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カルロスの部屋の前でがっくり肩を落としているユーリであるが、自分の部屋に戻ってしまえば良いではないか、という至極真っ当な意見は通用しない。

何故ならば、魔法使いカルロスの自宅兼仕事場に、ユーリ個人の部屋は存在しないからだ。


ユーリの生活は、夜に眠る際は、ネコ姿にされて二階にあるカルロスの部屋のベッドで就寝。

朝、人間の姿に戻って一階の物置に仕舞い込まれた服か、主の部屋のクローゼットの奥から、主人が少年の頃に着ていた洋服を引っ張り出してお着替えしてお仕事。

ご飯やお風呂は基本的に人間の姿。


そしてまた夜になればネコ姿にさせられ、カルロスの手によって主の自室へと運ばれる、というサイクル。

つまり、今までなんだかんだとご主人様の傍らで添い寝するのが当たり前となってしまっていたせいか、ユーリの為の寝室が存在しないのだ。


改めて考えてみると、私は自分の部屋を要求してみるべきなのかもしれません……!


そもそも、毎朝の着替えのたびにカルロスを部屋から追い出したりしていた時点で、気が付くべきであったのかもしれない。

仮に、「私の部屋下さい」と言っていたとしても、この家には空き部屋が存在しないので要求が通るかどうかは難しいのかもしれないが。


無い物ねだりしていても始まらないので、今はとにかく今宵の寝床の確保だ。

またあのしんどい階段を駆け下りて、一階のソファで丸くなるか。それとも、当てつけのように主の部屋の真正面の廊下で寝るか。

後者を選択した暁には、明日の朝、足元のユーリに気が付かずにカルロスに踏みつけられる、というオチが待っていそうで却下だ。


えーん、結局また下りるんですかー? 今夜の私はいったい何をしているんでしょう?


ふみー、と嘆き悲しみつつトボトボと階段へ向かって歩き出そうとしていたユーリに、


「夜だというのに、さっきから騒がしいですねユーリさん」


どこからかシャルの声が聞こえてきた。

きょときょとと周囲を見回しつつ廊下の曲がり角を曲がってみると、カルロスの自室と書斎のドアはきっちりと閉じられていたのだが、シャルの自室のドアはかなり大きく開きっぱなしになっていた。


ごめんなさい、シャルさん。

ひょっとして起こしちゃいました?


角の向こうから差し込む魔法の光によって薄暗い廊下から覗き込んでみても、明かりの灯っていない真っ暗な室内の様子はさっぱり分からない。

辛うじて、窓の鎧戸はそのまま開け放してあると判別がつくぐらいだ。


「いいえ、まだ眠ってはいませんでしたから。

さてはユーリさん、今夜はマスターから閉め出されたんですか?」


クックックッと、低い笑い声が暗がりから響いてくる。

ちょっぴりムッとしてしまうような言われようであるが、確かに今の状況はそうと言えなくもない。

だがそんな風に揶揄されてしまうと、(起きていたのなら、階段で苦戦しているところを助けてくれても良いのに)と、内心拗ねた感情が湧いてきてしまう。


そうですよ。シャルさん、私、今夜はこちらにお邪魔しても良いですか?


「わたしの部屋に、ですか?

さて、どうしましょうかね……」


少しばかり思案するように沈黙したシャルは、「ああ、そういえば」と呟いた。


「夕食の前に、あなたとお約束していましたね。『後でお話しましょう』と」


う……? そ、そうでしたね。


えー、お説教とかされちゃうのー? と、シャルのプライベート空間への入室を遠慮したくなってしまうユーリだったが、


「怯えて泣き叫んだり、半狂乱になって暴れたり、醜い罵り言葉を吐き捨てたりしない自信がおありでしたら、どうぞお入り下さい」


シャルからそんな謎の招待を受けた。

一体全体、自分はこれからどういった類の説教を受ける羽目になるのかと、恐々としつつ同僚の自室へと足を踏み入れる。

以前、この部屋をお掃除させて頂いた際、室内の家具は壁際のタンスのみで、後は部屋中央にシャルのベッド代わりだという寝藁が敷かれているのみであった。

だから、暗さに慣れない目で適当に歩いたとしても、今のように早く夜の闇に慣れてしまうべく目を閉じたまま歩いても、何かにぶつかる心配はない。


シャルさん……どこですか?


「こちらですよ。ああ、そこから藁にぶつかってしまいますので、お気をつけて」


一歩一歩、シャルの声を頼りに目を閉じたまま部屋の中央へ向かってヨタヨタと歩みを進ていたユーリは、敷かれていた藁に半分もがきつつ、そろそろ良いだろうかとパチリと両目を開いた。

開かれた窓の向こう、空に浮かび上がるのは黒い天幕を爪で引っ掻いたかのような三日月。

闇に慣れてきた目は、廊下と窓から差してくる淡い光源のみでも、室内の様子を鮮明に浮かび上がらせる。


飾り気は皆無で素っ気ない室内に、月光を反射し、夜闇には白くも見える細かな輝きを放つ銀色の毛を持つ生き物が、ユーリのすぐそばに寝そべって……


……え……?


ユーリは一瞬、見慣れたシャルの銀髪なのかと思った。そこにはシャルが居ると、頭から思い込んでいたのだから。

それは、のそりと身を起こして四肢を伸ばして立ち上がり、月明かりを背に口の両端を持ち上げた。鋭く尖った牙が、やけにギラリと光る。


しゃ、シャルさん……どこ、ですか……?


クックックッと、先ほども聞こえてきたシャルの笑い声が、目の前の獣から漏れ出る。


「あなたの目の前にいるでしょう?」


鋭い牙を持つ口が動き、そこから耳慣れたシャルの声がする。

見事な銀色の毛皮に被われた、見上げる程の巨大な体躯。

引き裂き、食い千切る為の鋭く頑丈な爪と牙を持ち。

バサリ、と、まるで天使を思わせる純白の大きな翼が部屋いっぱいに広がる。

それは、大地と天空を駆ける獣。


あ、主……シャルさんのこのお姿はどう見ても、イヌじゃなくて狼ですーっ!?


今頃はぐーすか寝入っているであろうご主人様へ向かって、思わずユーリは全力で突っ込みを入れていた。

イヌ科イヌ属、シルバーウルフ、翼付き、だろうか。

ユーリを小柄な子ネコにするのだから、てっきり彼女の主は小動物を好むのだとばかり思っていた。だからきっと、シャルのイヌバージョンも、小型犬なのだろうと。

だがしかし、今ユーリの瞳に映るその姿は。


……て、天狼、って感じですねシャルさん。


「なかなか良さそうなネーミングですね」


そんなユーリの感想に、シャルは大きな翼をバサリと羽ばたかせてみせた。

その動きによって生じた突風に、軽い子ネコの体はコロンと転がってしまう。


シャルの自室には何故家具が全然無いのか、どうしてベッドではなくてわざわざ寝藁が敷いてあるのか……ユーリがずっと疑問に思っていた点は、嫌でも理解出来た。

こんなに大きな体の狼では、人間用のベッドは狭苦しくて不快であろうし、室内に細々とした家具が配置されていては、翼を思う存分広げられまい。


こちらの世界の狼は、今のシャルさんのようなお姿なんですか?


吹き飛ばされてしまった藁の上へと再びもがいて乗り、ユーリはシャルの足元へと近寄って首を傾げる。

シャルは藁の上へと寝そべり、全開に広げていた翼を少し畳んで小さく背中に纏めた。


「さあ……そんな話は聞いた事がありませんね。

一度として同族にお目にかかった事はありませんし、匂いを嗅ぎつけた事もありませんから」


……はい? え、同族?


「わたしは生まれつきこの姿で、人間の形の方がマスターに頂いた姿ですよ」


そう言って、シャルは唇の両端を持ち上げて牙を剥き出しにした笑みを浮かべる。


ゾクリとユーリの背筋を駆け上がっていく恐怖は、恐らく本能的なもの。

何故、シャルの笑顔が時折恐ろしいのか。彼女は不意に悟った。

目の前の巨大な獣は、ユーリのような脆弱な生命体と比べるのもおこがましいほどに強大な。生き物を追い詰め狩って食らいつく事が当然の、獰猛さや凶暴さを併せ持つ、肉食獣であるからだ……



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