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レディ・コンスタンサの意向により、お茶をご一緒する事となった。

場所は、魔術師連盟本部の塔最上階、そのフロアを丸々使ったティールーム。壁は太い柱と大きなガラス張りで、よく晴れた今日は恐ろしく視界が良い。王都どころか王城の偉容さえ眺める事が出来、透明なガラス越しに眺める大自然の景観はまるで一幅の絵画のようだ。

真夏だというのに、窓際のティーテーブルを囲んでいても、ガラスから差し込む日差しに余計な熱気や眩しさを感じないのは、特別加工でもしてあるのだろうか。


このティールームは、王都住まいの平民はもちろん、連盟に所属する一般の術者も利用お断りの、いわゆる『連盟側が敵に回したくない、気を遣って接待すべき方々 (金持ち・有力者・高位身分)』に寛いで頂く為のVIPルームである。

ご来賓と談合する為の会議室もまた、別にあるらしい。

当然のようにレディ・コンスタンサもこのティールームを利用している辺り、彼女の背後には無視出来ない権力か何かがあるのだろう。


「今日のお茶菓子は何かしら?」

「季節のフルーツを使用したムースケーキでございます」

「まあ、彩りも綺麗ね。美味しそう」

「自信を持ってお勧め出来る逸品であると、調理師共々自負しております」


ティールームには専任の給仕さんがいらっしゃるらしい。

お茶だけはレディなりの拘りでもあるのか、付き添いのメイドさんに淹れてくれるよう頼んだが、給仕さんが用意した茶菓子のケーキに、レディ・コンスタンサは朗らかに感心してみせている。


「……ヤバい、おれ、緊張してきた……味分かるかな……」

「ウィリーだって将来的には連盟の看板背負って、こういうお偉いさんとの会食やお茶会も経験するんだから、慣れないと」


丸いティーテーブルを囲んでいるのは、レディ・コンスタンサとアティリオ、ユーリ、ウィリーの4人。どちらかというと私的なお茶の場であっても、レディの付き添いメイドさんは同席しないようだ。

いや、アティリオと同席している時点で、レディ・コンスタンサにとっては即ち一つのミスも許されない戦場であるかもしれない。


「わたくし、何もウィルフレドに無理強いしたりは致しませんから、どうぞ楽になさって?」

「は、はい。なにぶん、未熟な身ですので不作法があるかもしれませんが、ご容赦下さい」

「わたくしの印象では、あなたは年若くとも芯のしっかりした人に思えますわ」

「あ、ありがとうございます。光栄です」


給仕さんがケーキを切り分けている間に、レディ・コンスタンサの微笑みを見つめていたウィリーは、少しばかり緊張が和らいだようだ。

アティリオが絡まないのなら、レディ・コンスタンサは貴族女性としては大変寛容である。そう、アティリオが無関係なままであれば。

更にもう一度、アティリオ氏が彼女の視界や思考に入ってきていないのであれば。


「ピアの淹れてくれたお茶はとても美味ですの。是非、美しい水色と絶妙な風味、そして味わいをご堪能下さいませ、アティリオ様」

「有り難うございます。頂きます」


アティリオにレディご自慢のメイドさんの特技をアピールし、彼が感心したように感嘆の吐息と共に美味しいと表情を綻ばせると、まるで我が事のように頬を染めて内心大いに喜んでいらっしゃるらしきご令嬢。

……まるで年端のいかない少女のような、初々しいお姿である。

そしてユーリの舌には残念ながら、淹れたて熱々のお茶の場合、フーフーと吹き冷まさない事には火傷せず美味しく飲めない。


「わあ……お茶って、淹れる人が上手いとこんなに違うんですね」


アティリオやウィリーから賞賛の眼差しを浴び、微笑みながら軽く会釈をするレディ・コンスタンサのメイドのお嬢さん、彼女の名前はピアさんというらしい。

そんなほわっとした空気の中、粗雑さ品の悪さが出ない程度に、懸命にお茶の温度を冷ますユーリ。猫舌の悲しい現実である。


「それで、レディ・コンスタンサ。今日はティカやウィリーに、何か相談したい事でもあったのですか?」


世話焼き気質のせいか、アティリオは社交に不慣れなユーリやウィリーに会話の主導を任せず、お茶を頂くテーブルが気まずくならないよう、自ら話題を振ったり参加者が会話に入りやすくなるよう、努めるつもりらしい。

しかし、レディ・コンスタンサのユーリやウィリーに相談したい内容とはつまり、アティリオの事しか無いであろうに、それを当の本人に面と向かって何をどう言うつもりなのであろうか。


「……アティリオ様、実は」


レディは一旦口を閉ざし、どういう切り口や言葉が相応しくあるか、逡巡するようにテーブルに着いた一同を見回した。


「わたくしの父が、わたくしをワイティオールの家から追い出し、グラシアノに押し付けたがっていたのはご存知ですわよね?」

「レディ・コンスタンサが、パヴォド伯爵家のグラシアノ殿と縁付くのでは、と、社交界でも何年前からか噂が出ておりましたが……グラシアノ殿は先日、伯爵家の家訓を成し遂げたと聞き及んでおります」


レディの問いにアティリオが慎重に答え、1人、パヴォド伯爵家の内情に明るくなく、話題の内容もよく理解出来ないウィリーに、ユーリは小声でパヴォド伯爵家ヘンテコ家訓について、軽く解説しておいた。


「……パヴォド伯爵閣下からも、ワイティオール侯爵はかねてよりレディ・コンスタンサをグラシアノ様へ嫁がせるおつもりであると。

ですが、今となってはそれは、既にたち消えたお話なのでは?」

「ええ、グラシアノが自らの道を定めた事を喜びこそすれ、彼を責めるのは筋違いというものですわ。

第一、本当にわたくしをグラシアノの下へ嫁がせたいのであれば、もっと早くに話を纏めておくのが当主たる者の義務でしょうに……相手から婚姻の申し入れがあるのを、ただただ漫然と待っていただけの身でありながら、なんたる傲慢」


ユーリがパヴォド伯爵の話を思い返しながら確認を取ると、レディは憤然と口調に怒りを潜ませ、ティーカップをソーサに置いた。


「……ええと、纏めると、こういう事ですか、レディ?

パヴォド伯爵家のグラシアノ様が、家訓をこなすのに時間が掛かったから、レディは社交界デビューを済ませていても決まった婚約者もおらず、父侯爵閣下はレディをグラシアノ様に嫁がせようと思っていた。

だけど、最近になってグラシアノ様が家訓をやり遂げた? ので、レディとグラシアノ様が結婚しなくてはならない義務は無くなった。父侯爵様は、それをお怒りだ、と」

「そう、そうなのですわ」


事情に明るくないなりに、話の主旨を懸命に汲んだウィリーが纏めると、レディ・コンスタンサは心持ち強く頷いた。


「18になるわたくしが未婚のままであるのは、我が家の恥だなどと、父は勘違いも甚だしい叱責を寄越すのです。

わたくしに言わせれば、嫁いでおらぬ女性が恥だなどと不必要に矜持を貶めようとする狭量な当主こそが、我が家の恥以外の何者でもありませんわ」

「レディ・コンスタンサ、そのご意見には共感致しますが、私や友人がレディの窮地にどういったお力になれるのか、見当もつかないのですが……」


ようやく適温にぬるまったお茶を飲み、(おお、本当に美味しい!)などと感心している間に、話の雲行きが怪しさを増してきたので、ユーリは心苦しくも無理なお願いは叶えられないと匂わせておく。

ユーリにはワイティオール侯爵とは面識も無いし、パヴォド伯爵閣下の伝手を当てにされても、所詮は下っ端であるユーリに出来る事は限られている。

隣で友人もコクコクと頷き同意を示している。


「あら、あなた方には、既に十分わたくしの力になって頂きましたわ」


しかし、レディ・コンスタンサはにっこりとユーリとウィリーに微笑み、そして傍らへと視線を流した。

つられてユーリも彼女の視線の先を追うと、微妙に眉をしかめたアティリオが、ケーキを飲み込んだところだった。その難しい表情決して、茶菓子が気に入らなかったからではないだろう。


「アティリオ様、アティリオ様は王太后陛下の誕生日祝典には、どういったお召し物を?」

「……レディ・コンスタンサ、あなたは本気なのですか?」

「ええ、もちろん。

わたくしは平静な思考力や判断力を失った父に従い、人生を棒に振りたくはありません。

父が大急ぎで見繕った不穏な噂の多い方にではなく、アティリオ様にエスコートして頂きたいのですわ。

それとも、もう既にどなたかお約束した方がいらっしゃいますの?」

「いいえ、そういったレディはおりませんので、いつも通り従姉妹か母と赴くつもりで……」

「それならば、わたくしをエスコートして下さいませ。

さあ、わたくしは当日に何色のドレスを着ていけばよろしいのかしら?」


やや渋り気味のアティリオに、強気でグイグイと押しにいくレディ・コンスタンサ。何という直球な方なのだろうか。


「なあ、ティー。

パーティーにレディお一人で参加するのはあんまり褒められた行為じゃないから、事前に男性にエスコートを頼むのって、貴族の社交場じゃあ普通だよな?」

「うん、そうだね。

少なくとも、私が知る限りの今までの社交場では、うちのエストお嬢様は兄君グラシアノ様にエスコートして頂くのが普通だった」

「……レディの窮地だっていうのに、アティリオ先輩は何であんなに困惑してるんだろな?」

「さあ……?」


普段のアティリオのお節介焼き性分から考えると、危ない輩にレディ・コンスタンサを任せる訳にはいかないと、友人としての責任感や義憤、義侠心を多大に発揮して、むしろ自分からエスコート役を買ってでそうなものである。


「誤解の無いよう断っておきますが、アティリオ様。グラシアノが『卒業認定』を受けたなら、例えこのような事態に陥っておらずとも、わたくしは真っ先にあなたに王太后陛下の誕生日祝典でエスコートして頂きたいと、お願いに上がると心に決めておりましたわ」

「あなたの熱意はよく分かりました、レディ。

僕のどこをそうまでお気に召して下さったのか、些か理解が追い付いておりませんが……

レディにこうまで口にされて、無碍に出来るような人でなしにはなりたくありません」


ティーカップをひとまずソーサに乗せ、ケーキフォークでムースケーキを一欠片突き刺す。

やや、事態の推移についていけず、頭上に疑問符が舞っているユーリやウィリーに懇切丁寧に説明出来るほどの余裕はまだ無いのか、レディ・コンスタンサとアティリオは彼らだけで話を纏めたらしい。

アティリオは掛けていたイスから立ち上がると、レディ・コンスタンサの傍らに片膝をついて跪き、レディへと片手を差し出した。


「ワイティオール侯爵令嬢、コンスタンサ・グロリア・クルス。

僕、アルバレス家のアティリオ・ミュゼラは、あなたへ求婚を申し入れます。

どうかこの願いをお受け頂き、あなたへ唯一の名を捧げる許しを頂きたい。麗しのグレス」


予想外の台詞に固まっているユーリとウィリーをよそに、レディ・コンスタンサはパアッと表情を輝かせ、アティリオの差し出す手を取った。


「ええ、お受け致しますわ。わたくしがあなたへ捧げる名はミレイ。永久にあることを願います」

「有り難う、お互いの家の当主から許可を頂くのは難題かもしれませんが……一緒に頑張りましょう、グレス」

「はい!」


どうやら、あれがバーデュロイでの正しいマナーに則った愛称授受のやり取りであるようだ。


ユーリの目には唐突な急展開であり、フォークの先端部分を口にくわえた姿勢でムースが舌の上で蕩けるままに任せ、彼らのやり取りを前に殆ど思考停止状態でしばし固まっていたのが、我に返ると慌ててフォークを皿に置いてパチパチと拍手をした。

それにつられたように、隣席のウィリーやレディの背後に控えていたピア、そしてティールームに待機していた給仕さんからも、惜しみない拍手が沸き起こる。


「おめでとうございます、レディ・コンスタンサ」

「おめでとうございます」

「有り難う、ティカ、ウィルフレド。諦めないでいて、本当に良かった……」


何がどうして婚約の運びになったのはよく分かっていないながらも、祝いの言葉は欠かせないと、祝福するユーリに振り向いたレディは、涙ぐんでいらっしゃった。


「……それでえーと、どういう展開で求婚の決意に至ったのか、おれにはさっぱり分からないんですが、アティリオ先輩。

先輩は以前から、レディ・コンスタンサを想っていらしたんですか?」


レディ・コンスタンサと、彼女の傍らに立ち上がったアティリオの間を見比べたウィリーが、先輩の方が質問しやすいと結論付けたのか、恐る恐る事態の詳細を求めて口を挟んだ。


「え?

……ああ、そうか。上流階級の暗黙の了解なんて、一般にはあまり知られてないよね。

我が国において、王太后陛下の誕生日祝典は他の社交パーティーとは一線を画している、というか……参加者の意識が異なるんだ」

「と、言いますと?」


王太后陛下のお誕生日祝典、どこかで聞いたような気がするなあと、記憶を探りながらユーリは先を促した。


「そうだな、どう言ったら良いかな……

ええと、つまり。家族や夫婦、もしくは縁戚関係以外の男女がその祝典へ共に参加するというのは、『我々は特別な関係である』と、公の場で宣言するようなものなんだ。

つまり、僕がレディ・コンスタンサ……グレスをエスコートして祝典に参加したら、家の思惑はともあれ、僕とグレスは結婚を前提に交際していると、そういう決意表明になって、僕らの仲が王太后陛下から祝福されたらもう婚姻許可は下りたも同然で、例え大貴族の当主であっても王族の顔に泥を塗るような真似はしにくくて、決定を覆すのは難しい」


アティリオの説明にユーリはう~むと考え込み、次いで両手を叩いた。

つまり、王太后陛下のお誕生日祝典でエスコートして欲しいと頼んでいたレディ・コンスタンサは、先ほどから熱烈にアティリオへプロポーズしていたのだ、という事になる。


「じゃあ、王太后陛下は下手に貴族間の厄介事に首を突っ込まない為にも、若いカップルに絶対に声が掛けられないんじゃ……」

「そもそも正式に婚約が整った貴族は、王家に届け出ますわ。

けれど、王太后陛下からの祝福を最後の頼みの綱とばかりに、お声掛けを願う若者達は毎年後を絶ちませんの」


高貴な方のお誕生日祝典で、社交界に集う方々の間では結婚を賭けた大一番となるとは、上流階級の習慣とはよく分からないものである。


「そうそう、グレス。当日の衣装は僕があなたに合わせますよ。前々から祝典の日に纏うドレスを準備していたのでしょう?」

「ええ、わたくしは今年も紫色のドレスを」

「お嬢様」


ピアがスッと、懐から取り出した包みを開くと、薄い紫色の布地が現れた。


「まあ、ピア。これは、祝典用にとわたくしが誂えたドレスと、同じ生地ではなくて?」

「はい。余った生地で、共布としてタイとハンカチーフをお嬢様付きメイド一同、こっそり作らせて頂いておりました。

きっと祝典前に、アティリオ様へお渡し出来ると信じて」

「有り難う、ピア。使わせて貰うよ」

「どうか、お嬢様をよろしくお願い致します」


深々と頭を下げるピアに、包みを受け取ったアティリオは頷きを返す。


「ピア、ピア、有り難う、皆、大好きよ」


レディ・コンスタンサは感極まったように、自らに仕えてくれていたメイドであるピアに抱き付く。

ふとユーリが隣を見てみると、吸収したクォンの記憶を失っていても感じるものがあるのか、それとも本人の気質故か、ウィリーもまた涙ぐんでいた。

ユーリは目を伏せ、この世界の誰も知らない、海の底で微笑む幻の花嫁をしばし偲んだ。



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