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ただ今、窓際の鉢植えの影からこんにちは、なユーリです。


「こんなところにエステファニア嬢を残していけるものか!」

「はん。俺の結界を探知出来なかったような三流は、さっさと暇乞いするんじゃなかったのかー?」


……相変わらず、主とアティリオ……様、は、子供の戯れ合いのような怒鳴り合いを繰り広げていらっしゃいます。


「君の結界術については、正直認めたくはないがまた格段に腕を上げたなカルロス!」

「そっちこそ、先触れの術のセンスはクドいぐらい綻び一つねぇな、アティリオ!

今日の光る蝶はベストマッチだった!」


……怒鳴り散らしてはいても、お互いの優れた部分については素直に認め合うようです。実は仲が良いんですか、主?


「カルロス、アティリオ様。

もうよろしくて?」


2人が口論している姿をヨソに、彼女の周囲だけ優雅なティータイム空間を醸し出していたエステファニア嬢が、カップを置くとにこやかな笑みを浮かべて口を挟んだ。

カルロスとアティリオは令嬢へと顔を向け、どことなく居心地悪そうに黙り込む。同席している彼女を1人放置して、紳士らしからぬ白熱した怒鳴り合いを繰り広げていた事が気まずいようだ。


「とんだお見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません」

「いいえ、アティリオ様。

わたくし、お2人の口論現場には慣れておりますもの」

「……」

「ま、確かにエストの言う通りだな。

今更取り繕ったところで遅いぜ? アティリオ」


愛くるしく小首を傾げ、微笑んで告げるエステファニアに絶句するアティリオと、ドサッとソファに背中を預けてクールダウンするカルロス。

しばらく額を押さえていたアティリオは、顔を上げてローブの隠しから封筒を取り出し、それをテーブルの上、カルロスの眼前へと置いた。


「連盟からの、召喚状だ。

君にこれを届ければ、僕の用件は終わる」

「なら、それを置いて帰れよ」

「そうしたいのは山々だが、君が連盟の意向に従うと確約するまでは、僕とて帰る訳にはいかない」


お手紙を届けるだけならば、配達人を経由して託せば済むだけの事。

わざわざ本部から直接人を寄越すという事がどういう事か、ユーリには嫌な想像しか浮かばない。


「カルロス。わたくしはあなたの事を、家に縛り付けたくはないの。

でも……あなたは、わたくしの父の思惑に、十分に応えてしまった」

「それは違う、エスト。

閣下は……俺によくしてくれたさ。

やれやれ。少し怠けてたら、流石の爺婆様方もブチ切れたか」

「少し? 三年間という期間は、少しで済ませられる話じゃないぞ」

「居たら居たで嫌がるくせに、頻繁に顔は出せだなんて、勝手な爺婆どもが」


カルロスは溜め息混じりに封筒を手に取ると、テーブルに両手をついて身を乗り出してくる真正面のアティリオを、冷ややかな眼差しで見据えた。


「召喚状は確かに受け取った。近日中に王都の本部に顔を出す。

だが……俺の使い魔についてまだグダグダ言うようなら、本部の塔なんざ輪切りにしてやるからな。そう伝えとけ」

「どこまでも野蛮で乱暴だな、君は」

「お前にだけは、言われたかねぇな」


スッと目を眇め、冷たく睨み合う男2人は、全く同時にフンッ! と顔を背け合った。

それと同時に、室内でもずっと被っていたアティリオのマントのフードがずり落ちて、頭部が露わになった。

彼は忌々しげに舌打ちし、再びフードを被る。今度はより目深に被ってしまうせいで、亜麻色の髪はおろか風貌や表情さえ容易に窺えなくなってしまった。それはまるで、一瞬だけ現れたアティリオの艶やかな髪と、尖った耳を徹底的に隠すように。


「アティリオ、俺の家でそんなもん要らねえだろうが」

「滑稽だと嘲りたいなら嘲笑すればいい。君には分からないこれを、ね」


どこか疲れたようにそう早口で言うと、アティリオはエステファニアに向き直った。


「エステファニア嬢、僕の目的は無事済ませる事が出来ました。感謝致します。

この上長居は無用です。一緒に帰りましょう、と申し上げても……」

「ええ、わたくしはこちらに残りますわ。

帰りはカルロスに送って頂きますから、ご安心下さいな」

「やはりですか」


にっこり微笑んで、あなたと一緒には参りませんと断る令嬢に、アティリオは嘆息混じりに頷いた。


「すっかり変わられたと思っていましたが、やはりエステファニア嬢は昔から変わらず、カルロスにべったりなのですね」


そんな感想を漏らしてエステファニアからの満面の笑みを受け、玄関に向けて歩き出すアティリオ。気のせいか、ユーリの目にはその背中がちょっと寂しげな気がする。

ユーリはピョンと窓際から飛び降りて地面に着地し、前庭まで駆け出して花陰に隠れ、カルロスやシャルに見送られつつ、アティリオが実にあっさりと門扉から出て行く姿を確認する。


うーん、箒がどこにも見当たりません。まさか本当に、あの方は1人トボトボ歩いて帰るのでしょうか?

……はっ、振られたの!?

マント男さん、主とお姫様を取り合って、お姫様は主を選んだの!?


“アホかお前は?

ユーリ、もう出てきて構わんぞ。こっちに来い”


三角関係の行く末? に、興奮気味に尻尾を振るユーリが身を隠して伏せている花畑の地点を正確に睨み付けられ、カルロスからそんな思念による命令が下された。

お客様はまだエステファニア嬢とそのお付きの方が残っているが、ユーリの存在を知られてはならない客人は、アティリオのみだったようだ。


そろりと花畑の細道に顔を覗かせると、早歩きで歩み寄ってきたカルロスに、両手でヒョイと抱き上げられた。両足をぶら~んと垂らしたままの状態で、そのまま運ばれてしまう。ちょっと辛い。

シャルが開いた玄関から彼が再び応接間に戻ると、エステファニア嬢はお付きの壮年の執事さんにお茶のおかわりを淹れて貰っているところであった。


「お帰りなさい、カルロス」


背後には見栄えの宜しい執事さんが控え、ソファに優雅に腰掛けたままにこり、と微笑みお出迎え。

まるで彼女の方が、この家の正当な女主人のようである。


……いえ、先ほど主の後見云々という言葉も出てきましたし、もしかしたら本当にそうなのかもしれません。


「待たせたな、エスト。

やれやれ、ようやく邪魔臭いヤツは帰ったぞ」

「あら、いけないわ、カルロス。

アティリオ様は、ずっと昔からの、あなたのお友達でしょう?」

「あいつとは『お友達』なんて可愛い関係じゃねぇよ」


応接間に入るなり腕からユーリを床に下ろし、カルロスはスタスタとエステファニア嬢の傍らに……跪いた。


「久し振り、エスト。

しばらく見ない間に、また一段と綺麗になったな」

「本当に? 嬉しいわ有り難うカルロス」


おおおおっ!? あの傍若無人な主が美少女の傍らに膝をついて、手の甲に接吻とな!?

あれがこちらの世界での、紳士の貴婦人に対する挨拶なのでしょうか……異世界でありながら、私の世界と同じ敬愛の挨拶が存在するだなんてびっくりです。


目の前で繰り広げられる、微笑みあう美青年と美少女、というまるで映画の一場面か一幅の絵画のような一角を、目を輝かせて見物するユーリだった。彼女の主が普段の色々と残念な美形から、まるで恋物語の正統派なヒーローのように見える。素晴らしい快挙だ。

カルロスはエステファニア嬢の手の甲に口付ける間も上目遣いに彼女を見上げ、エステファニア嬢もまた、恥じらいがちに頬をほんのりと染めつつ彼を見返す。


「エスト……」


エステファニア嬢の手の甲から唇を離し、カルロスは吐息混じりにそっとその名を舌の上で転がすように囁く。

何か2人だけの甘い雰囲気のようなものが漂っているように感じられて、野次馬状態のユーリは内心キャーキャー歓声を上げていた。人様の色恋話……それも、あの俺様主様なカルロスの恋バナだなんて、興奮するなと言う方が無理だ。


だがそこへ、エステファニア嬢が連れて来た壮年の執事が「オホン」と実にわざとらしく咳払いをし、彼らはハッと我に返ったように瞬き、カルロスは握ったままであったエステファニア嬢の白魚のような手をそっと離した。


……おのれ、ちょっとダンディでステキ(はーと)とか思っていましたが、執事め!

そこは年若いカップルに遠慮しましょうよ、空気読んで黙りこむところでしょう!

たった今応接間に入ってきて、そのまま黙って控えてるシャルさんを見習え!


主と令嬢の互いを見つめ合う眼差しといい、ユーリの中ですっかりと、カルロスとエステファニア嬢は憎からず想い合っている男女、という位置に確定してしまっており。その2人の邪魔入りをするお付きの男性を睨み付け、絨毯が敷かれた床を不機嫌に肉球でバシバシと叩いた。


「それでな、エスト。お前に頼まれてた品が完成したんだ。

……シャル」

「はい」


我に返ったカルロスは、すっとエステファニア嬢から一歩距離を取り、パチンと指を鳴らしてしもべに合図を出す。

背後に黙って控えていたシャルは、主にガラス瓶を差し出した。

アティリオを見送ってカルロスやユーリと一緒に応接間に入らず、シャルは少し席を外していたと思えば、それを取りにいっていたようだ。

カルロスはそれを受け取ると、


「エストに似合う香りをイメージしてたんだが、今のお前には少し可愛い過ぎるかな」


そう呟きながら、ムエット(香水の香りを試す為の厚紙)に付け、軽く振ってアルコール成分を飛ばし、エステファニア嬢に差し出した。


「……まあ、果物みたいな甘い香りね。瓶も可愛らしいし」

「初めは甘いが、時間が経つと段々爽やかさが出てくるようにした。

……気に入ったか?」

「ええ、とても! 有り難うカルロス。

早速付けてみるわね」


エステファニアは嬉しそうに手首に軽く香水を付け、応接間に緩やかに広がってゆく甘い香り。

カルロスがここのところ、寝ないで頑張って調香していた香水は彼女の為の香りだったのか、と、合点がいった。


あれですね。好きな女の子に、彼女の為だけの唯一の香りを作ってプレゼントとか、我が主はなかなかのキザな男なようです。調香師ならではでしょうか。


シャルは香水瓶を衝撃吸収クッション材な綿入りなお持ち帰り用のケースに入れ、可愛らしいリボンを手早く結んだ。

同僚の早技に感心しているユーリに、


「ユーリ、こっちに来い」


主から早口でお呼びがかかった。

先ほどからの内心の野次馬っぷりはお見通しなのか、彼女を見る目はちょっとばかり不満げである。

呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃん! とばかりに、応接間の家具を避けつつ駆け、ピョコンとカルロスの足下で急停止を掛けて見上げた。


「エスト、これはユーリだ。俺のもう一匹の使い魔」


……主、匹って。


「まあ、可愛い子ね!

抱いてもよろしいかしら?」

「おう」


内心ツッコミを入れているユーリの思考は丸無視して、カルロスがエステファニアの膝に乗せようとするので、ユーリは慌ててにゃがにゃがと訴えた。


主! 抱っこの前に手足拭かせて下さい! エステファニア嬢のドレスが汚れる!

乙女の服を汚す男は最低です!


「あ、ああ?」

「マスター、ユーリさんは先程まで外を歩いていましたから、これをお使い下さい」


ユーリの抗議に戸惑ったように動きを止めるカルロスに、すかさずシャルから濡れタオルが差し出された。

どうも、仕事部屋から香水瓶を持ってくるついでに、そんな物までしっかりと用意してきたようだ。なんとも絶妙なタイミング、痒いところに手が届く気配りぶりか。


その濡れタオルでカルロスにやや乱暴に手足を拭われ、改めてユーリはエステファニア嬢の膝の上に乗せられたのである。


「初めまして、ユーリちゃん。

わたくしの名前はエステファニアよ。エストと呼んで下さいませね」


初めまして、エストお嬢様ー。ユーリと申します。


柔らかな笑みを浮かべ、優しく頭を撫でられながら許可が出たので、早速エストと呼んでみる。

どうやら彼女も小動物を好むタイプなのか、「可愛い可愛い」を連呼されてしまう。

しかし、彼女の腕に優しく抱っこされても、頬擦りされても、主の時のような乱暴さや力加減無しの圧迫感は全く無い。

生命の危機を覚えない抱っこは、ユーリがネコの姿に変化して以来、初めてである。


……うん、これが正しい子ネコの扱い方ですよね。

私、どうせネコとして飼われるのなら、こういった可愛らしい美少女に飼われたかったです。



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