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カルロスの腕に抱きかかえられて運ばれつつ、初めて目にした華やかな王都に内心わーきゃー騒いでいるユーリはさておき、彼らが一直線に向かったのが魔術師連盟の本部。

本部の塔、などと称されていた通り、いったい何階建てなのかユーリにはよく分からないその建物は、壁は真っ白に塗られた一本の高い塔であった。窓が大きく開かれていて、敷地内には芝生と花壇まで備えている。


はあ……これが本部。


「やっと来たのね、カルロス」


首を限界まで上げて、塔の全容を伺っていたユーリの呟きに被さるように、両開きの重たそうな扉がバーン! と開かれて、薄紫色の長いローブを身に纏った美女が、彼を待っていたらしき台詞を口にしつつ、つかつかと歩いて来てカルロスの眼前で立ち止まって腰に手を当てた。


「そのうち顔を出す……だなんて曖昧な伝言を寄越して。あともう一日遅かったなら、待ちきれずにあたし、外出しちゃってたわよ、もう!」

「なんだ。それなら、明日来れば良かったな」

「カルロス!」


カルロスの軽口に眉を吊り上げる美女。彼女の外見的な特徴は美しいというだけではなく、その長い耳も目を引く。


「落ち着けよ婆さん。あんまり怒ると血圧上がって倒れるぜ?」

「若造は若造らしく、年寄りを大事にしなさい! まったくもう……

今日のシャルはそっちなのね」


しれっとしたカルロスを『メッ』とねめつけて、薄紫色のローブの美女は彼の後ろのシャルに視線をやった。

同僚はかの美女に優雅に一礼し、


「ご無沙汰しております、ベアトリス様。

相変わらずお美しくていらっしゃる。連盟という殺伐とした塔に咲く、大輪のダリアのごとき華やかさですね」

「……あなたのその歯の浮くような台詞も、相変わらず絶好調ね。なんでイヌバージョンじゃないのよ」


本気なのかおべっかなのか不明な賛美の言葉を述べるが、美女は『はいはい』と受け流して、


「それで、そろそろカルロスに魂あげる気になった?」


世間話のついでのように、そんな事を尋ねてくる。


「婆さん!」

「いいえ、相変わらずですねぇ」

「そう。その気になったらいつでも言ってね?」


それにしても、今日こそイヌバージョンの方が良かったわと、美女は唇を尖らせてその話題をあっさりと終わらせた。


な、何なのでしょうか、このインパクト抜群な方は……


“このハイテンション女はベアトリス、つー連盟のお偉いさん魔術師だ。いわゆる長老格の1人だな。

見た目は若いが……”


30前ぐらいじゃないんですか?


“見ての通り、こいつはエルフでな。ある程度成長したら、老化しなくなるらしい。

実年齢は300越えてる婆さんらしいぞ”


……! お肌の悩みとは無縁のエルフ、もの凄いハイスペック種族です……!


主からテレパスで伝えられた内容の一部分に、本気で驚愕して感心しているしもべに、ご主人様からのご返答は、


“アホだ……本気でアホだこいつ……”


という、苦悩に満ちた感情だった。


そしてベアトリス様と呼ばれた美女は、そんな風に仰天しているユーリにしっかと焦点を合わせてくる。その眼光の鋭さに思わず、出来る限り身を引いてカルロスの胸元に縋りついてしまう。


「……かっ……」


か?


「いやーっ! 何この子可愛い~っ!!」

「そうだろう、そうだろう」


ぶんぶんと両手を握り拳作って上下に振りつつ、ベアトリスはユーリを一心に見つめて「キャーッ!」と大興奮している。それに気を良くしたのか、得意気にふんぞり返るカルロス。


「カルロス、この子あたしに頂戴?」

「それは断るっ!」

「ケチーッ! カルロスのケチケチーッ!」

「やらんと言ったらやらん!」

「じゃあ、抱っこさせて」

「ん、構わんぞ」


……こちらの世界の方は、ネコ好きがそんなに多いのでしょうか?

それとも、類は友を呼ぶとか朱に交われば赤くなる的な現象ですか?


ぬいぐるみ感覚でカルロスの腕からベアトリスの腕の中へと手渡され、げんなりしているユーリを嬉しげに頬擦りしてくる美女。流石はカルロスの知人、抱っこも撫で撫でも手加減抜きで全力だ。

ぐったりと脱力しつつ虚ろな眼差しをさ迷わせると、相変わらず笑顔のシャルと目が合った。


『ご・愁・傷・様』


声は出ずに唇だけがパクパクと動いて、そんな意味の言葉を形作る。


……さてはシャルさん、こうなる事を見越して、私を連盟にまで連れて来るよう主に頼んだんですねーっ!?


ベアトリスに抱っこされた状態で、ユーリは連盟本部へと足を踏み入れた。

内側から見ると、石造りの頑丈そうな床や壁が無機質な印象を受けるが、魔術の明かりが昼間から煌々と灯されていて、入り口のロビーは開放的な空間が広がっている。

受付らしきカウンターには感じの良さそうなお姉さんが座っていて、にっこりと微笑みかけてくる。彼女もベアトリス程ではないが、耳が長く尖っている。


内部の造りをしげしげと眺めているユーリをヨソに、ベアトリスは颯爽と先頭を歩いて塔の中央の、複雑な模様が描かれた円形の床に足を踏み入れた。

それは中央から真っ二つに区切るように、向こう側は青、こちら側は赤く塗られていて、カルロスとシャルもベアトリスと同じように赤い半円形の床に立った。


「じゃあ、いつものところに行くわよ」

「分かった。シャル、ユーリと一緒にしばらく待っててくれ」

「はい」

「アップ、8」


ベアトリスがそう呟くと、彼女の体が浮き上がった。いや、カルロスとシャルの体も浮いている。そのまま3人プラス1匹は、ぐんぐん上昇していく。ユーリが首を伸ばして上の様子を窺うと、どうやらこの円形床の部分は塔のてっぺんまで吹き抜けになっていて、エレベーターのような役割を果たしているらしい。


上の階へ向かって上昇していく中、ユーリは通り過ぎてゆく途中の階を興味深く観察する。

円形の回廊のような廊下がぐるりと吹き抜けのエレベーターを囲み、四方を太い柱が一本づつ伸びて、建物を支えているらしい。

外壁と隣接している部分は様々な用途の部屋になっているのだろう。各階に階段も備わっているようだが、なんだかあまり使われているようには見えない。


ところで、反対側の青い床は下り用らしく、今丁度、ふよふよとした速度で下りていく、フードを被ったマント姿の魔術師らしき人物が……


あ゛


「ああっ!?」

「よー、アティリオじゃねえか。じゃあな」

「な!? カルロス、待て!」

「あらあ、アティ。

こんなところで会うなんて奇遇ねえ。それじゃあね」

「師匠まで!」


下りていく過程で、クルリと彼はこちらの方へと体を向け、今現在上りのエレベーターを使用している人物にようやく気が付いたようだったが、

どうやらこのふわふわ浮き上がりエレベーター、移動途中で降り立つ階を変更出来ないようである。

ユーリがアティリオの存在に気が付いた時には斜め上に居た彼も、お互いにどんどん逆方向へと移動していくせいで、短い会話を交わしただけで既に遥か下方だ。


着地点らしき、低い柵のみが事故防止に立てられている床にフワッと降り立つと、灰色や黒いローブ姿の耳の長い人々が立っていて、ベアトリスは彼らに一つ頷くと腕に抱きかかえていたユーリをシャルへと託した。


「それじゃあシャルは、お部屋で待っててね」

「畏まりました。いってらっしゃいませ、マスター」

「ああ、爺婆共の長話に付き合ってくる」

「ほら若造、きりきり歩きなさい」


やれやれ、と、実にわざとらしく肩を竦めるカルロスの耳を引っ張って、ベアトリスはずんずんと廊下を歩いてゆく。

そしてその場には、黒と灰色のローブ姿の魔術師さん達が4人と、子ネコ姿のユーリを抱いたシャルが残された。


「カルロスのクォンよ、こちらへ」

「はい」


魔術師の1人が促し、先導するように先に立つ。そして残り3人はシャルの後ろに。


何かこう……案内係にしては変な配置ですね。

あんまり歓迎されてないみたいな、嫌な感じもしますし。


みー、と鳴きながらユーリが内緒話をするようにシャルの顔に耳を近付けると、


「移動中の監視役ですからね」


などというお返事が返ってきた。

益々、憂鬱になるようなお言葉である。


そんな感じの悪い面々が無言で誘導して入るように示したお部屋は、ベッドが一つにテーブルが一つにイスが二脚、外に面した窓は大きく明るく太陽の光を取り込むが、分厚そうなガラスが嵌め殺し。

狭苦しくは無いが、殺風景でゆったりと寛ぎ空間には程遠い部屋。監視役であるらしい彼らは「ここでしばらく待つように」とだけ告げて、カチャリとドアを閉めてさっさと立ち去ってしまう。


……あれ、あの人達、私達を見張らないんですか?


「見張らないんですねぇ、これが。

わたしにはなるべく関わり合いになりたくないと、そういう事らしいです。

あくまでも、廊下で暴れられたら困るから監視はしますが、部屋に押し込めた後は知らんぷり、と」


慣れた様子でシャルはベッドに座るとユーリを自分の傍らに下ろし、背負っていた荷物を床に置いた。


「ユーリさんは、こちらの世界の魔術師は皆、クォンを殺しにかかると警戒しているようですが……それは見ての通り、大間違いです。

わたしを殺したところで、マスターの力が増すだけ。他人の才能を伸ばす為だけに懸命になって骨を折るような方は、アルバレス様ぐらいなものですよ。

他はまあ、気味悪がられたり、罵詈雑言や嫌味を言ってくるのが普通ですね」


ごそごそと家から持ち出してきた荷物を漁りながら、シャルは淡々と語る。


……つまり、なんですか?

あのアティリオ……様、は、こちらの世界の魔術師基準でいけば、『とてつもないお人好しで、同期のカルロス君の為に奮闘している、今時稀な、実に友達思いの健気な男の子』というカテゴリーに……


「ええ、そんな感じですね。周囲の目としては」


荷物から水筒と浅い皿を取り出したシャルは皿にお水を注ぎつつ、にっこりと笑顔で肯定してくる。

同僚から差し出されたお水をチビチビと舐め、ユーリは室内へと視線を巡らせた。


それにしてもシャルさん。

ここ、いわゆる待合室なんですよね? まさか、入り口に鍵とか掛かってませんよね?


「鍵なんて掛かっていませんよ。

ほら、下手に鍵なんて掛けて閉じ込められたりしたら、逆に脱出したくなるじゃないですか?」


水筒のお水を飲みながら、笑顔で同意を求めてくる同僚に、(さては一度、無意味に脱走して部屋の前で待機してみせた事があるな)などと、穿った予想が過ぎる。


無関心に放置するぐらいなら、案内係をあんなに物々しくしなくても良いのに……


「それは無理じゃないですか?

結局のところ、わたしは連盟の魔術師からは警戒されていますから」


シャルさん、それ、結局どっちなんですか?

ほったらかしの無関心な現状で、警戒って……


水を飲み終え、ごろんとベッドの上に丸くなるユーリの傍らにドサッと身を横たえ、シャルは声を低める。


「この部屋は実は、魔術を使って犯罪を犯した人物を閉じ込める事にも使われています。

全ての魔術を遮断する結界が張られていて、マスターとの思念による心の声も届きません」


え……?


ピクリと耳を動かしてシャルを見上げると、彼は自嘲気味に笑う。


「なんの備えもない部屋に案内するのも、本部の中をうろつき回られるのも恐ろしい。かといって、閉じ込めれば激しく反発してくる。

ならばせめて、魔術遮断結界の中に置いておこう。主人が迎えに来るまで出てくるな、と言い含めて。

確かに、ここに居ればわたしは能力が半減されたも同然ですしね」


それって……


「わたしは、彼ら魔術師にとっては、『得体の知れない化け物』らしいですよ」


思わずぎゅむっと、ユーリは横たわっているシャルのシャツの襟にしがみついた。

異世界から来た、この世界にたった一匹しか居ない天狼だからといって、なんだ。

確かにシャルはいかにも殺傷能力の高そうな、迫力満点の巨躯を持つ狼の姿をしているけれども。


シャルさんは、シャルさんです。得体知れなくなんて、ないです。

たまに意地悪だったり、私の事をからかってきたりしますけど、シャルさんは私の先輩の天狼さんです。


「ユーリさんは本当に、すぐ人の服を汚してきますねぇ」


ぐしぐしと、涙ぐみつつ訴えたらば、シャル本人はそんな事をのたまいながらユーリの背中を撫でてくる。


そして彼女のネコ耳を指先で軽くぐにぐにしてきたかと思えば、彼はおもむろに、それをはむっと噛んできた。

ユーリが驚いて「みぎゃっ!?」と悲鳴を上げて飛び跳ねつつ距離を取ると、


「ああ、すみません。

なんだかユーリさんがやけに美味しそうに見えて、無意識のうちに、こうパクッと」


と、全く悪びれもせずに平然とそう言い切る。

……シャルから耳を触られたら、食べようかどうしようか考えている合図であるらしい。今後は、一目散に逃走しなくてはと、ユーリは心に決めたのであった。


文句を言おうとしたユーリの口を、シャルが手のひらで塞ぐ。


「……しぃー。ユーリさん、誰かが来ます。

この匂いは……アルバレス様のようですね」


シャルはベッドの上に身を起こし、ユーリを膝へと抱き上げ、難しい表情で押し黙ってドアを見つめた。


『彼本人は、カルロスの為という善意と義侠心で』クォンであるシャルの命を狙う(?)連盟所属の魔術師アティリオが、シャルとユーリしか居ないこの部屋へと向かってきている。

いったい、何の目的なのか……そう考えて、ユーリは天を仰ぎたくなった。何がも何も、アティリオの目的なんて一つに決まっている。



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