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ところでそのー、姿変化って、どうやるんでしょう?


そしてユーリは、目の前でシャルが明らかに自らの意志で変化するのを目の当たりにし、真っ先に解決したい項目をようやく思い出した。かなり可及的速やかに解決すべき問題事項だ。


「ユーリさんは、自分で姿を変化させられないのですか?

本当にあなたは鈍臭いのですねぇ……」


同僚からこれ見よがしな呆れた溜め息を吐かれて、ユーリはぷうと頬を膨らませた。


正しい方法も教わっていないのに、出来るわけないじゃないですか。


「わたしだって、誰かに教わった訳ではなく自分の創意工夫で体得したのですが?」


拗ねながらの文句には、笑顔でそんな嫌味が飛んできた。

様々な難題に立ち向かってきた偉大なる先達は、本当に手強い。


すみません、私には皆目見当もつかないので、ご指南をお願い致します。


「さて、どうしましょうかねぇ……これはわたしの仕事の範囲ではありませんし、あなたに恩を売ってもわたしには何の得もありませんしねぇ」


シャルはぐりっぐりと人の頭を撫で回しながら、そんな台詞をほざいてくる。

内心、(この、意地悪な上に性悪男がーっ!?)と、怒りが渦巻いているユーリではあるが、今の状況で文句を口にするのは得策ではない。

夜中にシャルの部屋に上がり込み、頼み事をしているのは彼女の方なのだから。


今は生憎お礼になるような事も思い付きませんが、出世払いということで……


ユーリの下手に出た再度のお願いに、シャルはしばらくの間考え込むように黙り込み、


「後から利子付きで、ですか?

なるほど……そこまで言うのならば、仕方がありませんね」


実にイイ笑顔でユーリを見下ろしてきたのである。

近い将来、シャルからいったいどんな要求が突き付けられてしまうのか、


……もしかして私、ちょっぴり早まりましたか?


今から空恐ろしく感じてしまうのは何故なのだろう?


「何無駄口を叩いているんですか、ユーリさん。

宜しいですか? 姿変化を行うには、我々の全身を覆う外殻膜をひっくり返すようにすれば良いのです。

確か、あなたの世界には裏表をひっくり返して着れる洋服があるそうですね? それをイメージするのが最も簡単でしょう」


立て板に水のごとく、シャルの口から流れるように解説が語られたが……講義を受けている方のユーリはというと、(は?)(え?)という疑問符で頭の中がいっぱいになってしまった。


あのう、リバーシブルの服をひっくり返すイメージは出来るのですが……『外殻膜』って、何ですか?


「マスターから説明は受けていないのですか?」


ないです。


「そうですか……ユーリさん。ここは我々にとって異世界です」


シャルの唐突な話題転換に、ユーリははあ……と、生返事の意を込めた間抜けな鳴き声を出す。


「……マスターはあなたの頭脳をある程度買っているようですが、あなたとお話しているわたしには、それは少々信じがたいのですが……」


馬鹿にしたような言い草に、如何にかなりノロくて滅多な事では怒らないタイプと評判のユーリでも、ムムムッ!? と、苛立ちが湧き上がってくる。

喉元を撫でられて集中しがたいながらも、呆れた目で見てくる同僚を見返すべく、ユーリは脳をフル回転させた。


私とシャルさんには、目には見えないが全身を覆う外殻膜が張られている。

私はその存在を主から聞かされていてもおかしくなかった。

ここは異世界である。

以上の事から察するに、異世界から呼び寄せた使い魔である私達に、主がそれを張り付けたと推測される。

それは何故か? 必要だからだ。では、何故必要なのか?


……私達の身の安全を守る為、そして同時にこの世界に異物を混入する危険を防ぐ為、ですか?


しばらく考え込み、シャルを真っ直ぐ見つめ返して尋ねるユーリに、シャルはおやと言いたげに眉を軽く上げた。


ここは異世界なのだから、ユーリが暮らしていた世界とは物理法則が異なっていて当然であろう。なんせ、魔法なんてものがある世界だ。

大地や水、大気を構成している成分、重力、空の彼方から降り注いでくるもの、食事として摂取するもの、挙げていけばキリがない。それらがユーリの体に害をなさないと、どうして言い切れようか。

そして同時に、ユーリが地球上の何らかの伝染性ウィルスのキャリアーでないとも断言出来ない。あちらの世界では無害な細菌が、こちらの世界に解き放たれる事によって変質しないとも。


だから、私達の体の周囲を、見えない防御膜で包んでる、って事ですかね?


「なるほど、やろうと思えばきちんと頭を働かせられたのですね、ユーリさん」


一々癪に障る言い方をしなくても良いのに、と、憮然としてしまうユーリである。

初対面の頃は、親切で優しい素敵な先輩だとばかり思っていたのに。お客さん扱いから、段々シャルの地が出てきたという事なのだろうか。


「あなたがこちらに来た直後は、ネコ姿だったでしょう?

マスターから頂いた姿の方がこちらの世界で安定しやすく、怪我も治りが早いのですよ」


シャルは興味深げにユーリのネコ耳を指先でぐにぐにしつつ、表情はいつもの柔らかな微笑のままそう告げてきた。

こちらで初めて目が覚めた時にネコ姿だったのには、大層驚いたものが……てっきり、カルロスの趣味だとばかり思っていたのが、あれはユーリの火傷を治す為だったらしい。


「ですから、膜を感じ取ってクルッというイメージでこう……」


などと呟きつつ、シャルは再び光に包まれ一瞬のうちに銀の狼へと戻った。

そうすると、彼の手のひらの上に乗っかっていたユーリは、予告なくなんの心構えも出来ていないまま支えを失って、お尻から寝藁へと墜落してしまう。「みぎゃっ!?」という情けない悲鳴が思わず漏れた。実に痛い。

それにしても、同僚は、実に苦もなく膜を操っているように見受けられるのだが。


外殻膜の意義は分かりましたが……その存在がサッパリ感じ取れない私はどうしたら?


「この辺にあるの、分かりませんか?」


ふりふり、と、シャルは右前脚を振って彼の目と額の辺りの何もない宙を示すが、ユーリはいくらそこに目を凝らして見ても、何も見えないし感じ取れない。


こ、この辺で……あてっ!?


実際に自分の顔の辺りで前足を動かしてみるが、うっかり自らの鼻を強打しようとも、膜らしきものに触れる気配もない。


「そうそう、意識的に取っ掛かりを作るのはその辺りですよ。

では、わたしはもう寝ますので、ユーリさんは頑張って下さいね」


ええっ!? シャルさん寝ちゃうんですか!?


「わたしは毎朝忙しいんですよ」


あふ、とわざとらしく欠伸を漏らしつつ、デカい狼は藁の上に寝そべってしまう。


「では、お休みなさい」


あ、はい、お休みなさい。


お休みの挨拶を交わすなり、シャルの方からぐー、ぐー、という大きな寝息だかいびきだかが聞こえてくる。凄まじい寝入りの良さだ。


くうっ……私、負けない!



という訳で。

ユーリはその晩、シャルの傍らで深夜までひたすら顔の前で前足を振って、ひっくり返すイメージを繰り返してみたのだが……その夜の成果は寝不足になっただけ、という結果であった。

眠気に負けて倒れ込むように寝入り、彼女が翌日目を覚ますと、既に日は高い。

日が昇る前に起き出してお仕事に取り掛かるのがこちらの生活基準なので、大寝坊である。


「……っ! ヤバい! 主を起こさなきゃ!」


寝ぼけ眼でしばらくそのままぼーっと横になっていたユーリは、ハッと我に返ってその場から跳ね起きた。朝、彼女の主にモーニングコールをかますのは、ここのところ彼女の役割だったので。

そうして藁の上に立ち上がって、そこでようやく違和感に気が付く。


「あれ……私、戻ってる?」


顔の前に両手を持ってくると、見慣れた人間の手のひらが思い通りの動きをする。

寝ぼけていた方が、外殻膜を操る事が出来るという事なのか? と、首を傾げるユーリだったが、


「ああ、やっと起きたんですね、ユーリさん。

さっさとお掃除に取り掛かって下さらないと困ります」


不意に、ガチャリとドアが開かれて、いつもの青年姿のシャルが顔を覗かせてそんな事をのたまってきた。

相変わらず、室内にユーリ1人の場合はノックが無い。それはともかく……


「きっ、きゃあああああっ!?」


ネコから人間に変わったばかりで真っ裸のユーリは、悲鳴を上げてその場にうずくまった。両腕はしっかりと胸元をガードだ。

涙目で無神経な同僚を睨みつけると、彼は夕べと同じように、実にわざとらしく両耳を塞いでみせる。


「ユーリさん、昨夜お話したでしょう?

わたしはあなたとはかけ離れた種なのですから、全裸のネコでも人間でも大差がありません、と。

異性以前の存在相手に、その態度は滑稽にしか見えないのですが……」

「きっ、気持ちの問題です!」

「はいはい」


ユーリの睨みになど全く頓着せず歩み寄ってきたシャルは、藁の上を探ってピンク色のリボンを拾い上げた。

そして、動くに動けずにいるユーリの傍らに両膝をつくと、


「ほら、これはエステファニアお嬢様からの貰い物でしょう?

藁に埋もれて無くしてしまいますよ」


ユーリの髪の毛を器用に梳いて絡まっていた藁を落とし、シャルは彼女の髪の毛を右側に軽く纏めて手早くリボンを結んだ。


「ほら、わたしとお揃いです」


その早技に唖然としているユーリに、シャルはにっこり微笑んでそんな事を言い放つ。

確かに、シャルはいつも髪の毛を右サイドで一つに纏めて黒いリボンを結んでいるけれども。何故にわざわざ髪型をお揃いにする必要があるのか。

毒気を抜かれて脱力するユーリをヨソに、


「マスターはもう先に朝食を済ませていますから、あなたも早くご飯を食べて下さいね」


と、家政夫然とした一言だけ告げて、シャルは一仕事終えたと言わんばかりに去ってゆく。


「シャルさんって……意地悪なのかなんなのか、よく分からない……」


ユーリの同僚で先輩で空を飛ぶらしいデカい銀色狼なシャルは、何を考えているんだかユーリにはもう、サッパリ分からない人である。


因みに、どうやら寝ぼけて上手く外殻膜を操る事に成功した訳ではなくて、朝起き出したカルロスが、ユーリが寝ている間に変化させただけであったらしい。実に残念な事に。

カルロスに外殻膜の操り方を尋ねてみたところ、そもそもユーリには魔力が無いので無理なのではないか、というお言葉を賜った。

ショックを受けるユーリに、更なる追撃。


「つーか、今朝な。朝っぱらからシャルが唐突に、ユーリからは全く魔力を感じ取れないと断言してきて。

俺も、お前は魔力が少ないなとは思ってたが、まさか、魔力がゼロだとまでは思ってなくてな……」


教えるのが遅れて悪かった、と、カルロスはユーリの頭をポンポンと軽く撫でる。

ユーリはふるふると首を小さく左右に振って、主は悪くないと示した。

けれどもつまり、


「シャルさん……初めから私が出来ないであろう事を分かっていて……あ、あの人はーっ!?」


夕べ遅くまでの、私の奮闘の時間を返せ! と、ダムダムと床を踏み鳴らすユーリを宥めるように、


「まあしかし、お前はシャルとお揃いの髪型になんかして。

そうかそうか、シャルと仲良くなりたいアピールか? そうなんだろ、ん?」


などとからかわれた。

彼女の主は、むしろ火に油を注ぎたいのであろうか。


「すみません、主。

シャルさん本人に問答無用でこの髪型にさせられた場合、どう捉えるべきなのでしょうか?」


半眼でのしもべの問い掛けに、ご主人様は気まずく視線を逸らしてそそくさと仕事へ向かった。


やはり嫌がらせか、裸身を曝す事を恥じらう私へのからかい目的かーっ!?



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