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ふわりとそよぐ風は、ほのかに夏の終わりを感じさせる涼やかさを運ぶ。
燦々と輝く太陽が王都を照らし出す晴天、本日はまさに結婚式日和。
バーデュロイの王都に住まう一般的な住民達にとって、社交界シーズンをお祭り事として締めくくる催しと言えば王室主催の展覧会であり、更に彼らの中でも会場へと足を運ぶ権利を得られるのは生活に余裕のある富裕層のみ。
故に、大多数の人々にとって、社交界シーズンとは人が集まり商売が活気づく季節であり、人混みでごった返せども都を挙げての大掛かりで真新しい催しなどは特に行われていなかったのである。だからこそ、広く敷地が確保出来るような噴水広場の一画を進入禁止エリアに指定する、などという乱暴な計画が通ったのだろうけれど。
天頂へ向けて昇りつつある日差しを背に、今日は本来の姿のままであるユーリは、一抱えもある大きな蓋付きバスケットを大事に両手で抱え直し、パヴォド伯爵邸の玄関ポーチに停められている馬車を見下ろす。
「ああ、出て来ましたね」
ユーリを両腕に抱きかかえ、伯爵邸上空にてバッサバッサと羽ばたきの音を響かせながら滞空していたシャルは、玄関扉を潜って現れたパヴォド伯爵夫妻、そしてカルロスにエスコートされているエストの姿を認め、のほほんと呟いた。
「くっ……! この距離だと、エストお嬢様のドレス姿がしっかりと見えません……!」
「ユーリさんは聴力嗅覚だけでなく、視力までわたしより鈍いとは……」
晴れの日だろうが構わず嫌味ったらしい同僚のこれ見よがしな呟きは無視して、馬車に乗り込む一行を良く見ようと身を乗り出す。
過日、パヴォド伯爵邸にてネコ姿でゴロゴロ……もとい、黒砂スパイ発見の為、ネコ姿で徘徊していた時分に思いっきり堂々と、ウェディングドレスだとユーリには勿論エスト本人へも知らされぬまま、手直しの為に着付けされていたエストの姿は目撃していたのだが、花嫁として飾り立てられた姿は間近でまだ見ていないのだ。馬車に乗る為に、手を添えてエスコートしているカルロスの内心が聞こえてこないのは、良かったのか悪かったのか。
「全員乗り込んだようですね。さてユーリさん、我々の役目は?」
「エストお嬢様と主に気が付かれぬよう、結婚式会場へ向かう馬車を上空からコッソリ追跡し、ここぞというタイミングでお祝い演出、です」
主人達が無事に馬車へと乗り込んだのを確認した同僚からの最終確認につらつらと回答し、ユーリは首を傾げた。
「でも、本当に良いんですか、シャルさん?」
「何がです?」
「だって、そりゃ、大抵の人は今日の主役や陛下を注目しているでしょうけど、こんな朝日が照ってる最中に人間バージョンで背中に翼生やして空飛んで演出なんてやらかしたら、間違いなく目立ちますよ?」
流石に真っ裸を強いる訳にもいかず、今日も照る照る天使様な同僚はふっと笑みを浮かべた。
「わたしはね、ユーリさん」
「はい」
「人々の心へ無闇に疑心暗鬼を生まぬよう翼を隠し、自由に広げられない生活はそれはそれは窮屈で仕方がないのです」
「はい……」
「だからいっそ、こうしてお祝いの時に多くの人々の目に翼を印象付けられたら、魔物だと疑われるのではなく、今後王都で好きなように飛んでいても縁起物として喜ばれるのではないか、と考えたのです!」
どうだ、逆説的ナイスアイディアだろう、と言わんばかりに目を輝かせて語る空飛ぶわんこさんを、ユーリは胡乱な眼差しで見上げた。
天使という概念を持たないバーデュロイの人々が、ファーストインプレッションとして出会う天使が果たしてこれで良いのだろうか、と、ユーリとしては些か不安になるが、シャル本人は翼デビューを決める気満々のようである。
良いのだろうか。果たして本当に、これを世に送り出して良いのだろうか?
「ん、馬車が動き出すようで……あれ、御者を務めているのは、あれってもしかしてベアトリス様?」
「ああ、本当ですね」
正体不明な不安に駆られ、悩むユーリの心中になど当然構わず、眼下では出発準備が整った馬車の御者台に長い金髪の女性が腰を下ろし、手綱を取っている。
ユーリの視力では顔立ちまでは見極められないが、今朝の時点でパヴォド伯爵邸に滞在中の長い金髪を持つ女性はエストとベアトリスだけだし、わざわざ外部から御者を呼び寄せたとも思えない。花嫁が自ら手綱を握ったりはしないであろうから、消去法で花婿の祖母自ら……という事になるのだが。
視力にも優れた同僚がすぐさま肯定し、御者台のベアトリスは馬車を動かし始めた。……何も存在しない空中の、なだらかな坂を。
「おや」
「シャルさん、わたしの目には、馬車の車輪が地面から全て浮かんでいるように見えるのですが。気のせいでしょうか?」
「わたしの目にもそう見えますねえ」
「このまま高度を上げられたら、ベアトリス様に我々がここに浮かんでいる事が……」
目を丸くしている間にも馬車は徐々に高度を上げてゆき、周辺の貴族街に建ち並ぶお屋敷よりも、それは高く空を舞い上がる。お祝いに馬車をお見送りに出た地上の人々は、悠然と空を駆ける馬車をしきりに指差したり、呆然としたように見上げたり、口々に何事かを叫んでいるようだった。
空を飛んでいるというのに、全く動揺した素振りもなく空中を駆る馬二頭を「ハイヤッ!」と見事な手綱捌きで操るベアトリスは、パヴォド伯爵邸上空にて滞空していたシャルとユーリに、横目を向けた。
「あら、シャルにティカちゃん。見当たらないと思ったら、そんなところに居たの?」
「ご機嫌よう、ベアトリス様。今日は素晴らしい結婚式日和ですね」
「ええ、お天気に恵まれてくれて良かったわ!」
あが、と口と目を開けて閉じれないほど驚いているユーリをよそに、ベアトリスとシャルは笑顔で普段通りに会話を交わしている。彼らは王都上空を移動中という現状を正しく把握出来ているのだろうか。
取り敢えず馬車の窓部分から見える限り、花嫁衣装のエストお嬢様と盛装したレディ・フィデリアは、窓を開いて顔を覗かせ、キラキラした眼差しと弾けんばかりの笑顔で王都を見下ろしており、向こう側の座席に座っていると思しきカルロスやパヴォド伯爵が、怒りを示して座席から立ち上がったりしている様子は見えない。
「あ、あの、ベアトリス様。どうして馬車が空を飛んでるんでしょう?」
「あら、この世の中箒や絨毯が空を飛ぶのだから、花嫁を乗せた馬車だって本気を出せば飛べるわよ?」
最早、隠れてコッソリと結婚祝いサプライズ演出を行うのは不可能と判断を下し、ユーリは恐る恐る自らの疑問を解明するべく乗り出した。
媒介器物に飛翔能力を付与して空を飛ぶ魔法には、対象媒介を選ばないようである。
それは良いのだ。
ユーリは、しれっとした表情で返してくるベアトリスを見返した。
「それで、何故わざわざ馬車ごと飛んで移動する必要が?」
「だって、花嫁が結婚式に入場する時は派手な方が良いじゃない!
あたしの孫の結婚式がパッとしなくてどうも地味だなんて、絶対に許せないわ」
手綱を握ったまま、胸をふんぞり返らせて断言するベアトリス。
国王陛下を広場に引っ張り出して立会人とかやらせるだけでは、かの『今は亡き某大国の王女様』としては地味婚でしかないらしい。
「第一、見物人が地上の路を埋め尽くしてるから、いちいち彼らに移動してもらいながら進むなんて、時間がいくらあっても足りないわよ?」
「それも一理ありますねえ」
一応、ベアトリスなりにも真っ当な言い分はあるらしい。御者台に座るベアトリスの傍ら、会話が可能な程度の距離にて馬車に併走……いや、併飛翔? しつつシャルが深く頷いて同意を示す。
地上に視線を転じれば、天を行く馬車を見上げて歓声を上げ手を振る人々。そしてそれに、笑顔で手を振り返し応える美しき花嫁。……何やら、ベルベティー氏族はバーデュロイの演劇界において新たに語り継がれる物語を生み出しそうな勢いである。
今日の花嫁を一目見ようと集まってきた見物人には、ベアトリスとしても配慮しているのか、天駆ける花嫁の馬車は伯爵邸から真っ直ぐ噴水広場にまで上空を横断せず、どこまでも蒼く澄み渡った大空と純白のフワフワ雲をバックに、あちらこちらへと進路を変えつつ王都中心部へと移動してゆく。
「お、おお……?」
更に、ユーリの目は馬車の進行方向の遥か彼方にて、建物では有り得ない浮遊し移動する物体を捉えていた。具体的に言うと、確認済み浮遊物体の形状としてはユーリのすぐ隣で空中を優雅に舞っている箱型馬車によく似ている。あちらの方が派手だけれど。
「シャルさん、正面から更なる空飛ぶ馬車が群集から歓声を浴びせかけられつつ、やって来るのですが」
「ああ、あちらの御者を務めていらっしゃるのは、ダミアン長老ですね」
ユーリが硬い声音で呼び掛けると、同僚の視力に配慮したらしきボケわんこさんは、言外に尋ねている疑問点については触れず、別の事実を教えてくれる。
二台の空舞う馬車は、人波にごった返す街路の上空を華麗に闊歩してその存在を存分にアピールし、本日に限り一般見物人立ち入り禁止エリアである噴水広場に綺麗に着陸した。広場周辺部は最も物見高い群集で賑わっており、見渡す限り建物中の窓は開け放たれ、至る所から人々が顔を出している。
噴水広場上空にて滞空したままのシャルと、同僚に抱えられたままのユーリは、賑わう様子を眺めていた。
馬車からまず降りてきたのはパヴォド伯爵夫妻、そして、日差しを浴びて弾けるような輝きを放つ純白の礼服に身を包んだカルロス。主人が差し伸べるその手に、たおやかなそれを重ね、馬車から姿を現したウェディングドレス姿のエストに、見守っていた人々は口々に祝福の言葉を掛ける。
王都に住まう庶民の彼らにとって、パヴォド伯爵家の結婚など所詮は他人事でしかない。けれどこうして大勢の人々が祝い、喜び合って大騒ぎをしているのは、偏に『結婚式はおめでたい出来事』だという普遍的な認識と、『バカ騒ぎ出来る口実』に乗っかり乗せられて、一過性の集団的な熱狂、狂騒に身を置いているだけに過ぎない。
しかし、こうして『皆で楽しい』という感情に染められた体験をしてしまうと、それはとても素晴らしい出来事だった、という記憶に残る。
民意を味方に付け、情勢を操り、パヴォド伯爵の策はどこまでも強引でありながら自らの利を増してゆく。
「……閣下、いつか背後から刺されるんじゃないでしょーか?」
「ユーリさんはどうして、こんなめでたい日にそう不吉な考えを巡らせられるのか。わたしにはさっぱり理解出来ませんね」
パヴォド伯爵と政治的に敵対する勢力が、今頃この様子を歯軋りしながら眺めているのではないかと、ハラハラしながら呟くユーリであるが、同僚はどこまでも呑気な態度を崩さない。
眼下では、主役の到着に先駆け噴水広場へ集まっていた、パヴォド伯爵家のお身内方を初めとする、高貴なるご身分たる盛装姿の招待客の皆様方が噴水を取り囲み、新郎新婦へ何事か声を掛けている。招待客達が寿ぎながら道を開けて自然と人垣を作り、今日の為に作られた無人のお立ち台の前に誘導され、並び立つカルロスとエストの姿が。
と、豪華な造りの馬車のドアが開かれ、正装姿の国王陛下と王太后陛下、王妃殿下が姿を現すと、式を見守る群集から割れんばかりの大歓声が上がった。
やはり、催しを見物している彼らが求めているのは話の種だとか普段は見られないような珍しいモノであり、多分、人々のこの反応を見るに今日の結婚式で王室への支持率というか信頼度は、良い意味で上がったと思われる。
周囲を近衛に囲まれ台に上る国王陛下の前に、サッと跪くカルロスとエスト。
一段高い場所に佇む国王陛下が片手を軽く上げると、歓声を上げていた人々はピタリと口を噤んで辺りは静まり返り、陛下のお言葉が朗々と広場に響き渡ってゆく。
離れていても明朗に耳に届くのは、噴水広場中心部にて発せられた声を、周辺へと広く伝える風の魔術が使われているらしい。
「これより、婚姻の儀を執り行う」
国王陛下は上げていた手を下げ、壇上から純白に身を包んだ男女を見下ろした。
「今日のよき日に、こうして皆の祝福を受けし汝らに問おう。
レディ・エステファニア。汝、この者の伴侶としてその人生を支え、深く愛し慈しみ、また苦難へ共に立ち向かう覚悟を抱き、或いは過ちを正す勇気を持ち得るか、否か」
「はい。わたくしの命は国の為、陛下の目指す未来の礎として支えるべくあるもの。
我が意志、望み、愛を受け入れ、共に生きるに相応しき夫は、ベルベティーのカルロスをおいて他にありませぬ」
凛とした声音ではっきりと断ずるエストの姿に、我知らずユーリの目には涙が溢れてくる。結婚式に参列すると、雰囲気に飲まれて泣いてしまうと聞くが、事実だったんだな……と実感しながらも、ユーリは唇を開いた。
「結婚式の誓いの言葉って、バーデュロイではあんな感じなんですねえ。私の故郷とは、ちょっと違います」
「ほう、そうなんですか?
因みにユーリさんの故郷ではどのような誓いの言葉とやらを?」
「ベルベティーのカルロス」
シャルの問いにユーリが答える前に、国王陛下が今度はカルロスを睥睨なされる。つくづく、こういう改まった場には家名とかあった方が呼び掛ける際に格好が付くな、と、どうでもよい感想が湧き上がってきた。
「汝、この者を伴侶として尊び、その人生を分かち合い、深く愛し慈しみ、また共に至上の幸福と安息を育む決意を抱き、或いはその営みを脅かすものを跳ね返す勇気を持ち得るか、否か」
どうやら、男女で微妙に結婚式における手向けの言葉が異なるらしい。
「はい。私にとって、レディ・エステファニアは命と幸福の象徴。彼女なくして、私の人生はヒトとしての尊厳と喜びには至りません」
微妙に緊張しがちなカルロスの言葉に合わせ、ユーリは鼻をすすりながら手にしていたバスケットの蓋部分を開き、中に手を突っ込んで中身……今日この日この瞬間の為にかき集めてきた白い花の花弁をそっと握って掴み出し、ばっさばっさと下に向かって撒き散らした。
それを合図に、周囲の建物から顔を出している見物人の人々も一斉にお祝いの花びらを振り撒き、噴水広場の水は風に乗った花びらと共に、平素の静かな様子とは打って変わってより一層華やかに大空へと吹き上がり、周囲へと細かな水滴で軽やかな舞いを披露しながら、パァァァッと夏の日差しを乱反射しつつ立ち上ってゆく。噴水の上にはキラキラとした小さな虹が幾つも掛かった。流石、あの小さな友人は実に上手に、美しく水を操ってくれた。
「な、何だ?」
「まあ、綺麗」
眼下の主役や招待客達の意表は十分突けたようで、台本に無いこの演出に空を見上げて目を丸くしている。
ライスシャワーならぬ花びらシャワーに、眼下のエストは嬉しげに微笑んでいる。
「やりましたね、シャルさん。ベアトリス様の空中散歩馬車のインパクトには負けてしまいましたが、人里離れた野原から山ほど花を摘んで、地道に一軒一軒頼んで回った甲斐がありました!」
「そうですねえ、ユーリさん。
ところで、先ほどの続きなのですが。どんな言葉なんです?」
ばっさばっさと景気良く花びらを撒き散らすその地上では、見物人の中に混じっていた小さな女の子達が、嬉しげに空から舞い降りてくる花びらに手を伸ばす姿が垣間見える。
ユーリは手を休めず答えた。
「えーと、人によって結構色々あるんですが。『健やかなるときも、病めるときも、死が2人を分かつまで、真心を尽くすことを誓います』……という感じでしょうか?」
予想外の演出に一瞬間が空いたようだが、国王陛下は新郎新婦を促して立ち上がらせ、「では、誓いの口付けを」と促した。
む。そういった段階があるのならば、誓いの口付けの場面で花びらシャワーを演出するのだった……! と、お祝いムードにうずうずし過ぎて先走ってしまったと、悔やむユーリの内心など置き去りにして、カルロスとエストは立ち上がり、優しく抱き合った。
ゆっくりと重なり合う唇に、大歓声に包まれる群集。地上から立ち上ってくる甘くとも強すぎない薔薇の香りと、降り撒かれる色とりどりの花びら。
「で、ああやって誓いのキスで周囲に示して夫婦と認められる、という感じですね。概ね」
「ふーむ……人間がつがいとなる為には、本当に煩雑な手順があるのですねえ」
感心したようにシャルは頷き、「しかし」と言葉を繋げた。
「我々の場合は、死んだところで魂は分かたれないどころか、溶け合って一つになるので少し違いますね」
「はあ……まあ、そうですね」
死後の事はよく分からないが、もしも多重人格のように各人の意識があったなら、ユーリはこの同僚にひたすらツッコミを入れていそうだ。
シャルはユーリの顔を覗き込み、ひたりと目を合わせてくる。
「ユーリさん」
「はい?」
「健やかなるときも、病めるときも、この命尽き死した後も永遠に、真心を尽くすことを誓います」
「……は?」
この同僚は何を言い出しているのだろうかと固まるユーリに、シャルはキョトンとした表情を浮かべた。
「ちゃんと人間の流儀に合わせてみたのですが、何かおかしかったですか?」
「いや、流儀に合わせるって……」
「ああ、誓いの口付けとやらが必要なんですね?」
待て、その凡例はあくまでも結婚の誓い、つまり伴侶に向けて言うべき言葉だ! とユーリが言い諭す前に、シャルは首を傾けてユーリの唇に口付けを落とす。ユーリの手から、抱えていたバスケットがツルリと滑り落ちた。
触れ合わせていた唇が離れ、シャルは間近で瞳を覗き込んできながらにっこりと笑みを浮かべる。
「これで今度こそようやく、人間の認識でも我々は正式なつがいですね?」
「は……え?」
同僚が何を言い出したのか、理解不能の事態に、ユーリは混乱のあまりジタバタと暴れ、まともな言葉にならぬ奇声を発していたらしい。シャルが顔をしかめて「急にどうしたんですか、ユーリさん?」なんて、ほざいている。
「つがいって、つがいって何を言ってるんですかシャルさん!?」
「ユーリさんこそ、今更何を言っているんです?
わたしとあなたは、人間流に言うと『恋人』とかいう関係だったじゃありませんか?」
「いつから!?」
「はあ? 道理であなたはつがいらしく振る舞わないと思えば……それすら理解していなかったのですか?」
やれやれ、本当に仕方がない人だ。と言いたげにシャルは肩を竦める。
「あなたがわたしの匂いを纏う事を、ご自分で受け入れ納得した時からです。匂いで占有を主張出来るのは、つがいだけに決まっているじゃないですか」
「……そんな、ちゃんと口で説明してくれないと分かりません!」
「てめぇら……」
と、言い争う間に気が付けばいつの間にか高度が下がっていたせいで、予想外に近付いていた地上から、低い怒気を孕んだ声音が響いてきた。
ハッと見下ろせば、逆さまになった大きなバスケットを頭から被り、足下に中に詰まっていた花弁を山盛りにしている人物が、ゆっくりと斬新かつ奇抜な帽子を持ち上げ始める。
花びらまみれの隙間から窺えるかの人が身に纏う衣装は真っ白で、何よりすぐ隣には口元を両手で押さえた花嫁エストが立っていたりして。
「よりにもよって、ご主人様の一生に一度の結婚式の真っ最中に、頭上で堂々とイチャついた挙げ句、痴話喧嘩なんぞおっ始めるんじゃねええええ!」
バシィッ! とバスケットを脱ぎ捨てた、文字通り花 (に盛り立てられ中)婿なご主人様は、しもべ二匹の外殻膜を反転させ、地上から強風を吹き上げた。
突如として支えが無くなり子ネコ姿で空中に放り出されたユーリは、着ていた服が舞い落ちるのを横目に、エストの胸元に軟着陸した。どうやらカルロスが風を操り、怪我を負わせぬよう気を遣ったらしい。
保護されたにゃんことは対照的に、地べたに直接打ち捨てられたわんこさんは、
「おおお……マスター、差別です……」
などと呻いて、痛みにのた打っている。
「やかましい! このアホイヌが!」
カルロスの怒声が響き渡る中、唖然としたまま成り行きを見守っていた人々の間から忍び笑いが溢れ……それはやがて、大爆笑の渦へと発展していった。
「あー。い、以上をもって、パヴォド伯爵令嬢エステファニアと、ベルベティーのカルロスの婚姻の儀を終了とし、……こ、ここに、我が名において両者を夫婦として認めるものとする。
ついでに、そこのイヌとネコも夫婦として認めてやろう……ほーら喜べ、イヌ」
「みーっ!?(なにぃぃぃっ!?)」
「おお!」
率先して大爆笑していらっしゃった国王陛下が、威厳も何もなくお腹を抱えつつ笑いの発作に襲われながらも口上を述べ上げ、ついでに妙な発言も付け加えられた。
ユーリは花嫁衣装のエストに抱きかかえられたまま、驚愕の鳴き声を上げるのだが、生憎と国王陛下がネコの鳴き声の意味を理解する様子は見受けられない。
「まあ……」
「……お咎めが無かっただけ、全然マシか……」
驚きに目を開くエストと、今更ながらに君主の前で大失態を犯したという現実に遠い眼差しをしているカルロスを後目に、シャルはピョンと飛び跳ねて喜びを露わにしている。
結婚式の立ち会いを終え、空飛ぶ馬車に乗り込み帰城する王室の方々をお見送りし、結婚式は祝福の言葉とカルロスが調香した白薔薇の香り、そして笑い声に包まれ、無事に……無事に? 終了したのであった。