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「それでその時にお爺さんがですね……」

「へえ~? なになに、まだ何か言ってきちゃったの?」

「もうね、『婆さんの話は長い!』だなんて言うんですよ」

「あ~。言う言う。

うちの若造も、口を開けば『婆さんの話は無駄に長い!』なんてね」

「本当にねぇ。男の人だって、自分達だけで盛り上がれる話題で長話しているくせにねぇ」


えー、ただ今、訪れた農村の推定村長宅にお邪魔したベアトリス様と、その家の大奥様? は、居間のようなお部屋にてまったりとお茶を飲みながら、愚痴だか世間話だかをしていらっしゃいます。

……魔術師のフィールドワークって、茶飲み友達を作る事なんでしょうか……?

僭越ながらベアトリス様、私もあなた様のお話は長いと思います。


と、居間のドアがノックされ、先ほどお昼ご飯の支度をしていた奥さんが顔を覗かせた。


「お義母さん、またお客さんがいらっしゃいましたよ。

そちらの魔法使いさんの、お連れさんだそうで」

「お話し中失礼します。

こちらに連れがお邪魔させて頂いていると……師匠、結界の修復は完了しましたが、この近辺でまだ何か懸念される事柄でも?」


相変わらず目深にフードを被ったままのアティリオは、大奥様にスッと頭を下げ、ベアトリスに淡々と報告する。


「ん~ん、まだ困り事があるかとうかは聞いてない」

「……は?」


あっけらかんと、来訪目的をまだ終わらせていないと告げる師に、弟子は口をポカンと開けて問い返した。ベアトリスが村長宅にお邪魔してから、ユーリの体感時間で既に一時間は経過している。


「……師匠、こちらにお邪魔してから、何を話されていらしたのでしょう?」

「村での近況についてよ!」


大奥様のお爺さんと、ベアトリス様の最近の若造トークです。


「それで、最近何か困った事とかあった?」

「ええ、昨日はお爺さんがですね……」


多少表情を引き締めて仕切り直すベアトリスに、大奥様はまたしても嬉々としてお爺さんトークを再開した。


……すみません大奥様! 昨日のお爺さんについても、先ほど伺いました!

つーか、お爺さんと毎日どんだけラブラブなんですか!


「あのう、魔法使いの先生方。

出来れば近くの森の魔物をやっつけてくれないかね?」


いつもの事と慣れているのか、大奥様の話を遮った奥さんが、アティリオに話しかけた。


「近くの森というと、ここから東の?」

「ああ。猟に出掛けた連中が変な生き物に襲われかけてね。

どうも、魔物が住み着いたんじゃないかって、もっぱらの噂さ」

「なるほど……分かりました調査してみましょう。

師匠、猟師達のところへ聞き込みに行きますよ! いつまで茶飲み話に夢中になってるんですか!」


居間のドアの付近で立ち話をしたまま奥さんの相談を吟味したアティリオは、クルリと室内を振り向いて大奥様の話に相槌を打っているベアトリスを引き摺るようにして、村長宅を後にした。

ベアトリスの膝の上で眠気に襲われていたユーリは、彼女に抱き上げられてようやく覚醒し、ふあ~と欠伸を漏らす。


アティリオの方から、じとーっとした眼差しが注がれてくるが、フイッと顔を背けて無視だ。なんだかんだ言いつつ、この魔術師さんは師匠のお言葉には逆らいたがらないようだし、当面はユーリにとって、ベアトリスの腕の中が最も安全地帯なのかもしれない。


「あー、やっと出てきたな。ったく、婆さんの話はいつも無駄に長げぇんだよ」


よそ様のお宅の壁にもたれて、腕を組んで待ち体勢に入っていたカルロスは、村長宅から出て来たベアトリスに不満げに零す。


……なるほど。確かにベアトリス様の仰った通りの態度です。


「カルロス、東の森で魔物らしき生き物に襲われそうになった村人がいるらしい」

「さっきすれ違った村人からも、そんな話聞いたな。どうだ、シャル?」


カルロスは隣に佇むしもべを振り返り、意見を促した。

主から話を振られたシャルは小さく首を傾げて、


「この距離では、なんとも。

ただ、上空から見た限りではさほど大きな森ではありませんので、ベアトリス様の結界で簡単に封じられるかと」

「つー事らしい」


遠くて正確には探れない、と前置きし、ベアトリスに投げた。それに投げられた当人はあからさまに顔をしかめる。


「えー、あたしー? やあよ、カルロスが張ればいいじゃない」

「おい、ちったあ働けよ婆さん」

「別に、結界を張るのはどちらでも構いませんが、その時は森に入って殲滅するのは僕と師匠の役割になりますが?」


弟子2人の苦言に、ベアトリスはチェッと舌打ち。


「まあつまり、猟師さんの見間違いで、単なる大きな動物が住んでただけでしたーって事なら、話は簡単な訳よね!」



などと気を取り直したものの、話を聞きに行った猟師さん達は、口を揃えて「あんな生き物は見た事が無い」と証言し、外見的特徴を聞き出したところ、魔物の一種と合致するらしく。


「やって来ました、近くの森!

……ヤダなー。陣敷いてない場所に結界張るのって、すっごく疲れるのよぅ」


これはしっかり退治しておかなくては! という方向に魔法使い達の話は纏まり、農村から東に位置する、小さめの森の入り口へと一行は佇んでいた。

恐らく最年長であるにも関わらず、相変わらず駄々をこねるベアトリスに、カルロスは「まあまあ」と宥め、


「俺達が森に入ってる間、ユーリを預かっててくれていいから。な?」


よく分からない交換条件を持ち出した。

というか、今の今までユーリは森の外で待っているつもりだったのだが、カルロスの口振りでは魔物が住み着いている森の中へ連れて行かれる予定だったのか。


ベアトリス様は、結界術がお得意だと?


“おう。連盟の中じゃ、結界術で婆さんの右に出る奴はいねえ。

なんせ、自分の周りに常時張り巡らして自由に動き回ってるぐらいだからな。そんな化けモンは婆さんぐらいだ”


……化けモンて、主。

私の周りに張られてる外殻膜も、結界の一種なのではないのですか。


“外殻膜は結界術の中でも特殊枠だ。異世界からマレンジスに入り込む時に、最初っから周囲が完璧に覆われて包まれてるからな。

繭の内に居ながら外側に一回絵の具被せるのと、自分の体には一切掛からないように丸一日中常に避けまくりながら絵の具を振り掛けられ続けるのと。どっちが難しいと思う?”


……! ベアトリス様、化けモンだ!


カルロスの分かり易いんだか難しいんだか、な説明に、ユーリは思わず息を飲んで同意してしまった。

あんなにヘラヘラと笑い、至って気楽に生きているように見えて、実はベアトリスはとてつもない運動神経の持ち主で、何故か常に絵の具の襲撃的な気の抜けない日常を送っており、華麗なる回避運動を繰り返しつつ生活しているらしい。


“まあ流石に、魔法陣無しで結界術を張るなら、自分の周囲の結界までは維持しねぇだろうな”


あのー、主。

結界術って、そんなに疲れるものなんですか?


“張り方による。家や閣下の居城じゃあ、予め用意されてる魔法陣が結界術の殆どの工程を補佐するが、無けりゃあそりゃもうしんどい”


ユーリの素朴な疑問に、カルロスからしみじみとした肯定が返ってきた。

その主からのお言葉に、(重たい荷物を、台車に乗せて運ぶのと、自力で担ぐようなものかなあ?)などと、ユーリの脳裏にベアトリスがフンヌっ! と、鼻息も荒く鉄筋コンクリートを両肩に担ぎ上げるの図、がほわ~んと浮かぶ。

無論、ここで想像図が何かガテン系ベアトリスなのは、先ほどの主からの解説で肉体派的なイメージを抱いたからだ。


「ぶはははっ!」

「……カルロス、君は突然どうしたんだ。ついに頭が沸いたのか?」

「うるせっ!」


どうやらまたしても、ユーリの主は勝手に彼女の思考を読んで、勝手に自爆しているらしい。

突然お腹を抱えて笑い転げるカルロスに、不審そうな眼差しを送るアティリオとベアトリス。


「と、とにかくだ婆さん。

森の中を走り回るより、外に止まってる方が良いだろ?」

「はいはい。最近の若者は、年寄りをいつまでも酷使させてからに」

「よし。シャル、イヌバージョンになってこい」

「はい」


カルロスがくいっと顎で示した木陰に足を向けるシャル。ベアトリスの腕から下ろされたユーリは、その背中をじっと見つめ。振り返りもしない彼に、何故か酷く気落ちする。見返されたら見返されたで、視線を逸らしてオロオロするしか出来ないくせに。


もしも私とシャルさんが同じ種族だったなら、今とは違う関係を築けたのでしょうか?

こんな、始まる前から終わっているような気持ちなんて、抱えずに済んだのでしょうか。


もっと、シャルさんとゆっくり話したいな。


そんなユーリの細やかな願いでさえ、当の本人からはきっと、迷惑で面倒なものでしかないのだろう。



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