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ベアトリスの私室を出たユーリとウィリーは、示し合わせた訳でもないのにどちらからともなく顔を見合わせた。


「……って、もっとすげーもんかと思ってたけど……なんか、話を聞けば聞くほど厄介な事ばかりな気がする」


あまり人に知られない方が良い、との師のお達しを律儀に守っているらしく、『キーラ』という単語は敢えて省き、ウィリーは溜め息を吐いた。


「そう? 予想していたよりもよほど自由だし、今日は連盟のお偉方から強制的に見合いでも仕組まれるのかと思ってたけど、今のところそんな話もこないし。

私は、かなり楽させてもらってる気がする」

「いや、流石にティーに見合いは早いだろ」

「心構えは早い方が良いでしょ」


何というか連盟の長老格の方々は、ユーリを幽閉してしまえばそれが最善だ、と考えている方が過半数を占めている気がするので、無茶ぶりをしてくる予感がひしひしとする。

要するに、今はまだ『ジェッセニアのキーラの婿候補』の選定に手間取っているだけで、そのうちやってくる気がするのだ。ダミアン長老やセラフィナ長老お勧めの、護衛という名の押し掛け旦那候補が。


ユーリとしては、ジェッセニアのキーラを次世代に引き継ぐ為の道具として、強制的に子供を作らされる、という未来は出来れば拒否したいところである。

後継者として選択可能な近親血族とは、刷り込まれた知識によるとだいたい第四親等辺りが限界のようだ。カノン方式ではなく、ローマ方式の方で。両親は第一親等で、兄弟姉妹は親を経由する為第二親等、従兄弟になると第四親等。

つまり、キーラと同じDNAをより多く受け継いでいなくては、継承させられないのだろう。将来、野々村が自分の子にジェッセニアのキーラを寄越せ、と言い出す危険が無いのは結構な話だが、ユーリが次世代にキーラを譲る為には、自分で自分の子供を産まなくてはならない。


……でも、シャルさんって天狼さんだしなあ……


種族の隔たりを考えるに、ユーリとシャルの間に将来子供が生まれるとは、全く思えない。きっと、誰であろうとそう言うであろう。

連盟長老様方に『シャルさんが好きなので、お見合いしたくないです』などと言おうものなら、世界の為だとか大義名分を掲げて、無理やり子供を作らされそうで非常に嫌だ。


やっぱりアレかなあ。最終的には、私の魂ごと主に引き継いでもらいますので、って周囲を説得して独身を貫くのかな。

道のりは険しそうだ……


本日、パヴォド伯爵邸での仕事仲間の皆様へは、ユーリは先生役のウィリーに連れられ魔術師連盟本部の塔にて、午後はみっちりと授業を受ける、という事になっている。

パヴォド伯爵やゴンサレス氏と、魔術師連盟の上層部にてどんな話し合いが設けられたのかは定かではないが、ユーリは表向き『バーデュロイの常識や習慣を重点的に学ぶ為、教育係と共に勉学の時間を多く取る』という事になったらしい。

その話を聞いたイリスやラウラが、行儀見習いの身でありながら……と難色を示すのではなく、むしろすんなりと納得した辺り、無性に虚しくなる。


まあそんな訳で、ユーリは朝から晩までメイド修行に明け暮れる日々から、比較的時間的な余裕が生まれる生活サイクルに切り替わったのである。


「ティー、今日はこの後どうする?」

「ウィリーの時間的都合がつくなら、良ければ授業をお願いします先生。因みに私の一般常識レベルは、流通している貨幣の種類を学んだばかりで、物価がさっぱり分かりません」

「え……」

「更に言うと王都の地理にも疎くて、1人ではパヴォド伯爵邸にも帰還出来ないと予想されます」

「な……」

「常識習慣全て異なる異世界出身者の無知ぶり、かなり偏った知識を持ち合わせていると予想されます、ウィリー先生」


ビシッと敬礼しながら自棄気味に白状するユーリに、フワフワ浮き上がりエレベーターを作動させたウィリーは、ガックリと肩を落とした。


「……ティーは全然違う常識の所から来たんだもんなあ……取り敢えず図書室に降りるから、そこで参考書になりそうな本、選ぼうか」

「イエッサー」


本部の塔、二階をぐるりと占める図書室エリア。

そこに降り立ったユーリとウィリーは、学院時代にウィリーも使っていたという各科目の教科書や歴史書などの参考書を手に、閲覧スペースに置いてある四名掛けテーブルを一つ占拠し、司書さんに頼み込んで筆記具を借り受け、早速授業に入った。


「んー、ティーには計算や国語をおれが教える必要って無いな。カルロス先輩から習ったのか?」

「元の世界では学生だったので。こちらの言葉や読み書きは、主から強制的に刷り込まれましたね」

「……そういやそっか。

って事は、おれが教えるのは一般常識と一般常識と一般常識と、非常事態危機的状況からの脱出と、後は歴史とカルロス先輩が知らない外国語、かな」

「何故、一般常識指導をそんなに念押しアピールするんですか、センセー……」


真顔で今後の指導内容について説明してくれるウィリーに、ユーリが恐る恐る尋ねると、彼は声に出さぬまま、ただ『分かるだろ?』と言いたげに真顔のまま彼女の顔を見返してきた。

それほどユーリはバーデュロイにおいて非常識の塊であるのだろうかと、しばし自答自問してみるが、答えは出ない。


今日は座学という事で、バーデュロイにおける身分制度やその階級における人々の暮らしや仕事についてウィリーのお話を拝聴していたユーリだったが、閲覧スペースと中央の吹き抜け空間を挟んで反対側の対面に当たる階段を上ってくる人影に、思わず視線が奪われた。


「ティー、どうした?」

「あれ。階段上がってくる方」


ユーリの視線が、ウィリーを通り越して背後に向いている事に気が付いたウィリーが、訝しげに瞬き、イスに腰掛けた体勢のまま上半身を捻って背後を振り向いた。

優雅に螺旋階段を上ってくるのは、今日も今日とて日中お出掛け用のドレスを纏ったレディ・コンスタンサ。


「こうも足繁く連盟の図書室に通われるだなんて……その熱意には脱帽だなあ」

「あのレディ、よほど本がお好きなんだな」


ユーリが感心して頷くと、ウィリーはややとんちんかんな感想を抱く。そしてユーリの方に向き直った彼は、驚いたように目を見開いた。


「違うよウィリー、あれは明らかにアティリオさん目当て……」

「僕がどうかした?」


友人の見当違いな感想に訂正を入れようとしたところ、ユーリの背後から噂の主の声がして、図書室だというのに危うく大声で悲鳴を上げるところであった。

問題の善意の悪魔は、今日も不必要な善意を振り撒くおつもりであるのか、いつの間にか佇んでいらした背後から移動して空いていたユーリの隣のイスに腰掛ける。


「アティリオ先輩、いったいいつの間に?」

「調べ物をしてたら、ティカとウィルフレドが上階から降りてくるのが見えて。念の為に、近くで警備してたら僕の名前が聞こえた気がしたから、用でもあるのかと」


断言しよう。

ユーリには、苦手というか居心地が悪いというか、ぶっちゃけ会わずに済むならそれが一番な相手に分類されるアティリオに、用事など無い。彼が悪人ではない事は重々承知しているし、むしろ親切心の塊のような相手である事も、よく分かっている。

だが、それはそれ。これはこれ、なのである

むしろ、アティリオ祖父に目を付けられないようにする為にも、なるべく関わらないでおいた方が良いと。ユーリの身の安全というか保身の為、そしてアティリオ自身も要らない義務をいたずらに背負わされぬ為にも、遠ざかっておくべきではないだろうか。


「それで、ティカはウィルフレドからお勉強を教わっているんだね?」

「はい……」


どうやら、アティリオの方は秘密がバレたというか、知らないフリを貫いていたというネタばらしをした際の気まずさをとうに克服したらしく、以前と同じような態度で接してくる。むしろ遠慮がなくなった分、よりグイグイと押し付けがましく、振り撒いて下さらなくとも一向に構わない善意善行準備スタンバイオーケーというか。ユーリは思わず、イスに座ったまま腰が引けてずりずりとイスの端に寄り、少しでも距離を稼ぐ。

どうせ座るなら、ユーリではなく後輩の隣のイスに座って欲しいものである。


「あら?」


どっか行け、などと失礼な物言いは出来ないしなあ、と悩んでいる間に、階段を上がって二階フロアをぐるりと見渡したレディが、実に目敏く想い人の姿を発見したようだった。元々、彼女の目的はそれなのだから、目敏いも何も当然かもしれないが。

優雅さを損なわない早歩きでホールを回り込んできたレディ・コンスタンサは、閲覧スペースの傍らで扇を開き、口元に翳したまま声を掛けてきた。


「ご機嫌よう、アティリオ様。

ここで会えただなんて、嬉しい偶然ですわね」


声はイキイキと弾み、扇で隠しきれていない頬は上気し、レディ・コンスタンサは偶然の出会いを非常にお喜びになっているようだった。心なしか、彼女が連れているメイドさんも嬉しそうに見える。

そして、恋に焦がれるレディ・コンスタンサには、恐らく慌ててイスから立ち上がって会釈をするユーリとウィリーの存在は、まだ意識と視界に入っていない。

アティリオは立ち上がってテーブルを回り込み、ローブ姿のままレディ・コンスタンサの足下に跪き、彼女が差し出す扇を持っていない方の手をそっと取った。


「ご機嫌麗しゅう、レディ・コンスタンサ。今日の偶然に感謝致します」


そう言って、レディの手の甲に軽く口付ける挨拶を至極当然のようにこなすアティリオは、やっぱり根っからのお貴族様なのだな~と納得がいくほど、実に自然体である。あれをユーリもやれ、と言われたら、照れて狼狽える自信があった。


「今日はお仕事ですの、アティリオ様?」

「はい、いえ、仕事と言えば仕事なのですが……」


目を輝かせつつ、アティリオと語らいたいと言外にアピールするご令嬢。彼女の真意に気が付いていないのか、それとも分かっていてはぐらかしているのか不明な高貴魔術師様は、曖昧に言葉を濁して背後のテーブルをチラリと見やった。

恐らくアティリオとしては社交よりも、見たところ護衛らしい護衛はウィリーのみしか側に居ないキーラの警護の方が、心理的な優先順位が高いのだろう。


……止めろ! とっても嫌な予感がするからこちらを巻き込むな!


そう言って拒絶出来たら楽なのに、アティリオには何の落ち度も無い上に結果から見るとユーリは彼から『危険がないよう、周辺を気に掛けて頂いている』立場である。

恩義を感じこそすれ、拒否反応を起こすとはこの恩知らずめ、と眉を顰められても致し方が無いが、紛れもないユーリの本音であるし、アティリオが近くにいるせいで巻き起こる面倒事、それについて警告を受けたばかりで警戒心が否が応でも高まる。


「あら、ティカと……魔術師ウィルフレド、ご機嫌よう。

お元気そうね」


アティリオの視線の先を追って、レディ・コンスタンサの目に遂にこちらの姿が映ってしまったらしい。

知覚されていない間に、彼らが立ち去ってくれないかなぁ、などという期待は、やはり望み薄であったようだ。

例え、アティリオとの2人きり空間に水を差す存在であっても、レディには華やかな眼差しと美しい声に全くトゲが無い。人間が出来ているのか、アティリオと偶然遭遇出来たお陰ではしゃぎ過ぎたと、令嬢としての慎みが足りないと自らを戒めたのか。


「ご機嫌麗しゅう、レディ・コンスタンサ。お姿の拝見叶い、望外の喜びにございます」

「ご、ごきげんうる、わしゅう。レディもお元気そうで、良かったです」


お客様をお出迎えした時の教育を一応受けてはいるのだが、咄嗟に口から出てきたのがやや場違いで畏まり過ぎな感のある口上のユーリと、ご令嬢と接する際の心構えをさして教えられていないらしきウィリーによる、どこかちぐはぐな挨拶に、レディ・コンスタンサはふふっと笑みを零した。

そしてテーブルの上に広げられた勉強用の書籍や筆記具に目をやり、コンス嬢は納得したように「ああ」と小さく呟いた。


「アティリオ様、あなたの今日のお仕事というのは、ティカへのご指南ですの?

……パヴォド伯爵家は、時折魔術師連盟の方から教育係を派遣して頂きますものね」


教師役はアティリオではなく、ウィリーの方だという真実をこのご令嬢に正直に打ち明けたら、要らぬ敵意を向けられてしまう気がする。

だが、ここでそうだと簡単にバレる嘘をついて凌いで、後から苦慮する事態に陥っても困る。

お貴族様同士の会話に平民が割って入るのは、人によっては手打ちにされかねない失礼な行為 (さっき受けたウィリーの身分制度授業内容より)であるが、レディ・コンスタンサはどちらかと言うと差別意識が薄く大器なお方だ。魔術師連盟という場所柄を考慮して、貴族と平民の分を掲げて断罪なさったりはしないだろう。


「いいえ。

私の先生役はこちらのウィルフレドで、アティリオ様はバディであるウィルフレドの初授業が上手く進むかどうか、影ながら見守って下さっていたのです」

「まあ、アティリオ様はお優しいけれど、心配症なのね。

アティリオ様とはそんなに仲がよろしいの? 魔術師ウィルフレド」


今回も、遠慮なく友人を生贄にして危機を脱するユーリ。

大らかなレディは平民が会話に混ざった程度ではさして問題視せず、むしろ積極的にウィリーからの情報収集の機会を活用している。

一方、レディからふんわりと微笑まれつつ話し掛けられた友人の方は、緊張からかしゃちほこばっている。


「は、はいっ。いつもとてもお世話になっていて、親しくさせて頂いておりますっ」

「僕が一方的に面倒を見ている訳じゃなくて、バディならお互い様だろう、ウィルフレド」


ウィリーの返答やアティリオの柔らかな反応に、やっぱり冗談でも気のせいでもなくレディの眼差しが今日もキランと輝く。


あれは……間違い無い、ターゲットロックオンだ。

将の前に射抜く馬として相応しいと、ウィリーはレディ・コンスタンサから認定を受けた!?


「ねえ、ティカ。

わたくし、先日『今度お時間がある時に、お茶に付き合って』と、約束してありましたわよね?」

「はい。今日はお使いではないので、時間に余裕がございます」

「そう、それは嬉しいわ。早速参りましょう。

もちろん、アティリオ様とウィルフレドも、ご一緒して下さいますわよね?」


扇の向こうで華やかに微笑むご令嬢の前に、無条件降伏するユーリを満足げに見やり、レディ・コンスタンサは有無を言わせぬ態度でお茶の席に男性陣も招いたのである。



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