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えー。ただ今、魔術師連盟本部の塔、長老議会室よりこんにちは、な、ユーリです。


「だがベアトリス、現場に飛び出して行くのは控えてもらいたい。君に危険な真似はさせられん」

「クリストバル、全く動かないあなたが、あたしの行動に制限をかけてくるいわれは無いと思うけど?」

「確かに、私には君を縛り付けておく事など出来ん。

だが忘れないで欲しい。君の体は、命は……君1人のものでは無いのだと」


魔術師連盟の代表、金髪に榛色の目を持つクリストバル長老の一言に、議会室に衝撃が走ったように、ユーリには感じられた。


『君の体は君1人のものじゃない』

『君に危険な真似はさせられん』


……つ、つつつ、つまりっ!? ベアトリス様って、今、お腹に赤ちゃんがいらっしゃるんですかーっ!?

しかも彼らの口振りからして、お父さんはクリストバル代表ですよね、これ!?



そんな、びっくり仰天ニュース発覚な一言から、少しばかり時間は遡る。


ユーリは汚れてしまったお洋服から、泣く泣く元々着ていた主様からのお下がり少年服に着替え、魔術師連盟本部の塔へと向かっていた。

先を歩くベアトリスとカルロス、そしてアティリオ。一歩分後ろをついて行くユーリとシャル。ブラウは未だ逃走した黒ずくめ達を追跡中なのか、姿を消したままである。

因みにシャルも、イヌバージョンでは街中を歩く訳にはいかないらしく、今は人間バージョンに戻っている。


シャルに今日の出来事をざっくりと語ってもらうと、曰く。

寝て起きて、主人の匂いを辿って子爵邸を訪れ、入り口は封鎖されているので人目を避けて路地の木陰にて変身し、全力で塀を飛び越え敷地内に侵入したら、テラスの奥にユーリの背中が見えたので、「マスターはどちらに?」と尋ねようと一直線に向かったら、うっかりガラスを突き破っちゃった。変な臭い粉は掛けられるし、踏んだり蹴ったりです。

……という事らしい。

彼女の危険をいち早く察して、全速力で駆け付けてくれた……! そんな感動が台無しだ。


魔術師連盟への道すがら、そんな寂しさを覚えるユーリに、シャルは腕に抱えた麻袋の中身を確認し、嘆息する。


「これがユー……ティカさんの趣味ですか。相変わらずあなたは、お洋服を汚す天才ですね」

「うるさいです。私だって、好きで新しいお洋服を汚した訳じゃ……」


せっかく、綺麗に着飾った姿をシャルに見てもらいたかったのに。新しく誂えたお洋服は、泥や埃で薄汚れて、汗を吸い込んでしまった。唯一、帽子だけが被害を免れて子爵の寝室に荷物と一緒に放置されていたが、今の服には到底合わない。


「まあ、あなたが着ていたお洋服を汚すのは、今に始まった事ではありません。

汚れも悪臭も、わたしが全て新品同様に洗い落として差し上げましょう」


ぴんと伸びた姿勢でうそぶき、ふふん、と、鼻で笑いながら自信満々に胸を張る同僚がやけに頼もしい。


「しゃ、シャルさんの背後から後光が見える……!」

「ティカ、騙されちゃ駄目だ。それは単に、あのクォンの髪を陽光が弾いているだけだ」


そんなやり取りを交わすシャルとユーリの間に割って入ってきたアティリオが、大真面目な顔で諭してきた。予告も無く間近で覗き込んでくる彼の顔に驚いて、ユーリの心臓が大きく飛び跳ねた。

アティリオとしては、シャルは危険動物に区別されているらしく、ユーリが『シャルさんシャルさん』とイヌバージョンだろうが人間バージョンだろうが、変わりなく懐く姿を、心配そうに遠回しにだが諫めてくる。


「……アルバレス様、あまりティカさんに近寄らないで下さい」


どうやら、ユーリがアティリオを殊の外苦手としている事実を同僚は一応理解しているらしく、シャルの腕が伸びてきて手首を掴まれ、彼女を傍らに引き寄せてきた。その態度に、眉を吊り上げるハーフエルフ魔術師様。


「お前こそ、その手を離せ暴虐クォン。お前の馬鹿力で、ティカのか細い手首が折れるだろうが」


しゃ、シャルさん……明らかに逆効果です! アティリオさんの中で、『暴虐クォンの本性を知らず、人にもなれる大きなイヌ、だと騙されている可哀想な子供ティカ』認識が深まったっぽいんですが!


だが、そんな忠告を同僚の耳に入れるには、アティリオの目が邪魔である。

威嚇ではなく、胡散臭いモノを見るのでもなく。アティリオから純粋に、身の安全を心配して気を配られると、どうにも調子が狂う。


「人聞きの悪い事を言わないで下さい、アルバレス様。わたしは彼女を乱暴に扱ったりしません」

「ハッ。どうだか。

僕はお前がどういった狩りを行うのか、今まで幾度となく見てきたんだ。人間の子供への加減が出来るとは到底思えないが?」


アティリオから殺気をぶつけられようが、歯牙にもかけないシャルであるが、嫌味や皮肉、言葉の戦いに関する経験値は低い方らしい。自分への口撃ならば、ただ受け流してしまえば良いと考えているようだったが、今日はそこに第三者が絡んだ当て擦るような台詞、ユーリに関わる言葉が投げつけられて、右から左へ流してしまえないようだ。


簡単にアティリオの挑発に乗ってしまい、ユーリの手首のみならず、肩にまで腕を回してしっかりと抱き締めてくる。グルグルと、シャルの喉から威嚇するような声が漏れているような気がする。初めて聞いた。

ここで、恥ずかしいから離れて下さいなどと口にしてしまえば、アティリオは我が意を得たりとばかりにユーリをシャルの側から引き離そうとするだろう。


我慢我慢……これは単なる保護、子供扱い、アティリオさんへのシャルさんの警戒心の表れ……


心臓が無駄に爆発しそうな胸元を押さえ、なんとか悲鳴を押し殺したユーリ。しかし彼女の努力を嘲笑うかのように、肩どころか腰までがっちりと腕が抱き付いてくるシャルの目は、あくまでもアティリオに釘付けだ。

と、そんな同僚の後頭部を、先を歩いていた筈のカルロスが突如として全力で殴りつけてきた。ドガッ! と、なかなかに痛そうな音が響き、思わず両手で殴られた自らの頭部を押さえるシャル。


「マスター、急に何をなさるのですか」

「往来のど真ん中で白昼堂々、何をしとるかお前はっ! もっと人間社会の礼儀と常識を学べこのアホイヌっ!」


怒れるご主人様はユーリの手を取って早足で歩き、立ち止まってこちらのやり取りを見物していたベアトリスの傍らに並んで歩き始めた。


「……ちょっとちょっとカルロス! あたしの知らない間に、この三角関係が益々面白い事になってるじゃない。いったい何があったのよ?」


ウキウキと声を弾ませて、ベアトリスはカルロスの耳に内緒話をしてくるが、それが丁度ユーリの頭上を挟んでの行動な為、彼女に丸聞こえである。


三角関係……? 命狙われてます状況なこういうのも、三角関係って言うんでしょうか、ベアトリス様。


「知らん。だがまあ、アティリオの今までの遍歴を考えると、さもありなんだが」

「……あー、な~る。年上じゃない点を除けば、アティのど真ん中一直線ね、確かに」

「だーから俺は、予めしっかり忠告しといたんだがなあ……アティリオの野郎、聞き流しやがって」

「アティはしっかりしてるようで、抜けてる部分があるものねえ。ま、それも可愛いんだけど」


恐らく、ユーリにも関係する話題ではないかと思われるのだが、主人とその師のひそひそと交わされるやり取りは、イマイチ話が見えない。

そして何より、お互いの印象がかなり悪いらしい背後の2人の様子を窺う勇気も出ない。


「だがなあ婆さん。アティリオの性格からして、もっとグイグイいく筈だろ? だからつまり、単なる世話焼き性分じゃねえか?」

「えーっ、そんなのつまんないーっ。あたしはもっとこう、乙女の胸がときめく三角関係を期待してるのに」

「……無闇に焚き付けんなよ?」


頭上で交わされる、カルロスとベアトリスの謎の会話を聞き流しつつ、ユーリは自分が理解出来る明白な点について推測を巡らせてみる。


うーん、ベアトリス様って……今日初めて私と出会ったと認識してるんじゃ無いっぽいですねえ。

って事はつまり、前回の魔術師のフィールドワーク中から既に、私は単なる黒ネコではないと見抜いていらっしゃったのでしょうか?

ベアトリス様は連盟の中でも右に出る者の居ないほど、結界術がお得意らしいですし。それこそ主の付与したステルスなんて簡単に見破り、姿形以外……外殻膜で私を識別出来ていたのだとすれば、書斎での唐突なベアトリス様の発言や行動も、クォンである私を庇っての事だと推測出来ますが。


むむむ……と、考え込みながら足を動かしていたユーリは、カルロスとベアトリスの間に挟まれるような形で本部の塔の中へと足を踏み入れていた。



再び訪れた連盟本部の塔は、相も変わらず静けさに包まれていた。一行は、例のふわふわ浮き上がりエレベーターに乗ってぐんぐん上の階へと上って行き、揃って大扉の設えられた部屋へと案内された。

これからここで何をするのか、を主人からテレパシーで聞かされたユーリは、緊張しながら開かれた扉を潜る。


室内は何故か真っ暗闇だった。背後の大扉が『ギ~……バタン』と、やけに大きな音を立てながら閉まると、そこは完全なる暗闇に閉ざされ。

ユーリが盛んに瞬きをしながら、一寸先も見えない黒く塗り込められた視界の中手を伸ばすと、何かに触れた。


「どうしたの、ティカ?

ああ、暗いのは慣れないのかな。大丈夫だよ、長老様方がいらっしゃれば、すぐに明るくなるから」

「そ、そうですか」


……思わずギュッと握ってしまったのは、近くに立っていたアティリオの指だったらしい。彼だと気が付いたユーリは、即座に手を離す。暗闇の中、軽く前髪の辺りを撫でられたような感触が伝わってきて、慌てて一歩後退ったところで、天井から明るい光が照射されてきた。暗闇に慣れた目には、光は痛みさえもたらすものであるが、それは不思議な事にユーリの目を傷つける事がない。

それは例えるのならば、一筋のスポットライトだろうか。指向性を持たせて、殆ど真下のみを照らし出すその光は、室内の壁の部分は闇に沈めたまま、中央に設えられた半円形の卓に着くエルフ達を照らし出している。


えー、こちらの魔術師連盟では、長老と呼ばれる熟練の術者方が集まって連盟全体での方針や問題を話し合う、評議会制がとられておりまして、その長老格はベアトリス様を入れても全部で5人。

連盟に所属する術者の数は、今現在学校でお勉強中の子供達を入れても、100名余りだそうです。

こんなご大層な塔が建てられていて、魔術師連盟の存在はバーデュロイ国内に広く浸透している割に、所属人数が少ないような気がいたしますねえ。

それだけ、マレンジス大陸中に離散を余儀なくされたエルフ達は、数を減らしているという事なのでしょうが……


ここ、長老議会室には純粋に話し合いの場としての活用のみを求めた結果、魔術だけではなく、ありとあらゆる行動を制限する結界が張られているらしく、内部での魔術使用は勿論の事、外部からの物理攻撃すら跳ね返すと主人から豪語された。室内に入った今は、当然の事ながらテレパシーは通じない状態だ。道理で、以前塔の中を必死こいてアティリオの魔の手から逃げ惑っていた際、カルロスからの返事がこなかった訳だ。

その時の恐怖が嫌でも蘇ってきて、ユーリはつつ……と、なるべくアティリオから距離を取り、シャルの服の裾を両手で掴んだ。


この部屋では剣を抜く事も、危険物を撒き散らす事も不可能だと説明されたユーリは、試しに走ったり飛び跳ねたりしてみようと足に力を込めてみて、のったりとした動きしか出来ない事を実感した。……この部屋の中では、お喋りと寝るぐらいしか出来そうに無い。

「この部屋の中で居眠りしたら、婆さんからはたき起こされるからな」などと、主人からからかわれた事から察するに、この結界を張った術者はベアトリスで、彼女の行動は制限されないようだ。


広々とした議会室、その円卓に腰掛けるのは、年若く美しい美青年と美女、4人のエルフ達。見た目は若々しさを保っているが、長老格と目されるだけあって、彼らもまた、長い時間を生きてきた経験豊富なエルフ魔術師達なのだろう。


出入り口の真正面、真ん中の席に着いているのが、魔術師連盟を取り纏める代表であるクリストバル。金色の長い髪と長い耳、金糸の刺繍が入ったローブ……テーブルの上に軽く両手を置いている仕草にさえ、強い存在感を放っている。そう感じるのは、ユーリが緊張しているせいだろうか?

彼の右隣の席が空白なのは、そこは本来ベアトリスの席なのではないかと思われる。


「お帰り、ベアトリス。

やはり君は我慢出来ずに飛び出していったんだね」

「ただいま、クリストバル。

お小言は後回しにしてちょうだい。まずは報告があるわ」


円卓に向かって一歩進み出たベアトリスは、今回のゲッテャトール子爵世界浄化派癒着疑惑事件における、連盟所属魔術師誘拐に端を発した一連の騒動についてをつらつらと報告しだした。

ゲッテャトール子爵邸でのアティリオの報告や、ブラウが入念な下準備の末、何故か従兄弟と同じ場所に拘束されていた件といい、今回の出来事はゲッテャトール子爵邸を拠点として暗躍していた世界浄化派に組する人々を炙り出す為、連盟側がお膳立てして張っていた罠だったらしい。


誤算は、情報伝達係であった筈のアティリオが作戦開始時点で所定の位置に待機しておらず、何故か路地裏に駆け込んで行って、これまた何故か世界浄化派の実行部隊の2人組に誘拐された事であるが、その程度の想定外の出来事など問題無く作戦は遂行され、世界浄化派の活動拠点と協力者は失われる事となった。


……スミマセン、何でアティリオさんが路地裏に居たのかって、私のうっかりのせいです……


びくびくしているユーリには更に心臓に悪い事に、アティリオとユーリが誘拐された際の敵の動きの不可解な点、世界浄化派が探しているらしい人物が居る事、更には『そもそも何故、アティリオとユーリを誘拐する必要があったのか』という基本的な疑問点についてが俎上に上げられる事となった。

発言を許されたユーリは無論、自分には心当たりが全く無い事を訴えておくのだが、彼らの目は当然厳しい。


「そこから推測される絵柄が、三通り浮かぶのう」

「と、申されますと?」


びくびくしているユーリを見据え、男性長老の1人がゆっくりと口を開いた。彼の丁度向かい側の席に着いている女性が、腕を組んで冷めた目で彼を見返す。


「一つ、そこな娘は世界浄化派の手の者であり、連盟内部へ突き刺すべく放たれた楔である。

一つ、そこな娘は世界浄化派の連中が血眼になって探しておる人物であるが、本人にとってはあまりにも些細な出来事であった故、関連に思い至らない。

一つ、そこな娘は世界浄化派の連中が血眼になって探しておる人物と、偶然同じ特徴を持っておっただけ」


可能性を一つ一つ上げてゆきながら、口調だけが老人っぽい長老は立てた指を一本一本折ってゆく。


「さて、いったい世界浄化派の連中はこんな小娘を捕まえて、何がしたいのかね?」


今までずっと口を開かずにいた長老は、ひたすら面倒臭そうにそう吐き捨て、行儀悪く卓の上に片方の肘を着いてその手のひらの上に顎を乗せ、「ふわ~あ」と、欠伸混じりにそう零す男性魔術師。


えー。因みに私から見て左から順番に、お爺さん口調の長老様、ベアトリス様のお席っぽい空白、クリストバル代表、お行儀と素行が悪そうで眠たそうな男性長老様、口数少なく冷ややかな眼差しで睥睨なされる女性長老様、という席順になっております。


「世界浄化派の連中が探している人物の条件は『黒髪で黒眼、肌は褐色ではない子供』たったこれだけです。

確かに、バーデュロイでは滅多にお目にかからない組み合わせではありますが、かと言って該当者がティカ1人だけとは到底思えません。それこそ大陸の東部では、その色合いの民だけが暮らす国は事実幾つも存在します。

彼女1人を過剰に警戒し、不適切な対応となるのは望ましくないと思われます」


自らのクォンである、という事実を隠し通しているという後ろめたさ故か、カルロスが慎重に言葉を選びながら冷静に発言する。やはり我が主は格好良いと、益々主人への忠誠心がメキメキ上がってゆくのを感じるユーリである。


「この子は、あたしが預かっている子よ。世界浄化派へ肩入れするような理由は、全く無いわ」

「ではベアトリス、あなたがそう思い込むように世界浄化派の一派が仕組んだ可能性は?」

「そこな娘が真実無害であると証明出来る手立てなぞ、わしには考え付かぬ事よ。故に、疑わしき者は排除される事が望ましい」


ベアトリスの低い声に、左右から女性長老と老人口調の長老の畳み掛けるような声が降り注いでくる。

排除、その一言にユーリの足が震え上がった。そんな彼女の怯えた気配に気が付いたのか、傍らに立っていたシャルが、薄暗い中でユーリの手を握ってきた。大丈夫、と励ますように、指を絡めて寄り添ってきてくれる。


怖くない、怖くない。

だって、たとえテレパシーが途切れてても。私のすぐ側には、シャルさんも主も居るんだもの。


「……あたし達はかつて、大きな過ちを犯したわ」


ベアトリスはキッと真正面を……クリストバル代表を睨み据えながら、唇を開いた。


「自らの力に驕り、周囲を振り返る事も無く……我々がこのマレンジスを支え、発展させてきたのだと。魔術を発現させる事を躊躇わなくなり、エルフ以外の生命を、尊厳を軽んじた。その結果が今のマレンジスの姿よ!

祖先の失態を子孫が拭う羽目になって、それでもあたし達はまだ、同じ間違いを繰り返そうと言うの!?」

「間違いとは心外じゃ。わしはあくまで、どう転ぶか予測不可能な異物は入れられぬと申しているまで」

「それもこれも、子らを思うが故の事」

「そういう決めつけが、独善的で傲慢であるとは考えないの?」

「落ち着きなさい、ベアトリス」


苛立ちを隠そうともせず、語調を強めるベアトリスに、開始以来、黙して議会の成り行きを見守っていたクリストバル代表がようやく口を開いて窘めてきた。


「疑わしきは罰せず……本人に何の自覚も持ち合わせていないと言うのならば、問い詰めても無駄でしょう」

「そーそ、連盟の内部に世界浄化派の手が食い込むのを懸念してるなら、ガキんちょの保護者はベアトリスから外部の奴に代わらせりゃあ良いじゃん。

はい、問題解決議題終了。解散って事で良いか議長ー?」


クリストバル代表が周囲を順繰りに眺めながら、集った面々から同意を得ようと投げかけた言葉は、例の面倒臭がりで眠たそうな長老によって、強引に纏めに掛かられた。……そんなに議会が面倒ならば、何故に長老などやっているのだろう。


「……生憎ですが、まだ全ての問題は解決していません」

「そうじゃの。祖先の失態をと申すのならば、ベアトリスよ。当然今後は、そなたは自らの身を守る事に細心するのじゃろうな? 今日のように、現場に飛び出していったりなどせず」


女性長老様と老人口調長老様って、仲が良いのでしょうか? どっちかが発言したら、必ず口を開いていますね。

……ベアトリス様って、そんなに毎回毎回、鉄砲玉のように飛び出してばかりなお方なのでしょうか?


「どうしてそうなるのよ、皆して。あたしは机に縛り付けられるような仕事は、不向きなんだって言ってるでしょ?」

「だがベアトリス、現場に飛び出して行くのは控えてもらいたい。君に危険な真似はさせられん」

「クリストバル、全く動かないあなたが、あたしの行動に制限をかけてくるいわれは無いと思うけど?」


というところで話は冒頭に戻り、クリストバル代表の口から爆弾発言が飛び出してきたのだった。


「確かに、私には君を縛り付けておく事など出来ん。

だが忘れないで欲しい。君の体は、命は……君1人のものでは無いのだと」


重々しいクリストバル代表の台詞に、深く頷く長老方。例のやる気ナッシング長老でさえ、『ベアトリスはもっと体を労れ』とばかりに、幾度も首肯している。

ユーリは懸命に頭を働かせて……驚きからぐるぐるしている頭を回転させて、一つの台詞を引っ張り出してきた。


「ベアトリス様!」

「なあに、ティカちゃん?」

「おめでとうございます!」


全身全霊を懸けて、この喜ばしい出来事を寿いだというのに、ベアトリスから返ってきた答えは、


「……へ? ああ、うん、ありがとう……?」


という、なんとも煮え切らない態度だった。

ただでさえエルフ族が減少しているこのご時世に、子供を授かるだなんてとても素晴らしい出来事の筈なのに、ベアトリスはもしかしたら赤ちゃんを産みたくはないのかもしれない。


……はっ! まさかクリストバル代表は、ベアトリス様の同意を得ずに子供を……!?

それはいけませんっ! 子作りは夫婦間の同意のもと行い、赤ちゃんはすべからく望まれて産まれてこなくては!



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