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閑話 ご主人様から見たわんことにゃんこ そのに

 

連盟本部の爺婆共の、何度も同じところをいったりきたりで繰り返しになる長話を聞き流し、たまに寝そうになってはベアトリスの婆さんにはたかれて覚醒し、という苦痛の時間をやり過ごした俺。

つうか、ベアトリスの婆さんのこういうところが、本当にそうなのか? って疑惑が湧く点なんだがな。シャルは平然と『おやおや。マスターとそういった点はそっくりではありませんか』とか言うし。あいつは再教育の必要があるな。


とまあ長い時間、老人達の(見た目は皆一様に若いのだが)お話という名の拘束をされていたカルロスは、ようやく本題である大量のお仕事を言いつかって解放された。

苦痛の時間を辛抱強く耐えて無事に終えた事で、彼は足取りも軽くわんことにゃんこを待たせている部屋へと向かった。

長時間の退屈な時間を経たせいか、勝手に漏れ出る欠伸をかみ殺しながらドアを開け放ち、「待たせたな」と声を掛けつつ……カルロスは室内の予想外の様子に、思わず首を傾げた。


シャル……何で上半身裸?

つーか、ユーリはユーリで何故毛並みが濡れてる!?


何か問題はなかったかと尋ねるも、シャルはベッドに腰掛けたまま笑顔で「暇だっただけ」と答えるのみ。

そんな彼の膝の上に乗せられているユーリの方は、濡れそぼった毛並みをシャルにブラッシングされつつ、「に~」と甘えた鳴き声を出し、実に気持ち良そうに目を細めている。


疑問は残るが、この部屋は魔術遮断結界の中である為、2匹の胸の内はカルロスにもイマイチ読めない。


カルロスの目に映った状況を、簡潔に表すとこうだ。

……男女が密室で長時間2人きり、男は上を脱いでベッドに座って女を膝に乗せ、彼女の濡れ髪を梳いている。


シャル……お前、本気で何やってやがったーっ!?

まさか、たっぷりの待ち時間中にヤッたのか!? 物理的な問題はどうやってクリアしたんだお前ーっ!?


ガゴッ! と、思わずカルロスがドアにもたれ掛かると、シャルとユーリはきょとんとした表情で見つめてくる。


いやいやいや、落ち着け俺。

いくらなんでも有り得ん。穿ちすぎだろう。

肉体的には人間とネコ、精神的にはイヌと人間……なんか、『人間』つー共通種族が過ぎったがな!


だがこう、具体的な匂いといった痕跡がある訳ではないし、疚しい方向に思考が滑ったから驚いただけであって。単にユーリが長距離を移動したせいで体が埃っぽいと感じ、シャルに体を拭いて貰っていただけ、というような、何でもないオチに違いない。

カルロスは頭を振って咳払いし、


「早速だが仕事がある。ユーリ、人の姿に戻すから少し部屋から出ろ」


不思議そうにしばし尻尾を揺らしたユーリは、室内をきょろきょろ見回して、ご主人様が口にせずともこの部屋の中では上手く膜を操れないのだという事実を察したのか、シャルの膝の上からぴょんと飛び下りると、部屋から一歩外に出た。

何をするつもりなのか理解している癖に、部屋の中でのんびりしたままのシャルを外へと引きずり出して見張り役に立たせると、カルロスはユーリからは背中を向けたまま彼女の姿を人の姿に戻した。背後から即座に、ドアがパタムと閉じられる音がする。


「なあシャル。一つ聞きたい事がある」

「何でしょう、マスター」


クルリとシャルの方を振り返って口火を切ると、わんこはいつものほわ~んとした笑みのままカルロスを見返してくる。

ただいま、室内の中ではにゃんこが荷物からお洋服を取り出していそいそと着ている真っ最中であろう、微妙な待ち時間に、カルロスとしてはどうしても気になる点を問うてみた。


「何でお前、上着てないんだ?」


シャルはそもそもイヌであり、彼本人はどちらかというと服を着込むのが嫌いである。だが、人間の姿の時にはきちんとした服装を心掛けているハズのこのわんこが、ちょっとご主人様が目を離した隙に、何故脱いだ。


「ああ……すみませんマスター。そういえば、わたし自身が服を着るのをすっかり忘れていました。ユーリさんを綺麗にしないと、という点にばかり気を取られてしまって」


だから、汚れるようなナニがあったんだ、ナニが。


遮断結界から出たのを幸いに、こっそりシャルの思考を探ってみたカルロス。

ひたすらに思考だだ漏れ型のにゃんことは違って、このわんこの考えは纏まりがなかったり取り留めがなかったり精神壁が厚かったりするが、だいたいのところはサッと読める。


えー、ただでさえ落ち着かずにいたところを、初めて耳にするような、ユーリのいつにない鳴き声に煽られるように体が勝手に動いて、気が付けば上着をむしり取るように脱いでいた、と、いう事らしい。


らしいとか結論付けつつ、カルロスは再びガゴッとドアに頭をぶつけていた。

シャルにしては珍しく、脳内で具体的な映像が伴わずにひたすらユーリの鳴き声がリフレインしている。わんことは違って、カルロスにはネコの鳴き声の意味は分からないので、ユーリの鳴き声であろうがカルロスには理解出来ない。

ようやく何か映像が浮かんだかと思えば、(匂いは全て消そう)とか考えながら、ユーリを濡れタオルで執拗にごしごししているわんこの姿。


「もう、主はせっかちですね。

私はまだ着替え中、です!」


早くしろという催促と勘違いしたのか、室内からユーリの声がしばし待てと言い出してくる。


なあ本当に、ナニやってたんだお前らは?


なんだか知ってはいけない類のドラマがあるような気がして、この点について、カルロスは深く考えないようにした。無論、不用意にわんことにゃんこの思考にもなるべく触れないように、気をつけなくては。


「お待たせしました、主」


カチャリと背後でドアが開いて、服を身に着けたユーリが歩み出てくる。念の為に、家から彼女の服も用意してきて正解だった。

ユーリが着ている服は、カルロス自身が少年の頃に着ていた、シャツに半ズボンに膝までのブーツだが、元々幼い容姿の彼女が着ると見事に少年にしか見えない。


子ネコ姿の時に首に巻いていたリボンを手に握っていて、ポケットに入れようか、まだ少し湿っている髪を結おうか悩む様子を見せたにゃんこの手から、わんこがすっとそれを抜き取る。

まだ持っていたブラシで軽く髪を梳いて整え、あっという間にピンクのリボンを結んでしまった。……またしても、彼自身とお揃いに。


「はい、出来ました」

「……シャルさん。だからどうして、いつもこの髪型なんです?」

「編み込むのは面倒だからです」


綺麗に結われたリボンの端を摘みつつ、シャルを見上げて半眼で問うユーリに、わんこは微笑みながら答える。


そういや、シャルは昔よくエストのふわふわ髪を結わされてたな。なるほど、『リボン持った女の子の髪は結うべし』っつー条件反射みたいなもんか。

しかし、ピンクのリボン付きだと……今ひとつ、ユーリは性別不詳になるんだが……



人間バージョンのユーリとシャル(服はキチンと着させた)を伴って、カルロスは本部の二階にある、図書室へと足を踏み入れた。

この階は丸ごと図書室になっていて、所蔵されている本は持ち出し禁止の貴重な古書から、大衆向けの娯楽性の高い雑誌まで幅広い。

この階に限っては一般人の立ち入りも許可されており、自由に本を読む事が出来る。貸し出しには流石に制限が掛けられるが。


「うわ、ぐるっと一面本棚だらけ……こんなところもあったんですね」


興味深そうに周囲を見渡して目を輝かせるにゃんこと、心底興味無さそうに多少ウンザリした表情を浮かべるわんこ。


「それで主、ここで調べ物でもあるんですか?」


目的の一角に向かって先導しつつ、本読んでみたい、という欲求を抱えてウズウズソワソワしつつ問うてくるにゃんこに、カルロスは思わず笑みを零した。

わんことは見事に対照的なこのにゃんこは、人間の姿の時には家の書斎が一番のお気に入りで、読書に入り浸っているのだ。わんこは掃除目的以外では見向きもしないというのに。


「いや。今日の仕事は、古書の写本作業だ」

「しゃほん……? ああ、なるほど。こちらには『インサツ』に相当する魔法とか、無いんですね」

「つくづく、お前の世界は便利そうだな」


上から指定された、関係者以外立ち入り禁止の小部屋のドアをノックすると、担当の司書が顔を出した。

写本作業は地道な作業の為人海戦術の面がある。既に連絡を受けていたらしいカルロスの顔見知りの司書は、彼が連れて来たわんことにゃんこを見ても難色を示す事もなく、必要な道具は揃えてある事を告げて、別の仕事に移っていった。


本の修繕や写本作業を行う為の小部屋の中を見回しているユーリに、


「ユーリ、この一角の本が原本だ。綴じる作業はまたさっきの司書が担当するから、お前はどんどん書き写せ。出来そうか?」

「少し待って下さいね」


カルロスの確認に、にゃんこは古くなった原本を慎重に開いて本文を流し読みし、書き写す為の紙を一枚取って羽ペンにインクを付け、しばらく滑らせたりインクの量を試した後、一つ頷いた。

その紙を彼の前に翳してくる。


「こちらの文字は初めて書きましたが、キチンと読める文字になっていますか?」


そこには、紙の上部には羽ペンでクルクルと無意味に線や円が練習に描かれているだけだが、下の方には綺麗な筆致で本のタイトルである『デュアレックス王国外遊録』と記されていた。


「ああ。お前、字上手いな。

じゃあ早速、その本から写していってくれ」

「はい」


このにゃんこの世界では、羽ペンは一般的ではない筈なのだが、元々筆圧が低い方なのか、紙にペン先を引っ掛ける事も少なく、インクで染みを作る事も無く。本人の思考から漏れ出た感想曰わく、(お習字得意ですから)だそうである。

早速イスを引いて机に向かったこのにゃんこに、カルロスの言語知識を与えておいて良かったと、賢いペット……いや、しもべににうむうむと満足感を覚えるご主人様。


そんな彼は、ムスーッと不機嫌オーラを出しているシャルを目にし、フォローを入れるべく慌てて話し掛けた。


「あー、シャル?

お前は写本作業は好きじゃないだろうし、別の仕事を割り振りたいんだが……」

「いいえ。わたしも写本をします。

見たところ、書き写すべき原本は膨大なようですし、人手は多い方が良いですよねマスター?」

「……それはまあ、そうなんだが」


わんこはご主人様の気遣いを振り切って、手近な古書を手にユーリの真正面のイスを引いて腰掛け、羽ペンを手に取った。

カルロスとしては、できたらシャルの参戦は遠慮して欲しいのだが。しかし、ユーリに真っ向からライバル心を剥き出しにしているシャルを止める術が見付からない。

命令して退けるのは簡単だが、カルロスとしては、わんことにゃんこの意志をなるべく尊重してやりたいし、多感な彼らの心も出来たら守ってやりたい。そんな気持ちがある、しかし『やんわりお断り』に適した対応が分からない。


シャル、お前、字はなんとか読めるが、殆ど書けねえじゃねえか。

文字の読み書き練習あんなに嫌がってた癖に、何でユーリに対抗心メラメラ燃やしてんだーっ!?


シャルは元々の握力が強い為、すぐに羽ペンを折ってしまうわ、インクの微妙な調整が出来ずに染みを付けるわ、紙に引っ掛かって破くわ、なんとか書き上がってもヨレヨレで読めないわで、カルロスはこのわんこに『文字を書かせる』という作業は無理であると、早々に匙を投げた。

だがどうも、カルロスがユーリの字は上手いと誉めたせいで、シャルの敵愾心を燃やす結果になったらしい。


お前がダメにしちまった紙やペンの後始末は、俺がせなならんのだが……

シャル、頼むから向き不向きを理解して、写本はユーリに任せてくれねえもんかな……


長方形の机に向き合って座っているわんことにゃんこの、丁度斜向かいに当たる席に落ち着きつつ、カルロスもまた写本作業に入る。時折シャルの方から小さくペキッという音が響いてくるのが、非常に虚しい。


「主」


と、不意にユーリが顔を上げて、小声で呼び掛けてきた。


「ああ、どうしたユーリ?」

「この本のこの一文なんですが……単語としておかしい気がするんです。誤字なんでしょうか。それとも、昔の風潮にはあった、今は廃れた言葉なんですかね?」


ユーリから見せられた一文を読むと、確かに意味が分からない単語になっている。具体的には、『a』と『d』が書き間違えられたような、そんな違和感。


「俺にも誤字に見えるが、何しろ古いしな……」

「じゃあここは空欄にして、付箋紙付けて誤字脱字のような部分は、一覧に纏めておきますね。後で司書さんに確認して貰いましょう」


そう言って、ユーリはテキパキとメモを貼り付け、作業に戻る。

そしてそのご主人様とにゃんこのやり取りを、やっぱり『む~っ』と不満げな表情で眺めやるわんこ。


いや、だからなシャル。

お前がイヌとしてこの世界の大空や山野を駆け巡ったり、魔物を退治してきたように、ユーリも元の世界じゃあ、色んな経験を積んだ訳だからな。

お前には文字や言葉の概念はどっちかっつーと縁遠いもんだが、ユーリの方は高等教育を受けて育った人間だからな。

シャルにとっては『のたくった線』から意味を読み取るのは理解しがたい難儀な作業でも、ユーリにとっちゃ呼吸するのと同じようなもんで……


だから、ユーリにたいしてライバル心を燃やすのは結構だが、方向性を間違えんでくれ、シャル!

あ、また羽ペン折ったな、隠そうとしてもバレバレなんだよ!


「たまにはこうやって、皆で静かに机に向かうのも良いものですね、シャルさん」

「そうですねぇ、ユーリさん」


ふと顔を上げた際に、向かい側のシャルと目が合ったユーリは、にぱっと笑いかけながら、小声でシャルにそんな事を言い出す。

捻くれていて素直じゃないわんこは、正直に『わたし、本当は写本苦手だし嫌いです』とは言いたくないのか、それとも言い出せないのか、にゃんこに話を合わせている。


シャル……お前も、出来ない事は素直に『出来ない』って言えるイヌになろうな。

つーか、色んな意味で意識しまくる相手の前で無駄に見栄張る辺り、お前もしっかり『男の子』だな……


最近では殆ど、兄弟で微妙に喧嘩したりいがみ合ったり、(お父さんは向こうの方を贔屓してる)とばかりに拗ねる子を宥めて、平等に扱っていると諭す、幼い子供の親になった気分に頻繁に陥るカルロスである。


何だかんだ言いつつ、シャルもユーリもまだまだガキだからな。

バカな子ほど可愛いとは、よく言ったもんだ。



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