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閑話 ご主人様から見たわんことにゃんこ そのなな

 

居間のソファで寛ぐカルロスに全く関心を払わず、黒にゃんこが廊下をてこてこと歩いてゆく。それを視界の端に収めつつ、カルロスは一人で食後の酒を味わっていた。

そして、今この場には居ない、もう一匹の彼のしもべの事を思う。

どうやら我が家のわんこも、多少は考えを改めたようである。


皆で夕食をとった後に手早く家事を済ませたシャルは再びイヌバージョンに戻ると、月夜に照らし出されたほの明るい静謐の世界へとその翼を広げて駆けていった。……要するに、風呂の用意及び食事後の片付けを驚異的な光速の回転率で終わらせ、主人の文句を隙なく封じ込めた上で、自由時間を堂々ともぎ取っていったのである。


あのボケイヌは、本当にそういうところは抜け目が無いな。


しかしそれを知らないユーリは、シャルの姿を探して何気なく家の中をてこてこと歩き回り、応接間を兼ねた居間にてマッタリと寛ぐカルロスの目の前を、もう三度も通りすがっていた。

なんというか、複雑な気持ちだが可愛らしい光景ではある。


こうしてさり気なく『待ち』体勢に入っているというのに、にゃんこが主人へと近寄ってこないのは些か寂しい。だがひとまず、美味いご飯で思考が中断されていた疑惑について、カルロスは再び考えを巡らせる事にした。


彼が軽く掲げたグラスの中で、透明感のある赤い液体は明るい魔法の光に照らされて宝石のように輝いている。

これは先日、ユーリを預けるお願いも兼ねてご挨拶に伺った際にパヴォド伯爵から頂戴した、ザシュトの醸造酒にハーブや他の果物エキスを加えた混成酒だ。

上流階級で出回る酒の味と香りも覚えてくれたまえ、というご意向のようで時折こうして酒を賜るのだが、明らかにこの酒は彼には甘すぎる。飲んだ感覚としてはアルコール度数も低く、口当たりもまろやかなので女性向けなのだろう。


ザシュトの味を気に入ってたし、残りはユーリとシャルにやるか。


ゆっくりと味わってそう結論付けたカルロスは、スティルワインとして自宅に常備している酒瓶のコルクを抜いた。普段はあまり飲まない方なのだが、たまには飲みたい気分の時もある。甲斐甲斐しくお酌をしてつまみも用意してくれる、家政方面では何かと気の利くわんこは外出中なので、カルロスはトクトクと手酌でグラスに酒を注ぎ、食料品の戸棚から持ち出してきたチーズを一切れ口に運ぶ。


あいつが何者なのかは、結局のところ確信しきれんが……


今まで得た情報と、カルロスが蓄えてきた知識。そして先ほどの実験結果からも、彼……ミチェルがどうやら自らのクォンの魂を吸収し、完璧に使いこなしている術者である、という推測は成り立つ。

では何故、彼はそもそもあんなところに居たのかだとか、今はどうしてアルバレス侯爵家に雇われているのかだとか、カルロスは連盟でミチェルの噂を露ほども耳にしていないのは……


待てよ?

そもそも、このマレンジスの術者は全てがバーデュロイの魔術師連盟に所属してる訳じゃねぇしな。


なんと言っても、連盟に義務づけられた仕事は過酷だ。争い事を厭い、エルフの血を引く事をひた隠しにしている在野の術者が居たとしても、なんらおかしくはない。


彼のにゃんこなど、その良い例だろう。もしも仮に、仮契約状態でカルロスが先立ったならば彼の力の半分は彼女にいく。

だがユーリは、カルロスとの魂の共鳴で得た膨大な知識や能力、そして後天的に身の内に溜まる強力な魔力を活用して連盟で頭角を現す道を志すよりも、間違いなく力をひた隠しにして平穏な生活を選ぶ筈だ。

例え力を持っていても、それを奮う事を厭う者がいるという事を、カルロスはユーリとの暮らしで否が応でも理解した。自らが持つ力を闇雲に恐れる人種という者も、決していなくなりはしないのだという事を。

見た目で判らないのならば、大陸各地で魔術師だとバレずに民間に溶け込んでいる者は、実際には多いのではないだろうか。


今考えるべきはミチェルの所属する組織についてだ。フリーランスの隠れ魔術師という可能性も一応考慮するとして、魔術師連盟以外でエルフ族の魔法使いを擁し、知名度と影響力、そして実力のある組織と言えば……


「世界浄化派、か」


エルフ族を根絶やしにする為に、エルフ族を捕らえて奴隷のように扱い、エルフ族の術者を兵力として使い潰しにしていく偽善者集団。皮肉な事に、その組織に術者が大多数所属している事こそが最も有名だ。


彼らの信念の根底にあるものは恐らく……連綿と紡がれてきた、エルフ族による支配の歴史。それを決して覆す事が叶わなかったという恐怖。

上から押さえつけられ続けてきた事により凝り固まった憤懣と、いずれ再び返り咲くのではないのかという疑心暗鬼。


「まったく……はた迷惑な話だ」


あの軽い態度で笑っていたミチェルが、実は世界浄化派に家族を人質にとられ渋々従っているとも考えにくいが、かといって何を目的としている男なのかは、カルロスにもさっぱり分からない。

ユーリには相変わらず興味を示しているようだったが、何か強引な手段を講じる様子も無かったとなれば、考えを巡らせようにもその手掛かりも少なくお手上げだ。


だいたい、あいつがどういう手段を使ってあんなところに居たのかも、今一つ分からん。

俺が知らないだけで、移動魔法とやらは範囲が無限大なのか……


そこまで考えを巡らせたところで、カルロスにはふと別の可能性が浮かび上がってきた。

もしかして、推測の基盤とした前提からして逆なのではないのか、と。


そして、飲み干したグラスをコトリとテーブルに置いたタイミングを見計らったのか、開け放たれたままの居間のドア前に四度目に姿を見せたユーリは、彼の足下へとほたほたと歩いて来て、ちょこなんとお座りした。


飛躍しだした思索を中断してカルロスがそちらへ目線を落とすと、黒にゃんこは主人を見上げたまま軽く小首を傾げ。


「み~(主、シャルさん知りませんか)?」

「シャルなら夜駆けに出掛けたぞ。まあ、たまにはあいつにも遊びに行く自由ぐらいやらんとな」


ようやく、シャルの行方をほぼ把握している筈の主人に尋ねてみようという気になったらしい。

カルロスとしては、可愛いにゃんこにはもっと素直に甘えて貰いたいものだが、仕事ならばともかく、私用なのだから自分の力で解決して当然、と考えるユーリの気概までも否定するつもりにはなれない。


「ユーリ、今のところ体調に変化が起きていないのはよく分かったが、油断は禁物だ。

今夜のところはひとまず寝ろ」


シャルさんが帰ってくるまで起きてようかな、などと考えている黒にゃんこの頭をぐりぐりと撫でつつさり気なく釘を刺してやると、「ふみぃ~」とやや不満げな鳴き声を上げる。


「ユーリ」


にゃんこの可愛さに思わずにやけそうになる頬を、カルロスは意図的に引き締めた。やや低い声音で彼女の名を呼ばわる事で言外に命ずると、忠誠心だけは主人も知らぬ間に何故だか勝手に深めていく彼のしもべは、うなだれながらも『諾』の意を込めた鳴き声を発した。

クルリと踵を返し、二階への階段を上がる足取りはやけに寂しげだ。


ユーリもなあ……後から『もしかして私、言い過ぎたんじゃ?』とか心配になるぐらいなら、もっとシャルにも素直になれば良いんだが。


遠く離れた地に向かって飛び去った、現在のわんこの思考を覗き見てみると、次なるアプローチの方向性としては、大筋では間違ってはいない方向性を打ち立ててはいるようだ。

だが……

カルロスはわんこの思考追跡を中断して二階へ続く階段を足早に上り、しもべ達の共同部屋の中を覗き込んでみた。にゃんこは自力でドアを開閉出来ない為、大抵このドアは開きっぱなしになっているのだ。


住人が一人増えたせいで手狭な印象が強まったその部屋は、夜間に廊下から差し込む光量は不十分で薄暗い。室内の様子に目を凝らしてみると、寝藁の上に大人しく丸まっている黒いモノと、月光を反射してキラキラと輝いている白っぽいモノが、カルロスの目でも辛うじて判別出来た。

「入るぞ」と、一声掛けてから彼が室内に足を踏み入れても、にゃんこは「み~」と力無く鳴くのみ。


寝藁に近付いてその傍らに腰を下ろすと、段々目が慣れてきたのか、普段はテーブルの上に飾られている、シャルを模したぬいぐるみにぎゅむぎゅむと抱き付いている黒にゃんこの姿が月光に照らし出されて浮かび上がってきた。

ぬいぐるみの頭の部分を前足で時折撫で、「み~」と鳴くその姿。

本人としてはアンニュイな気分故の行動なのかもしれないが、カルロスとしてはひたすらに脳内が『可愛い!』で埋め尽くされてしまう。


「ユーリ」

「み~(はい)」


シャルぬいぐるみにぎゅむぎゅむと抱き付いて、両耳をしょんぼりと垂れさせたままぼんやりと窓の向こうに目線を向けていた黒にゃんこが、カルロスの呼び掛けに応えてくりっと顔を向けてくる。尻尾が一度、パタリと小さく揺れてからぬいぐるみの足に巻き付いた。


……エストッ。やっぱりお前は最高だーっ!

俺が手をとるべき女はこの世でただ一人、お前しかいねえぇぇぇっ!


ネコ好きのネコ好きによるネコ好きのツボを心得たなんとも奥ゆかしい贈り物に、カルロスは改めて愛しき少女への想いを内心にて深めていた。

無言のまま感動にうち震えている主人を訝しみ、ユーリは「うにゃう?」と鳴く。

ネコ好きご主人様のネコ大好き心を、現在進行形でビシバシ刺激している黒にゃんこを、カルロスはぬいぐるみごと抱き上げた。


「ああ、今夜は念の為に俺が添い寝してやろう。夜中に容態が急変するかもしれん。おいで、ユーリ」

「にゃ~(はあ、分かりました)」


本来なら今この場でユーリの傍らに寄り添っているべきボケわんこが、夢想を実現するべくせっせと狩りに励んでいるせいで、にゃんこは寂しい思いをしている。見事なコミュニケーション不足によるすれ違いだ。

そんな可愛い娘を慰めるのは父として当然の行動であり、決して『にゃんこ可愛い! にゃんこ撫で撫でぎゅーしたい!』という衝動に耐え切れなくなったからでは無い。そう、断じて。


にゃんこに頬擦りしながら部屋に向かうのは、素直に胸元へゴロゴロと擦り寄ってきたにゃんこに悲しい思いをさせないようにする為だし、頭をかいぐりかいぐりしてやるのは、いつもはピンと立った三角なネコミミがしょんぼりしているからだ。


そうだ、全ては今ここに居ないあのアホイヌが悪い。


カルロスは自室の寝台の枕元にユーリを座らせ、サッサと寝支度を調えるとシーツの中に潜り込んだ。

先ほど飲んだ酒も程良く眠気を促してくる。

腕を伸ばしてユーリを抱き寄せると、相変わらずぬいぐるみを離そうとしないにゃんこは、逆らう事なくカルロスの腕の中にすっぽりと収まった。


「もう眠れ、ユーリ。シャルはあの分じゃ相当粘る気だ。帰ってくるのは、どんなに早くても明日になる」

「みゃう……(そうですか……)」


さして眠たくはないのか、ユーリは目を開いたまま。主人の寝台の上に移動しても、やはり窓の向こうをぼんやりと眺めている。


「風よ、そよげ」


傍らにユーリが居るので試しに軽く風を吹かせる術のキーを唱えてみると、詠唱を省略した簡易な手法であり、半分くらい眠っていて集中力に欠けた状態であるにも関わらず、平素よりも楽々と魔術が発動して心地良い涼風がカルロスに向かってそよぐ。


「……こりゃまた便利だな、お前の言うところの『ブースター』機能とやらは」

「みゃ~(なるほど、なんとなく分かりましたよ主)

みゃみゃう(魔術そのものの難易度に関わらず、どんな魔術でも『ブースター』で底上げした方が楽だと覚えた魔法使いは、簡単な魔術を使う時でも『魔法陣が無ければこの場に作っちゃえばイイじゃん』理論で光る魔法陣をぶわわんしてたんですね)」


熱気が増す夏場にあって、これは実に便利だなと満足しつつ、彼はにゃんこの背中を撫でてやる。

何やらにゃんこはご主人様の正しいクォン利用方法に不服を申し立てているような気もするが、カルロスは今、ひたすらに眠かった。窘めたり叱りつけたり、理路整然と論破するには頭の中が眠気で靄がかかってはっきりしない。

とにかく、これだけは今夜ユーリに伝えておかねばと感じていた言葉を、眠気に抗いつつ紡ぐ。


「お前もな、ユーリ。

もっと素直にシャルに甘えてみたらどうだ?

俺はシャルを、お前一匹ぐらい支えられないような、そんなヤワな男に育てちゃいねえよ」

「うみゃう(やっぱり私は『匹』なんですか、主)」


引っ掛かるところはそこなのか……そんな内心でのツッコミをしもべに伝えられぬまま、カルロスは睡魔の誘いに応えていた。



気持ち良く眠りこけていた最中に、ぺちぺちと顔面を殴打される感覚が不意にカルロスへと襲いかかってきた。殆ど痛みも無いしまだまだ眠っていたいのだが、この状態では再び寝入る事も叶わない。


「みゃーっ」


顔面に襲い来る攻撃を適当に腕で振り払い、その勢いのままカルロスが寝返りをうったところで、ネコの鳴き声が聞こえてきた。

眠気に朦朧とした頭のままでは、ユーリの鳴き声であろうが意味はサッパリと分からない。しかし、一度覚醒に向かい始めた意識は勝手に周囲の状況を把握し始めて、彼女の鳴き声の意味を即座に汲み取りだす。


「みゃーっ(主、朝ですよーっ)」


今度は背中をグイグイと押される感覚がして、かなり寝にくい。どさりと腕を投げ出しつつ、横向になっていた身体を仰向けに戻した。

どうやらにゃんこはカルロスの下敷きになるのは素早い身のこなしにより免れたようで、何かを押し潰した感覚は無い。


「うるさいユーリ……俺はまだ眠い起こすな吊すぞ」


快眠を阻むしもべに向かって、むにゃむにゃと寝ぼけ半分に文句を口にしたのだが、ユーリはめげずにカルロスの腹の上に勢い良く飛び乗ってきた。


「みーみー(そろそろ起きる時間ですよー)」


カルロスは起床時刻を定めた覚えなど無いし、起こしてくれとも頼んでいない。自宅勤務の良いところは、早朝決まった時間に起きなくても構わない点にある。

だがしかし、微妙に四角四面なところがある彼のにゃんこは、カルロスの腹の上で飛び跳ねるなどという暴挙に打って出、思わず『げふっ!?』と噎せる羽目になった。


渋々と両目を開けて上半身を起こすと、カルロスの腹から降り立ちちょこなんとお座りした黒にゃんこが「み~」と愛らしく朝の挨拶を寄越してくる。

寝癖だらけの髪の毛をぞんざいにかきあげつつ、ご主人様をご主人様とも思わぬ行動に出た彼女を不機嫌に睨み付け……

シャルぬいぐるみの腹に、容赦なく連続ネコパンチを繰り出しているユーリの姿に、思わず吹き出していた。


「……朝っぱらから何をやってるんだ、お前は?」

「みゃうみゃっ(私とってもお腹が空いたんです。非常に健康的で生物の正しい有り様ですねっ)」


要するに、ネコの姿のままなので自分で用意する事も出来ず、今朝はシャルが家に居ないせいで空腹でも朝食が食べられずにいて、カリカリしているらしい。昨夜の悩める物憂い黒にゃんこの姿は、食欲の前では煙のように呆気なく消え失せたようだ。


「分かった分かった。元の姿に戻して……」


“マスターっ!”


ユーリを宥めすかしていたカルロスの脳裏に、不意にシャルからの呼び掛けが聞こえてきた。

もうすぐ家に着きますという帰宅連絡と、それと同時にこんな時間にカルロスが起きているだなんて珍しいという軽い驚きの感情を、共に伝えてくるわんこ。余計なお世話である。


「もうすぐシャルが帰ってくるらしい。朝飯はあいつに作らせよう」


徹夜で狩りに勤しんだのはわんこの都合なので、遠慮なく朝のお仕事をシャルに回す事を決定したカルロスは、にゃんこを抱き上げて大きな欠伸を漏らしつつ、寝台から降り立った。

どうやら今回の狩りは、あのわんこを高揚させる程の成果を上げたらしい。心優しいご主人様としてはしっかりと出迎えてやろうと、ユーリを連れて裏庭にまで足を向けた。


寝起きの頭に、燦々と降り注ぐ夏の朝日は眩し過ぎる。

見上げれば底抜けに青い空とコントラストを描く白い雲、そしてぐんぐん大きくなってゆく……もとい、こちらに近付いてくる確認済み飛行物体。


「にゃ……(シャルさ……)!?」


カルロスの腕の中から飛び降り、飛んでくるシャルに向かって前足を振りかけたユーリは、わんこが口にくわえている獲物を目にし、ギョッとしたように視線を上向けたまま硬直した。その間にもシャルは高速で我が家目指して突き進み……


「ただ今戻りました、マスター」


ドサッと重たそうな荷を裏庭に落としながら、内心では大物捕獲成功に滅茶苦茶得意になっているクセに、口調だけは平静を取り繕っているわんこ。空中でデカい翼をバッサバッサと羽ばたかせつつ、滞空したままカルロスに向かって小さく目礼してきた。カルロスは、視線をついと今回のシャルの獲物へと移す。


なるほど、一部の通の間で幻の味覚とまで持て囃されているワシシを見事に狩ってきたのならば、それは得意げにもなるだろう。

それは構わない。構わないのだが……


「みぎゃーっ!?」


足下の地面で固まっていたユーリの存在に気が付かず、『ああ重かった』とばかりに無造作に獲物を放り出すのはどうなんだ。


頭上からのまさかの落下物を避けきれずに尻尾を挟まれた黒にゃんこは、眼前に迫ってきた格好になったワシシの形相に本泣きになりつつ、必死に尻尾を引き抜いて一目散にカルロスの腕の中へと飛び込んできた。


「あー、よしよしユーリ。怖かったな。もう大丈夫だぞ」


カルロスは、怯えてぶるぶると震えるにゃんこの頭を撫でてやりながら、チラリと頭上のわんこに目を向けてみた。

そこには、大物に喜ぶどころか泣いて嫌がりカルロスにすがりつくユーリの姿に、ガーン! とショックを受けているシャルの姿が。じつに器用な事に、空中に浮かんだままよろめくなどという芸当まで披露している。


うん、あのなシャル……

素晴らしい贈り物や豊かな食生活を提供出来るオスこそが、魅力的なオスだろう、っつー認識自体は種族共通事項で間違っちゃいねえ。お前が貴重な美食のワシシを、何としてでも狩ってこようと思い立った事にも、異論はねえ。

だがな。

ユーリは、原型を留めぬまま調理された姿でしか食材を知らねえのが当たり前、そんな超絶過保護世界の出身なんだぞ。こっちで言やあ王族並みの生活を送ってきた、正真正銘の箱入りだ。


そんなユーリに、狩ってきたばっかりの血みどろ魔物を上から落としたら、喜ぶどころか怯えられて当然だろうが! このアホイヌがっ!


何故コイツは、調理し終えるまでワシシの姿をユーリの目から隠しておかなかったのか……と、詰めの甘いシャルに冷めた眼差しを送るカルロス。

ご主人様の眼差しとユーリの態度に、ややいじけながらワシシを改めてくわえて運び込むシャルのその後ろ姿は哀愁感たっぷりだが、所詮自業自得である。


しもべの不手際に呆れた溜め息を一つ漏らしたカルロスは、ふと涼やかな音色が聞こえたような気がして表玄関の方へと顔を向けた。

白く光る蝶に似せた書簡が、ふわりふわりとカルロスを目指して花畑を横切ってくる。まだ震えているユーリの頭を優しく撫でてやり、早足で蝶に歩み寄り指を翳すと、それは迷うことなく彼の指に止まった。


“カルロス、あたしよ”


じっと蝶を見つめるカルロスの脳裏に、聞き慣れた師の声がせかせかとした口調で紡がれてゆく。

ベアトリスがわざわざこうして便りを寄越してくるなど、珍しい事もあるものだ。そんな思考を片隅に思い浮かべながらも、書簡の続きに集中した。


“幾つか、あなたにも知らせておくべき事があるの。

まずは、例の10歳のクォーター、彼が意識を取り戻したわ。それから、城に掛け合ってゲッテャトール子爵の供述書を連盟にも回して貰ったんだけど……その記述の中に、引っ掛かるトコがあるのよね。

なるべく近い内に本部へ顔を出して頂戴”


カルロスが今、忙しくしている事はベアトリスとて承知しているだろうが、それでも尚、ベアトリスの中でカルロスを呼び出す必要性を感じ取ったゲッテャトール子爵の供述書とは……いったいどんな内容なのだろうか。



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