5
ただ今、グリューユの森の木陰からこんにちは、なユーリです。
「よし、上手く視界を封じたか! お前はそのまま下がってろユーリ!
シャル、採取し終えるまで押さえつけてろ!」
「は、はい」
「イエス、マスター」
イヌバージョンのシャルさんが、目を押さえて暴れ回る巨大な獅子的な容姿のモンスターを押さえつけ、主がモンスターの背後に回り込みました。
役目を終えた私は、手にしたマイ武装であるアサルトライフル……すみません、嘘です。いかに両手を広げたよりも大きいサイズで連続放射可能な品でも、その実は単なる水鉄砲です……を下ろし、びったりと木の幹の影に避難中です。
そして、主と同僚の奮闘の様子を見守りながら思うのです。
……これって、調香師の仕事とは違くね? むしろ冒険者に依頼するべき内容じゃね? と。
ユーリは周辺の様子をびくびくと窺いながらも、こんな状況に至るまでの出来事を思い出していた。
急いで主の為に新しくお風呂を入れ直した使い魔達は、続いてお夕飯の用意に取り掛かった。
お風呂やお夕飯の支度の為、人間バージョンに変わったシャルの姿に、ユーリは思わず何歩か距離を開けてしまう。
そばに近寄られたら飛び退いてしまうし、照れが先に立って、彼の顔もまっすぐ見上げられない。
い、イヌバージョンのシャルさんには、思わず抱き付いたりしたくせに……私ってば。なんて分かり易い挙動不審さ!
初めて会った時、人間バージョンだったから?
天狼の姿が本性だと教わっても、シャルはシャルだから?
何故、異種族の獣である彼に好意を抱いていられるのか。そして何故、天狼の姿をしたシャルの方が、ぐるぐると回る余計な感情抜きで好意だけを覚えていられるのか。
お夕飯を作りながらも、ユーリの頭の中は自分の心でありながら分からない事だらけで。とにかくシャルと何を話したら良いのかが分からない。
チラリと、彼女の傍らで調理中な同僚へ視線をやっても、全く気にした様子もなくテキパキと作ったおかずをお皿に盛り付けている。
イヌバージョンのシャルならば、彼の姿に惹かれたり焦がれたりするお嬢さんは、彼と同じ種族の女性ばかりになるだろう。しかし、今のところマレンジスの人間の中で暮らしているシャルは、同族からは離れた状態だ。こちらの世界の狼とも、お目にかかる機会はそうそう無いのではないだろうか。
だがこれが人間バージョンとなると、お嬢さん方との接点も生まれる訳で……
シャル本人からしてみれば、人間の女性にたいして微笑みかけたり、甘い囁きや褒め言葉をかけたりするのも、愛玩動物を愛でるという程度でしかないのかもしれないが、それを言われた当の娘さん方にとっては、シャルは立派に『異性』だ。
乾燥させた何かの野菜らしき干からびたブツを、包丁で何か楽しげに細かく切り刻むシャルを横目で見やって、ユーリは溜め息を吐いた。
ユーリも彼を異性として認識したのは、シャルが人間バージョンの姿を持っていたりするからなのだろうか。ずーっとイヌバージョンであったなら、こんな風に嫉妬で頭の中をぐるぐるさせたりする機会はそうそう訪れなかったに違いない。
……シャルさん、ずーっとイヌバージョンでいてくれたらなぁ……
再び無意識のうちにユーリの唇から溜め息が零れ落ち、キッチンにはシャルの操る包丁がまな板にダンッ! と叩き付けられる音がやけに大きく響いた。
3人でお夕飯を取り、ユーリを子ネコの姿に変えた上にイヌバージョンのシャルにも共に添い寝をさせ、短い仮眠をとったカルロスは、夜も遅いうちから起き出して再び調香作業に取り掛かった。
まだ眠たいまなこを擦って起き上がろうとするユーリには、「お前はまだ寝てろ」と言い渡し、部屋を後にする主。
ユーリは寝ぼけた頭で主と同僚の背中を見送り、再びこてんと寝藁の上に倒れ込んだ。先ほどまで枕代わりにしていた、もふっとした柔らかな肌触りで温かな銀色の毛皮が無くなり、小さく身を震わせて丸くなった。
夢うつつの中で、翻るのは銀色の……
ぐっすりと寝入り、目を覚ましたユーリは寝藁の上に立ち上がって、朝日を浴びながらくぁ~と欠伸を漏らした。
“ユーリ、起きたか。
元に戻すから、服着てこっちに下りて来い”
寝ぼけてぼんやりする頭の中に、カルロスからのテレパシーが飛んでくる。
ご命令に従い、朝の支度を調え階下に下りてゆくと、何やら目が据わっているご主人様が、階段のど真ん前で仁王立ちされていらした。その背後には、朝っぱらからいつもの何を考えているんだか分からない笑みを浮かべた同僚も控えている。
「おはよう、ユーリ。
さ、出掛けるぜ?」
「は? あの、オハヨウゴザイマス。唐突に何事でしょう?」
「ハーハハハハハ!」
首を傾げてカルロスを見上げると、睡眠不足とストレスと過労でどこかハイになってしまわれている主は、突如哄笑なされた。
「ちょっぴり隠し味に加えようとした貴重な香料が、探しても探しても見つからねえと思ったら、原因思い出した。
この前、どこぞのアホネコが掃除中にすっ転んで駄目にしたうちの一つだこの阿呆っ!」
「え、あ、う、スミマセン……」
お陰で仕事が進まねえよとばかりに、ギロッ! と睨まれ小さくなるユーリに、しかしご主人様は「過ぎた事は仕方がねえ」と、やけに鷹揚に頷かれる。
「だから……狩りに行くぜ」
そしてやけに爽やかな笑顔で、ポムとユーリの肩を叩いた。
「香料材料のお花狩りですか?」
「嫌ですねえ、ユーリさん。狩りと言えば、もちろん植物が目的ではありませんよ?」
シャルは手にした皮袋の中に手を入れ、中身の謎の赤い固形物をザラザラと確かめつつ、柔らかな笑みを浮かべて訂正してくる。マレンジスの大陸共通語では、どうやら日本語の『紅葉狩り』や『イチゴ狩り』感覚で翻訳して発言すると、意味が通じないらしい。
「良いか、ユーリ? この世の中、香料の原材料は花や果物ばかりじゃねえ。魚介類や苔、樹木を始め……動物や魔物からも採れる!
故に、これから俺達は狩りに向かう!」
「あの、私は明らかに足手まといですし、遠慮したいな~、なんて……」
後退る逃走派なしもべに、ハハハハ! と、明らかにヤケっぱちな笑いを浮かべる好戦的魔法使い調香師なご主人様。
「香料駄目にしたのはお前なんだ。
せ・き・に・ん、とれ!」
「ユーリさん、こんな事もあろうかと、夕べこんなものを準備しておきました」
笑顔がコワいカルロスから身を捩って逃れ、シャルに向き直ると、皮袋を袋ごと差し出された。
というか、シャルは昨夜夜中に起き出して、カルロスのお手伝いをするのではなく、別の物を作っていたとかさり気に暴露しているが、それはそれでどうなんだ。
ついで、お風呂場の脱衣所に置いておいた筈の水鉄砲まで持ち出してきたらしく、腕に押し付けられる。
「手に馴染んだ武器があるなら、まだマシだろう」
「って、私の水鉄砲は武器じゃありませんよ、主」
「打ち出す水が、ぬるま湯だから殺傷能力が皆無なのです。
ならば、中身の水そのものを毒水に変えてしまえばよろしい」
「待てコラァァァァッ!?」
抱え直した水鉄砲のタンクの中に、勝手に危険物を詰めたのかと怒りを露わにするユーリに、しれっととんでもない発言をかましたシャルは、実にわざとらしい仕草でうるさそうに耳を塞ぐ。
「ユーリさん、人の話は最後まで聞きましょうね?
その『ミズデッポー』の中身は、まだ空っぽですよ。わたしは、それのどこにどう水を詰め込むのか、知りませんし」
そしてシャルは皮袋の方を指差し、小さな赤い錠剤を水に溶かして使えば良い、との説明を受けた。
水に浸ければ完全に溶けてしまうので、目詰まりする心配も無い。牽制に使う分には十分な威力は保証すると笑顔で言い切る、本性は天狼さんな先輩様。
「いったいいつの間に、そんなの作ろうだなんて……」
「夕べご飯を作ってた時に、ブート・ジョロキアの干物がキッチンの棚の奥に仕舞ってあったなあ、と、ふと思い出しまして。
どうせ誰も食べられやしないのですから、それならいっそ遊び……もとい、武器に転用した方が面白……もとい、有益ではないか、と」
ユーリはふと思い出す。
そういえばシャルは昨日、お夕飯を作るユーリの隣で、包丁を楽しげに閃かせながら謎の干物をみじん切りにしていたが、それが結局どうなったのかは見ていない。
「……シャルさん、人がご飯を作ってる横で、そんな物を刻まないで下さいよ……」
「うちのわんこはどうしてこう、微妙な方向への悪戯には無駄に情熱を傾けられるんだか……」
カルロスは、粉末にして水にサッと溶ける錠剤にする作業を、魔術で手伝わされたらしい。ただでさえ忙しいお仕事の最中にそんな事を引き受けたのは、思い通りの香りを出せない作業の現実逃避だろうか。
呆れたような主人と同僚の眼差しは丸無視して、渡す物を渡して人間バージョンでいる用は済んだのか、サッサと物陰にすっ飛んで行ってイヌバージョンに戻ったシャルは、『早く使って使って』と言わんばかりに目を輝かせている。
仕方がなく水筒と水鉄砲と皮袋を手に井戸に足を向けたユーリは、水を汲み上げた桶から水筒とタンクに水を詰め込んだ。
ユーリの後を付いて来たシャルは、尻尾を振って心なしかワクワクとした眼差しで水鉄砲を凝視している。
「……入れるのは一粒で良いですよね。……なんでこんなに錠剤がたくさんあるんです?」
「刻んだブート・ジョロキアを全て錠剤に変えて頂いたら、そんなにたくさん出来たんですよ」
タンクに落とした錠剤が溶けだす前に、ユーリは水鉄砲にタンクをセットした。
目に突き刺さるような痛みを伴う刺激的な匂いはしてこないが、ユーリが脳内で勝手に『ブート・ジョロキア』と翻訳したマレンジスの唐辛子の一種も、イメージ通りにかなりヤバい代物だったらどうしよう。
水筒と素入り皮袋を腰に下げ、水鉄砲だけを手にした軽装のユーリは、作業着のままで箒と謎の棒を手にしたカルロスと、イヌバージョンのシャルに連れられて、初めてまともにグリューユの森へと足を踏み入れた。
この森は領主が狩りを行ったり、付近の住人が薬草やキノコの採集に足を踏み入れる事もあるそうだが、広大な森の奥地には魔物が生息する危険な場所でもある。
そんな奥地の家に結界を張って住んでいる魔法使い様と使い魔その一は、作業部屋に引き籠もってのお仕事から一時でも解放された事がそんなに嬉しいのか、朝日の差し込む森を軽快に歩いてゆく。
ユーリは張り出した木の根に躓かないよう気を付けつつ、彼らの後を懸命に付いてゆく。周囲の景色は、鬱蒼と生い茂る……というほどの密林でもないが、景色には殆ど代わり映えがしないのでユーリは簡単に迷子になりそうだ。
と、カルロスが不意に彼女を振り返った。
「ユーリ、空を見てみろ。太陽は見えるだろ?」
「はい」
「この森は空が見えるから、方角の検討は付けやすい。
家からこのまま真っ直ぐ東に向かうと、川にぶつかる」
カルロスの解説に、ふんふん、と頷いて聞き入るユーリ。
よーく森の様子を見てみると、目立つ大きな樹にはカルロスやシャルが予め付けておいたのであろう目印があったり、耳を澄ませれば川のせせらぎが聞こえてきたりする。
「それから足下な。
ぱっと見には分かりにくいが、この森の中での俺やシャルの行動範囲では、今歩いてる場所と同じように進みやすいように下生えを踏み倒したりして、道が出来てる」
言われて足下に視線を落とす。ユーリには違いなぞさっぱり分からないが、今歩いているところは道無き道として目印になるらしい。脇のぼうぼうに丈の長い草が生えた茂みを眺めてみると、確かにこちらの方がまだしも歩きやすそうだ。
「それでシャル。例のライオネル君はどこに居るか分かるか?」
カルロスが傍らをのっそりと歩くシャルに問うと、彼は鼻面を持ち上げてくんかくんかとしばし匂いを嗅ぐ。
「川の向こう側から、それらしき匂いがします。水の匂いで、正確な距離は測れませんが」
「ふ、まだこの近辺を縄張りにしているとは愚かな獅子め。
よしシャル、先に行って水辺に引きずり出して来い!」
「イエス、マスター」
カルロスの指示に従い、シャルは楽しげにダッと森の中を駆け出して、あっという間に枝葉の向こうに見えなくなってしまう。……もしもしお兄さん。そんなに好きですか、狩り?
「さあてユーリ、少し急ぐから、お前はしっかり付いて来いよー?」
「え!?」
そんな一言と共に、カルロスもまた、ユーリに合わせていた歩みの速度を上げて足早に森の中の道を駆け出す。
内心大慌てしながらも、足の踏み場もない道ですっ転んで1人だけ置いていかれやしないかとヒヤヒヤしつつ、どんどん遠ざかってゆく主人の背中を懸命に追い掛ける。
木の根っこや枝葉、伸びた雑草の洗礼を振り切りなんとか置いてきぼりにされずに抜けた道の先、美しくも透き通った水が流れる川が、朝日を浴びてキラキラと輝いていた。濃い緑色の葉っぱと青空を反射して映す水面は心が洗われるようで……
そう、その向こう岸で、大声で吼えて威嚇するデカい獅子型モンスターと、組んず解れつ牙や爪を閃かせているイヌバージョンのシャル、なんて光景が見えなければ、もっと牧歌的な眺めであった筈なのに。
「巨大肉食獣、二大対決……」
「俺は向こう岸に飛ぶから、ユーリはシャルが距離を取った隙をついて、ここから奴の目を潰せ。外しても構わんが、シャルには当てるなよ」
唖然としながらそんな光景を眺めているユーリに、箒に横座りして腰掛け器用に滞空していらっしゃるご主人様から、そんな指示が飛んできた。
「えええっ!? ちょ、主、私はスナイパーではないのですが!」
「夕べ、風呂場でシャルを相手に射撃練習していた奴が何を言う。
俺がやれと言ったらやれ、アホネコ」
フンと鼻を鳴らしてご主人様権限を振りかざしたカルロスは、箒に乗ったまま滑らかに川の上空を移動し、
「シャルー、ユーリが早速お前が作った毒薬使うから、隙を見て距離取れー」
前衛で奮戦中な天狼さんに勝手に指示を出している。
慌てて水鉄砲を構えてはみたものの、縦横無尽に動く的に上手く当てられる気が全くしない。
主、シャルさん。私、やっぱり攻撃とか無理っぽいです。
手にした武器がおもちゃの水鉄砲ってのも、なんの冗談ですか?
今から木陰に隠れちゃダメですかーっ!?
だがしかし、内心ひーんとユーリが嘆いている間に、じゃ、後はよろしくと言わんばかりにシャルは後ろ脚で『ライオネル君』を蹴りつけて、華麗なる回転を披露しながら飛び退くヒットアンドアウェイの戦術。
全力で蹴り飛ばされた巨大な『ライオネル君』は、衝撃でのけぞって一瞬だけ動きが止まっ……
「うえええん!」
自分の射撃の腕前で当てられるとしたら今しか無いと、頑張って獅子に照準を合わせて構えていた水鉄砲の引き金を引く。
とにかく、直撃はしなくとも口や鼻で吸い込むか目に入れば! と、ヤケっぱち気味に連続してユーリが放射した、何かヤバそうな赤い液体は、『ライオネル君』の目に見事に命中したらしく、獅子は物凄い咆哮を上げて地面をのたうち回る。
「あ、当たった……?」
ホッと安堵の息を吐きつつ、ユーリはコソコソと手近な木の陰に身を翻して隠れて川向こうの様子を窺う。
「よし、上手く視界を封じたか! お前はそのまま下がってろユーリ!
シャル、採取し終えるまで押さえつけてろ!」
「は、はい」
「イエス、マスター」
目を押さえてのた打つ『ライオネル君』の背後に、嬉々として回り込んで降り立ったカルロスの指示に従い、押さえ込みにかかるシャル。
少し浴びただけなのに、大型モンスターがあんなにもがき苦しむような毒薬を、『面白そうだから』なんて悪戯心で作ってみるというのも、どうかと思うユーリである。
「ハハハハ! 貴様のタマ、頂きだーっ!」
「あ、主……」
金髪碧眼美青年な紳士にあるまじき、イエローカードな発言をかましながら、カルロスは手にした棒の先端を……『ライオネル君』の背後から、お腹の辺りに突っ込んだ。哀れな獅子は、「ギャンッ!?」と悲痛な叫びを上げつつ、這々の体で逃げてゆく。
その様子を窺っていたユーリは、背中に冷や汗が伝ってゆくのを感じた。
嗚呼。こんな光景はエストお嬢様には、とてもではないが見せられない。
どっちが狂暴モンスターだか分からないような行状、カルロスはヘラのようになっている棒の先端を持ってきた袋の中に詰め、箒に乗ってユーリの傍らに飛行してきた。
「あの、主……ライオネル君から採取出来る香料って」
「嗅いでみるか?」
そう言って、カルロスが広げてみせた袋の口に鼻を近付けてみたユーリは、慌てて顔を背けた。
「臭っ!? 何ですかこれ!?」
「あのモンスターの香嚢の分泌物。香嚢ってのは……」
「聞きたくないです!」
真顔で解説してくれようとするご主人様の話を、失礼は承知の上でユーリは敢えて遮った。
「そうか。
これはこのままだと臭いだけだが、希釈すると良い香りになるんだな、これがまた」
「……あの、主。動物から取る香料って、みんなそういった部位から……?」
「全てとは言わんが、まあ似たようなもんだな。
お前の世界の『ムスク』も、ありゃ匂いからしてそうだろ?」
「……」
天国のお母さん。どうやらあなたの娘は今日、知らない方が幸せに過ごせる類いの世の中の知識を、偶然にも知ってしまったようです。
記憶と匂いが共に蘇るのならば、この香料を希釈した物を嗅いだ際、今後は嫌でも『ライオネル君』の姿を思い出すに違いない。
茫然自失したまま虚ろに視線をさ迷わせたユーリは、川の中でバシャバシャと水を跳ね飛ばして溺れかけている(?)銀色の塊を捉えた。
「主、大変シャルさんが!」
「なっ……どうしたシャル!?」
急いで川べりに駆け寄る主人と後輩に、シャルは川の中から虚ろな眼差しを向け、
「唐辛子が……口に入ってズキズキします」
「……このアホイヌがっ!
自分で作った毒薬の巻き添えを食うな!?」
空中に散布された激痛を引き起こす辛味成分を、うっかり吸い込んでしまったシャルは、しばらくの間川の中で懸命にうがいをしていた。
唐辛子毒水放射は、御披露目されたその日に封印される事となった。
激辛唐辛子で有名なハバネロではなく、敢えてギネス認定のブート・ジョロキアで。
実際には、魚介類やお肉の類いを除くと、天然の動物性香料は4つあります。
・ムスク=麝香 (じゃこう):ジャコウジカ(保護動物です)
・シベット=霊猫香 (れいびょうこう):ジャコウネコ
・カストリウム=海狸香 (かいりこう):ビーバー
・アンバーグリス=龍涎香 (りゅうぜんこう):マッコウクジラ(クジラも保護されています)
手に入りにくい、ワシントン条約で規制されているなどの理由から、以上の香料は一般的には合成香料が流布しています。
……昔は本当に、雄の香嚢などから取り出してたんですよ……
クジラは腸内で出来た結石が香料に。つまり、病気で出来たやつですね。