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閑話 ご主人様から見たわんことにゃんこ そのろく

 

どうしてこう、頭の痛い事ばかりが次から次へと起こるのだろうか。それも、よりにもよって一世一代の大勝負に打って出ようという時に限って。

……いや、大事を控えているからこそ、難事がわんさかと降って湧くのか?


微妙な結果に終わったシャルとユーリのハイキングデート……些か語弊があるが、少なくともカルロスがお膳立てしたのはそんなプランだった筈の、彼の可愛いわんことにゃんこのお出掛け結果報告を受け、ご主人様は頭を抱えた。

マルトリリーが入手出来なかった事は、今現在の厳しい現状から鑑みて想定の範囲内。彼の師匠であるベアトリスも、マルトリリーを入手出来る可能性が最も高いポイントとして真っ先に挙げたのが王城だっただけに、ハイエルフ族があの城には何か特殊な術を掛けていたのではないか、とも推測していた事でもある。初めからそちらに向かわせなかったのはひとえに、魔物襲撃の危険性が跳ね上がるという、使い魔の身の安全を心配する親心からである。


展覧会への出展期日がじりじりと近付いてくるが、ひとまず目前に迫った可及的速やかに解決すべき問題は……ユーリへの、瘴気による影響である。

少し考えてみれば分かった事だが、そもそも『シャルには瘴気が悪影響を及ぼさないらしい』という事実だとて、シャル本人が幾度も瘴気満ちる元・デュアレックス王国の領土に赴いて、自らの身体で確かめて確定された事実である。

外殻膜は万能防壁などではなく、またシャルとユーリは同じ世界からやって来たクォンでもなく、同種族ですらないというのに、カルロスとした事がその事実を失念していた。シャルとユーリでは、同じ毒物を外殻膜で同じように濾過出来るとは限らないという事を。


今現在、ユーリはふてくされながらも経過を見る為にネコ姿のまま二階で安静にしており、シャルは1人で夕食の支度をしていた。

瘴気問題のせいで流されてしまったが、カルロスがきちんと向き合わねばならない問題はまだある。カルロスは無言のまま食卓に両肘をつき、思考を巡らせてみる。


……いったい、あのミチェルという男は何者なんだ?


わんことにゃんこの記憶の引き出しを頼りに、彼の言動や行動をフラッシュバックさせてみるが、その存在はこのマレンジスにあっては特異だとしか思えない。

幸いにして、彼のクォンは記憶力に関しては主人であるカルロスよりも鮮明に保つ能力を保有しており、ミチェルの言動をわんことにゃんこが観察した分だけ手に取るように『見る』事が出来る。他人の記憶を覗き見る作業は思いの外疲れるし、その時覚えた感覚や感情まで蘇ってくる追体験は出来れば味わいたくはないものだが、この際四の五の言ってはいられない。

そして、シャルとユーリ、2人の記憶を覗き見たカルロスは思わず、


「……あいつら、足して二で割ったら丁度良くなるのに、どうしてこうも偏ってるんだろうな」


そのアンバランスっぷりに頭が痛くなってきて、肘を卓に乗せた両手に額を預けていた。


シャルの場合は、魔力の感知能力は主人であるカルロスよりも優れており、いかなる作用を目的とした魔力行使であるかを『嗅ぎ取る』事が出来る。

従って、自らに向けられた攻撃魔術の類いをある程度回避する事も可能だし、魔力の流れを強引に乱して妨害もする。呼吸するように、持っていて当たり前の魔力行使。

その分、魔力を扱う存在の方が却って身近であり、自分を害する魔術でさえ無ければ術の系統そのものには全く興味を示さない。


一方ユーリの場合は、観察力や洞察力はそこそこ優秀であるが、自らの知識の範囲内での想像で物事を補う傾向にある。

彼女はそもそも魔力そのものが理解出来ない。生まれつき目が見えない人間に、生まれつき目が見える人間と全く同じ感性で色というものを明確に理解させる事が出来ないように、『感知外』の感覚の差異を察しろと言う方が無理だ。


要するに、ミチェルが行使した術の基軸などの分析及び解析をその場で行うなど、あの二匹には逆立ちしても期待出来ない行為なのである。

その点において、カルロスが加われば丁度良くなるバランスとも言える。この辺りの絶妙なバラつき具合が、彼ら三名が間違いなく魂を分け合った同一存在である事の証明とも言えるかもしれない。


彼の使い魔達の記憶力そのものは確かなので、この場で幾つか推測する事は出来る。カルロスとしては、ミチェルを観察して何故気が付かないのかの方が不思議なのだが……もしかすると、本人としてはなるべく考えたくないから無意識の内に思考をそちらへ持っていく事を拒否した、のかもしれない。


そもそも、あの膨大な魔力はいったいどこから?

個人差が大きいのか、後天的に伸ばしたのか……あの一瞬にだけ、凝縮して膨れ上がらせた?


そんな風に、カルロスが真剣に考え事をしながら夕食を待ち侘びていると、調理の為に人間バージョンになったシャルが、厨房の方からスゥッと姿を現した。その表情は、彼もまた何かを考え込んでいたような真面目な面持ちだ。


「シャル、もう夕食出来たのか?」

「いえ、まだ煮込んでいる最中です。

ユーリさんが居ないなら丁度良い機会ですので、マスターにお尋ねしたい事がありまして」

「あん?」


いつもよりも夕食時間が遅くなった為に、かなりお腹が空いているカルロスの希望的観測を即座に否定したわんこは、主人の顔を真正面からひたりと見据えた。


「マスターは、何故わたしが人間の形態をとる時の姿を、これに定めたのですか?」

「はぁ?」


いったい全体、シャルは今更何を言い出しているのだろうかと、カルロスは思わず間抜けな声を漏らしていた。外見年齢こそちょくちょく引き上げられていってはいるが、シャルの『人間の姿での基本形』は彼が赤ん坊わんこな頃から一度として変更していないのだ。


「……実はお前、基準の姿はシャーリーの方が良かったりするのか?」

「もっと悪いです」


カルロスが恐る恐る、念の為に本人の意志確認を取ってみると、斬り捨てるような口調で即座に否定された。


「そうではなくて……ユーリさんが……」

「ユーリが?」

「わたしの本来の姿の時には、恐れる事なく近付き歓声を上げて抱き付いてくる彼女が、こちらの姿になろうとした途端に距離を取ろうとしたり、怒ったり、ぷいっだったりするんです。

これはきっと、今のわたしの姿が人間の美醜基準から見ると、魅力的へはとても分類されないからに違いありません!」


初めは言いにくそうにしていたシャルは、自らの推測を語ってゆくにつれて段々と熱が入っていき、到達した最終結論を叫ぶ頃には、カルロスの眼前にズイッと迫りながら握り拳を作って力説していた。

その勢いに圧される形で、イスに腰掛けたまま上半身だけ後方へと次第に逃げ出していたカルロスは、体重が背もたれに掛かりすぎて四つ脚イスの半分、前脚部分を空中に浮かせた不安定姿勢のまま、ひとまずわんこを押しのけようとその肩に手を置いた。しかし、めげずにグイグイ迫ってくるせいで、ちっとも押し返す事が出来ない。


「あのな、シャル。

お前本人は、自分で今の姿を見てどう思うんだ?」


取りあえず、ユーリの好み云々からは話をずらしつつ宥めすかそうとカルロスが逆に質問してみると、シャルは鼻息も荒く、唸るように叫ぶ。


「人間の顔の造作、その出来不出来など、わたしには全く分かりません!」

「なら一つ尋ねるが、お前が俺を『人間の中でも魅力的』だと考える根拠は何なんだ?」


いつでも感情だだ漏れなにゃんこの記憶の中で確か、シャルがそんなような事を言っていた気がする。

自分でも、顔立ちが整っている方だと認識しているカルロスとしては、このわんこがご主人様の顔以外のどこを指して『魅力的』だと考えているのか、少し気になった。

それにシャルはほわんと口元を緩ませ、


「大抵の人間は臭いですが、マスターからは爽やかで美味しそうな匂いがします」

「……そうか」


基準はどうしても匂いなのか、とカルロスは呆れつつ、わんこの緩んだ口元から滴り落ちそうなよだれを、さり気な~く手拭いで拭き取る。

何年一緒に暮らしていようとも、わんこはひたすらにわんこだった。鳥の鮮やかな羽根が綺麗だとか、緻密な細工が施された宝石の輝きに目を見張るだとか、そういった美に感嘆する感性は持ち合わせていても、個人識別は匂いで、人の顔観察など殆どしてこなかったシャルには、異種族たる人間の顔立ちの美しさを見比べる感覚がさっぱり備わっていなかったらしい。精々人間の身に付けている服装を、動物達がせっせと手入れを欠かさない毛皮や羽根と同レベルに『あの服は綺麗な色だな』『少し汚れてないか?』と、観察する対象程度。


「あー。お前が今のその身長なのは、『背が高い方が高い場所に手が届くし、腕力も制限されないから』だ。

顔の造作については……」

「ついては?」

「正直、ガキの頃に設定した顔だから、由来は忘れた!」

「マスター!?」


正直にカルロスがぶっちゃけると、シャルは強い衝撃を受けたようによろめく。


外殻膜に付随した変身術は、いわゆる『この世界に接している膜、表面の逆転とそれに伴う収縮』である。

言ってみれば、スッポリとクォンの全身を包み込んでいる繭、その内側を透過して見える面が裏側で、表側はカルロスが膜の上にペンキで好きなように絵を描き、あたかもそういった生き物であるかのように見せ掛けている術、に過ぎない。


収縮変動しているのはあくまでも外殻膜であり、クォン本人の大きさや質量までをも変化しているかのように感じとれても、『この世界に接している外殻膜面積』が変動しているだけで、膜の内側にいるクォン本人へはなんの影響も無い。クォン本人側からしてみれば、むしろ『このマレンジス世界の方が大きくなったり小さくなったりしている』と考えても差し支えは無い。


だからこそ、一部分にカルロスが絵を描いた表側を外殻膜本来の透過状態に『ペンキが塗られていない膜部分を引き伸ばして』無理やり戻す事は出来ても、裏側の透明なままの膜にカルロスのペンキ絵を引っ張り込んでくる事は出来ない。

そして、膜の表裏両面に『ペンキを塗る』と、今度は外殻膜そのものがゴワゴワと固まり、亀裂が入る恐れがある。


ともあれ、外殻膜に変身を付与したのはカルロス本人であり、彼自身の想像が及ぶ範囲内でなければ『ペンキで絵を描く』事は出来ない筈なのだ。

シャルの髪の色と目の色は、本人の色彩をそのまま踏襲した事は明確であるが、それではこの長年見慣れた顔はいったいどこからきたというのか……自らの幼少期ながら、カルロスにはイメージの起源がさっぱりと思い出せない。少なくとも、可愛いわんこに与えようと考える程度には、自分が気に入っている顔のハズなのだが。


「まあ、どうしてお前の顔立ちがそうなのかは思い出せんが、そもそも人間は顔じゃねえぞ、シャル。

お前の場合は、ユーリに対するアピール力が絶対的に足りん!」

「アピール力……」


分からないものは仕方が無いので、ひとまずわんこの根本的な勘違いから訂正してやる事にしたカルロス。

男女の別があるのならば、オスがメスに求愛行動をとったり気を引こうと心を砕くのは異世界でも同じではないのか。仮に、シャルの種族はオスの方がメスに勝手に群がられてハーレムを形成するような生き物だったとしても、いくらなんでもこの世界での暮らしが長い彼は人間なりの流儀を学んでいる筈だ。


そこでふと、カルロスはこのボケたわんこの色恋沙汰のお手本となり得る存在は自分が真っ先に挙がるような気がして、これまでの半生での女性遍歴を思い返してみた。


……すまん、にゃんこよ。

もしかしたら、お前はこれからも大変かもしれん。


王都で暮らしていた一時期、若気の至りな日々に思いを馳せ、カルロスは自分が全くお手本にならない事に気が付いた。むしろ、参考にはしてくれるなと願うばかりである。


他にも、シャルが知り得る『人間の流儀による恋愛的な日々』をそれなりに過ごしたりしていそうな人物と言えば。

本人の意志に反して積極的女子の争奪戦の的になりがちなハーフエルフだとか、先輩男性陣に思わせぶりな素振りを見せる女装男子だとか、女性に対して苦手意識を持ち避け気味の騎士だとか、奥方に対してはすこぶる甘ったるい台詞を垂れ流しところ構わず過剰スキンシップな当主様だとか……

まったくもって、シャルの助けにはならなさそうな面子ばかり。


……このイヌが、閣下を真似てみたらどうなるんだろうな。あのネコが慌てふためいて逃げ惑うところ、見てみたい気もするが。


「なるほど、積極的なアピールが必要なのですね」


大いに納得したように頷くシャル。

一体全体、このわんこがいかなる積極的行動に出るつもりなのだろうかと、カルロスは可愛い娘の身の安全を憂いて、こっそりとしもべの思考を覗き見てみた。幸いにして、このわんこは自らの考えを映像化して頭の中に思い浮かべるので、彼が実行に移そうと練り上げる計画のだいたいのところを把握するのは、主人たるカルロスにとって雑作もない事。

そしてその想像図は……


「どっせぇ~いっ!」


シャルのその空想……いや、妄想? を目撃したカルロスは、迷う事なくわんこの額をはたき飛ばした。

その衝撃で、危ういバランスを保っていたイスは後方へと傾き……「痛いです、マスター」と恨みがましく見つめてくるシャルに見守られながら、盛大な物音と共に背中から倒れ込んだ。後頭部は咄嗟に庇ったが、受け身を取る暇もなかったせいで背中と腰を強かに打ち付けてしまった。


「つ~っ」


“主!?”


イスに座った体勢のまま痛みに呻きつつ、天井に向かって持ち上げた状態で座席に引っ掛かっている両足をどかそうと動かしたところで、脳裏にユーリの悲鳴混じりの叫び声が響いた。

どうやら彼女の事を考えながら背中からぶっ倒れたせいで、咄嗟に『痛い』という感覚を送ってしまったらしい。

軽い足音と共に階段を駆け下りてきた黒にゃんこが、気が付けばカルロスの顔のすぐそばでにゃーにゃー鳴いている。


「うっかりバランスを崩しただけだ。何も問題は無いぞ、ユーリ」

「にゃにゃーっ!(ちょっとシャルさん! 何、主を助けもせずにボーっと突っ立って眺めてるんですか!)

うにゃうにゃうっ!(そこは倒れないよう支えて差し上げるのが、しもべの役目でしょう!)」

「子供じゃあるまいし、少し転んだ程度で大袈裟ですねぇ」


倒れたイスの上から、ゴロッと転がって立ち上がろうとするカルロスの傍らにて、シャルを睨み据えるように昂然と顔を上向け四つ足を踏ん張り、フシャーッ! と怒りを露わにするにゃんこと、飄々とした態度を崩さず肩をすくめるわんこ。


……なあ、シャル。そこは形だけでも申し訳なさそうな顔を見せた方が、ユーリの心証も断然良くなるぞ?

そうやって意地張ってばかりだから、お前らはなかなか進展しねぇんだろうが。


「ユーリ、お前寝てなくて平気なのか?」


わんことにゃんこの睨めっこを中断させるべく、カルロスはユーリを抱き上げてその頭を撫でてやった。

夕方、主人へと向けていた怒りはすっかり霧散したのか、黒ネコはスリスリと彼の胸元に擦り寄ってくる。


“問題ありません。元々、今のところ体調に変化はありませんし”


「そうか……」


むーっと、やや不満げにユーリを抱くカルロスを見つめるシャルに(どうしてコイツはこうも、ユーリの苛立ちを増大させるような言動しかとれないのやら)と、内心で苦笑し……ふと、カルロスの脳裏に先ほど中断していた思考と、以前感じた違和感が閃いた。


「ユーリ、具合悪くないなら少し付き合え」

「もうすぐ夕食の支度は整いますが、いったい何をなさるのですかマスター?」


にゃんこの返事も待たずに食堂から厨房へと足を踏み入れるカルロスに、後に付き従いつつシャルが不思議そうに呟く。


「少し、検証したい事がある」


わんこの疑問には振り向かずに答え、カルロスは厨房片隅の物入れの戸棚を引き開けて箒を無造作に掴み取り、勝手口から裏庭に出た。

昼過ぎ、帰宅したわんこが井戸水を汲み上げて盛大に水浴びした地面はまだぬかるんでおり、丁度良い。


カルロスはユーリを腕に抱いたまま、片手で箒をクルリと回転させて柄を地面に軽く突き刺し、簡単な魔法陣を描き始めた。魔術師連盟で一番初めに習う、最も簡易な魔法陣である真円。

これは本当にただ真ん丸を書くだけであり、自らを中心軸に周囲へクルリと箒を滑らせればそれで完了。


自らの内なる魔力を見つめ、また大気中に漂う魔力元素を集めて円陣の中から逃さないように集中し、自らの魔力を高める。魔術修行の基本中の基本だ。

真円の魔法陣が呼び集めた魔力元素を囲う役割を果たす為に魔術を制御しやすくなるが、この基礎魔法陣がなくとも呼び集めた魔力を逃さず魔術に変換出来るようになって初めて、単なる見習いから術者と見做されるようになる。


「みゅ~(夜にお絵描き遊びですか、主)?」

「違う。これは、結界術の基礎形態だ」

「確か、この円は遮断を表すんでしたか」


キョトンとした表情で主人を見上げてくるにゃんこと、あまり興味なさそうに合いの手を入れるわんこ。むしろシャルは、開け放たれたままの勝手口の向こう、厨房でとろ火にかけたままの寸胴の様子の方が気になるようで、先ほどからチラチラと背後に視線をやっている。


「世界に満ちたる大いなる力の源よ、我が下へ集え」


相変わらず、エルフ族が連綿と伝え磨いてきた魔術にさほど関心を示さないわんこはさて置き、集中力を高めつつキーとなる呪を唱えた途端、カルロスの身体は全身から光輝いた。


「なっ、マスター!?」

「みゃ~(主、凄いです~)」


もう日も暮れ裏庭は夜の戸張に覆われているというのに、まるで唐突に太陽がそこへ出現したかのような、眩いばかりの閃光が弾け飛ぶ。

事の重大さにようやく気が付いたのか、驚愕の声を上げるシャルとは対照的に、当事者であるというのに全く自覚せずに無邪気にはしゃぐユーリ。見事なデコボココンビぶりである。


「無駄に派手だが、大体は予想通りか……」


カルロスは自らの全身と、腕に抱いたままのユーリ、そして地面に描いた円陣も等しく眩い輝きを放っている事を確認し、重々しく頷いた。

実は内心、自分の身体が光り出してちょっとばかりびっくりしたという本音はしもべ達には隠しつつ、カルロスは箒を軽く持ち上げて集めた魔力を再び拡散させた。こんなに膨大な魔力で術を試し打ちなんてしたら、下手をすれば憩いのマイホームが跡形もなく吹っ飛ぶ。


「どういう事ですかマスター。

いくらなんでも、あの魔力はマスターのキャパシティを超えています」


呼び集めた魔力が全て流れ出、円陣からもカルロスからも光輝が収まった事を確認したシャルが、地面の真円を踏み越えて主人に詰め寄ってきた。その真剣な表情からは、カルロスが何か禁忌的な術に手を出したのではないかと危惧しているようである。

そしてやはり、シャルの焦りの理由が全く分からず首を捻るユーリ。


「落ち着け、シャル。

これでハッキリした。恐らく、これが魂の共鳴現象だ」

「にゃ……(きょう……めい)?」

「マスターは、ユーリさんを吸収していないではありませんか」

「だが、今までの疑問もそれで説明がつくんだ。俺がユーリと接触しながら魔術を使うと、術の完成度が高まる」


カルロスはシャルの背中に乗ったまま術を使った事もあれば、大規模魔術を練るベアトリスにユーリを託した事もある。だが、いずれの場合も何の変化も起こらなかったし、ユーリを抱いたまま、ここまで集中して自らの魔力がどこまで高まるかを確認した事もなかった。

ユーリに魔力を呼び集める能力が備わっている訳ではない。彼女の特異性は、『カルロスと本契約を交わしたクォン』である、その一点に絞られる。


そもそも、この『クォン契約』には謎が多いと、カルロスは常々考えていた事である。

ただ、異世界から呼び出して魂を奪い取る事を唯一無二の目的としているのならば、何故『外殻膜に付加能力を付与する術』など存在しているというのか。むしろ、長い長い歴史の中でいつの間にか本来の目的がねじ曲がり、『奪う』方に傾いただけなのでは……


「ああっ!?」


だが、緊迫した空気を打ち破って、シャルが不意に声をひっくり返して叫んだ。そしてすぐさま身を翻し、勝手口に駆け込む。


「鍋がっ、鍋の底が焦げる!」


……ああ、うん。

それは確かに、目下のところ最大級に一大事だな……


そして、なんとなく見下ろした腕の中の黒ネコは、彼をひたりと見上げ。


「みゃう。にゃにゃ~(つまり主。私は主にとっての、『カンデンチ』というか『ブースターパック』という理解でよろしいのでしょうか)?」


……まあ、お前はそう考えていれば差し支えはないんじゃないか?


「にゃにゃ……うなぁ~(非常食から『デンカセイヒン』へ……素晴らしい大躍進です。めでたいめでたい)」


どいつもこいつも、この一大ニュースへの感慨が今一つズレている。


微妙な虚しさを抱きながらも、シャルの催促に応えて、カルロスは夕食をとるべく食堂へと再び足を運んだのであった。



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