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手元に回ってきた書類に軽く目を通したカルロスは、改めて師であるベアトリスへと目線を向けた。


「……いったい何なんだ、この子爵の証言は?」

「そうは言われてもね。

子爵はそこに記されている証言を口にした以外は、黙秘を続けているそうよ」


ペラリと書類をまくって裏面は白紙である事を確認し、嘆息を漏らすカルロス。ベアトリスもまた肩を竦める。

ユーリはテーブルに両前足を乗せて顔を伸ばし、書類を覗き込もうと懸命身を乗り出すせいで、後ろ足がプルプルしてしまう。

苦労の甲斐あって書類の記述が視界の端に入ってくる。


……私は私なりに、国の行く末に思いを馳せ、行動したまで。それが結果的に陛下のご意向に反する結果となったならば、処断を受け入れよう。

浄化派の要求は極めてシンプルであった。ある程度の資金の融通と、活動支援。

だがあの日、おかしな要請が一つあった。捕まえた子供の荷の改めだ。曰わく、「透明であるか、もしくは着色されている。表面は滑らかで固い物も柔らかい物もあり、ガラスとは似て非なる、驚くほど頑丈だが高熱で溶ける物」の有無。

いったいその不可解な物体は具体的に何だと尋ねると、一角の見識と鑑定眼を持つと自負している私ならば、一目見ればその異質さ故、理解するだろうと言われた。

だが生憎と、あの子供の持ち物にそのような奇妙な品は無く。

彼らが捜し求める物体を持っているか否かの手掛かりは、黒髪黒目の子供だけだとすれば、ご苦労な事だ……


子爵の発言をそのまま書き留めた調書らしく、つらつらと書き連ねられた記述を読んだユーリは首を傾げた。


確かに、よく分かりませんね。ゲッテャトール子爵はいったい、何をさせられそうになったのでしょう。


しきりと首を捻るユーリを、何故だかカルロスとベアトリスが握り拳を作りながら凝視している。


……あの、どうしたんですか、主?


“くっ……! その仕草は計算なのかユーリ!”


そんなテレパシーと共に、カルロスに抱き上げられた。どうやらまたしても、ネコ好き主のネコ可愛いがりたい心を刺激したらしい。

頬擦りしてくるカルロスの手を肉球で連打し、ユーリは『そんな事より!』という意味を込めた「ニャッ!」と鋭く短い鳴き声で主の意識を調書の方へと促した。


「……婆さん。この供述によると、つまり子爵は取り調べで殆ど重要な部分は黙秘してるって事だな」


因みに、ユーリの主が『ゲッテャトール子爵』と家名を含めて爵位を口にしたがらないのは、舌を噛みそうになるから嫌なのだそうだ。


「浄化派との繋がりをどうやって持つに至ったか、現在潜伏中の諜報員に、隣国の思惑……」

「故意に黙っているのか、情報を掴んでいないのか、上があたし達には回す必要無しと判断したか……

ともあれ、カルロスに見て欲しいのは、この部分よ」


面倒そうに眉を顰めるカルロスに、ベアトリスは調書の『黒髪黒眼の子供が持っていると思しき、謎の物質』云々を人差し指でトントンと突いた。


「こんな曖昧で抽象的な説明で目的物が特定出来るなら、苦労はしないんだけど。

ゲッテャトール子爵は毎年、陛下主催の展覧会で審査員を務めるほど芸術方面や雑学知識に明るい人よ。そんな人が『こんなものは見た事が無い』と考えるようなモノって……つまり、そのままズバリ、なんじゃないのかしら?」

「はあ? 婆さん、もっと分かるように言ってくれ」


ベアトリスは何故か、チラリとユーリ……そしてカルロスの後ろで控えているシャルへと視線をやり、


「単刀直入に言えば彼らが探しているモノって、異世界からこちらに持ち込まれたモノなんじゃない? このマレンジスでは存在しないのなら、異質だと感じてもおかしくはないわ」

「……ちょっと待てよ、婆さん。つまりなんだ。

奴らはやっぱりユーリを狙ってたって言いたいのか?」


異世界から持ち込まれたモノ、というベアトリスの推測を受けて、ユーリはハッと思い立ち主人の腕からソファーの背もたれへと駆け上った。


一見したところはガラスと似てるけど、明らかに違う……


カルロスの背後から見守る形で無言のまま佇んでいたシャルは、血相を変えて彼を見詰めるユーリに、訝しむように首を傾げた。

彼女の同僚はいつもの如く、王都に到着した際に外壁の向こう側でカルロスとユーリを下ろして人間形態に変化すると、空中飛行中には主人に背負わせていた荷物を全て引き受け、今も雑袋や『ユーリの護身用具』を背負っている。


「シャル」


カルロスがわざわざ指をパチンと鳴らしながらシャルを呼ぶと、同僚は無言のままドア脇からソファーのすぐ後ろにまで歩み寄ってきた。ご主人様と同僚の暗黙の了解的合図が、未だによく分からないユーリである。

無言のまま何事か会話が交わされたのか、シャルは斜め掛けにしていた紐を持ち上げ、水鉄砲を差し出す。


「ユーリ曰わく、例の謎の物質を聞いて思い当たる異世界のモノはこれだそうだ」


しもべから水鉄砲を受け取ったカルロスは、それをそのままベアトリスへと差し出した。

ユーリの心当たりとしては、該当しそうな物質はそれだ。ベアトリスは矯めつ眇めつ、物珍しそうに水鉄砲を眺め回し、


「確かに……木でもガラスでも石でも布でも無い、金属……とも違う。あたしもこれは見た事が無いわね」


この世界では滅多にお目にかかれない異世界の異物を目の当たりにし、丁重に弟子へと返却した。持ち主のユーリは粗雑な扱いをしているので、そこまで気を使わなくても良いのだが、ベアトリスにはよほど貴重なモノに見えたようだ。


プラスチックって、やっぱりこっちにはないんですかねぇ?


可塑性物質な合成樹脂ことプラスチック、その主原料と言えば石油。

石油は貴重なエネルギー源というイメージを持つユーリは、こちらの世界では魔法がそれに当たるのだろうか、と想像した。

人の腕力を遥かに超えるパワーと、無から有を取り出すとしか思えぬ現象の数々。長寿種族たるエルフ族にしか体得する事も出来ず、魔術師はその技術を長年に渡って研鑽し、人々はその恩恵に与る。

デュアレックス王国が権勢を振るっていた頃、その他の国々へはどの程度の技術提供があったのかは不明だが、全く無かったとも思えない。何故ならば、このバーデュロイに魔術師連盟が設立されてから、王都で一般市民にまで壊れやすい窓ガラスが普及されたとは考えにくいからだ。

つまり、良くも悪くもこのマレンジスの特色は魔術な訳で、エルフ族の王国が滅びた今、人々がその外の資源や技術を磨いて高めるのはまだまだこれからなのだろう。


「……で、だ、婆さん。

仮に、敵さんの狙いがユーリの『ミズデッポー』だとすると、あの事件はおかしい事だらけだ。

何で『ミズデッポー』を持ってる異世界の人間が、黒髪黒眼の子供だなんてコアな情報を、敵が握ってるんだ? コレはずっと俺んチに置きっぱなしだったんだぞ」

「ユーリちゃんがその『ミズデッポー』? とかいうのを持ってるかどうかなら、気絶させた後自分達で調べれば良い話だしね。

わざわざ誘拐して地下室に……ルティが読んだように、術者かどうか調べたかったのかしら?」


どうしてでしょう。ベアトリス様と主が、大真面目な顔と妙ちきりんな発音で『ミズデッポー』と口にするたびに、吹き出しそうになってしまうのですが。


真剣な雰囲気に水を差すつもりはなかったのだが、ユーリはついつい余計な事を考えてしまう。カルロスとユーリしか居ない場では割と頻繁に発言するが、カルロスの背後に控えた執事モードの際は黙している事が多いシャルや、黒ネコ時の彼女の独り言はさっぱり理解出来ないベアトリスにはともかく、しっかり理解出来てしまうご主人様は、ユーリの額にペシッとデコピン一発。


「渦中のお前が真面目に考えんでどうする!」


はあ。真面目に考えますと、私の世界ではプラスチックは様々な形状かつごくありふれた物質でしたので、私と同じ世界からやってきた人なら、高確率で所持したままマレンジスに召喚されるものと推測します。

しかしそもそも、私が異世界人だとどうしてバレたんでしょうねぇ。


ちみっとだけ痛かった額を両前足で押さえつつ、ユーリはつらつらと回答した。

カルロスはしもべの答えを掻い摘んで師に通訳した。


「早い話が、『何故自分が狙われたのか分からん』、と。

俺が思うに、だ、婆さん。

バーデュロイで心情的には浄化派寄りな貴族ってのは、子爵だけじゃねえんだろ?」

「そうでしょうね。親ザナダシア派が居なくなるとも思えないし、バーデュロイが反ザナダシア派だけで埋め尽くされたら逆に危険だわ、あたし達にとっても」

「……そういう政治的な判断は、俺以外の奴らが下しときゃ良い」


『ザナダシアなんざ大嫌いだ』との意思表示を隠さない正直なカルロスは、連盟長老として中庸な態度を崩さない師匠に一瞬ムッと表情をしかめつつ、言葉を繋げる。


「敵の狙いが仮に『異世界の異物』だとすれば、どうしたってクォン召喚術が関わってくる。

ここ数年間の成功例は?」

「あたしが知ってる限りでは、まずあなたでしょ」

「いや、そこでなんで真っ先に挙げるんだ。俺以外の話は?」


ビシッと人差し指を立て、重々しく数えるベアトリスに、何故に言わずもがなの成功例からなのだと、カルロスがすかさず突っ込む。しかし、師匠はそんな弟子の合いの手を無視して二本目の指を立てる。


「今年の春辺りで、ウィルフレドが成功させたそうよ。

マルシアルが『弟子を当てにした仕事が増えて面倒くせぇ』って嘆いてた。今まで散々、あたしに同じようにしてた奴が何言ってんのかしらね」


今年の春頃のクォン召喚……と聞いて、ユーリは一瞬全身に震えが走った。

あの日見た少年の名は、ウィルフレドというらしい。


「ウィルフレド……あの、クソ生意気なチビガキが? いっちょ前に仕事してんのか」

「あなただって、シャルを呼んでからは引っ張り回されたじゃない」

「クリストバル代表は、あれか? 年齢より実力重視か。

で、他は?」


カルロスが次を促すと、ベアトリスはおもむろに三本目の指を立て……


「後は、あたしが知ってる成功例は、デュアレックスの最後の女王陛下ね。つまり、軽く百年以上は前になるんだけど。

あたし自身、他には会った事が無いけど、歴史書にはたびたび登場してるわ。

でもまあ、師匠にさえ隠れてコソコソと召喚してる弟子もいるようだし? 敢えて隠してるヒトもいるかもしれないけどぉ?」


後半、ベアトリスから当て擦られて、カルロスはゲホゴホと咽せた。

しかし、成功例がそれほど稀有なのだとしたら、ユーリのように隠されているクォンがいる、と考えられるのだろうか。むしろ大々的に成功者としてアピールした方が、よほど利がありそうだ。


「と、とにかく、思ったより少ねぇんだな、クォン召喚出来た奴って」

「だから、エリート扱いされるんでしょ?

百年にだいたい一人、多くても二人現れるかどうかなんだから、持て囃されるのも分からないでもないけど」

「……ウィルフレドが呼んだクォンが何か凄ぇモン持ち込んで、それを浄化派の奴らが狙った、のか?」


自分でも半信半疑に呟くカルロスに、ユーリは発言するべく『はい』と右前足を上げた。


主、そのウィルフレドさん? という方のクォンさんは私も見ましたけど、水中暮らしの方だったようで、身一つで召喚されてましたよ。

魂を吸収された後は、多分、身体は元の世界に送還されてましたし……


カルロスは、ユーリをおもむろに抱き上げて胸元に抱き寄せる。頬擦りにはいつもの乱暴さが無かった。


「ウィルフレドは関係ねぇな。

……そうなると、何だってまた、ピンポイントでユーリを狙ったんだ……?」

「あの事件、あたし達連盟が網を張ってたゲッテャトール子爵逮捕劇だったけど……もしかすると、あの捕り逃した浄化派の工作員の描いた筋書き通りに事が運んだのかもしれないわ。

王宮、そして軍の目は子爵に。あたし達魔術師連盟の注目は『黒髪黒眼の子供』の謎に。

あたし達の計画を察知し、本来の目的から目を逸らす為の陽動だとしたら……」


世界浄化派が、どれだけ魔術師がクォン問題に着目するかを把握しているかは分からない。けれど、ユーリがカルロスのクォンである事が知られたら、カルロスは固い結束力を持つ連盟内部で孤立していた可能性は大いにある。


ベアトリスは新しいグラスを用意して、ピッチャーから水を注いだ。


「カルロス。ユーリちゃんがクォンである事を知っているのは誰?」

「それは、婆さんとアティリオ、それに……パヴォド伯爵と伯爵令嬢エステファニア」

「つまり、それだけの人々しか知り得ぬ情報を織り込んで、潜伏している工作員は目眩ましを仕掛けてきたって事ね?」


まるで、パヴォド伯爵家の人々が世界浄化派に組しているとでも言いたげなベアトリスの言に、カルロスは不愉快そうに唇を歪ませた。彼にとっては、師匠であるベアトリスも、パヴォド伯爵家の人々も、等しく信頼のおける相手なのだろう。


「婆さん。あの方々は、絶対にザナダシアに協力したりなんかしねぇ」

「そうね、パヴォド伯爵家はバーデュロイにおける、対ザナダシアの先鋒。その彼らが寝返ったとなれば、バーデュロイは大分不利になるわ。

でもね、隣国に接しているという事は、影響を受けやすいという事でもあるのよ」


――時にエスピリディオン殿。

近頃周囲に鼠が隠れておるようじゃが。

――鬱陶しい鼠など、駆除すれば良いだけですな。


ユーリの脳裏に、不意にアルバレス侯爵とパヴォド伯爵の酒盛りでの何気ない会話が蘇ってきた。あまりにも呆気なくやり取りされ、別の話題に移ってしまったので失念していたが……

パヴォド伯爵は、とうの昔に自身の身辺にスパイが潜んでいる事を察知していて、その首根っこを捕まえる時を手ぐすね引いて悠然と待ち構えている、という事なのだろうか。


「閣下の周囲に、裏切り者が潜んでる可能性があるだぁ……?」


カルロスの震える声にベアトリスは小さく首肯し、そして彼らは殆ど同じ意味の言葉を同時に口にする。


「そいつ、なんつー命知らずなんだ?」

「あのタヌキを出し抜こうだなんて、全くもって無謀の極みね」


……パヴォド伯爵閣下のイメージって、いったい……

てゆか、むしろ閣下、鼠さんが自分のトコに来てくれて楽しみが増えた、的な印象だったような……?


「つまり推測としては、閣下の身辺に頑張って潜んだ浄化派の密偵が情報を流したかして、ユーリはよりにもよってアティリオと一緒に誘拐されて、あの騒動に無理やり巻き込まされた、と」

「いいえ、もしかするとあのタヌキがわざとネタをチラつかせて、その密偵はまんまと食い付いたのかもしれないわ」

「婆さん、閣下がそんな事……! ……やりそうだ……」


カルロスは自身の後見人を擁護すべく、キッと強い眼差しをエルフ魔術師へと向けたが……一呼吸置いて、弱々しく同調を示した。


パヴォド伯爵はカルロスの主人、その伯爵閣下が何かの策を弄するべくカルロスやユーリという手駒、配下本人には無断で体よくエサにしたとて、彼らには抗議の余地など無い。何せ、カルロスと愉快なしもべ達は、それこそ伯爵閣下の掌中の玉たるエステファニア嬢を、閣下の意に反して横から掠め取ろうとしているのだからして、もうこれはお互い様というやつだろう。

この程度の災難ならば、自力で潜り抜けるだろうと考えて下さって光栄だ、と自分を慰めるぐらいしか出来ない。

まあもちろん、パヴォド伯爵が本当に何かを企んで、浄化派の工作員を釣れると判断して情報操作を行ったという証拠は無いのだが。


「……閣下が何をお考えだろうと、浄化派の奴らが何を企もうと、俺は俺の目的に邁進するまでだ。

ところで、婆さんには聞きたい事がある」

「なぁに?」


先の事件は、隣国からの大掛かりな謀、その氷山の一角だと睨んだらしきベアトリス。先ほどの術を実践で使用可能かどうか確認していた事からも、何がしか仕掛けるつもりなのだろう。

ひとまず自分なりの情報筋を当たる事にしたのか、弟子への相談を一時中断した連盟の長老格たるベアトリスは、一息つこうとグラスを持ち上げ、カルロスに向かって小首を傾げて続きを促した。


「婆さんは、媒介無しで空中に魔法陣出して術を練れるか?」


弟子のその問いに、ベアトリスは一瞬動きが止まったように見えた。手にしていたグラスの中の水が、急な制動についていけずに僅かに零れる。


「どうして、そんな事を聞くの?」

「呪文も無しに、自分の意思で光輝く魔法陣を出したり引っ込めたりする使い手を見たから。

シャルもユーリも吸収する気がねえ俺には、あんな真似は出来ねえ」

「そう……生き延びた『鍵』はあたしだけじゃあないと思ってたけど、ロベルティナが。彼女、元気だった?

連盟に顔を出さないのはやっぱり、縛られたくないからかしらね。クリストバルは頭カチコチだし」


矢継ぎ早に質問を浴びせてくるベアトリスに、カルロスは『待った待った』と、制止をかける。


「俺んチのわんことにゃんこが見たのは、その、ロベルティナ? って女じゃなくて、胡散臭ぇ人間の男だった」

「男? それも人間? 代替わりしたのかしら……」

「代々受け継がれる術か何かで、使える術者は限定されてるもんなのか?」


カルロスのその問いには、ベアトリスはしばし沈黙し、「やっぱり、あなたには教えておくべきなのかしらね」と溜め息混じりに呟き、


「あたしが『ベルベティー氏族のディベルキュルス』なのは知っているわね?」

「要するに、ハイエルフだって事だろ?

王族はディベルキュルス姓を名乗って、その中でも血統が幾つかある、って解釈してたが」

「そうよ。それぞれの氏族において、秘術は一子相伝。

そしてあたしはベルベティー氏族の鍵を担うキーラ。

『ベルベティー氏族の鍵』である、『狭霧鏡面秘術』を受け継ぐ封印の要を担う者」

「あー、婆さん。すまんが意味が今一つ……」


身振り手振りを交え、滔々と芝居がかった口調で語るベアトリスの長くなりそうな台詞を遮り、カルロスは弱りきった口調でもう少し分かり易い説明を求めた。

気分良く口上を述べているところに、横から口出しされたベアトリスとしては気分を害したのかもしれないが、いかんせんその正確な表情は不明だ。


「……つまり、あたしの家系は代々この『化け物じみた顔認識不可結界』を伝えてて、ロベルティナのジェッセニア一族は『反則的魔術増強魔法陣』を受け継いできたのよ」


弟子の要請を受け入れたベアトリスによるヤケクソじみた解説に、カルロスは顎に手をやり「ほ~」と感心したような相槌を打つ。


「その使い手は『キーラ』の称号を授かるわ。そして同時に、デュアレックスの王位継承権は、『キーラ』にしか与えられない」


という事は、ベアトリス様は亡国の姫君!

ついでにあのツッコミ系な赤い髪のミチェルあんちゃんは、亡国の王子様?

……何故でしょう。ビミョーにテンションがダダ下がりします。


「って事は、いずれは婆さんがデュアレックス王国を復興させるのか?」

「クリストバルにはそんな淡い期待もあるみたいだけどね。そんな希望を抱かれても、無理なものは無理よ」


ベアトリスにとっては、連盟での長老格としての仕事で手一杯であり、故郷を取り戻す無謀な夢よりもまず、頼ってきた同胞達の土台を確かにする事の方が大切なのだろう。


「第一、玉座に就くのはジェッセニアのキーラってのが慣例だし」

「何でだ?」

「カルロスも……あ、シャルとユーリちゃんが見たんだったかしら。

とにかく、カルロスも知っての通り、ジェッセニアのキーラは『べらぼうに強い』のよ。意識さえはっきりしていれば、千人の軍隊が来ようが欠伸一つで捻り潰せるわ。

……そんな術者を差し置いて至尊の座に就いて、家臣として顎で軽くこき使えるかしら?」

「デュアレックス王国の王室ってのも、恐怖政治だったんだな……」


……という事はつまり、あのお節介兄さんこと、奥様にお仕え中のミチェルのあんちゃんは……世が世なら、デュアレックスの王子様を飛び越えて、国王様!?


「恐らくはジェッセニアのキーラ? っぽい奴、フラフラしてるとこ捕まえて連盟に連れてこなくて良いのか?」

「実力主義を体現したようなエルフ族の頂点に立つ相手を? 彼の意志に反して?

……お願いだからカルロス、あなたは死に急ぐような真似はしないでちょうだい」


そして、そんなミチェルを遠慮なく顎でこき使っているらしき、まだ見ぬアルバレス侯爵家の奥様、推定アティリオの母君へのイメージが、また一つ複雑な姿へと進化したユーリである。



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