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「婆さん、俺、三日後に結婚するから」


……主、マジで言った……!

いけない。真面目な話のはずなのに、妙に笑いが込み上げてきます……!


魔術師連盟本部の塔内にある私室にて、ようやく落ち着いた状況で祖母と孫としてカルロスを出迎えたベアトリスは、孫から出し抜けにそんな宣言を突き付けられて、目と口をポカーンと開き、彼を見返していた。


「……は?」

「いや、驚くのももっともだが。動かしがたい事実らしい」


俺も状況がよく分かってない、と頼りない前置きをしてから、カルロスは勝手知ったる師匠の部屋とばかりにベアトリスの許しも得ずにドサッとソファーに腰を下ろし、テーブルの上に伏せられていたグラスに水を注ぎ、一気に飲み干した。


「アティリオかルティから、何も聞いてねえか?」

「あの子達なら、今日は社交があるから本部のお仕事はお休みだけど」

「そうか……実はな、婆さん。話せば長い話だ。

あれは俺がまだ、王都の伯爵邸に住み込んでた頃……」

「要点を掻い摘みなさい、要点を」


カルロスは天を仰ぎ、対面のソファーに腰を下ろしたベアトリスへ、これまでの出来事を語り出そうとしたのだが、師匠からツッコミを受けて掻い摘んで報告し始めた。


「シア……パヴォド伯爵令嬢エステファニアを嫁にしようと計画練って準備してたら、パヴォド伯爵閣下は実は俺よりも派手で壮大で大事な計画を長年企てていて、シアへの求婚が成功するように取り計らってくれた挙げ句、閣下の計画によると彼女と俺の結婚式の準備もセットになってて、実施日時は三日後らしい。式の見届け人は陛下だ。

つー訳で婆さん結婚式に参列してくれ。以上」


結婚式の招待状を差し出しつつ、要点のみを抜き出し説明したらしいのだが、『どうしてそうなるに至ったのか』という点は言及されず、ベアトリスは遠い眼差しでカルロスから封筒を受け取った。


「いったい、昨日の祝典であのタヌキは何をやったのよ……?」

「それはですね、ベアトリス様」


移動時の安全面を考慮し、子ネコ姿に変身させられたユーリを腕に抱いたまま、カルロスが腰掛けるソファーの背後で控えていたシャルが、グイッと背もたれから上半身を乗り出し、会話に割って入った。


「昨夜は参加者の度肝を抜く、賑々しいみにゃーにゃが行われたのですよ」

「『ミニャーニャ』?」


当事者ではなく、遠巻きの外野として楽しんだシャルが語る祝典の前座演出の様子に耳を傾けるにつれ、ベアトリスは次第に両手で拳を握り締め、ぷるぷると震わせ始めた。


「いや、婆さん? 確かにかなり危ない橋だが、閣下なりの勝算も……」

「……何でそんな楽しい祭りから、このあたしをハブにしてんのよあのタヌキーッ!?」


決して、カルロスの身や立場を不用意に危険に晒した訳ではない、と宥めようとした孫の言を遮り、ベアトリスは拳を突き上げつつソファーから立ち上がり、全力で吼えた。心底からの叫びだ。


「あたしがっ、あたしがその計画に一枚噛んでいたなら、そのミニャーニャはもっと完成度の高い、感動的な演出になったハズなのに!」

「……勘弁してくれ婆さん……」

「こうしちゃいられないわ!」


ベアトリスはググッと握り締めた拳を眼前に持って行き、俯き口惜しげに低く悔恨の意を呟く。そして疲労感たっぷりなカルロスのツッコミはスルーして、ハッと顔を上げると、呪文を唱え始めた。


「界に満ちる無限の源、妙なるものよ。

我が意志を映し出す水鏡となれ!」


パチン、と、何かが弾けるような小さな音と共に、ベアトリスの指先に白い蛍光ペンにて一筆書きをした矢印のような物が幾つか浮かび上がる。幾度か見掛けた、アティリオお得意の伝達用書簡の魔術だ。ベアトリスは内心でだけでなく、焦りからか声にさえ出して伝言内容を吹き込んだ。


「緊急事態発生! 緊急事態発生!

保安管理メンバーは直ちに本部、長老ベアトリス応接間に集合せよ! 繰り返す、保安管理メンバーは直ちに集合せよ!」


ベアトリスの吹き込みが終わって片手を振ると、彼女の指先から弓矢よろしく書簡は壁を突き抜け猛スピードで飛び去ってゆく。ベアトリスはそれを確認し、再びどっかりとソファーに腰を下ろした。


……保安管理メンバーって、何でしょうね?


「さあ……? ベアトリス様の口振りでは、どうやらマスターの結婚とは、かなり大事な事態のようですね?」


ユーリとシャルが顔を見合わせていると、バタバタバタ! と、誰かが廊下を大急ぎで走ってきたらしき足音が微かに響いてきた。ノックも無しに、ドアがバーン! と勢い良く開け放たれて、飛び込んできた人物は青褪めた顔色のままベアトリスに詰め寄った。


「べ、ベアトリス師匠! ティーが誘拐されたって本当ですか!?」

「ベアトリス! カルロスが危篤という事か!?」

「何だ、あの娘っ子とカルロスが、揃って行方でも眩ませたのかと思いきや、カルロスはそこにいるじゃねえか」


まず真っ先にベアトリスの応接間に飛び込んできて、ユーリを抱えているシャルの目の前を駆け抜けたのはウィリーで、彼の問いに部屋の主が答えるより早く、代表やめんどくさがり長老も応接間に姿を現した。


「カルロス先輩、ティーは、ティーは無事なんですか!?」


ベアトリスから明快な回答が得られず、矛先を師匠の対面に腰掛けていた先輩に変更し、ウィリーはカルロスに掴みかからんばかりに焦りを露わにしている。

明らかに、ベアトリスが矢印に込めた伝言は心配症な人々の不安感を煽り、多大なる誤解を招いている。


「まあ落ち着け、ウィリー。ユーリならそこだ」


ウィリーの頭をぽむぽむと数回叩いて宥め、カルロスは背後のシャルを親指でクイッと指し示した。指先の動きに釣られて視線を移動させたウィリーは、ネコなユーリの姿を素通りして、シャルの顔を見つめ、「え?」と、口から呆けたような呟きを漏らす。そしてソファーを回り込んで、いつもの何を考えているのだか分からない笑みを浮かべているシャルの背後を覗き込んで確認を取り、背後に誰も隠していない事を確かめてから、ソファーの背もたれに特攻し、腰掛けている先輩に上から詰め寄った。


「いないじゃないですか!?」


ユーリはガッチリと捕獲してくるシャルの腕の中からもぞもぞと抜け出し、同僚の腕を足場に友人の肩に飛び乗った。

「みいみい」と鳴きながら擦りよってくるネコに、不意を打たれたウィリーは「うわ!?」と驚きたたらを踏むも、マジマジとユーリを見下ろしてくる。


「……え? まさか、コレがティー……?」

「おう。ウィリーはそっちの姿は初めてだったか?

それが、ユーリの本来の姿だ」

「ええっ……!?」


主。何気に嘘を吹き込まないで下さい。


驚愕に仰け反るウィリーをよそに、ユーリの姿を覗き込んできたウィリーの第一のお師匠様ことめんどくさがり長老マルシアルと、連盟代表クリストバル。


「ふーん。俺ぁまたてっきり、イヌと同じく本性はでけぇ猛獣の類いかと思ってたが、随分ちまっこい種族だったんだな」

「……という事は、血縁であるミチェルの本来の姿も必然的に……」


カルロスの冗談だと分からない冗談が、真実として認識され定着していく現状に頭を抱えたくなったが、主なりに何か考えがあるのかもしれない。連盟からの押し付け婿発生未然防止だとか。


「ティー、なんだよね?」

「みー」

「……確かにコレじゃあ、こっちでお買い物なんてやったことある訳無いか……」


何か、友人から違う意味で納得されてしまった気もする。

と、開けっ放しのままでいたドアがコンコンとノックされ、連盟の長老格たる残るお二方、ダミアン長老とセラフィナ長老が、扉が開け放たれたままでいても、廊下にて立ち止まり部屋の主から入室の許可が下りるのを待っていた。


「セラフィナ、ダミアン、どうぞこっちに来てちょうだい」

「お邪魔しよう」


幾分平静さを取り戻したらしきベアトリスが手招きし、セラフィナを先に促しダミアンがきっちりとドアを閉め。ソファーに歩み寄る。


「さて、見たところ目に付く異変は起こっていないようじゃが、緊急事態発生とはどういう事じゃ?」


サッと立ち上がり、ソファー席を譲ろうとするカルロスに軽く片手を挙げて制止しつつ、ダミアンは応接間を見回し低い声音で問う。

部屋の片隅に寄ったウィリーの腕からヒョイと抱き上げられ、ユーリは再びシャルの腕に戻されたが、同僚には特に意味のある行動でもなかったのか、下から見上げても何も表情に変化が見受けられない。


「実はね、とても急を要する問題が発生したのよ」


ベアトリスはテーブルの上に両肘を突き、重ねた手の甲の上に顎を乗せ、召集に応じた『保安管理メンバー』とやらを目線のみで見回す。どう見ても、長老格という連盟の中核を担う存在に更にウィリーが交じっているのは違和感を伴うのだが、彼はやはり将来の連盟を背負って立つ人材なのだろうか。


「その問題とやらの核心を早く話してくれないか、ベアトリス?」

「そうね、端的に言うわ。

カルロスが結婚するの」


焦れたように促すクリストバル代表に、ベアトリスは本当に短い一言で答えた。途端に、集った人々は物々しい緊張感から拍子抜けしたような、そんな空気が流れる。


「それは……おめでとう、カルロス」

「有り難うございます」

「確かにおめでたい話ですが、それでどうして緊急召集を?」


やや気が抜けたようではあるが、うっすらと微笑を浮かべてお祝いを口にするセラフィナに、カルロス本人も実感が湧いていないのかどこか人事のような雰囲気のまま、軽く頭を下げる。

ウィリーがキョトンとした表情でベアトリスに尋ねる傍ら、ダミアンはふと思案げにカルロスを注視しだした。


「のう、カルロス。

その結婚はいつ決まったもので、いつ式が執り行われるのじゃ?」

「決まったのは昨夜で、結婚式は三日後です……」

「三日後!?」

「ウソだろ、ちょっと待てよそれ!?」

「因みに、もう会場も見届け人の陛下のご予定も、押さえてあるそうです」


カルロスが日取りを答えると、途端に応接間は蜂の巣をつついたかのような騒ぎに包まれた。

更に付け加えられた一言に、クリストバル代表は天を仰ぐ。


「覆せれない……」

「ああ、無理だな」

「うむ。横槍を入れるのは難しいじゃろう」

「全ての元凶はパヴォド伯爵、あのタヌキの仕業よ……!」


ベアトリスが憎々しげにテーブルをドンッ! と拳で叩きつつ立ち上がり、乗っていたグラスが衝撃で微かにカタカタと揺れ動いた。


「実の祖母たるこのあたしを差し置いて、何の相談もなく独断専行で結婚式の準備を進めておくだなんて……!」

「いや、それよりもベアトリス。パヴォド伯爵がこうまで素早く、キーラを取り込もうと動いている事が問題だろう」

「そうじゃの。キーラの生活基盤については、我らと協議の上、安全性の高いものであるのか、検討を重ねねばならん」

「……婆さん、あのさ」


焦点が僅かにブレたまま白熱してゆく議論の最中、当の結婚式を三日後などと言い渡された本人が、おずおずと口を挟んだ。


「俺は、ずっと長いこと、シア……レディ・エステファニアと結婚するのが目標で夢だったんだ。

確かに急な話だし、閣下の都合に振り回されてるのかもしれんが……それでも、俺はシアとの結婚が許されたのが素直に嬉しい。だから婆さんにも、一緒に喜んでもらって祝って貰いたいと思ったんだが……ダメか?」


首を傾げ、祖母を見上げるカルロスの姿に、ベアトリスは「うっ!?」と、たじろいで怯んだように見えた。


「そ、そりゃ、カルロスが望んでるなら、あたしに否やは無いけど!

でもこう、もっと相手方の親類縁者に対する配慮というかね……?」

「面倒な準備や手回しは、全部閣下が引き受けて下さったって事じゃねえか。

第一、結婚するのは俺とシアなのに、婆さんの要望に添うような式じゃねえと不満なのか? 結婚式の主役は花嫁だろ?

むしろ、参列してくれるかどうかが重要だ」


出し抜かれたと嘆くベアトリスに、カルロスは冷静に要望を伝えた。それにこっくりと頷いた祖母。


「……あー、それで本題だが。君の新居は、いったいどこに構える予定なんだい?」

「そうさの。これまで通りパヴォド伯爵領の魔物が巣くう森の中、というのは、警備上の問題から考えても引っ越しが望ましかろう」

「……急な話できちんと考えていませんでしたが、確かに、シアと暮らすとなるとあの森の家では手狭でもありますし……」


主導権を取り戻したクリストバル代表がカルロスに確認を取っている傍らで、ベアトリスは何かに気が付いたようにハッと顔を上げた。


「つまり、今度こそカルロスのお祖母様であるこのあたし、ベルベティーのベアトリスの出番、って訳ね!」

「何か考えでもあるの、ベアトリス?」

「ふふん。あたしが亡き旦那から受け継いだバーデュロイにおける遺産は、この魔術師連盟本部の敷地だけじゃないのよ」


あっさり復活したベアトリスは、自慢げに人差し指を左右に振り振り、胸を張る。

殆ど難民状態で避難してきた連盟の人々が、当時どうやって王都の広い敷地を確保し本部の塔なんて建てたのか、疑問に思わないでもなかったが、どうやらベアトリスの亡き旦那様ことパヴォド伯爵家縁の人物、カミロ氏の個人的財産を一部提供していたらしい。


「結婚式の計画に参加出来ないなら、それはそれで仕方がないものね。

カルロス、あなたにあたしが使ってない王都の屋敷を一つ、結婚祝いにあげるわ」

「婆さん、太っ腹だな!」


もっと誉めなさい、と言わんばかりにそっくり返るベアトリスに、両手を叩いてはやし立てるカルロス。祖母と孫、仲が良さそうで何よりである。


「『使ってない屋敷』って……王都でも場所によって治安は段違いだし、そもそもカルロス先輩、屋敷の手入れとか管理の雇い人の宛てとか、大丈夫なのかな?」


ウィリーの呟きに、思わずユーリはこっくりと頷いていた。

どの程度の規模の屋敷かは知らないが、仮にも貴族が所有していた邸宅である。今日から掃除に通って、住めるようになるのは何日後だろうか?



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