表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/168

閑話 ご主人様からみたわんことにゃんこ そのよん

 

前々から分かっていた事ではあるが……我が家のわんことにゃんこは基本、アホだ。


カルロスは自室にて1人机に向かっており、エストからの贈り物である、『ペットと暮らす楽しい生活』のイヌとネコを飼う際の悩み相談が寄せられているページを、パラリと捲った。

やはり、それぞれの種族的特徴が異なるイヌとネコを共に飼う場合、よそでも様々な問題が生ずるものらしい。


カルロスの場合、群れで暮らす生き物であるイヌを先に家に迎えており……内容を要約するとつまり、イヌにとって慣れぬ存在であるネコに吠えつくといった行動によって、ネコがストレスを覚えぬよう、イヌが入り込めないネコだけのスペースがあると良い、といったアドバイスが書かれていた。

要するに、イヌとネコの距離感というものは、飼い主の都合を押し付けたりなどせず、本人達に図らせるのが一番という事だ。相性が悪い子は何年経っても緊張状態だし、相性が良い子はとっても仲良し。


……という事を念頭に置いて、喧嘩上等とばかりに本人達の好きなようにさせていたのだが……いかんせん、カルロスさんちのわんこはとてつもない捻くれ者だった。情緒が未発達で自分の感情に鈍いというのも、大問題である。

『女の子は大事にしろ』と教育してきたはずであるというのに、わんこの心無い台詞にぴーぴーと泣くにゃんこ。


自分の庇護下にあるしもべのユーリを、主人としては傷付けられるなど容認する事は出来ない。それが例え、もう一方のしもべによるものであったとしても。

あくまでもユーリはカルロスに従う存在であり、シャルに彼女の尊厳を侵害する権利など無い。逆もまた然り。


……長くなったが、つまりカルロスはシャルへのお仕置きとして、ユーリをちょっと離れた場所に避難させてみたのである。

ユーリと突如引き離されたシャルはと言うと、家の中を無意味にウロウロウロウロしたり、ユーリが放置していったシーツを洗い直して呆けたりと、実に分かりやすい反応を示し。そのくせ、そんな自分の行動が普段と変わらないなどと思っている。どこまでアホなんだお前は。


『ユーリを苛めるようなら、お前を元の世界に送り返すぞ』と脅しつけてみたところ、わんこはにゃんこの下へとすっ飛んで行った。ユーリと一日離れていただけで、最早耐えきれなくなっているその現状に、早く気が付け。

俺が言った言葉で、シャル本人の中では『行きたくない世界に、送り返されるのは嫌だから』ユーリに会いに行った事になっているらしい。

渋々、全速力で、ユーリの側から人の気配が離れるのを、まだかまだかと苛々しながら物影に隠れてジッと待って。もうその時点で、シャルの行動は矛盾だらけなんだが……何故か、本人の中では統合性が取れている事になっているらしい。つくづく謎だ。


オマケに、カルロスが気を利かせて、ユーリを喜ばせるべく花を持参していくようにと助言したにも関わらず、本当にただ『エストに渡す為』だけに花を持って行き、ユーリには見せるだけで期待させた挙げ句に落胆させるだとか。

もうアホ過ぎて、内心しょげかえるわんこやにゃんこを、フォローしてやる気力すら萎える。細やかなプレゼント贈呈ぐらい、スマートにこなせんのかこのアホイヌは。


そして明日はようやく、王都に到着したパヴォド伯爵家の方々の下に、ユーリを引き取りに向かうところだ。

ついでに本部にも顔を出して、調査不足が判明した調べ物をこなして……


最近の愛読書となりつつある本をパタンと閉じ、机の上の定位置の本立てに仕舞うと、カルロスはイスから立ち上がって改装中のシャルの部屋へと向かった。

コンコン、と、半開きになっているドアを軽くノックをすると、中からイヌバージョンのシャルが尻尾を揺らしつつ出てきた。


「シャル、しっかり用意は出来てるか?」

「はい、マスター。

タンスもしっかり備え付けましたし、鏡台もありますし、テーブルとイスに、衝立もあるんですよ」


カルロスに室内の様子を見せるシャルは、どこか自慢げに語る。『褒めて褒めて』と言いたげに尻尾を振って見上げてくるシャルを撫でてやりつつ、カルロスは改めて室内を見回した。

室内のど真ん中を遮る折り畳み式の衝立に、片側にはミニテーブルとイスが置かれ、鏡台とタンスが壁側にちょこんと置かれている。衝立を挟んで反対側には、シャルの服が入ったタンスに、すっかり部屋の片側へと追いやられた寝藁が敷かれている。何気に、今まで剥き出しだった寝藁の上には、シーツが広げられていた。


「……まあ、必要最低限、ってところだな」


数日しかない準備期間で、そこそこ調えられた方だろう。ユーリには衝立が必要かもしれないと考えつく辺り、シャルもそれなりに成長したらしい。


この部屋をユーリが喜ぶかどうか、と尋ねられれば微妙なところであるが、カルロスの家の中で空いている部屋といえば玄関脇の控えの間ぐらいである。そこは本当に細やかな『待合室』であって、言わば玄関口と同じようなもの。そんなところににゃんこのお部屋を用意する訳にもいかない。


ではどこが適当か……となると、殆ど家具が存在しないシャルの私室と相部屋にさせる、ぐらいしか選択肢が思い付かなかったカルロス。

ユーリ本人は、シャルと同室というのは戸惑うかもしれないが、シャルの方はあっさりと了承して、にゃんこを迎え入れるべくいそいそと家具を揃えたりと、大歓迎状態である。何故その状態で本当に理解していないのか。


ユーリ、心の中じゃあ自分の部屋欲しがってたもんな。でもあいつ、空き部屋が無いからって結局遠慮して言い出さねえし。


そんなユーリだから、同僚と相部屋状態で彼女の部屋を用意されていたとしても、怒り出したりはしないだろう。喜ぶか、戸惑うかは別問題として。

ともあれ、自宅増築の大改装を行うか、もっと広い家へお引っ越しをするにしても、なるべく結婚をその機会にしたいとコツコツと貯蓄しついるカルロスにとって、可愛いにゃんこの為であっても、安易にお家の増改築に手は着けられない。


カルロスの道義心や道徳的な観点から見ると、男女同室というのは却下するべき案な訳であるが……それもこれも、全てはわんこの為である。

これでユーリが、シャルの事を望んでいないのであれば主人としては困ったものだが、幸いというか上手い具合に相性が良かったらしい。

あとはこれで、カルロスが横から手出しする事無くシャルが自覚して、そのまま成就してくれれば良いな、と思うのだ。何せあのにゃんこは、十年以上掛けてようやく現れた唯一条件に合う娘なのだから。

だが、カルロスにとっていくら可愛いわんことはいえ、あまりの鈍さにイラッとしたりもするので、今後も多少のお仕置きは必要かもしれない。


元の世界では、バーデュロイの富裕層並に衣食住に困らぬ生活を送ってきたユーリにとって、この家での節約生活に慣れないのは当たり前だ。覚束ないながらも、それなりにこちらでの生活に慣れてきたようだし、彼女の部屋ぐらいは用意してやりたいのが親心。……イヌが入り込めないネコだけの避難スペースには、エストが最適であると、今回のにゃんこの骨休めでよく分かった事であるし。


明日はせっかく王都に行く事だし、にゃんこに服でも仕立ててやるか。

……いや、生地を買ってやったら、自分で縫うのかあいつは?


ユーリの故郷の被服事情に思考を巡らせてみたカルロスは、既製服で溢れかえっている状態に、マレンジスとの甚だしい常識の違いに少し頭痛がしてきた。

既製品もあるにはあるが、服といえばオーダーメイドによる注文、もしくは生地を購入して自ら縫うのが当然の世界で暮らしてきたカルロスにとって、にゃんこの故郷は物質的な選択肢が多すぎて、恐怖すら覚える。


裁縫や縫製の知識が無い訳ではなさそうだし、それは本人の意志に任せるとして。カーテンを取り付け、鎧戸が開け放たれているその窓を見やったカルロスは、改めてしもべ2人のお部屋になるその室内に視線を巡らせて……何か違和感を覚えた。

必要最低限の家具はある。

やや手狭な印象を受けるのは否めないが、しかし何かが足りていないような居心地の悪さ。


「なあシャル?」

「なんでしょう、マスター?」


ここ数日、お部屋の改装を楽しそうにやっていた、最早ご主人様であるカルロスの目からは、『恋しい女の子と過ごす愛の巣作り』に、目をキラキラさせて準備を調えていたようにしか見えないわんこ。カルロスは考え事をしている間も、延々彼の毛皮を撫で回していたのだが、距離を取る事無くされるがままになっていた。


「ユーリのベッドが見当たらないんだが、お前はあいつをどこで寝かせるつもりだ?」


それともなんだ、わんこよ。

お前はにゃんこに部屋を用意してやっても、それでもにゃんこを俺と添い寝させる気か? ここでお前がそう答えたりしたら、例えシャルの本心がどうであれ、俺はこの先ずーっとお前とユーリが共寝するのは許さんが?


『息子は可愛いが、父親としては娘の方がもっと可愛い』などという、幼い息子と娘を持った親バカ的心境を味わってしまっているカルロスの、そんな様々な意味合いを含めた問い掛けに、シャルはパチクリと瞬きをしながら主人を見上げて答える。


「何の事ですか、マスター?

もちろんユーリさんは、ここで寝るんですよ?」


そう言いつつわんこは、タトタトと軽快に床を移動してシーツが広げられている寝藁の上に、おもむろに横たわった。


「……」


相変わらず目をキラキラさせつつ、機嫌良く尻尾をふりふりしながら、ユーリとの同室生活に期待を寄せているらしきわんこ。


……うん、そうだな……お前、なんだかんだ言いつつ、ケモノだしな……告白とか交際とか婚姻とかぜ~んぶすっ飛ばして、異性だろうが共寝が当然なんだな……


念の為にシャルの思考を追跡してみるも、わんこの中でようやく群れの一員と認められたらしいユーリは、子ネコ姿でイヌバージョンのシャルの前脚にもたれて寝入っている映像ぐらいしか、彼の頭の中には浮かばない。

要するに、カルロスの中でシャルとユーリが保護すべき幼子、我が子に近い感覚を抱くのと同じように、シャルの中でユーリの群れでのランクは『自分の兄弟格』であると理解しているらしい。


本来はどうだったのかは分からないが、少なくともバーデュロイで暮らす事を余儀無くされたシャルは一人っ子状態で、何気に自分と対等で競い合える兄弟が欲しかったようで……


待て。

もしかしたら本当に、シャルにとってはユーリはそうでしかないのか?


新しくしつらえた寝床の上で、ウトウトしだしたシャルの頭の中を再びこっそりと探ってみるが、カルロスとしては確定的だと思われるシャルの記憶も、そうなると多少怪しくなってくる。

あくまでもカルロスの思い込みであって、全てはまだまだお子様であるわんこの、ユーリにたいする甘えでしかないのだとしたら。


「……まあ、そのうち発展するだろう」


カルロス自身だとてほんの数年前までは、まさかエストへの愛情が異性にたいする恋愛感情に育つだなんて、思いもしていなかった。

今現在、情緒未発達なシャルの中で、子供特有の甘えと独占欲しかユーリに向けていないのだとしても、いつまでもそのままだとは考えにくい。


廊下と室内の魔法の灯りを消して、カルロスはシャルの傍らに寝そべった。いつもの「ぐー、ぐー」という彼の寝息を聞いていると、その平和さに自然と笑みが漏れてくる。


……取り敢えず。

ユーリはこの先も、寝る時には必ず子ネコ姿にさせておこう。

このケモノなわんこの『自覚を促す心理的発展』は、十中八九ヤバい方向性である予感がしてならない。というか、オスとしてのごく自然な成り行きというか……



そして夜が明け、寝ぼけ眼のカルロスを熱心に促して、早朝から猛スピードで王都へと飛ぶシャル。本当に、これで無自覚なのはどうしてなのだと、厳しくツッコミを入れたいほどの喜び勇んだ様子のわんこの背中に張り付いて運ばれたカルロス。


王都にあるパヴォド伯爵家の屋敷を訪れ、朝から出迎えてくれたセリアに礼を口にしつつ、抱き寄せた子ネコ姿のユーリは……


“わ~い、主ーっ!”


相変わらず可愛かったが、その前足で掴んでいる物体が、その愛くるしさを芸術的なまでに高めていた。

どこからどう見ても、シャルの姿を模してあるとしか思えない銀色のぬいぐるみを掴んで離さず、キョトンとした表情で小首を傾げてカルロスを見上げてくるユーリ。


「せ、セリア、ユーリが掴んでるこのぬいぐるみは……?」


カルロスが、『ぬいぐるみと子ネコ』という素晴らしい情景から目が離せないまま問うと、


「エストお嬢様の、渾身の作品です……

素晴らしいと思いませんか、カルロスさん!?」


力強い声がして、カルロスは腕の中のユーリをぬいぐるみごとぎゅむっと抱き締めつつ、同志として共感を覚えたセリアに向けて、しっかりと首肯した。


「ああ、こいつはすげぇ……まさにエスト万歳だ!」

「ですよね! エストお嬢様はわたしが考えるよりも遥かに、可愛さへの道をご存知です!」

「ネコにぬいぐるみ!

しかも、サイズが同じぐらい! 色彩の対比が鮮やかなぬいぐるみをぎゅーぎゅーしたユーリ!」

「可愛さが罪な子ネコ! むしろこの可愛さを増したエストお嬢様に乾杯!」


当人同士では通じ合っているのだが、他人には計り知れない方向へとヒートアップする一方であるカルロスとセリアの会話に、ゴホンゴホンと咳払いが挟まった。


「ああ、セリア。そろそろエストを起こす時間だろう」


カルロスと人間の姿のシャルが通された応接間のソファに、ずっと腰掛けていたのだがセリアが連れて来たユーリによって場が謎の盛り上がりを見せ、話についていけれなかったグラが、無表情のまま促した。


「はい、失礼致します」


先ほどまでの興奮状態はどこへやら、一転して落ち着いた素振り……を精一杯装っているらしきセリアは、応接間から退室してゆく。


「失礼しました、グラシアノ様」

「いや」


ユーリをシャルの腕に預けてから、改めて伯爵家の公子に向き直り礼を取るカルロスに、グラは相変わらず言葉少なく寛大な心を示す。


もしも、幼い頃のグラシアノ様が俺を拒絶せずに、そのまま守り役に収まっていたら……俺は今頃、どんな人生を送ってたんだろうな。エストの時のように、性別の問題で女性使用人にその座をすげ替えられる事なんて、まず無さそうだが。

……まあ、それも全て昔の事だ。


それよりもまず問題なのは。


「にゃ?」

「……」


カルロスの背後で、やたらと不穏な空気を醸し出して、腕の中のにゃんこを怯えさせているわんこである。

シャルはどうやら、ユーリが抱えたぬいぐるみが非常にお気に召さないらしい。というか、カルロスが軽く思考を追跡してみたところ、『ズタズタに引き裂きたい』という衝動を、抱えているようである。


シャル、エストが丹精込めて縫ってくれたぬいぐるみに手ぇ出したら、タダじゃおかねえぞ?

つうか、ユーリはまた泣き出して、「もう地球に帰りたい!」って言い出すかもなー?


カルロスがそんな心の声を飛ばすと、シャルは戸惑ったように瞬きをして、落ち着かない様子でこちらにチラチラと視線をやってくる。どうやら、暴力衝動は収まったらしい。


順調にわんこの情緒が育ってるのは、実にめでたい。

お前のお間抜け加減には、もう十分慣れてきたつもりだったが……初ヤキモチの対象が無機物ってなんだ、シャル。そこはせめて生き物に嫉妬しろ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ