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再び、日々繰り出されるシャルの些細な悪戯だかからかいだか嫌味に、呆れたり怒ったりケンカしたりの平凡な日常に戻ってきた。そんなのんびりした日々を過ごしていたユーリは、その日の夜もいつものように子ネコ姿のまま主人の癒やしタイムにお付き合いし、部屋に下がったのである。


階段をピョンピョンと飛び跳ねて上り、二階に辿り着いたところで、夜だというのに珍しく人間バージョンのままのシャルと廊下で行きあった。

気配や匂いに敏感なハズの同僚ではあるが、キチンと自らの存在主張をせぬまま彼の足元を子ネコ姿のままうろちょろすると、実にわざとらしく踏まれそうになってしまうので、ユーリは自衛策として『シャルと出くわしたら声を掛ける』を徹底する事にしていた。


シャルさん、その姿という事は、まだ何かお仕事があるのですか?


「ああ、ユーリさん。今夜はもうお休みになられるのですか?」


にゃーぅ、なぅ、と、シャルの靴にたふたふと肉球タッチをお見舞いしつつ声を掛けると、同僚は身を屈めて両手でユーリを掴み胸元に抱き上げた。尻尾を揺らすユーリの喉元を指先でくすぐりつつ、しもべ共同部屋へと向かいながらシャルは口を開く。


「そろそろ休もうかとは思っていたのですが、一つ困った事がありまして」


なんですか?


ユーリの喉を存分にゴロゴロと鳴かせてから、シャルはドアを開いた。そのまま2人部屋の暗黙の了解でシャルの区画、と仕切られている方に置かれたタンスに向かう。


「引き出しの中を整理していたら、小物を幾つか落としてしまいまして。どうも、タンスと壁の隙間に入り込んだようなのですよ」


膝をついてユーリを床に下ろしつつ、シャルは深々と溜め息を一つ。見上げた彼の顔には、やれやれ困った困ったと言いたげな表情が浮かんでいた。


「という訳でユーリさんが取ってきて下さるのですね。いやあ、助かります」


シャルさん、私、まだ何も言ってません!?


したり顔の同僚の顔面に、ユーリはすかさずベシッとネコパンチを送り込みつつ、小さく首を傾げた。


というか、それならこんな暗い夜に探さなくても、朝になって明るくなるのを待てば良いじゃないですか。


「あなたもご存知でしょう? わたしは、朝から晩まで忙しいのです。誰かさんの世話もあれば、誰かさんの助手も務め」


ユーリに殴られた下顎辺りを撫でつつ、シャルは実に嫌味ったらしくうそぶく。


「箒を取りに行こうとしていたところで、丁度良くユーリさんと行きあったものですから、これはあなたに取って来させろという、マスターの思し召しに違いありません」


そうしてまるで感謝の祈りでも捧げるかのように、窓の向こう、夜空のあらぬ彼方へと指を絡めて両手を組むポーズを取るシャル。どうでも良いが、それではまるでカルロスが既に故人であるかのような言い分である。

シャルと同じように四角く切り取られた暗幕の彼方に視線をやると、瞬き煌めく星々の美しさに混じって、グッと親指を立て笑みを浮かべ、白い歯をキラリンと輝かせた主の美貌が思い浮かんでくるから不思議である。いや、かのご主人様は立派にご存命であり、今頃は階下で明日の下準備に勤しんでいらっしゃるであろう事は、ユーリとて承知しているけれども。


要するにシャルさんは、この狭い隙間に手が入らない、と。


ユーリはふいっと窓から壁とタンスの間の僅かな隙間へと視線を転じると、尻尾で床を叩きつつ溜め息をついた。

せっかくお風呂に入ったというのに、わざわざこんな狭い場所に腕を突っ込んで埃まみれにならねばならぬとは。


「ええ。それではよろしくお願いします、ユーリさん」


イイ笑顔で朗らかに告げるシャルに、ユーリは観念してタンスの隙間へと特攻した。そもそも、彼に頼み事をされた時点で妙にこう気持ちが浮つくというか、くすぐったいような感覚に襲われてしまう。

これが惚れた弱みというやつか……と、内心嘆息しつつ、隙間に顔面を押し付けてみると、流石に狭過ぎるらしく、頭がつっかえて上手く入らない。


ぐっ、ぬっ、このっ……!


「ユーリさん頑張れ~」


懸命に奥へと右前足を伸ばしてみるが、何かに触れる気配も無い。

暗くて目標物が何なのかさえ見えないなと弱気になる彼女の背後から、同僚から気楽な声援が飛んできた。いつの間にかシャルは燭台を用意していたらしく、ユーリの頭上からそっと翳してくれたお陰で、揺らぐ仄かな灯火は何かの陰影を浮かび上がらせる。


そこかあ~っ!


ピンッ! と、後ろ足で床を蹴り上げて尻尾も立てつつ、全力で伸ばしたユーリの右前足は、何か丸くて硬い物質を捕らえた。爪をにゅっと伸ばして取っ掛かりを作り、埃だらけになりながら引きずり出したそれは……


何でしょう、この丸い金属?


コロコロと転がり出たそれは、小さくて綺麗な球体であった。蝋燭の明かりに照らされ、金属特有の銀色の輝きを反射させる。敢えてこれは何だろうかと想像すると、ユーリのイメージとしては弾丸。

歪みの無いガラスを生成する技術があるマレンジス大陸なのだから、こちらの世界の金属加工技術は高いのだろうか。


シャルさん、シャルさんのお探しの小物ってコレですか?


所有者である同僚の方へとクルリと向き直ると、何故か片手で顔を覆っているシャルの姿が。


シャルさ~ん?


「ああ、ええ。はい、そうです。

引っ張り出して下さってありがとうございます、ユーリさん」


何故か無言のまま動きを止めていたシャルに再度呼び掛けると、彼は弾かれたように屈み込んで謎の玉を拾い上げ、ポケットにしまい込んだ。


それ、いったい何に使う物なんですか?


「……正式な使用方法は、わたしも知りません。人から頂いた、思い出の品なので」


ふぅん……


いつ、誰からそんなモノを貰ったのだと、何だか妙に気にかかる。彼にユーリが知らない過去がある事が嫌なのか、シャルがふと、誰かの面影に思いを馳せているような態度を取る事が不満なのか。

シャルが少しばかり、いつもの何を考えているのだか分からない笑みでは無い微笑を浮かべているのが、自分は不愉快なのだろうか。


「ユーリさんはどうぞ、もうお休みになって下さい。わたしはマスターに用がありますので」


あ……


ユーリとしては、まだまだ話したい事があるというのに、彼女が引き止める間もなくシャルは早口でそう告げ、踵を返して部屋を出て行ってしまう。ご丁寧に、ばたむと音を立ててドアまできっちりと閉めて。

この子ネコの体のままでは、同僚の腕を掴んで強引に足を止めさせる事も、ドアを開けて後を追う事さえ出来ない。

ユーリはポテポテとシーツが広げられた寝藁の上に歩み寄り、ゴロンと横たわった。


気のせいでしょうか。先ほどのシャルさん……何だかとても居心地悪そうと言うか、困ったような表情をされていらっしゃったような。


彼が戻ってきたら改めて話せば良いやと、ユーリはシーツの上で寝返りを打った。

この部屋はユーリの部屋であると同時に、シャルの寝室でもあるのだから。用さえ済めば、彼は必ずここへ戻ってくる筈。


……だが、結局いつまで経ってもシャルが部屋に帰ってくる気配も無く。ユーリはいつしか、うつらうつらと眠りの世界へと旅立っていったのだった。



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