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アティリオの指先に、先ほども見た光る矢印書簡が、いつの間にか戻ってきている。


「やけに静かだけど、もう始まってる?」

「ああ。確保の後、鼠一匹たりとも逃がすな、だそうだ」

「退路は塞いどけ、ね。はいはい」


果たして書簡からは何を伝えられたのか、ブラウはアティリオの短い説明だけで十全に理解したようである。


濡れそぼった絨毯の上で、放心してしまっているゲッテャトール子爵。彼の価値観とは相容れない現実、それをどう受け止めるのか、はたまたあくまでも拒絶するのか。それはユーリの預かり知らぬところだ。

子爵が大人しくなったようなので、ユーリは隠し通路からもぞもぞと這い出て、彼が取り落としてブラウに蹴り飛ばされた杖を拾い上げる。


なんですかねえ……エルフの血筋だなんて、私の感覚としては『ファンタジックで素敵!』でしかないんですが。そんなにショックなものなのでしょうか。


マレンジスの彼らを『エルフ』と脳内翻訳しているユーリであるが、遥か昔……それこそ、トールキン教授がかの有名なファンタジー作品を発表する以前の人々のエルフ族のイメージと言えば、邪悪な怪物だとか、そういったイメージだったという。『エルフ族とは、耳が尖っていて森を愛する華奢で美男美女種族』という連想に塗り変わったのは、地球でも最近の話だとか。


子爵にしてみればエルフとは、それこそ私にとっての、黒かったり茶色かったり飛んだりして、北海道には存在しないらしい某Gと同じような立ち位置なのでしょう、きっと。あれが自分の祖先だなんて……確かに、考えたくもないおぞましさです!


“……なあユーリ。俺はいったいどこからツッコめば良いんだ?”


ををを……と、頭を抱えているユーリの脳裏に、偉大なるご主人様からの脳内通信が入ってきた。

殆ど同時に、階下から複数の人が騒ぐ声や物音が聞こえる。いったい何の騒ぎだろう。


“ゲッテャトール子爵邸に強制捜査だ。地下室に結界張ってあっただろ? その術を解析せなならんし、瘴気の砂は所持しているだけで危険な毒薬だ。さっきまで警備と突入部隊がいがみ合ってたんだが、婆さんがブチ切れやがって”


は、はい? え、ベアトリス様が?

違法薬物所持による強制捜査……魔術師連盟には、捜査権なんてあるんですか!?


“魔術を犯罪に使用した術者の取り締まりと、世界浄化派に関してはな。魔術師を巡る騒動は、魔術師が解決しろっつーお上の意向らしい。

あああクソッたれ、何も知らねー使用人を人質に立て篭もりやがって!”


……何やら、少なくとも三階ぐらいの高さにある書斎で子爵が親戚筋の青年らから詰問されていたのと時を同じくして、ゲッテャトール子爵邸の一階では大騒動が勃発していたらしい。

道理で、主人であるゲッテャトール子爵の書斎の壁が爆破されようとも、警備や側仕えの人間がすっ飛んでこない訳だ。

しかし、アティリオが書簡を飛ばしたのは本当につい先ほどの筈。にも関わらず、もう本部から人が集まってきているなんて……今回の捕り物はよほど、スピーディーに運ぶよう念入りな計画が立てられていたもののようだ。


“地下の隠し通路の出口は念の為に張らせてるが、書斎の方も抑えとけっつー指令が、婆さんからアティリオに届いてる筈だ。今下りてくんのは逆に危ねえから、上でじっとしてろ、もうすぐ迎えに行けるからな”


宥めるようなカルロスからのテレパシーに、ユーリはもう一踏ん張りらしいと了承の旨を返す。本来なら不参加であった筈の今回の捕り物に、階下では駆けつけてきたカルロスが混じっているのだとすれば、今すぐにでもそちらへ飛んで行きたいけれども……彼女が下りて行ったところで、足を引っ張ったり要らぬ怪我を負ってしまう可能性が高い。


ご老体を労るでもなく、せっせと執務机を再び漁り始めたブラウと、せめて何か拭くものは……と、ドアの向こうの様子を探っているアティリオを見比べて、杖を子爵閣下のお側にそっと置き、ユーリは悩んだ末にアティリオの後を追う。

アティリオとブラウ、ユーリにとってはどちらも信用出来ないのは同じだが、得体の知れないブラウよりもまだ、ユーリの正体がバレていないアティリオの方に軍配が上がったのだ。


書斎に一つだけあった大きな両開きのドアの向こうは、主寝室になっているらしい。

巨大な天蓋付き寝台が中央に置かれ、揺り椅子にガラステーブル、キャビネットにはお酒らしき瓶。


物音に気が付いたのだろう。アティリオが振り返って口を開く。


「ティカ、見て、僕らの荷物がこんなところに纏めてあったよ」

「えっ!?」


アティリオが、見覚えのある高そうな生地で出来た袋を振ってみせるので、寝台を回り込んでみると……確かにユーリが抱えていた麻袋がぽつねんと置いてあった。

ホッと安堵すると共に、荷物につられて思わずアティリオのすぐそばに駆け寄ってきてしまった。恐る恐るそちらを見上げると、ふわりとした笑みとぶつかる。


「……中身、何か無くなっていないか確認したらどうかな?」

「は、はい」


袋の口紐は開けられた形跡があり、中身を確認する手が少し震えてしまったが、エストからのプレゼントであるぬいぐるみも、主のお下がりのお洋服も、きちんと揃っている。思わずギュッと胸元に袋を抱き寄せた。


主、主、私……早く家に帰りたいです。

だって、この人のこんな顔なんか見たくない。これ以上知りたくない、関わりたくない。

彼は私にとっての殺人鬼、どちらが本当の姿なのか分からずに混乱するなんて、そんな事になったら。もしも私が子ネコ姿でアティリオさんに遭遇した時に、躊躇ってしまうかもしれない。彼はもしかしたら、とても優しい人なんじゃないか、なんて。

危機感がどこかへ行ってしまって、そのまま命を刈り取られてしまうかもしれない。


“ユーリ、大丈夫だから。もうすぐ迎えに行けるから、だから今は、俺の頼みをきいてくれないか”


ユーリの目を通して、寝台からリネンのシーツを剥ぎ取るアティリオの背中を眺めているらしき、主人の感覚がする。


頼み? 私はあなたのしもべです、主。

主の願いを、望みを叶える事が、私の存在意義です。


この主人が、改まって頼み事なんて珍しいなと考えながら答えると、カルロスから意外な願いを告げられた。

ユーリは唇を湿らせて、主人の願いを叶えるべく口を開く。


「アティ……さん」

「ん、どうかした、ティカ?……ああ、そうか。

ごめんね、ゴタついてて。連盟から人が来る手筈になってるから、ブラウが後始末を終えたら、すぐにでも君を送っていってあげるから。今は下はちょっと……騒がしい事になってて」


どんな状況になっていようとも、『まだ子供であるティカ』を不安がらせないようにと気を配っているらしきアティリオは、困ったように曖昧な説明を口にする。

しかしユーリは今の状況を問いたい訳ではなく、早く帰りたいと、アティリオに駄々をこねたいのでもない。


「アティさんは、どうして、ご自分のお母さんの事を馬鹿にされたのに、怒らなかったんですか?」

「……急に、どうしたんだ?」

「さっき、壁に隠れてたら、耳に入ってきました。

ご自分のご両親の事を悪く言われて、怒って良いと思うんです」


相変わらず、私は思った事を上手く喋る事が出来ないな……と、自分の口下手さに悲しくなってくるが、たどたどしいユーリの訴えを理解したらしきアティリオは、困ったように頬をかく。彼が手にしていたシーツを引っ張って、ユーリが折り畳むのを手伝ってやると、ポツリと零した。


「……僕も疑っていた事だから、ね。人からそう断言されたら、『ああ、やっぱり』って、心のどこかで考えてしまって……怒りなんて湧いてこなかったな」

「本当のご両親じゃないと、思っていらしたんですか?」

「僕はほら、見た目がこんなだろう? 昔から奇異の目で見られて……僕の両親も、弟も、親戚も、全員人間なんだ。そんな中にハーフエルフの僕が独りで」

「でも、アティさんが自分の息子じゃないと思っていたりすれば、お父さんはあなたを育てたりしないと思うんですけど……」


人間の両親にハーフエルフの息子だなんて、後ろめたい事があるのならば誰の目にも明らかではないか。


「昔は僕も、そこまで考えが及ばなかったな。

お祖父様から連盟の学院に通うよう言い渡された時も、追い出されたように感じられて……

そうしたらブラウの奴が、『兄さんは先祖返りであって、僕の従兄弟である事に変わりはありません!』とか言い出して、変装して連盟の学院に通い始めて……あの頃はブラウの奴もまだ可愛げがあったのに、どこでどう道を間違えたんだろう」

「間違えたのではなく、単純に喜び勇んで道を飛び降りながら踏み外したんだと思います」

「……」


突如として話題がブラウの今昔にすり替わった。よほどあの従兄弟の現状には頭を悩ませているのか、アティリオががっくりと肩を落とす姿はなかなかに面白い。


“……ちょっと待て。あのブラウリオの野郎は独学じゃなくて学院に通ってやがったのか!? だがアティリオに懐いてた後輩なんざ、昔っから女だらけ……まさか、ルティか!”


主、何を焦っていらっしゃるのです? そもそもルティって誰ですか。


「あっちからは家を継げと言われたり、こっちからはハーフエルフは相応しくないと言われて、正直なところ、どうして僕は人間に生まれなかったのかってうんざりするよ。

でもね、学院に通って魔術を学んでた時も楽しかったし、今、連盟で仲間達と一緒に働く事も楽しいんだ。魔術師である自分は、好きだから」


“……アティリオは、ずーっと俺に突っかかってきてたんだよ。

俺にはアティリオの苦悩が分からない上に、コイツの立場が羨ましくて、アティリオは俺が羨ましい。

俺は見た目人間と変わらなくて、貴族の義務に縛られてる訳でもなくて、術者。アティリオにしてみりゃあ、理想的な立場なんだろうな”


いわゆる、隣の芝生は青い、ってやつですか。


カルロスがアティリオを羨む理由なんて、考えるまでもない。

もしも主人が大貴族の跡継ぎだったならば、大手を振って愛おしい令嬢の手を取り、愛を囁き、抱き締めて慈しむ事が出来るのだから。


“ん……俺もアティリオも、そこを理解してるから、絶対に『お前が羨ましい』とか、ハーフエルフだから云々とか、そういう悩みは口にしねぇんだ。『君には分からないさ』とか言い捨てやがって。なあ、水臭せえだろ”


そうですね、主。


カルロスからのテレパシーに首肯しつつ、ユーリはぽんぽんとアティリオの頭に軽く手を置いた。長年の付き合いのくせに、素直にお互いを『友人だ』と認められないところだとか。心配しているのに、自分では面と向かってそう言い出せない主に代わって。

だからこれは、ユーリがアティリオに気を許した訳ではなくて、あくまでもアティリオを気にかける主人の代行だ。


「ティカ?」

「もしもあなたが人間だったなら、きっと魔術師と関わる機会は減っていたんじゃないですか?」

「そうだろうね」

「じゃあ、良い仲間と出会える姿に生んでくれてお父さんお母さんありがとう、ですね」

「……そうだね」


アティリオは、彼の頭に置かれたユーリの手をそっと持ち上げて……どうして、そんな泣きそうな顔をするのだろう。


「アティさんが魔術師の自分を好きで、そんな風に思えるように生んでくれたお母さんを馬鹿にされたら、やっぱり怒るべきだと思うんです」

「ありがとう、ティカ」


だからどうして、泣きそうな顔のまま笑ってみせるのだろう。そして、掠れた声でお礼を口にするのか。ユーリはあくまでもカルロスの代行であって、アティリオの友人ではないのに。


「もしも~し? お姫様と良い雰囲気なところ悪いんだけどさあ、アティ兄さん。ボクも兄さんに聞きたい事があるんだけど?」


寝室と書斎を繋ぐ、開け放たれたままのドア、そこにいつの間にやら佇んでいたブラウが、ゴンゴンと乱雑にノックしながらそんな声をかけてきた。

そちらに目をやりつつ、ユーリはアティリオに取られていたままの自らの手を引っ込める。シーツを畳む為に下ろしていた麻袋を拾い上げて、すがりつくようにギュッと抱き締めた。


「……調べ物とやらはどうした、ブラウ」

「だぁって、気になる話題が耳に入ってきちゃったら、ねえ?」


こちらに同意を求められても困るのだが、会話が耳に入ってくるのはあくまでも不可抗力だ! という状況に関しては、ユーリも多分に身に覚えがある。


「アティ兄さんは婚約話が持ち上がってる、さるご令嬢の事はどう思ってるのさ?」


うむ。それは私にとっても非常に気になる質問だ。

良いぞ、そのままエストお嬢様との婚約話に関して、根掘り葉掘り聞き出して下さいブラウのあんちゃん!


“うお、誰だシャルを起こした奴は!?

ユーリ、後は頼んだ!”


って、え? 主に眠らされてたシャルさんが起きたんですか?

……って、テレパス回線切断されてるし。いったい階下の状況はどうなっているんでしょう……


「は? いや、それはわざわざ今、口にするべき話か?」

「今でなくていつ聞けと?」


カルロスとのテレパシーが途切れて不安を抱くユーリはさておき、ブラウから振られた話題に何故か焦ったように、わたわたと畳んだシーツを振り回しつつ室内のあちこちに目をやるアティリオ。


「兄さんと違ってボクは予定が詰まってて、今日この時を逃したら、アティ兄さんとろくに話す時間も取れないんだから」


紫色の口紅がぽってりと厚塗りされた唇を尖らせて、ブラウはおもむろに自らのカツラ、金髪縦ロールをかきあげて右耳を露わにする。


「彼女、普段はここにピアスしてるんだよ、知ってた? アティ兄さん」

「いや……彼女は綺麗なウェーブヘアーだし、そういえば耳なんて見た覚えがないな。

……そんな事を、お前が何故知ってるんだ」


ユーリが居合わせているせいで、エステファニア嬢と名を口にする事は躊躇われたのか、彼女とだけ形容されて従兄弟同士の会話は進む。


「晩餐会では、髪を結い上げてたんだよ。その時にピアス穴に気が付いてさ……それも、空いてるのはどうしてか片方だけだよ?

ピアスを着ける習慣があるなら、何でわざわざ晩餐会ではイヤリングにしたのかなあって、疑問に思うじゃない。だから、ご令嬢が滞在中はそばに張り付いて観察してみた訳だ」


ブラウの悪びれない発言にユーリは、パヴォド伯爵ご一家がアルバレス侯爵家の居城滞在期間中の、ブラウの行動についてを思い返してみた。

エストに頻繁に接近してくるブラウを、セリアが毛嫌いしたり、グラが無言のまま彼を遠ざけようと冷戦を繰り広げたり……まさかブラウは、エストを口説くのが目的ではなく、観察しようとしていたのだとは、思ってもみなかった。


「……いったい何をやってるんだ、お前は」

「失敬な。観察の傍ら、完璧にエスコートしてみせたよ!

で、彼女が普段身に着けてるピアスを見掛ける機会があったんだけど……あれは彼女、想い人がいるね。それも、身分が釣り合わない男だ」

「な、何を根拠に、おま……」


アティリオさん、主とエストお嬢様の微妙なる関係をご存知なのでしょうか。物凄い動揺っぷりです。ええもう、かえって挙動不審です。


「そりゃあ、ご令嬢が身に着けるには相応しくないイミテーションのピアスを、後生大事に豪奢な髪の毛の下に隠してればね。

晩餐会で外してたって事は、ご自分と相手の立場を理解してるって事でしょ?……あのピアスは、彼女の明確な意思表示だ。

で、兄さんのその反応からして、彼女の想い人が誰かも知ってるみたいだね」

「さ、さあ……僕にはなんの事だかサッパリだな」


ドアに軽く背を預け、出入り口を陣取って横目で従兄弟を眺めやるブラウに、アティリオは実にバカ正直な表情を浮かべて思いっきり顔を背けた。


「……ふうん、なるほど?

ボクは彼女、良いと思うよ。

流石は王の妃になるべく育てられたご令嬢だね。思考は柔軟で利発、機転が利いて、見目麗しく、人心を掴む事に長けてる。

彼女がアティ兄さんの奥さんになれば、2人とも幸せになれると思うけどな」


ブラウがいくらエストを絶賛してくれても、なんだかちっとも嬉しくないユーリである。

自分で狙っていた訳ではなくて、従兄弟に相応しいかどうかが気になって検分していたのだとしても、だ。ユーリとしては、『エストお嬢様は主のお嫁さんになって、主とお幸せになるんだから!』と、声を大にして言いたい。


「……僕の婚約話なんかにかまけていないで、お前は自分の心配をしろ!」

「えー? いや、兄さんの方がはっきりしないと、ボクも誰との話を進めるべきか方向性が定まらないんだけど……

兄さんが、連盟での仕事を大切に思ってる事は知ってるよ。でも、大大叔父様のような考えの方を一門の長として纏め上げる事が、アティ兄さんに求められている役割だ」

「分かっている。僕がどっちつかずな態度のままでいれば、おのずと一族の意見は割れる」

「我らは王国の盾にして矛、忠誠を捧げし我らが王の歩みし道を切り開き、付き従う者ならば。王よ、未来を見据えたまえ。我らの屍を振り返りめされるな」


ブラウは歌うように謎の言葉を口ずさみつつ、スタスタと書斎の方へと戻り、不愉快そうな表情のままこちらを睨み付けてきているゲッテャトール子爵の肩を、ぽんぽんと叩く。


「という訳で、大大叔父様。どうやらアティ兄さんはお陰様で、爵位継承を放棄する意志はなさそうですよ。

むしろこう、大大叔父様が背中を押して下さったようなものですね。あははは!」


アティリオは無言のまま、タオル代わりにシーツで子爵の濡れたお体を拭おうとするのだが、老子爵閣下は甥の気遣いなど不要とばかりに振り払い、先ほどユーリが拾い上げた杖をしっかりと絨毯に突き、背筋を伸ばしてこちらを睨み付けてくる。

ユーリがそっと寝室から書斎に足を踏み出し、下の様子を見てみようかとバルコニーの方に足を向けてみても、やっぱり子爵の視線は彼女に固定されている。


……えーと、これは『お前は誰じゃ』って眼差し……?


「ゲッテャトール子爵、彼女がどうかしましたか」


お前が僕を攫うついでに誘拐してきたんだろうが、と言いたげなアティリオの問いに、子爵は一歩ユーリへと距離を詰めてくる。

アティリオもブラウも、子爵閣下がユーリへ危害を加えるとは考えていないのだろう、彼の行動を止める素振りも無い。ゲッテャトール子爵は誇り高き貴族であり、縛されるまでもなく審問の場に立つ人物であるから。


思わず一歩、ユーリは後退る。

すっかりと今回の誘拐事件は解決されたようなつもりでいたが、そういえば、疑問点はまだまだたっぷりと残されていたのだ。

エルフ族が嫌いなゲッテャトール子爵が、世界浄化派に組する連中が、何故、魔術遮断結界などというものを用意してまで、アティリオとブラウ、ユーリを地下に放置していたのか。

身包み剥がされていても不思議ではなかったのに、何も盗られていない。けれど、荷物は一度開けられた形跡がある。そして、それが置いてあった場所は主寝室となれば、子爵自らが荷を改めていたという事になるのか?


……いったい、この人は、何を考えていたの?


「……黒髪に黒眼、しかしザナダシアの民ならば必ず持つ褐色の肌を持たぬ子供……

姿が見当たらぬと思えば、隠れておったか」

「……黒髪に黒眼はザナダシアの民の特徴ですが、ティカの肌はザナダシアの者ではないからでしょう? 大大叔父様?」

「黒髪の娘、そなたは何者か。世界浄化派の者が探しておる子供とは、そなたで間違いは無いのか」

「……は?」


ゲッテャトール子爵の問いに、ユーリの理解が追い付かずに首を傾げた次の瞬間。

天井から舞い降りてくる黒ずくめの人物が2人と、ユーリの背後で勢い良くガラスが突き破られた甲高い音が響く。


……そうだ! 何か引っ掛かると思ったら、私とアティリオさんを誘拐した実行犯は、あの手際の良さは間違いなく『未熟なスパイもどき』なんかじゃなかった……!


「……大大叔父上!」

「ちっ!」

「……しゃっ!?」


ユーリの喉は、声が絡みついたように上手く言葉が発せられないまま。

背後から飛来した銀色の輝きはユーリの前に飛び出し、黒ずくめはそれに咄嗟に対応出来ぬまま、こちらに向かって黒い粉のような物を振り撒いてくる。それは当然、彼女の前に庇うように躍り出た銀色の獣へと降り注ぐ。


……全ては一瞬の出来事だった。



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