追いかけっこ in 魔術師連盟の塔
シャルから意地悪されたんだか、からかわれたのか……な、日から数日経った。
本人に直接文句を口にしてみるも、向こうはユーリの苦言など馬耳東風。手強い。
そうして毎日、後になって思い返すと細やかにからかわれたりしたのでは? という疑惑を抱く日々をやり過ごして、
「ユーリ、明日は連盟に出掛ける」
いつもの如く、カルロスとの子ネコ可愛がり(スキンシップ)タイムにて、主から唐突にそのようなお言葉が告げられた。
応接間兼居間の床に置かれた、子ネコ姿のユーリが丁度潜り抜けられる大きさの、筒状になったフカフカするクッションへ向かって猛ダッシュし、滑り込みよろしく勢いに任せて腹這いで突撃してトンネルを潜り抜ける。
そんな一連の運動を、主が飽きるまで延々と繰り返す。
……これ、どこの障害物競争の練習ですか? 何を想定しての体力作りと訓練ですか? と、思わず聞きたくなるような単調な作業だったが、その姿を眺めているカルロスは大変ご満悦。
そして、おもむろに連盟行きを切り出されたのである。
匍匐前進よろしく、トンネルの真ん中辺りからよじよじと腕を使って、体の半分だけ顔を出した状態で、ユーリはカルロスを見上げて首を傾げた。
以前、アティリオ……様、が、ウチに乗り込んで来た時に約束した出頭要請の件ですね?
「ああ。取り掛かってた依頼品は全て納品したし、そろそろ行かねえと、またぞろ家に押し掛けられそうだしな」
カルロスはソファに腰掛けたまま両足を組み、背もたれに軽く体重を預けて考え込むように目を閉じた。
「連盟に顔を出したら、そのまま仕事を押し付けられるかもしれん。そうなれば、長期間留守にする事になりかねない。
その間、お前をどうするか……」
何でしょう。今私、ペットホテルに預けられるペットの状態ですか? そりゃあ、マッドな魔術師だらけな連盟になんて、出掛けたくはないですけども。
トンネルの中に後退りして、そのフカフカっぷりを堪能しつつ、ユーリは出張中の懸念材料(お荷物)状態であるらしき現状に、微妙に落ち込む。
そんな彼女を更に追い込むように、ドアが軽くノックされ、シャルが居間へと入って来た。
「ユーリさんが頼りなさすぎてお留守番を任せるのが不安なら、お連れしたら如何ですかマスター?」
いつもの微笑を浮かべたまま、同僚はカルロスにそう進言する。わざわざ嫌味を言う為に立ち寄ったのか、単に手透きになっただけなのか。
出たな、エセ紳士め。
だからシャルさんは一言余計なんですーっ。
「あなたには言われたくありませんね」
人間の姿のまま余裕綽々で見下ろすわんこと、トンネルに体を埋もれさせたままフシャーッ!? と威嚇するにゃんこの姿に、カルロスはニヤニヤと笑うのみ。
「だいたい、マスターがお仕事に向かおうというのに、自分はただ安穏と待っていようとするその性根が気に入りませんね」
私が連盟なんかに足を踏み入れたら、命狙われて追い回されるじゃないですか!?
「おやおや、何を言い出すやら。
わたしはマスターのクォンである事は知られていますが、あなたの存在を連盟の魔術師はまず知りません」
フンと鼻を鳴らして反論するシャルに、ユーリはしばらく考えてからカルロスへと顔を向けた。
主、魔術師には外殻膜で、私が主の使い魔だと看破されたりはしないんですか?
「俺の術だぞ? 外殻膜にも『ステルス』付きだから本人にしか感じ取れん。
……オマケに、お前はまさかの魔力ゼロ生物だしな。疑いの目を向けても、よくよく目を凝らしても魔力が感じ取れんとくれば、俺の性格を知ってる奴なら、普通のペットだとしか思わねーんじゃねえか?」
主……ご自分をよくご存知でいらっしゃいますね。
そのご自分の趣味嗜好を隠そうともなさらない堂々とした態度に、私、うっかり心酔しそうです。
どこか自慢げにふんぞり返ってそんな事をのたまう主に、ユーリはガックリと脱力して床に顔を伏せた。
「それに、シャルの時は学院の施設を利用したが、ユーリの方は伯爵邸でだったしな。
あの連中じゃあ、使い魔が複数居るとは想像の範疇外に違いない」
「ですがマスター、アルバレス様は、マスターがクォンを2匹お持ちな事をご存知でいらっしゃいますが」
「そうなんだよな……今となっては、あいつに2匹目の召還を成功した事を知られてるのは痛いな」
はあ? なんですかそれは。
アティリオ……様、がどうしてご存知なんですか。
「それはですね、ユーリさん。
普通の魔術師達は、クォンとの契約術に失敗するんですよ。
だから、呼び出す事に成功すれば、それは即ち有能であるという、連盟の中でも手っ取り早い証明になるんです。
まして、それを二回も成功したとなれば、周囲に秘密にしきれずに少年心にも、友達相手に自慢したくもなろうというものでしょう?」
つまりなんですか。使い魔契約術を成功させたと、主が子供の頃、自分からアティリオ……様、にベラベラ自慢した訳ですか。
「ええ、まさしくそうなんですよ。微笑ましい逸話でしょう?」
それはそれは、微笑ましい少年時代ですねぇ。
私の世界にも居ましたよ。都会じゃちょっと珍しい昆虫を飼ってる事を、やけに得意になって自慢する少年達。
「どこの世界でも、男の子は見栄っ張りですねぇ」
使い魔2人からの生温くも白い眼差しに、
「……色々あるんだよ、人間の男としてのプライドの問題だ。
女や人外には、分からんかもしれんがな」
ご主人様は非常に居心地悪そうにそっぽを向いて、そう言い切ってみせた。
「同世代の友人に一目置かれたい、などという権勢欲なんて、わたしは一生湧き上がらなくて結構です」
右に同じく。
「お前ら……喧嘩腰かと思えば、あっという間に2匹で手ぇ組みやがって……くそぅ」
「偶発的に見解が一致しただけです」
「とにかく、だ!」
形勢不利と見るや否や、カルロスはご主人様権限で強引に話題のすり替えに走った。
パンッ! とわざとらしく両手を叩き、トンネルの中で連続寝返りよろしく、筒状クッションに包まれたまま無意味に床をコロコロと転がっているユーリを、ビシッとオーバーリアクション気味に指差してきた。
「明日はお前も連れてくからな。
それから、その動作は実に良いからどんどん続けろ」
おおっと。特に意味もなくもぞもぞしていたら、これの何かが非常に主のお気に召されたようですよ。
何やっても喜ぶとか、主、ネコ好き過ぎじゃないですか?
「マスター、ユーリさんに延々自力で回転して頂くのは、少々酷ではないかと思いますよ」
と、そこへ、如何にももっともらしい切り口でシャルが口を挟んでくる。
今日は何を言い出す気だ? と、やや警戒しながら同僚を見上げると、彼はこれまたいつもの微笑みを浮かべたまま、
「ですから、わたしが回して差し上げますよ。くるっくると愉快に回転していく事請け合いです」
と、如何にも(善意と親切心しかわたしは抱いていません)とでも言いたげに、表情ひとつ変えずガシッとトンネルのクッション生地を鷲掴みにする。
待てコラァァァァ!?
そして、ユーリがトンネル内から脱出する暇も、カルロスがシャルを制止する暇も与えずに、ていっ! とばかりに手首のスナップを利かせて回転を加えつつ押し出した。それはまるで、坂道を転がり落ちてゆく車輪の如く。
数秒間、ユーリの視界は360゜グルグルと目まぐるしく姿を変え、居間の壁に激突して回転は止まった。その頃には、乗り物酔いでもしたかのように気分最悪な上に、星が飛んで見える。
「楽しかったですか、ユーリさん?」
クラクラしているユーリをトンネルの中から取り出して抱き上げ、そんな事を尋ねつつ、にっこりと笑いかけてくる先輩の顔面に、ユーリは躊躇なく全力ネコパンチをお見舞いした。
体調不良のせいで、威力は全く発揮されなかったが。
魔術師連盟の本部は、王都にある。
そして、カルロスが自宅を構えるパヴォド伯爵領は、王都と隣接している訳ではなく……むしろ国境沿いに存在している。国防の要、といったところであるらしい。
てくてくと歩いて行っては何日も掛かるその道のりを、イヌバージョンのシャルの背中に乗って空から一直線、などという裏技を使って半日で辿り着いたカルロスは、ネコ姿のユーリを抱きかかえて青年姿に戻ったシャルを背後に従え、王都を囲む城壁の大きな門を潜った。
王都へ入る為には、身分証明になる通行手形のような物が必要らしいが、彼の場合はそれが魔術師連盟所属を示す物であるらしい。
門の警備と出入りのチェックを行っている守衛から、胡散臭そうな眼差しを向けられ、
「なんだ手前、人間みてえなフリして魔法使いか」
などと、身分証明になるらしいカードを見せる前の丁寧な応対から、途端に面倒そうに吐き捨てられた。
なーんか、ヤな感じですね。
“まあそう言ってやるな。
自分よりも価値が低い相手だと貶めて優越感に浸ってないと、魔法使いが恐くて仕方が無いんだろ”
主はそんな偏見の目には慣れているのか、さして気にした風でもなくテレパスでユーリを窘めてくる。
そしてシャルも、守衛本人の耳に入らないようにか、小声で付け加える。
「魔術師関係の職業と人種差別に関しては、この国はまだマシな方らしいですしね。
実際、連盟の長年の地道な奉仕活動のお陰で、ああいった手合いはむしろ少数派ですし」
「バーデュロイは使えるものは利用しろ、つー方針だが、他国じゃあそれこそユーリの世界での魔女狩りみたいな事になってるらしいぜ?」
カルロスのおどろおどろしい台詞に、ピキッと固まってしまうユーリを主はぐりぐりと撫で。一行は王都へと足を踏み入れたのである。
人通りの多い、活気と清潔感溢れる街並みが、視界いっぱいに広がり……あちこちから賑やかな呼び声や話し声が絶えない。そして王都よりも高くなった丘陵地の道の先には、峻険な峰を背後に悠然とそびえ立つ白亜の居城。
ここが、王都……
“お前が人混みに落ちたら、確実に踏み潰されるからな。しっかり捕まってろよ”
おのぼりさん状態で、ポカンと口を開けたまま周囲をきょときょとと見回すユーリに、カルロスからはそんな忠告が飛んできた。
結局ユーリはどこに行っても、体格差の難題が立ちはだかる毎日なようである。