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「来たわね、カルロス!」
王都は魔術師連盟本部の塔、その門扉を潜り抜け正面玄関へと続く前庭のアプローチへとカルロスが足を踏み入れた途端、目の前にある重たそうな両開きの扉がバーン! と勢い良く開け放たれた。そしてその向こうには、相変わらず顔立ちが今一つはっきりしないローブ姿のベアトリスが、両腕を広げて扉を開け放った体勢で堂々と立ち塞がっている。
そして、弟子に口を開かせる隙も与えず、開口一番に彼女は歓迎の挨拶なのかよく分からない一言をのたまう。
……なんというか、この登場の仕方には激しく既視感を覚えます。
そもそもベアトリス様は、どうして前回も今回も、我々の到着時刻をほぼ正確にご存知なのでしょう?
ベアトリスの派手な登場に一瞬歩みを止めてしまったカルロスは、再び歩を進めつつユーリの素朴な疑問にボソッと答えてくれる。
「婆さんは、王都の外壁や塔の敷地の境にも結界張っててな。婆さんが把握してる魔力持ちの奴がそれを通過してくと、感知出来るらしい。
つまり恐らく、お前1人で結界を潜り抜けても婆さんには気がつかれんな」
「ベアトリス様を驚かせる役目にうってつけですね。良かったですねぇ、ユーリさん」
……シャルさん。冷静に考えてソレ、何の役にも立たないじゃないですか。
つまり、結界識別という網目に掠りさえしない小物だと揶揄したいのか、いつもの笑顔で主人との会話に口を挟みつつユーリの顔を覗き込んでくる同僚を睨み付けると、シャルは笑みを崩さず小さく小首を傾げるのみ。
玄関先でど~んと待ち構えていたベアトリスは、カルロスと愉快なしもべ達を順繰りに見回して、シャルに目を留めた。
「ちょっとお、なんで今日もそっちの姿なのよ、シャル。
いつも言ってるでしょ? あたしはあなたのイヌバージョンを愛でたいのよ!」
「無茶言うなよ婆さん。
俺達は今本部に着いたばっかで、シャルが変身する間なんざ無かったじゃねえか」
「あ~んっ、ユーリちゃん久しぶり~っ!」
「んにゃ~っ!?(苦しっ、ギブギブ~ッ!?)」
「婆さん、勝手に俺のにゃんこを奪い取るな!」
果敢にも師に抗議する弟子の言い分は丸無視し、ベアトリスはカルロスの腕の中から即座にユーリを抱き上げて全力で頬擦りしてきた。ユーリはベアトリスの腕を叩きつつもがもがともがくのだが、彼女には全く堪えた様子が無い。
結局のところ、ベアトリス的にどーぶつならどちらでも良いらしい。
ベアトリスの腕の中で圧迫され、グッタリと脱力するユーリを存分に愛で、ハイテンション魔術師はようやっと顔を上げた。そして、意味深にチラリと一度背後へと視線を投げかけてからカルロスを見やる。
「可愛いし、嬉しいんだけど……あなた相変わらず抜けてるわねぇ、カルロス」
「はあ?」
「立ち話もなんだから、細かい話はあたしの部屋でしましょう。ついてきなさい」
「あっ、こら婆さん、俺はユーリを抱く許可をやってねえっつーに!」
ユーリを両腕で抱いたままクルリと踵を返し、颯爽と塔中央部のふわふわ浮き上がりエレベーターに向かうベアトリスの背中を、慌てて追い掛けるカルロス。そんな主人とその師の後を、微笑ましそうな表情のまま付き従うシャル。
カルロスに対しての人質ならぬネコ質状態のユーリとしては、このままベアトリスの腕から肩に登り、そのまま主人の元へとピョンと飛び跳ねて戻るべきか。それとも、お気に入りのにゃんこを横取りされたと拗ねる主様の、可愛い膨れっ面を存分に眺めるべきか……悩ましいところである。
“……アホかお前は”
すかさず割り込んできたテレパスも、照れ隠しなのが丸分かりで可愛かったので、このままでいようと決め、ユーリはベアトリスの胸元に遠慮なく擦り寄った。
本部の塔でベアトリスの私室として割り当てられている部屋、その応接間に当たる広くてゆったり寛げる室内にて。
最後に入室したシャルが静かにドアを閉め、無言のままその脇に待機した。カルロスはというと、部屋の主であるベアトリスが勧める前にどっかりとソファーに腰を下ろし、長い足を組んでふんぞり返った。
そんな弟子の不作法を諫めるでも叱りつけるでもなく、ベアトリスもまたカルロスの正面に腰を下ろす。腕に抱いていたユーリを膝の上に下ろし、背中を一撫でしてから飲み物を用意し始めた。
「それで、俺を呼び出した要件ってのは? 婆さんには色々聞きたい事が山ほどあるが……」
主。私はまず先ほどベアトリス様が仰った、主がなされた失策とやらの意味が知りたいです。
「そうだな。まずはそれからか」
テーブルの片隅、トレーの上に伏せられていたグラスを二つひっくり返してピッチャーから水を注ぎ、ベアトリスはカルロスに片方を押しやりつつ、やや呆れた眼差しを弟子に向けた。
「あのねぇ、カルロス。あなたはシャルも含めてユーリちゃんと自然に意志疎通してるから、忘れがちかもしれないけど。
はたから見たら今のあなた、単なる独り言の絶えない人よ?」
「いや、まずは顔を合わせるなり人を抜けてるとか断言した理由をだな、聞きたいとユーリが」
師からの忌憚のない意見に、知らず知らずの内に気が緩んでいたらしいカルロスは「うっ」と怯みつつもユーリの発言の主旨を繰り返す。
丁度、上座に当たる方にベアトリスは座っている為、その膝の上のユーリの目にはソファーに座るカルロスの背後で、シャルがやれやれと肩を竦める様子が見て取れた。
ベアトリスは「ああ、それね」と頷き、グラスに口をつけて軽く喉を湿らせ、
「まあ平たく言えば、あなた『ティカちゃんの立場』を忘れてたでしょ?」
「……あ?」
「鈍いわねぇ。ティカちゃんは別に無罪放免になった訳じゃないわ。あくまでも、あたしの弟子であるカルロスが身元引受人として、監督及び監視を引き受けているだけに過ぎないのよ?
それを、ティカちゃんを連れずに本部にホイホイ足を運んだりしたら、あなたは監督及び監視義務を放棄したと見做されるじゃない。
ルティが知ったら、嬉々としてつつき回してくるわよ?」
全くこの子は手が掛かる……と言いたげに、ベアトリスはふぅと溜め息一つ。
「一応、ユーリさんの人間用の服も持ってきていますから、今から変身させては如何です?」
「……無理だ。正面玄関で、受付の人間は『ティカ』の姿を確認してねぇんだから、今更俺が帰りに受付の前を人間の姿のユーリを連れて通ったら、滅茶苦茶不審に思われる」
「本部の外で変身させてあげることね」
受付に怪しまれるどころか、下手をすれば『消えた黒ネコ』と『忽然と現れた黒髪の少女』をイコールで結ばせる結果になるかもしれない。
抜かった……! と、頭を抱えるカルロスに構わず、
「それでね、カルロス。
本題に入る前に、あたしも一つ言いたい事があるわ」
「何だ婆さん、改まって」
やけに真剣な雰囲気を醸し出しつつ、ベアトリスはテーブルの上に両肘をついて眼前で指を組んだ。おおよそハイテンション魔術師にしては物珍しい空気に、カルロスもまた表情を引き締め先を促す。
ベアトリスは伏せがちだったその面をゆっくりと両手から上げ……
「あなたばっかり、ユーリちゃんとお喋りしてズルいわズルいわ!
せっかく連れて来たんだから、あたしとも話させなさ~いっ!」
組んでいた手を離すなり、そのまま両手でバンッ! と力強くテーブルを叩きつつ、彼女は弟子に要求を突き付けた。その衝撃でグラスとピッチャーの中の水は揺れ動いてさざ波を立て、カルロスは師匠の宣言に足を組み腰掛けた姿勢のまま、ソファーの背もたれから背中が微妙にズレ落ちた。
「……婆さん。俺の記憶が確かなら、たった今俺らは『ユーリの変身は本部を出てからにするか』っつー結論に達したばかりな筈だが?」
「甘いわね、カルロス。仮にもあたしはあなたの師よ?
このベルベティーの氏族長たるベアトリスに、不可能は……多分恐らく……無いわ!」
ソファーから立ち上がりつつローブの袖をオーバーリアクション気味にバサァッと振り立て、その長い金色の髪の毛を片手で払い、ベアトリスはその両手を腰に当てながら、そんな強気なんだか弱気なんだか分からないお言葉を口にする。
因みに、彼女の膝の上にちょこなんとしていたユーリはというと、不意の出来事に対応出来ず、見事に床へと転がり落ちていた。
テーブルの下を突っ切って反対側のソファーに向かい、カルロスの足下で盛んに「にゃーにゃー」と鳴いて催促してみると、ご主人様はもったいぶった仕草でユーリを抱き上げ、膝に乗せた。
「よくは分からんが、さては婆さん、また何か新しい魔術を試したいんだな?」
「話の流れからして、今度の実験台はユーリさんなのですね?
いやあ、ベアトリス様の華麗な魔術、楽しみです」
「まっかせなさい。実践は初めてだけど!」
(氏族長って、何でしょう。ベアトリス様は何気にお偉いさんなのですかねぇ?)……などと考えているユーリを置いてきぼりにして、カルロスとシャル、ベアトリスの三名は当人の同意も得ずに話を進めて合意に至った。
ユーリとしては、何かヒシヒシと嫌な予感が胸を過ぎる為、出来ることなら逃げ出してしまいたいのだが……ここで逃走したところで、既に決定事項となったらしき実験台の栄誉からは、逃れられない気がする。
ベアトリスは再び何事も無かったかのようにソファーに腰を下ろし、自らの飲みかけのグラスにポチャンと右手の人差し指を浸した。そして左手を軽く空中へと翳し、
「杖よ、我が手に」
例の、『今から本気出すぜぇ、ワシはよう!』な証明たる魔術師の杖を呼び出した。いつ見ても、ベアトリスの杖は美麗な装飾が施されたピンクの素敵なステッキである。
……あの、今から行われる魔術実験とやらは、ベアトリス様の利益の為だけというやつでは……?
“諦めろ、ユーリ。
弟子である俺が見学している以上、これは『師から弟子への魔術指南』だ”
緩い……! 緩すぎませんか、封印条件!?
何故、封印されている筈のそれを呼び出せるのだろうと疑問を抱くユーリに、彼女の背中を撫でながらカルロスはすかさず思い違いを正してくる。
ベアトリスによる、新しい魔術の試し打ち実験が行われるのはこれが初めてでは無いかのような発言をカルロスやシャルはしていたが、それはつまり強力な媒体を呼び出す口実に、彼らは幾度も利用された経験がある事を裏付けている。
そんな見学者の様子を気にもとめず、ベアトリスは杖を眼前に構えて何かブツブツと呪文らしき言葉を低い声音で紡いでいた。
そして、チャポンと水音を響かせながら指を引き抜き、テーブルの上に握り拳一つほどの空間を空けて宙を走らせた。舞い踊る指先からしたたり落ちる水滴は何故か途切れる事なく、黒く塗られたテーブルに何かの図形を浮かび上がらせてゆく。
丸い円と謎の幾何学模様は何らかの魔法陣を思わせたが、その作り方からして地面を箒でガリガリしていたユーリの主人とは雲泥の差である。
「さ、仕上げよ。ユーリちゃんを陣の中へ」
「へえへえ」
呪文っぽい詠唱を終えたのか中断したのか、イケニエの準備を師から言い渡された弟子は、無造作にユーリを抱き上げてテーブルの上の水で描かれた魔法陣の上に乗せた。どうしていれば良いのかは分からなかったので、殉教者としての気概に従い粛々とお座りしてみる。
ベアトリスは再び水に指先を軽く浸してから、改めて両手でステッキを握った。
「界に満ちたる大いなる力の源よ、たゆたいさすらうものよ。我が下へ集いてかの者の水鏡を具現せよ。
我が風は、汝の隠秘せし内なる深淵に吹き渡る……!」
「ほー、水と風の属性の複合術か……ほー」
やにわに、魔法陣を形成していた水がユーリの周囲で幻想的に浮き上がったかと思った次の瞬間、ゴウッ! と、一瞬だけ強い風が彼女の足下から吹き上がってきて、バランスを崩してコテンとテーブルの上に横たわる羽目になった。
そんなユーリの様子を、研究者然とした態度で観察し続けるカルロス。
「『うう……ちょっぴりヒドいです、主。いくら身軽になっているとは言ってもですね、転んだら痛いものは痛い訳ですよ』」
「……お?」
「おや」
「やった、成功だわ!」
ユーリがぶつけた辺りの痛みを堪えつつ起き上がる間にも、何が起こったというのか同席者達は騒がしい。
「『何だか皆さん騒いでいらっしゃいますけど、結局のところさっきの魔法はなんだったんです? 突発的な強風でも起こす魔法ですか?』」
「……確かに、こりゃあ凄い魔法だな、婆さん。
まあ、俺にとっちゃ普段からユーリはこんなもんだが」
「なるほど、ユーリさんはわたしが考えている以上に、本当にムッツリだった訳ですね」
「『ちょっ、シャルさん聞き捨てなりませんよ!? てゆかマジで誰か私への説明してくれませんかねぇ。ああ本当にもうぶつけた腰痛い。
……ん? さっきから何か二重音声みたいに聞こえるなぁ』」
考え事の途中でふと、違和感を覚えてユーリが辺りを見渡してみると、先ほど大喜びした筈のベアトリスが、テーブルに突っ伏していた。
ユーリは慌てて彼女の傍らに駆け寄り、その頬にテシと肉球をあてがってみた。
「『ベアトリス様、どうなさったのですか?』」
「ううっ……不覚。
そうよね、ユーリちゃんは異世界のコなんだから、心の声が明らかになったところで異世界言語……!」
「『はあ? ベアトリス様はたまによく分からない事を仰るなあ。私そもそも、魔法的専門分野とか門外漢だし分からんのも致し方ないと言いますか』」
キョトン、と小首を傾げつつ、ひとまずユーリの主が喜ぶ肉球てふてふをベアトリスの頬にプレゼントしてみたら、「ユーリちゃんっ!」などと叫びつつガバッと抱き締められた。全力でギュム~ッとされる。
「『苦しーっ!? 放してーっ!』」
「まあ、そのままで良いから聞け、ユーリ」
「『このままとか鬼ですか主!? 四の五の言わんと主のお気に入り黒にゃんこたる私を救出窒息死危機苦し』」
ベアトリスの腕の中でジタバタと暴れるユーリの懸命なる救援信号をサラリと無視して、カルロスは言葉を続ける。
「お前も違和感を覚えたようだが、今お前が頭の中で考えた言葉は、丸々音になって表に出ている。
で、婆さんは『ニホンゴ』が理解出来んから拗ねてるらしい。思考を共通語に切り換えろ」
「『は? 強制テレパス放出的現象?』
あー、ベアトリス様、聞こえますか? どうぞ」
「聞こえる! やったわ!」
「『ぐぇっ!?』」
段々と緩んできていた筈の圧迫感は、ユーリが思考をこの世界での大陸共通語に変換した途端に再び増した。
全力でもがくと、「あらごめんなさい」などと軽い謝罪をしつつ腕の力が弱まったので、ユーリは迷わずベアトリスの抱擁から脱出してテーブルの上を駆け抜け、カルロスの膝の上に飛び下りた。
「それでえーとつまり、あら本当に私の思考がどっからともなく『多重音声』状態で聞こえてくるじゃないですか。これがベアトリス様が試したかった魔法ですか。かなりプライバシーの侵害ですね。下手な事は考えられませんし」
「……ねえカルロス。もしかしてユーリちゃんって、頭の中ではかなり言葉で理論立てて思考するコなの?」
「今日のお夕食は何ですかねえ」
「ああ。俺の方が精神壁立ててガードしとかんと、かなりやかましいぞ」
「最近私、食事にしか楽しみが見いだせないんですが」
「まあ、ユーリさんは大抵黙りこくって考え事に耽っていますからね」
「……で、その考え事の内容がコレな訳ね?」
ひたすら、(下手な事は考えられない……だったら下らない事を考えていよう)などと、せめてもの自衛策をとるユーリに、流石の主も「やかましいから何も考えるな」などと、思考の制限までをも強いるつもりは無いらしい。カルロスはユーリを抱き上げて、その頭をぐりぐりと撫でた。
「それにしても、だ、婆さん。この頭の中ダダ漏れ魔法は、いったいどういう使い道があるんだ?」
「あたしに質問する前に、まずは自分で考える癖をつけなさい、カルロス」
「つってもなあ……嫌がらせ?」
「分かりましたよ、マスター。きっとこの魔法は、戦闘中に敵の戦術を先読みする為のものです」
「ベアトリス様、この個人のプライバシー侵害魔法は、何の意味があるんで、あ、分かりました! ズバリこの魔法は、自白強要魔法ですね!?」
ベアトリスの「使い道は自分で考えてみなさい」の発言の後に、カルロスと愉快なしもべ達の発言は、ほぼ同時に発せられた。それも、三者三様の答えである。
それを殆ど正確に聞き分けたらしきベアトリスは、ソファーに腰掛けたまま右肩をガクッと傾け体勢を崩した。
「何でかしら。あなた達の意見を聞くと、肉食獣なシャルが一番純粋な子だと思えてくるわ」
「失敬だな、婆さん。こんなに純真無垢な愛弟子を捕まえて」
「そうですよベアトリス様。私のような平和主義者に」
ベアトリスが遠くを眺める素振りで呟くのを聞き咎め、カルロスとユーリはすかさず抗議した。
だが、ベアトリスはその言に同意する事なく、
「この魔法はね、何らかの理由で声が出せれない人に使う事を目的としているの。
大気を振動させて音を出しているに過ぎないから、音声以外は再現出来ないけど。予めこの術を掛けられていれば、口を塞がれていても呪文詠唱可能だし、魔力元素を集めて放出する事も出来るわ」
「ふ~ん、そういう目的の術なんですか。開発目的と実際の利用方法が異なるのもまた、世の常ですよね」
「……知らない方が幸せな事って、世の中にはたくさんあるのね、カルロス。
あたし、この術を使ったせいで、ユーリちゃんのイメージがガラッと変わったんだけど」
「それは、ユーリさんに対する認識間違いが正されたと言うのではありませんか、ベアトリス様?」
「うるさいですよシャルさん」
自分の好奇心でプライバシー侵害魔法を試した挙げ句、何故だか傷心状態に陥るベアトリスへ、穏やかな声音でシャルが宥めに入る。そして思考回路生中継状態のユーリのツッコミもまた、勝手に溢れ出て止まらない。
「あー、まああれだ、婆さん。ひとまずユーリに掛けた術を解いたらどうだ?
これじゃ落ち着いて話せん」
「そうね、そうするわ……グスン。
風よ静まれ」
ベアトリスが短く一言を呟くと、延々とダダ漏れ状態になっていたユーリの心の声が、ピタリと止んだ。どうやら心丸見え魔法は無事に解除されたらしい。やれやれと、ユーリは安堵の吐息と共に主人の傍らで丸くなった。
「しっかし、俺はいつでもユーリの声は聞こえるしな……俺には有効活用しにくい術を教わってもな」
両腕を組んで渋い顔をするカルロスへ、背後のシャルは「あ」と、何かを思い付いたように顔を輝かせて手を軽くポンと叩いた。
「良いことを思い付きましたよ、マスター。
ユーリさんにまた掛けて、彼女の故郷の歌や演奏をひたすら思い返してもらうのはどうでしょう?
どうやらこちらでは物珍しい音楽ばかりのようですし、きっとエステファニアお嬢様にもお楽しみ頂けますよ」
シャルの弾んだ声音での提案に、カルロスはすかさず指をパチンと鳴らして、そのままビシッとしもべわんこへと突き付けた。
「よし、採用!」
……またしても、私の意見は聞かずに話がとんとん拍子に纏まっています。
いや、エストお嬢様の御為ならば一肌脱ぎますが、何気にあの魔法を掛けられると、エストお嬢様に知られたらマズい事をバラしそうで怖いんですけど。
“なあに、ひたすら『ニホンゴ』で考えてれば無問題だ!”
おお、言われてみれば確かに。流石です主!
「……ええ。カルロスなら絶対に、悪用なんて思い付きもしないだろうと思ったから、教える気になったのよ、あたし」
何やら微笑ましそうな一言を漏らし、「それじゃ、手短に用件を済ませましょう」と、ベアトリスはマイペースに書類を弟子の前へと滑らせたのだった。