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にゃんこ、家出(?)する

 

ある日、パパが私を抱っこして頭を撫で撫でしながらこう言いました。


「良いかいユーリ?

お前は今とは違う環境に出て、避けては通れない成長段階を乗り越える事も必要なんだよ」


だから私はお行儀良く、こう返事をしたの。


「にゃーにゃ、うにゃうー(はあ、主……とどのつまりは何が仰りたいのでしょう)?」


その言葉を聞いて、パパはにっこり笑ったわ。


「とどのつまり、どうせやるならとことん徹底的に、あのアホイヌ……おっと。

シャルから離れて、お互いに頭を冷やしてみたらどうかな」


そう言って、パパは私をママのところに預けたの。



……と、何か記憶を無理やり誤魔化して、ほのぼの思い出語りのような回想に耽っています、ユーリです。

私は今……


「相変わらず君は大人しい子だね、ユーリ」

「お父様、そろそろわたくしにもユーリちゃんを抱かせて下さいまし」

「ははは、エスト、お前は本当はネコが飼いたかったのかい?

実を言うとね、私も子供の頃はネコが欲しかったんだよ」

「まあ、幼い時分のあなたも可愛らしかったのね」

「フィデリア、その言い方ではまるで、今でも私は可愛らしいようではないか」

「その通りでしてよ?」


パヴォド伯爵と夫人、令息と令嬢の乗る「あははは」「うふふふ」と涼やかな笑い声の絶えない馬車の中で、恐れ多くも伯爵閣下のお膝の上で撫でられつつ日向ぼっこ状態で……あ、今、エストお嬢様の腕に渡されました。

すみません、私、バトンじゃないんですけどー……


今度はエストお嬢様のお膝の上で丸くなりつつ、ユーリは小さく溜め息を吐いた。

要するに彼女の主人は、なんだかんだと理由をつけつつ、離れている間もエストと繋がりを持っていたかったのではないのか? などと勘ぐりつつ。


ユーリの遍歴を簡潔に表すと、こうなる。

『偉大なりし異世界の魔法使いカルロス様の、第二の使い魔ユーリ(本性人間/擬似種族ネコ)は、使い魔からランクアップして、パヴォド伯爵家の飼いネコになりました、まる』


……す、捨てられたんじゃないですよ!?

主人へと、共に協力しあって誠心誠意仕えるべき立場である同僚と喧嘩してばっかりじゃ、まともに仕事にならないからと、お互いにちょっとクールダウンしようか、って事ですよ。


け、喧嘩別れした上での、衝動的なプチ家出なんかじゃないんだから!

いや、主から「お前はしばらく、社交界デビューするエストの側に居てやってくれ」と命じられた際の気分としては、それに近いものがあるのかもしれませんが……

『パパ公認で、ママのお家へプチ家出するんだもん!』って……私はいったい幾つのお子さんですか。


子ネコ姿のユーリを腕に抱いたままパヴォド伯爵家へと向かうカルロスを見送るシャルは、ユーリと目が合うなり不機嫌そうにそっぽを向いて、のしのしと自室へと引っ込んでしまったが……

手を叩いて、シャルなんて嫌いだと叫んでしまってから、結局一言も言葉を交わす事なく伯爵家へと預けられて、今はこうして社交界シーズンに合わせて王都へと向かう伯爵家の皆様の乗る馬車に、同乗させて頂いている。


シャルさん、元気かな……


ユーリの脳裏には、別れ際に見た、彼の不機嫌そうな顔ばかりが思い出される。

撫でてくれる伯爵家の方々の手は優しくとも、出されるご飯はほっぺたが落ちそうなほど美味しくても、やはりここにずっと居たいとは思えない。


シャルさん……


ごめんなさいごめんなさい、何度心の中で謝ろうと、それが本人の耳に届かなければそれは同じ事。

家出二日目にして、ユーリは早くもホームシックを味わっていた。


そもそも、ユーリがこうしてエストの下へと預けられたのも、シャルではユーリと同じ仕事が果たせる訳ではないからだ、と、ユーリは自らを奮い立たせるべく、自分に言い聞かせる。

ユーリの得意とするところと、シャルの得手は全く異なる分野であり、彼が楽々とこなせる仕事がユーリには行えないからといって、それで自分を卑下する事は無い。


ユーリは非力で、無力で、他者を圧倒する戦闘能力など持ち合わせていない。

シャルが悪ノリして作ってみた唐辛子毒水の素と水鉄砲も、子ネコ姿では持ち歩けないのでそのままグリューユの森の家に置いてきた今、彼女が危機に見まわれた際、身を守る術は逃げ隠れする事のみ。

だが、それでユーリが役に立たないなどと、決め付けられてはたまったものではない。


か弱く、一見無害にしか見えない子ネコの姿は、彼女の正体を知らない相手の油断を招き、何も出来ぬと侮ってかかるが故に、不意打ちや隙を突く事が出来る。

そしてユーリは、本能のままに生きる獣ではなく知能を持った生物なのだから、自分自身で考える事が出来る。


自身の意志と判断で動き、主人へとのし掛かる負担を減らし、補佐をする。それが使い魔だ。

そして自分の適性や性質から自身を省みるに、愛嬌を振り撒いて懐に潜り込み、油断を誘い、主の目となり耳となり情報を得る事、数ある事実の中から重要性の高い真実を速やかに選別して奏上する事。

これは、相手に警戒心や脅威を抱かれない脆弱なユーリだからこそ、可能な役割である筈だ。


だからつまり、今のところカルロスへ向けて、彼女が可及的速やかに送るべき最重要な情報は……

ユーリはむむむ、と、精神を集中させて主人へとテレパス回線を繋いだ。


“どうした、ユーリ。何かあったのか?”


即座に返事を返してくる偉大なるご主人様へ向かって、ユーリはカルロスへと必ず伝えるべきと判断した、現在の最重要最新情報を伝えた。


主! どうですこの、ドレスの布地越しながらも柔らかい、エストお嬢様の太ももの感触は!


“……アホかお前はーっ!?”


嬉々として念じた重要情報を主人へと送り込んだところ、物凄い勢いでテレパス回線が切られた。

怒鳴り散らしながらも、意表を突いたせいか瞬間的に抱いた感情をうっかりしもべへと漏れ出させてしまい、主には喜んで頂けた事はしっかりと理解したユーリである。


頭の中が覗ける、今現在考えている事がリアルタイムで分かる、という事はつまり、視覚や嗅覚、聴覚や触覚も共有しようとすれば可能であるという事。

その感覚に集中して、頭の中にしっかりと思い浮かべれば良いのだ。


ふっ……なんだかんだ言いつつ、主も悲しい男のサガには逆らえないようですね。


カルロス本人といい、エストといい、パヴォド伯爵といい、『ユーリはエストに惚れているカルロスの使い魔』であるというのに。そんな相手に使い魔を預けたりなんかして、エストのプライバシーの侵害や、今のような普段のカルロスでは到底不可能なエストとのスキンシップ体感について、全く想定していないというのは驚きだ。

パヴォド伯爵がクォンの能力について、どの程度把握しているのかも、何を考えているのかだとて不明だが。

だが少なくとも『ユーリのパパとママ』は、そんな事は考えてもみなかったようである。


主のあの驚きようからして、間違いなくそんな下心は欠片も抱いていなかったようです。それぐらいの甲斐性や悪巧みをしてみせたら良いのに。

いや、冷静に考えたらそれって変態ですけど。自分の力を有効活用という意味では、有意義な使い魔の利用方法だと思いますのに。

エストお嬢様の方は……主に伝わる可能性を承知の上だとしたら、なんて大胆な方なんでしょう。いえ、無難に『クォンの感覚共有を詳しく知らない』と考えるべきなのでしょうが。


だがまあ、異性関係についてはプラトニックラブな主人をあまり、からか……いや、頻繁に強すぎる刺激を与えるのも拙い。

本当に危機的状況に陥った場合、止むを得ない理由でなく意図的に緊急救援信号が受け取って貰えなかったりしたら、目も当てられない。

ユーリにとって、最終手段がカルロスへのSOSテレパスなのだから。

悪戯半分に面白がって、狼少年ならぬ狼少女になるのは……


狼、というキーワードに、再び銀色の毛並みを風にたなびかせる、堂々たる天狼さんの佇まいを思い起こしてしまい、ユーリは「ふみぃ~」と、力無く溜め息を吐いた。


「どうしましたの、ユーリちゃん?

そろそろお腹が空いてしまったかしら?」


エストの膝の上から両腕の中へと抱き上げられ、ユーリは「みぃみぃ」と素直に甘えつつ彼女の滑らかな頬に頬擦りした。


「エストちゃん、そろそろお母様にもカルロスちゃんのニャンちゃんを抱かせて頂戴な」

「ええ、お母様」


ガタゴトと揺れる馬車の車内で、うずうずと期待を滲ませた表情を浮かべ、両手を差し出してくるパヴォド伯爵夫人。

そしてまたしても、真新しいぬいぐるみかリレーのバトンの如く、手渡される黒ネコユーリ。


「ウフフ、本当に可愛らしい子ネコちゃんだわ。

ねえあなた、カルロスちゃんからの一時預かりだなんて仰らずに、ずっと我が家で飼いませんこと?」


そんな発言をおっとりと申し出る、どことなく地に足が着いていなさそうな垂れ目のこの貴婦人こそ、エストの母君にして何か恐ろしいパヴォド伯爵の妻、レディ・フィデリアである。

ユーリの主である立派に成人男性なカルロスを、本人に面と向かってでさえ「カルロスちゃん」と呼び掛け、日々知謀策謀張り巡らせてます的パヴォド伯爵に、平然と「可愛いあなた」とか呼び掛けたりする、常識のぶっ飛んだ貴婦人である。


更に恐ろしい事にレディ・フィデリアは、彼女から三代遡れば国王陛下の御弟君、四代遡ればバーデュロイ国王陛下という、れっきとしたやんごとなき高貴な姫君、元・公爵姫である。

デビュタント前のエストが早くも、未成年の王子様の側妃筆頭候補に名を連ねているのは、そちらの繋がりらしい。


「いやいや、それはいけないよフィデリア。ユーリはカルロスの大事なネコだからね」

「ディオン。わたくしだってユーリちゃんが気に入りましたわ」


しかしこういった、唇を尖らせて夫にペットが飼いたいとねだるという、どことなく少女めいた普段の態度を拝見していると、レディ・フィデリアがいったい何を考えていらっしゃる方なのか、ユーリにはイマイチ分からない。

何も考えていないだけのほわ~っとした貴婦人が、女主人として采配を揮っていられる訳はないのだが……ふ、深いな、高貴な姫君という生き物は。


因みにレディ・フィデリアが時折口にする『ディオン』とは、察するに伯爵閣下のファーストネーム『エスピリディオン』からとった愛称のようである。


「それならまた、私達の可愛い子供達を増やさないかい、フィー?」

「まあ……」


そして伯爵閣下は、ふっと笑みを浮かべながら伯爵夫人の結い上げられた髪、その小さくほつれて零れるストロベリーブロンドに指を絡め、小さく口付けた。

子供の前であろうが堂々たる夫婦間スキンシップ、その一連の仕草には伯爵閣下、全く迷いが無い。

察するに閣下が口になされる『フィー』というのも、以下同上。


……えー、主のあの『馬車の中で髪を撫で撫で』は、どうやら伯爵閣下の普段の御行状に倣った行動であったようです。

てゆか、私を膝に乗っけた女性に対して行うのはデフォなんですか?


まさかこうして、第一印象がアレな伯爵閣下のイチャイチャ場面に居合わせる羽目になるとは、人生……いや、ネコ生分からないものである。

閣下が本心では奥方の事をどう考えているのか、その血筋と実家の後ろ盾のみが主目的であるのか、その態度だけでは見事にその心は計りかねる。


そしてそんな、閣下と夫人の『たのしいかぞくけいかく』、ゴホンゴホンとわざとらしい咳払いをして中断させ、車内の注目を集めた人物が1人。


「申し訳ございませんが、父上。

母上は既に出産という難事を迎えるに際し、体力が持たないかと」


この馬車の中に乗り込み、両親と妹が子ネコのユーリにワイワイガヤガヤ騒いでいた最中もずーっと押し黙っていた、パヴォド伯爵閣下の推定長男の君である。少なくとも、エストが「お兄様」と呼んでいたので、彼女よりは年上らしい。


ストロベリーブロンドのストレートの髪と、水色の瞳を持つ伯爵令息。

名前は……まだ誰も呼んでいるところに居合わせていないので、ユーリは知らない。

顔は流石はエストや閣下の血縁で麗しい美貌の持ち主なのに、何か企んでいそうな父親と、周囲にお花畑のイメージを振り撒く母親、そして儚げながらもハッとする美しさと涼やかな声、滲み出る知性で人目を引く妹に囲まれていると……無口なせいもあってか、全くと言って良いほどその存在感は希薄である。


なんというか……どうも私の苦手なタイプです。推定伯爵閣下の長男の君。



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