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エストが小さく溜め息を吐く。彼女は小窓の方へと身を乗り出し、馬車の前方へと視線を投げかける。その目線の先には、ただ1人の人物。

しかし、いくらも眺めない間に同席者である壮年の執事からわざとらしいオッホンという咳払いをされ、エストは渋々と姿勢を正して……再び溜め息を吐いた。


そんな彼女の膝の上で丸まっているのは、相変わらず絶賛子ネコ姿のユーリだ。

ご令嬢とそのお付きの方々の帰宅を送る、というカルロスに付き合って、何故か彼女まで引っ張り出されたのだ。しかし、せいぜいネコとしてエストの膝の上で丸くなっているぐらいしか出来ないユーリに、護衛がわりなど務まるのかどうかは本人にも大いに疑問だ。

人間に戻れば一瞬の足止め程度にはなりそうだが、その場合はエストのみならず襲撃者や壮年の執事の前で真っ裸になってしまう。それは嫌だ。物凄く遠慮したい。いや、そこは主の心一つな訳だが、切実に願っておく。


異世界へ呼び出されて以来、カルロスの家の敷地から一歩も外へと出ることのなかったユーリは、エストの膝の上という実に安楽なポジションから、馬車の小窓の向こうに見える景色をマジマジと興味深く眺める。

とはいえ、彼女はあの家の中に閉じ込められていた訳ではない。無知を自覚する故の慎重さと、周囲を森に囲まれており(虫とかいそう……うぇ~)という物臭さから、出歩いてみようという気にならなかっただけだ。

林と言えば竹林が思い浮かぶユーリから見ると、植物の植生は、日本の雑木林とはやはり何かしら違うようだ。


馬車の前方を、周囲を警戒しながら早歩きで進むカルロスの背中へと、エストが切なげな眼差しを向けるたびに、戒めるように咳払いをする執事のせいで、車内は沈黙が下りていた。

せめてシャルも付いて来てくれていれば……と、お家に残ってお留守番をしつつ、今頃はお夕食の支度をしているに違いない同僚の姿をユーリは脳裏に思い浮かべた。

ほわん、と何を考えているんだか分からない笑顔のシャルを思い起こし、仮に一緒に来ていたとしても十中八九馬車の外っぽいか、と考え直した。


それにしても、馬車の車輪がデコボコ道な地面の上を通過するせいで、車内はかなり揺れている。

今は森を抜ける為に馬はだく足でさほどスピードは出ていないが、これで速度を上げたらいったいどうなってしまうのだろうと、ユーリはブルリと身を震わせた。


サスペンションとかゴムとか、車輪に付けたら良いと思うんですが、私、材料も作り方もとんと知りませんし……


使い魔であるユーリの知識に無いのだから、主であるカルロスにだってお手上げだ。

彼女は元の世界で、どちらかと言えば浅~く広く雑学に興味を示したタイプなので、専門的な知識は皆無であり、主に『異世界の深遠なる英知!』的なモノはさっぱり提供していない。


「ごめんなさいね、ユーリちゃん。お外からガタゴト音がして揺れていますけれど、怖いことは何もありませんわ」


不意に震えたユーリをいったいどう捉えたのか、エストは慈愛に満ちた笑みを浮かべて膝の上の彼女を見下ろしてくる。

ユーリはやや困惑しつつ、にーにーと鳴きながら返事をする。


あのー、エストお嬢様?

私は馬車に乗ったのは確かに生まれて初めてですが、だからといって怖がってる訳じゃないんですがー……


「大丈夫ですわ、カルロスもすぐ近くに居ますし。

一緒にお外を眺めていましょうね」


優しく背中や頭を撫でられてから、その両腕にそっと抱き上げられ、視点が高くなったお陰で馬車の小窓の向こうがより広々と見渡せるようになった。

それは良いのだが、やはりエストにはユーリの意図が全く伝わっていない。シャルに通じる方が特殊な事例のようである。

今日のお茶の時間、馬車で帰宅するまでの間、カルロスとエスト、シャルの談笑中にユーリは幾度か彼女に話し掛けてみたのだが、ネコの鳴き声ではさっぱり分からなかったようだ。


ぼんやりと今日の会話を反芻しつつ、ユーリは今日得た情報を整理してみる。

話に取り残されているユーリに、会話中に時折主からテレパスで解説が入ったりもしたので、多くの物事を学べた有意義な時間だった。


えー、まず、こちらの世界で主が住んでいらっしゃる場所の名前は『マレンジス大陸のバーデュロイ国、パヴォド伯爵領・グリューユの森』だそうです。

ええ……私、国の名前すら初耳でしたよ! だって知らなくとも、自宅に引き籠もりスローライフは送れますから!


ユーリはこちらの常識を学んでいる最中とはいえ、その教育内容は『こちらでの生活を送る上で必要な行動』に終始しており、それは即ち井戸の水汲みであったり、釜戸に火を熾す方法であったりだ。

カルロスの家の外がどうなっているのかなど会話の端にも上らないのに、『ここはバーデュロイ国という国で建国以来云々、最近の税率について云々、領主の動向は云々』などと、何気に体格差による気苦労の絶えない、マッタリとした使い魔ネコライフを送るユーリが知る由もない。


そして、今私を優しく撫でて下さっているご令嬢が、ご領主様であるパヴォド伯爵のご息女、エステファニア嬢、愛称はエスト様ですね。

主が魔法学校に入学出来るように、後見になって後押ししたのがエストお嬢様の父君、パヴォド伯爵と。


どうも話を聞く限り、こちらの世界では学問を修める為には、ある程度の身分や地位、資産が必要な世界のようだ。

そして察するに、魔術を学ぶ人種は特殊でもあるらしく、誰でも扱えるようなものでもないらしい。


そんなある意味特別な技術者たる魔法使いを、パヴォド伯爵は子飼いの手駒として確保しておくべく、素養のある子供を見つけ出して育て、学校に入れ……その『素養のある子』であったカルロスは、しっかり優秀な成績で学校を卒業。以後は伯爵領に住み、時折伯爵からの依頼をこなしていると。


幼少期、カルロスはエストがそれこそ赤ちゃんだった頃から伯爵邸に住み、シャルとエストの子守りをしながら魔術の勉強をしていたそうだ。

3人はやけに親しげだと思えば、精神的には主人と召使い以上の関係を築き上げてきた間柄であるらしい。


妹のように可愛く思いつつお世話を焼いてきた主家のお嬢様が、美しく成長して目の前に現れる……これこそまさに、王道ロマンスですね!


さて、それはともかくとして。

ここで問題になるのが、どうも、魔法使いや魔術師と呼ばれる人々は、こちらの世界ではどちらかというと恐れられ、下手をすると迫害の対象になる存在であるらしい、という事だ。

ソレつまり共食いですか? 一種のカニバリズムですか? と、思わず聞きたくなるような魔術が平然と知られているような魔術師の世界なんて、さもありなんというのがユーリの本音であるが、別に使い魔契約術のせいで嫌悪されている訳ではないようだ。


そして、バーデュロイ国の魔術師達が所属する『魔術師連盟』は、国家への忠誠を示す事で、連盟に所属する魔法使い及び研究者である魔術師の保護を保証してもらっているらしい。

その忠誠の示し方というのが、分かり易いところでは『魔物の討伐』だとか、過酷なものになると『紛争地帯への最前線送り』だという。それに表立って逆らえば連盟は即解体させられ、そこに所属する魔法使い達への保護が取り消される。

多くの魔法使い達は、それを殊の外恐れるいうのだから……どれほど、この世界の魔法使いへの風当たりは強いのだろうか。


それにしても、エストがしきりにこちらを小さい子供扱いしてくる事に、やけに後ろめたい違和感のようなものが湧く。

主が特に訂正しなかったせいで、エストの中で子ネコのユーリは、生まれたての幼子として認識されたようなのだ。


「ほら、ご覧なさいな。

ユーリちゃんのご主人様が、あちらで元気に頑張っていますわ」


煩い執事対策としてか、今度はユーリを大義名分に堂々とカルロスを眺める事にしたらしきエストは、ほぅ、と、熱い溜め息を零す。いかに外見は華奢で儚げに見えようとも、恋する乙女はいつだって強かだ。

まだカルロスやエストから決定的な話を聞いた訳ではないのだが、ユーリがじっくりと観察し続けた結果から言うと、惹かれ合う男女だ。

さて、そのエストの熱い眼差しの先の想い人はと言えば……


ナニ、やらかしてらっしゃるんでしょうか、主?


抱き上げられたまま外の様子を探ってみたユーリは、現在の状況に内心1人で全力ツッコミを入れていた。

恐らくはゴブリンと思われる魔物複数を、水で出来たツルで逆さ吊りにして高笑いを上げている。

唯一地面に倒れ伏した一匹は、鎌鼬にでも襲いかかられているのか、遠目からは刃物のような物は何も無いのに現在進行形で体がズバズバ裂かれている。


……主、『元気に頑張り』過ぎではないでしょーか?


そんなカルロスの姿にうっとりするエストもエストだ。

こちらの世界では、ああいった行動が頼もしく映るのか? それはユーリには分からない。


何だかんだ言っても、カルロスがユーリの姿を変化させる以外の魔法らしい魔法……それも攻撃魔法を使っているところは初めて見た。

彼が今日の午睡で寝ぼけて発した『吊す』とは、ああいった状態を指すのだろうか? と、ガタゴトと揺れつつゆっくり移動する馬車の窓の向こう側で前方から真横、そして後方へと流れてゆく逆さ吊りのオブジェを見やる。流水のツルは結構綺麗なだけに、かなりシュールだ。


吊されて半狂乱にもがいているゴブリンの姿を、自らの姿に置き換えて想像してみる。

『お仕置きだ』などと言い放ち、腰に手を当てて高笑いする主と、『わたしよりも背が高くなって良かったですね』と、にっこり微笑んで逆さまのユーリの頬をツンツンとつつく同僚、という構図が即座に思い浮かんでしまった。

今後何か、ユーリが大失敗をやらかしたりすれば、ネコの姿の時にはメロメロに甘くとも、彼女が人間の姿の時にはとても厳しいカルロスが、躊躇うとも思えない。


私の普段着は、主のお下がりである少年用の子供服、半ズボンで良かったかもしれません……



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