人がありながら、血縁者でもない少女を男性2人暮らしの家に住まわせるだなんて……信じられない、カルロスさんってば不潔! 不潔だわ!
エストお嬢様に対する、許し難い裏切り行為よ!』
であろう、という予測は手に取るように分かる。
何しろ、このバーデュロイの人々の婚前での交際における不文律は、地球の現代日本出身のユーリにはお堅過ぎだと感じるのだ。しかし、年頃の少女の潔癖さに関しては自分にも身に覚えのある感覚であるし、女性の貞操観念が一種の処女信仰で深く塗り固められているこちらでは、それがセリアぐらいの年齢に成長すればどんな信念に至るか想像する事は出来る。
だけどやっぱり、裏事情を知らないで客観的に見ると。セリアさんが、主かシャルさんに気があるから、私に嫉妬してるようにしか見えない……
もしかしてセリアさんのこんな態度が、主とエストお嬢様の事情を隠すミスリードに一役買っていたんでしょうか?
ともあれ、カルロスの目的を確実に果たす為には、セリアからの信頼はあるに越したことはない。つまりこれからユーリがすべき事は、彼女の不信感を綺麗に払拭し、エストはカルロスと結ばれる事が最良なのだと改めて再確認して頂く事だ。
ふっ。つまり私は、今現在はこの女装あんちゃんに傾いているセリアさんの寵愛バーを、このティータイム中に鮮やかにこちらに塗り替えれば良いんですね!
セリアさんは黒にゃんこな私にメロメロ。そんなのは容易いこ、と……じゃないし! 人間の私じゃあ、容姿アドバンテージが使えない!
「ティカちゃんは甘い物が好きなの?」
「はい、大好きです!」
ブラウのような真っ向からではなく、遠回しに様子見から開始したらしきセリアに向き直るにあたり、ユーリは自らに自己暗示を掛ける。『セリアさんも大好き(ハート)』『そう、私はセリアさん大好き(ハート)』。
負けられない。何としてでもこの戦いは負けられない。
女装男子なんかに、女同士の友情をかっ攫われたままでいてたまるかーっ!
性別女性のプライドに懸けて、この大勝負だけは絶対にブラウに負ける訳にはいかないのだ。
今まで薄ぼんやりと抱いていた、ブラウに対する反発心、嫌悪感もしくは敵愾心、警戒心。それらがハッキリとした形となって、ユーリの中で渾然一体かつ分かり易い感情に定まってゆく。
そう……これはズバリ、主人のみならずセリアの友好的態度までをも勝ち取って、鼻先でひけらかしてくるいけ好かない野郎に対する、『コイツにだけは負けたくない!』という激しい苛立ちが掻き立てられるライバル心だ。
“いやユーリ。そうじゃないだろう、違うだろう。
お前、本当に大丈夫か?”
この場は私にお任せ下さい主! なんとしてでも、この気取ったモノクル野郎からセリアさんのラブを勝ち取ってみせます!
“そ、そうか。まあ頑張れ”
きっぱりと主人に向けてヤる気満々に宣言してみせると、カルロスはやや気圧されたような声援と共に、テレパスを解除した。
木漏れ日の優しい光が降り注ぐ敷物の上に3人で向き合うような形で腰掛けて、ユーリは受け取ったカップの茶を一口啜る。
にっこり、とブラウが微笑みながら小首を傾げた。
ユーリの脳内で、ラウンド1開始を告げるゴングが高らかに鳴り響く。
「お味はどぉ、ティカちゃん。お砂糖追加する?」
「いえ、とても美味しいです、ルティさん。このお茶はルティさんがご用意なさったのですか?」
「お茶もパンも、わたしが用意したの。
ティカちゃんは普段、どんな風に暮らしてるの?」
このティータイムの飲食物はセリアが用意した物らしい。
ブラウなんぞの為に、わざわざセリアが骨を折らなくても良いのに。むしろこの男の方が、セリアや彼女の同僚への土産を携えて友人を訪問するべきであろう。仮にも富裕層の男が女性にたかるとは何事か。と、ユーリの中でのブラウのイメージがどんどん下がっていく。
どうぞ召し上がれ、と勧められたパンをありがたく頂戴し、セリアに「美味しいです」と笑顔を向け、モグモグゴックンと口の中の物を飲み込んでから唇を開く。
「えっと……毎日お掃除と、お料理を教わって……あと、カルロス様から香料の嗅ぎ分けを習っています」
まさか、『毎日子ネコ姿で主人のネコ可愛がりスキンシップにぐぇぇぇぇ! に、なってます』とは言えない。
人間の姿でのユーリの毎日は……大半が子ネコ姿で過ごすので、そう長くは無い。突き詰めると、主の家のお手伝いさんだ。それも、未だ見習い研修中の。
「ティカちゃんは調香師さんになるの?」
「どうでしょう……色んな香りを嗅ぐのは、面白いと思いますし」
ユーリは一瞬躊躇ってから、一つ頷いた。
「そうですね、お師匠様は厳しいですが、調香は楽しいです。
私もなりたいです、調香師」
将来は何になりたいか。それはユーリにとって漠然とした見えない未来像であり、地球で暮らしていた頃だって具体的なビジョンは見えていなかった。ただそう、漠然とした大空への憧れがあるだけで……
だからこそ異世界に喚ばれた事実でさえ、さして深刻な問題だとは捉えずに過ごしてきた。
けれど、こちらの世界でいつまでも『主人の愛玩動物』のまま、一生を終えるのが良い事だとは思えない。ユーリの全てはカルロスのものではあるが、彼はそれを心底から望んでいる訳ではない。しもべである彼女らに、自分自身の人生を生きる事を願っている。
黒ネコではなく、人間としてのユーリが進みたい道を。
「カル先輩の調香師の腕って、噂では速攻調香師だって聞いた事あるけど」
「え。なんですか、それ」
ブラウもまた、パンを千切って口に運びながら、そんな話を漏らした。
「依頼を請けてから納品まで、他の人よりカルロスさんの仕事が速いからでしょう?」
「ああ……カルロス様はお仕事が溜まると、よく徹夜で調合なさっていらっしゃいますね」
せっかくの美貌に隈を作ってまで、「あーでもないこーでもない」と、種々多様な香料の絶妙なバランスを模索している主の、徹夜明けで血走った目付きのままぶつぶつと独り言を漏らす、そんな鬼気迫るお姿は、たまにちょっと怖い。
「ティカちゃんはカルロスさんのこと、その……す、すき、なのかしらっ?」
微妙に声をひっくり返しつつ、セリアが遂に真っ向勝負に打って出た。指先が緊張からか微かに震えており、手にしたカップの中の茶が危ういバランスでたゆたう。その頬は気恥ずかしさからか薄紅色に染まっている。
ユーリは思わずセリアの手に自らの両手をあてがい、中身の茶がひっくり返される危機を防いでいた。
「カルロス様の事は尊敬しております。
あの方はそう……言うなれば崇高なる生ける芸術作品なのです!」
「げ、芸術?」
ユーリの叫びに、セリアとブラウは綺麗に声を揃えた。
「ええ。豪奢な黄金と蒼穹のごとき輝きは他に類を見ない彩、平伏さずにはいられない美貌!
あの方を主と仰ぎ、日々お役に立つこの喜び……まさにあの方は私の……いえ、我らのカリスマ!」
握っていたセリアの手から離した片手を天へと差し伸べ、ユーリはうっとりと語る。何と言っても、『あ・る・じ! あ・る・じ!』賛美を歌い上げられる相手にも機会にも、これまで恵まれてこなかったのだ。人と会う際は大抵、細かいコミュニケーションがとれない子ネコ姿であったし、同僚相手にこの手の話題を振った日には、『どちらがより主人からの寵が深いか』議論で張り合う姿が簡単に予想が付く。
「ええっ? カル先輩って本当に、毎日ティカちゃんに何教えて……」
「聞き捨てならないわ!
誰よりも麗しく美しく、知性と才気に溢れていらっしゃるのは、わたしのエストお嬢様よ!」
何やら寝言を抜かし始めたブラウの台詞を遮って、セリアが瞳に闘志を燃やしながら断言する。
それに応えて、ユーリはティーカップをくゆらせつつ笑みを浮かべた。
「ふっ、セリアさん。
どうやらあなたとは、我々のどちらの主人の方がより優れているのか、とことん決着を付ける必要があるようですね……」
「望むところよ。エストお嬢様のお人柄に、痺れるがいいわっ!」
「良いでしょう。あなたに、とっておきのカルロス様伝説をとくと語って差し上げます」
「えっ? えっ? 何でそうなるの、2人とも?」
マニアックなまでに、『エストお嬢様命!』のメイドさんから、どんどん女の子ならではのエストお嬢様の日々の様子を興味深く伺いつつ……ユーリはブラウに向かって、鼻で『へっ』と笑ってみせた。
エステファニア嬢の腹心、セリア殿が仰る事には。
その佇まいだけで、一幅の絵画のように麗しいエストお嬢様。どんなドレスや宝飾品も、あの方の美しさを引き立てる物でしかない!
エストお嬢様は日々、有力貴族の方々が開かれるサロンに出向かれて、順調にシンパを増やしていらっしゃる。ああ素晴らしきエストお嬢様。
エストお嬢様は自らの知識を深める事も忘れない。古今東西の書物にも目を通し、かつ横柄な輩から『小賢しい』と煙たがれるような態度は控える。ああ、機知に富んだお嬢様。
エストお嬢様は貴族令嬢の嗜みも心得ていらっしゃる。裁縫や刺繍など、その美麗な出来映え、容易く布地に触れる事すら恐れ多い。お嬢様、お嬢様ーっ!
ユーリははっしと、熱く語るセリアの手を取った。
「分かります、セリアさん……! あなたは完璧なる主人愛を抱く、従者の鑑です」
「分かってくれたようね。エストお嬢様の偉大さを……!」
「はいっ!」
エストお嬢様のご様子を教えてくれたお礼に、ユーリもセリアと同じノリで『最近のカルロス様、カリスマ的ご主人様っぷり』をお伝えしてみたところ、彼女もなかなか感慨深そうに聞き入って下さった。
「あ~……満足した? 2人とも」
その傍らで、白熱した会話についていけずにげんなりとした表情でパンをもそもそと頬張っていたブラウが、頃合いと判じたのか久々に口を挟んできた。
「いいえ。わたし、エストお嬢様の事なら一晩中だって話題は尽きないわ」
「是非、聞かせて下さいセリアさん!」
握りあう手は、熱く固い。
憧れのあのお方談義に懸ける女子の返答を耳にしたブラウは、珍しく素直に『冗談でしょ?』と言いたげな表情を浮かべた。
私とて、オタク文化が花開く聖地を出身国に持つ乙女。セリアさんのエストお嬢様への心酔っぷりを知っていれば、これしきの熱気に負けたりはしません。
ふ、ブラウさん……確かに、舌の回り具合では私はあなたに勝てる気はしませんが。口下手は口下手なりに、エストお嬢様賛歌の聞き手としてならば、相手が満足するまで相槌を打ちつつ熱心に聞き入る自信があります!
「……せりあ、もぅカンベンして……」
小さく呻きつつ、グッタリ、と背中を樹の幹に預けてもたれ掛かり天を仰ぐブラウの姿に、ユーリは拳をグッと握り締めた。
……勝った。