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お付きを引き連れ殿下が自室へと戻られる、その背を見送る一同。


そこでユーリは、周囲を見回し大変な事に気が付いた。

ここは王太后陛下のお誕生日祝典会場の出入り口であり、つまりは招待客や、職務を果たすべく出入りを認められた人々しか、足を踏み入れてはならない場所である。

オマケにシャルの格好は、飛行を阻害しない為の照る照るルック。早い話、とてもではないがこの場には相応しく無い服装である。ドレスコードに引っ掛かって見咎められれば、面倒な事になりかねない。

ユーリはたふたふと肉球で同僚の腕を叩いて注意を引き、アティリオにまたぞろクドクドと叱りつけられる前に、早めにこの場を立ち去るよう小声で囁く。


「では、わたしもこれで下がります。失礼」

「ああっ、そんなユーリちゃん……!」

「ブラウ。お前は、少しばかり自重したらどうなんだ?」

「ことネコに関して、ボクは前のめりに攻める事しか頭に無いよ、アティ兄さん!」


ユーリの忠言を受け入れ、シャルはネコを抱きかかえたまま優雅に一礼し、サッサと踵を返すその背後では、ネコマニアが未練がましくユーリへと届かぬ腕を伸ばし、従兄弟から呆れた声を掛けられていた。

その心意気は敵ながら天晴れであるが、ユーリから言わせれば、その攻めの姿勢こそが当のネコ達から嫌われ疎まれ避けられる原因であろうと思われる。

休憩室へと向かう道すがら、廊下の曲がり角を曲がった辺りでユーリの耳には彼らの会話は完全に聞こえなくなった。


どうですか、シャルさん。

アティリオさん、シャルさんの服装に関して、主に文句を付けそうな雰囲気ですか?


ユーリには気配察知能力もなければ聴覚もごく平凡であるが、気配に聡く耳の良い同僚に念の為確認してみると、シャルは「どれ」と呟きながら足を止め、耳を澄ませる。


「……アルバレス様、ルティさん、それからレディ・コンスタンサの3人で話している内容から察するに、わたしの事まで意識が割かれていないようですね。殿下やみにゃーにゃの話題しかありません」


どうやらシャルにとって、ブラウはルティである、という認識でしか無いらしい。この同僚は相手の貴公子然とした服装や口調を考慮せず、平然と「ルティさん」などと呼び掛ける危険性があった事に、ユーリは初めて気が付いた。


シャルさん。さっきのルティさんはルティさんじゃありません。ナジュドラーダのブラウリオ公子です。


「……? ユーリさん、あれはマスターの連盟での後輩にあたるルティさんですよ。分からなかったんですか?」


えー、シャルさん。

ややこしい事に、ルティさんは時々変装して別人に成りすます事をお仕事にしておりまして、ああいった男装姿の時は『ブラウリオ』として接し、決して「ルティさん」とは呼び掛けないでやって下さい。内緒なので。


同僚はふーむと呟きながら、ユーリを抱え直した。


「ユーリさん。ルティさんはもともとオスですから、『男装』という表現は適切ではありません」


どうやらシャルにとって、『連盟の魔術師ルティは男』という認識はわざわざ探るまでもない分かりきった常識であり、これまで一々話したりせずにいたが為に、結果的に主人たるカルロスは後輩の真なる性別を長年全く理解していなかったようだ。

この辺、ご主人様が積極的にしもべの記憶を頻繁に垣間見ようとはしない事も、原因であろうと思われた。


シャルさん……私が思いますにシャルさんはもうちょっと、自分が収集した情報を主や私に適宜開示するべきだと思います。


「はあ、わたしは別に、そんな重要情報を集めて秘匿していたつもりは毛頭ありませんが」


シャルはユーリの頭を撫でくり回して、小首をカクンと傾げた。


「もしや、アルバレス侯爵夫妻があの3人に近付いてきていて、何やら話している会話を聞き流している現状が、ユーリさんからしてみると消極的隠蔽になるのですかねえ?」


ちょっ、アルバレス侯爵夫妻と言えば、パヴォド伯爵閣下の企み事に手を貸しているっぽいご夫婦じゃありませんか!

いったいどんな会話を!?


にゃーにゃーと騒ぎ立てるユーリを抱え、「ここでは距離が近く発見される危険があるので」と、更に現場からは離れ。

シャル的意訳による彼らの会話の流れをユーリがざっと掻い摘むと、こんな感じだ。


「お祖父様、先ほどのミニャーニャに我が家の使用人の姿が数多く見受けられましたが、あれはいったいどういう事ですか?」

「ほっほっほ。なかなかに楽しい出し物であったじゃろ?

練習を積み重ねてきた彼らには、特別謝礼を出さんといかんのう」

「お祖父様!」

「そう目くじらを立ててがならずとも聞こえておるわい。儂とてまだまだ耄碌しとらんでな」

「アティ、ブラウ。あなた達がカルロスさんよりも先に、わたくし達の下へ結婚したい令嬢がいると直談判に来てくれていたなら、実行権はわたくし達のものだったのに。残念だわ」

「……待って下さい、お祖母様? つまりそれは、パヴォド伯爵夫妻とアルバレス侯爵夫妻の共同計画による、プロポーズ大作戦という事ですか?

ボクやアティ兄さんが、ああやって歌って踊る大人数の中心に放り出されていたかもしれない、と?」

「もちろんじゃ。その時は流石に、パヴォド伯爵夫妻やグラシアノ殿が主導するのではなく、ミチェルを呼び出して、この老骨と歌って踊ってもらう予定であったがな」

「……お祖父様。今僕は、猛烈にカルロスにこう言いたい。

『率先して尖兵となり、後続部隊の命と名誉を死守してくれて有り難う』と……!」

「ほっほっほ」

「おほほほ」

「さぁてアティリオや、今のうちにお祖母様やレディ・コンスタンサとご一緒に、王太后陛下へご挨拶しておいで。レディ・コンスタンサ、儂の孫を頼みましたぞ」

「……! はい、有り難うございますアルバレス侯爵閣下!」


ここでアティリオやアルバレス侯爵夫人、レディ・コンスタンサはホールへと向かったらしい。


「お祖父様。いったい何をお考えなのです? やけにあっさり、レディ・コンスタンサを兄さんの婚約者としてお認めになられるような発言をなされて」

「ほっほっほ。好き嫌いで語るうちは、まだまだじゃな」

「レディ・コンスタンサへのボク個人の好悪ではなく……」

「アティの寿命は長い」

「お祖父様?」

「あれは頑固ではあるが、頑迷とまではいかん。熱血ではあるが、万事において詰めが甘い。その分、己の分を弁え他者の意を汲み尊重する事をさほど厭いはせん」

「兄さんはもとより、魔術師連盟という大貴族の令息としては異質な環境で育ちましたからね」

「儂が死した後も、アティは軽く百年、いや二百年以上は生きるじゃろう。

アルバレス侯爵の爵位をあれが預かるまま、その月日が積み重なっていけばどうなる?」

「それは……アティ兄さんの権力がより強固なものになるのでは?」

「さての。あれ個人へ力と人脈を集中させ、一門が腐敗し徐々に衰退してゆかんとは言い切れぬ。アティが権力を握るほどに、傘に着ようと地力を疎かにし、後進の育成を怠る者は後を絶つまい。

アティが強すぎる力を持つのも一門の敵を増やす事になろう。王室に姫が産まれる気配の無い今、レディ・コンスタンサはあれの独裁を阻む枷として機能しよう」

「……レディ・コンスタンサ本人は、ただアティ兄さんに好意を寄せているだけ、なようですが?」

「恋情に目が眩み、煉獄へ自ら進んで飛び込んでくる小娘など、珍しくもなかろう?

パヴォド伯爵家のレディ・エステファニアは利便性の高い娘じゃが、伯爵は突飛な奇策を好んで推し進める男じゃからな。下手に欲をかくのは賢明ではなかろうて」

「お祖父様……」

「薄氷を踏み抜くような真似は避けねばのう。

ほっほっほ。恐ろしい恐ろしい」


……というような会話が交わされていたらしいのだが、ユーリには今一つ理解出来なかった。シャル経由による伝言ゲーム状態の歪みを疑うところだ。


「それで、ユーリさん。彼らの会話から何か有力情報は得られましたか?」


ユーリを眼前に持ち上げて問い掛けてくるシャルに、ユーリはうーんと首を傾げた。


何となくアルバレス侯爵は、将来的にアティリオさんへ歪んだ形で権力と責任が集中するのは侯爵家の為にならない。それよりも、出来るだけ正常な形で世代交代や分散を行うのに現時点ではレディ・コンスタンサが好ましいので、レディ・コンスタンサにはせいぜい苦労して貰おうか、そんな想定通りの動きに落ち着いた、という印象を受けました。


「そうですか。阻まれる様子が無いのなら、良い事ではありませんか」


ブラウが反対している理由や煉獄、という表現が非常に引っ掛かるが、アルバレス侯爵の意図がいったいどこにあるのか、あの会話だけで読み取れる気はしない。


シャルは考え込むユーリをパヴォド伯爵家の休憩室に連れて行き、待機していたセリアに預けると、再びバルコニーに出て翼を生やすと、ひらりと飛び出していった。純白の翼を広げて空を舞うシャルを目撃するのは二度目とはいえ、セリアやイリス、ラウラは流石に彼の背中をあんぐりとした表情で見送る。

……今日の警備状況は、本当に大丈夫なのだろうか?


「2人とも、エストお嬢様の為のミニャーニャだと知っていて、わたしに隠していたの?」

「逆に聞くけど、セリアはエストお嬢様の婚約支援作戦だなんて、ご本人に隠し通しておけんの?」

「……」


気を取り直して詰め寄るセリアに、ラウラが冷静に問い返し、セリアは自らの生き様を振り返るように天井を仰いだ。


「それは無理ね!」

「ダメじゃん」


顎を引き、ビシッと片手を上げて請け負うセリアに、イリスが半眼で呟いたのだった。



開始直前にトラブルが……いや、サプライズ演出が行われた王太后陛下お誕生日祝典は、つつがなく進行し、閉幕したらしい。


いつもの笑顔で帰路に就いたパヴォド伯爵閣下は、ウキウキとはしゃく奥方様がエストお嬢様のところへ向かってしまい、手持ち無沙汰になったのでおいでと、ユーリを抱き上げた。そして家人に閣下の私室へと酒肴の用意を運ばせ、酌を断って彼らを下げ、チェアに深く腰掛けると膝の上にユーリを乗せ、手ずから酒杯に酒を注ぐ。

何しろ例のフラッシュモブに参加していたのは、この家の使用人達が大半だった。伯爵邸内へカルロスとエストお嬢様の婚約成立の報は既に駆け巡っており、館は夜間にも関わらず細やかに祝いの宴会が開かれている。

そんな邸内の喧騒からは少しばかり隔てられた、伯爵個人の私的なスペースでは笑い声もどこか遠い。テーブルの上に置かれた灯火が淡く照らし出す室内。その窓からは丸い月から降り注ぐ光が柔らかく差し込み、静かにネコの背をゆっくりと撫でながら杯を傾けるパヴォド伯爵。


主人へとテレパシーを繋いで確認を取ってみると、カルロスとシャルは今回はパヴォド伯爵邸へ招かれ、現在はグラと差し向かいで緊張の真っ直中にあるらしい。

主へは頑張れと声援を送っておきつつ、差し当たって現在、パヴォド伯爵が何を考えているのかである。

ユーリが閣下を見上げている様子に気が付かれたらしく、パヴォド伯爵は杯をコトリと置き、彼女の頭を撫でながら独り言のように囁いた。


「ユーリ、君はカルロスへ秘密を持つことは出来るかい?」


質問の意図が掴めず、「みー?」と小首を傾げるユーリへ、閣下はふふ、と笑みを零した。


「いやね? 以前、同じように『カルロスには内緒だよ?』と言い含めてシャルにとある秘密を打ち明けたら、彼はそれをあっさりカルロスに話してしまってね。

どうやら彼にとっては、私よりもカルロスの方が忠義を貫く対象として認識されているらしい」


……どうやらシャルは、偶然カルロスに心を読まれたというよりは自ら進んで報告に踏み切り、パヴォド伯爵から戒められようが主人へと黙秘する必要性を覚えなかったようだ。

いかにユーリが秘密を保とうと努力しても、必要となればカルロスに記憶を探られる立場である、と訴えたいのだが、如何せん現在のユーリはネコ姿である。


「どうやら私が言わないでいておくれとお願いすれば、ユーリの方はそう口が軽くはなさそうだね。

君へ明かす秘密はね、これだよ」


パヴォド伯爵はにっこり笑顔でそう呟くと、再びユーリを抱き上げて私室の壁に下げられていた緞帳の紐を引いた。

しゅるりと巻き上げられる幕の向こう、壁面に飾られていたのは一枚の肖像画だ。

描かれている人物は少年のようだが、薄暗くてよく分からない。


「驚くかと思ったのに、随分静かだね、ユーリ。ああ、暗くてよく見えないのかな?」


パヴォド伯爵はそう言うと、机の上の手燭を持ち上げて、肖像画の前に翳した。

描かれていたのは、栗色の髪と緑色の瞳を持つシャルだった。恐らく、現在よりも15年ほど幼くしたら、こんな雰囲気の少年になるのではないだろうか?

どうしてパヴォド伯爵の部屋に、麗々しく少年期のシャルの肖像画など飾っているのだろうかと疑問を込めて「みー?」と、閣下を見上げてみると、彼はうんうんと頷いた。


「この絵のモデルとなった彼の名は『カミロ・ケイネス・パヴォド』、八代前のパヴォド伯爵の兄君だよ」


……どうやら、シャルの少年期の肖像画ではなかったらしい。という事は、ユーリの主はシャルの人間バージョンのモデルに、この肖像画を参考にしたのだろうか?


「彼は家を飛び出し、探検家として名を馳せた人物でね。何よりも我が家の例の家訓を定める切欠となった人物だったんだ」


ほう……あの、伴侶は自力で口説き落とせなヘンテコ家訓の元凶は、この方なのですか。


パヴォド伯爵は手燭を元通り机に置いて緞帳の紐を引っ張り、肖像画は元通り幕の向こうに隠された。

そして閣下はチェアに腰掛け、ユーリを机の上に乗せるとおつまみのチーズを差し出してくるので、有り難く頂戴する。


「少年の頃、『フレイセ』を鑑賞した私は同一であろうと考えた。そして隣国から逃亡してきたカルロスの瞳を見た私は、仮定した。

確信を持ったのは、この絵をカルロスへは見せていないと言うのに、シャルが人間にあの顔を持って変身した姿を見た時、だね。

紛れもなく、カルロスはベルベティーの末裔に違いあるまい、と」


もごもご、とチーズを咀嚼するユーリの背を撫で、パヴォド伯爵はクックッと小さく笑う。


「かつて絶大な力を誇り地上を支配した一族の末裔。エストは本当に上手くやってくれたものだ。

王太后陛下から公に認められた今、私やカルロスが変死でも遂げれば王室の顔に泥を塗った輩を草の根分けてでも探し出すだろう。下手な手出しはしにくい。

なあ、そう思わないか? 黒砂のお嬢さん」


パヴォド伯爵は不意に天井へと声を投げ掛け、ややあって天井から細い女性の声が降ってきた。


「……いつからあたしがここに居ると?」

「いや、八割方当てずっぽうだったのだがね?」


もご! と、驚きから喉にチーズを詰まらせかけるユーリをよそに、姿を現さぬままの女性と、パヴォド伯爵は平然と会話を続ける。


「穏健派寄りの君としては、戦端が開かれるよりは現状の方がマシなのだろう?

その為ならば相方だろうが平然と罠に掛けて見殺しに出来るとは、女性とは恐ろしいものだね」

「パヴォド伯爵。あなたは何故、あたしの正体を勘付いていながら敢えて泳がせるような真似をしているの?」

「それは君と同じだよ。戦争は好ましくない。演技力は君には及ばないが、平和を愛する心は私の方が強いと自負している」

「……嘘ばっかり……」

「ああ、それから。君をさっさと捕らえない理由だがね?

まず、ユーリを助けてくれた事に感謝しているからだ。

そしてもう一つ、エストは君を、誰もが絶賛する完璧な花嫁として嫁ぎ先に送り出す事を楽しみにしているからだよ」

「……いつか、後悔する羽目になっても知らないから」

「どうせ絶えない毒矢なら、巨大な楯を翳すまで」


そろそろ爺やが気付きそうだからもう行きなさい、と促し、しばらくしてパヴォド伯爵はユーリの喉を擽り、例の目だけは笑っていない冷たい笑みを浮かべた。


「どうせ縛り付けるのならば、本人の意志に反して頭ごなしかつ強引に強制するよりは、どれほど多くの時間を費やしてでも、自らの本意であると思考を誘導する方が反発は少ない上に、自らそちらへと動いてゆく。

実に幸せな話だ。そう思うだろう、ユーリ?

だから今夜の話はエストとカルロスの幸せの為、絶対に内緒だよ?」


パヴォド伯爵の冗談か真実か分からない打ち明け話に、ユーリは力無く「みー」とだけ鳴いた。



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