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昼日中では、美しさが半減してしまう花火があちらこちらで咲き乱れている。

単なる火炎放射ではなく、まるで四方八方から浴びせかけられているかのような、轟々と空中へと燃え上がる炎の乱舞。空中に可燃物があるのだろうか。炎と一緒に、可燃性のガスか何かを吐き出していそうだ。

煽られ、熱せられ、チリチリと焼け焦げていくかのような灼熱地獄の真っ只中を全速力で飛行していく同僚の背にしがみついているユーリは、奥歯を噛み締めて必死で耐え抜いていた。


「熱っ、暑っ、燃えるーっ」

「安心して下さいユーリさん。もうすぐ到着しますよー」


シャルは力強く翼を羽ばたかせ、行く手を左右から立ち塞がる炎の波のようなそこへ、全速力で突っ込んだ。


「必殺、強突風!」


同僚は謎の短い技名を叫び、それに応じてか周囲を吹き荒れていた暴風は前方の炎へと殺到した。それはシャルの背後から吹き荒ぶ追い風となり、飛翔速度を加速させると同時に、過度の酸素の供給が、前方の炎の波を高津波と化すほどに強化させる結果となった!


「おや、火がかき消えない?」

「アホかあああああ!?」

「ユーリさん、息を止めていて下さいね。強行突破します」


まさか炎の中へと突っ込む気か!? と、焦るユーリは、上方からグンッと全身を押し潰すようにして掛けられた重圧に、慌てて両目を閉じて唇を引き結び、更に同僚の背中へとこれ以上無いほどに引っ付いた。エレベーターに乗っている時に散々体感した事のある、急上昇による加圧。ただでさえ高津波と化した炎の壁を、この同僚は正気を疑いたくなる事に飛び越える気だ。

追いすがる魔物の咆哮、前方から吹き付けてくる熱風に肌がチリチリとする。口を開けていたら、喉の粘膜をやられかねない。


「シャルさん、天狼さんの意地を今こそ見せる時だーっ!」


相変わらず勝手に零れるユーリの心境はともかく、同僚は熱い炎の壁を全速力で飛び越えたらしい。

熱波が和らいだ辺りで目を開くと、周囲にはゴツゴツとした岩肌がむき出しになっていたはずの霊峰は、うっすらと白く薄化粧を纏い始めていた。山に降り積もった冷気よりも、太陽の光が雪に反射して照り返す熱の方が暑い。

背後へチラッと視線を送ってみても、縄張りに侵入してきたシャルに炎を吐きかけ、しつこく追い回してきた魔物の姿はもう見えない。奴の縄張り範囲外に出たのだろう。


「さあ、最大の難所は越えたようですから、一気に攻めますよ」

「頑張れシャルさん」


振り仰いだ頂きは遥か遠く、雲の向こうに隠されている。

バサバサと翼を羽ばたかせ、シャルは山頂を目指して天に挑んだ。


ぐんぐんと高度が上昇していき、雪の上を吹き荒ぶ強風で徐々にユーリの体温が奪われていく。風が止むことは無く、ガチガチと凍えそうなのに、不思議と意識が持っていかれる事も、手足が凍傷になる事も無い。


――お前らクォンの外殻膜には、マレンジスの気候に耐える機能も備わってるから、夏場に毛皮の動物でいてもある程度の暑さなら耐えられる。冬場の雪原の中でも同じな。


いつか、何気なく尋ねた外殻膜の効力について、主が教えてくれた言葉がユーリの脳裏に蘇ってくる。

守られているのだ。今、例え主人が不覚を取り身動きが取れない状況下に置かれているとしても。

ユーリは、そしてシャルは、常にカルロスの庇護によってこの身を守られている。


「……絶対助ける」


カルロスが必要なのは、あの頭がおかしい野郎ではなく、ユーリやシャル……そして何より、エストの方なのだから。


「ところで、雪エリアに突入してから魔物が襲い掛かってきませんね? もしかして、上の方には魔物が居ないんでしょうか」

「そんな訳が無いでしょう」


周囲を見渡しながら、動くモノ一つ見当たらない光景にユーリが疑問を抱くと、シャルがすかさず否定してきた。


「この辺りの雪に溶け込んだ瘴気濃度は、相当濃密なようですよ。大物の住処ですね。

小物は本能から、この付近に近付かないのでしょう」


視覚的に黒い粉だの煙だのの姿をしていないと、瘴気かどうかなど見分けがつかないユーリにはにわかに信じがたいが、住み心地の良い土地に強者が居座るのは世の摂理だ。


「大物に見付からないうちに、サッサと抜け出しますよ」


周囲の風景からでは似たような場所ばかりで移動速度は判然とし難いが、吹き付けてくる風の強さから判断するに、シャルはここにきて尚も加速し、雲を貫き大空を駆け上がっていく。

冷たさに身を縮こまるしか出来ないユーリをその背に乗せたまま、遂にシャルは霊峰の頂きに君臨する魔王城へと迫ったのである。


「凄い、あれがハイネベルダ宮殿……」


あまりにも高所に建てられた城であるせいか、城壁のような高い壁は見当たらない。パッと見た限りでは城に立て籠もっての防衛戦を、恐らく全く考えていない造りだ。

石材は白く、屋根は鮮やかな蒼で塗り分けられている。遠目からでは何階建てかも分からないほど窓が幾つも見え、また天守のような塔が一方向から眺めざっと数えただけで六つもある。

ユーリの故郷、地球でロマンチックな城、と言えば思い浮かべるノイシュヴァンシュタイン城が、最も近い雰囲気だろうか。


「こんな高い場所に、よくもまあ」

「……バーデュロイ各地の城とは、趣が異なりますね」


こんな時だというのに、感嘆の溜め息が漏れてしまう。

だが、あまりにも美しいその城の姿に、ユーリはややあって首を捻った。


「ねえ、シャルさん」

「何ですかユーリさん」

「このお城って、瘴気がばんばん溢れ出てる大元のハズですよね」

「ええ、そう言われていましたね」

「……じゃあ何で、あのハイネベルダ宮殿はどこにも破壊された跡やら融け始めた様子が見当たらないんでしょう?」

「それはやはり、あの城には瘴気が存在しないからではないですか? ここまで全く臭ってきませんし」

「どういう事でしょう……」


かつて、ベアトリスから聞いた話を思い出してみる。


――レデュハベス山脈が王城に相応しいから、かつてのデュアレックス王国の人々はそこに城を建てたのではないの。そこに蓋をするように、封じ込める為に建てられたのよ。


「……もしかして、あの綺麗な城そのものが異界の門を封じている蓋、って事でしょうか」


封じ込めているのに、蓋が先に壊れて中身が溢れ出てきては意味が無い。つまり、あの城は瘴気への耐性が非常に高い素材だか魔術だかが使われている、と見るべきか。

そうなれば、あの城の中へと攫われたと予測されるカルロスの身もまた、瘴気による障害は心配しなくても良さそうだ。その点だけは、素直に安堵した。


日の光を浴びて輝くハイネベルダ宮殿へと接近し、着陸に適した場所を探してしばらく上空から偵察飛行していたシャルは、建物からは少し距離が離れた、真っ白い地面へと降り立つ事に決めたようだ。迫り来るその地を見下ろしたユーリの目には、着陸予定の白い地面が、風に煽られ波打っているように見えた。そしてふわりと香る、鼻をくすぐる甘い芳香。


「あれは……」


シャルが舞い降りたその場所は、一面に咲き乱れる白い百合が揺れる花畑だった。

宮殿に背を向けて彼方を見やれば、端は柵すら無い断崖絶壁にでもなっているのか、白百合の海の向こうは白雲の海に染め変えられ、境目は溶けるように混じり合い、まるで雲の上に浮かんでいるかのよう。

シャルの背からポテン、と転がり落ちたユーリが深呼吸をしても、爽やかな甘さが肺を満たし、雪降り積もる山岳や雲を突き抜けた時の寒さは微塵も感じない。


「ここが……ハイネベルダ宮殿が誇る、他に類を見ない絶景……空中庭園」


振り返ればそこには、純白の百合の絨毯の向こう、シンデレラ城を思わせる壮麗な宮殿が、優雅にそびえる。


「綺麗……」


今の状況も忘れ、純白の百合マルトリリーに囲まれて思わずうっとりと呟くユーリの傍らで、シャルはぐったりと身を伏せて呻いた。


「臭い……というか、匂いが強すぎて鼻がおかしくなりそうです……ああ、頭痛が」

「……相変わらず、便利なようでいて、思わぬところで大ダメージを受けますね、シャルさんのその耳鼻」


シャルの雰囲気クラッシャーぶりに、ユーリはうっとり気分に水を差され、釈然としない気持ちを抱えながらも立ち上がった。

長時間、シャルの背にしがみついていた身体は既に体力の限界に近いが、ここは一見美しく見えても敵地である。何が仕掛けられるか分かったものではないのだから、呑気に休んでいる暇など無い。


「シャルさん、ひとまず城の中に入ってみましょう」

「ええ」


周囲を警戒しつつ、ユーリとシャルはひとまず宮殿の方に歩を進めた。野々村がどう出てくるか分からない以上、シャルがダメージを受け続ける空中庭園に留まるのは危険が大きい。

荷物から水筒を出して水分補給をし、一応携えてきた水鉄砲をいつでも構えられるよう調整し直し、ズンズンと先を歩くシャルの後に続く。

自信満々に先導するところを見ると、シャルにはこの広そうな宮殿内部での、カルロスの居所が分かるのだろうか。


「シャルさん、どこへ向かっているんですか?」

「ひとまず匂いがマシになる場所です」


……カルロスの居場所を、屋外に居ながらにして把握する事までは出来ていなかったらしい。ただ単に、嫌なモノから遠ざかりたい一心で歩調に迷いがなかったようだ。


「先ほどから、ごちゃごちゃとうるさいですよ、ユーリさん」

「無茶言わんで下さい」


軽口を叩き合いながらも真っ直ぐ建物に向かい、見つけた大きなドアにユーリは慎重に耳を当てて中の物音を探る。特に何の異音も聞き取れない。

そっとドアを開き、室内に入ってみる。恐らくは高い尖塔真下の通用口のような場所だったのか、石造りの部屋には上へ向かう螺旋階段と、城の中心部の方角に備え付けられた扉が見えた。


「……悔しいけど確かに、こうしてるとリアルRPGっぽい」

「その、何ちゃらゲーム云々だと、ミチェルはどこに居るものなんですか?

いくら彼が変わっていても、迎えを寄越さないのならば、何のヒントも無く放置しておくとは思えないですが」


石組みの壁を叩いて螺旋階段を覗き込むユーリの背に、シャルが疑問を投げかけてきた。

ユーリとしても、きっとハイネベルダ宮殿に到着すれば野々村が盛大にトラップや嫌がらせを仕掛けてきて、遠いがこちらからも視認出来るような距離の高みから、嘲笑でも浴びせかけてくるに違いない。と踏んでいただけに、城内のこの人っ子一人見当たらない、かさりとも物音すら響かない沈黙は非常に不気味だ。


「えーと、大抵のRPGではですね、魔王は魔王城の奥にある玉座の間にデーンと座って待ってるもんです」


ゲーム中もふと思ったものだが、あれは、勇者が訪れるまで魔王は二十四時間延々待機しているのだろうか。ご苦労な話だ。


「なるほど。つまり、我々の方から玉座を探さないといけないんですね」

「ええ、城内探索してみましょう。敵は何を仕掛けてくるか分かりませんので、シャルさん慎重にお願いします」

「無論ですとも」


シャルはそう言って、スタスタと床への警戒心もへったくれも無く、頓着せずドアの方に歩み寄ると、イヌバージョンのまま器用にバーンと開け放った。


「しゃ、シャルさん言ってるそばから!?」

「ユーリさんは臆病がいき過ぎて、慎重どころか鈍重です。どうせこの向こうには何の気配もしませんよ」

「だからって、侵入者除けのトラップが仕掛けられていたらどーするんですか!」

「その時はその時です。罠は掛かって踏み潰す」

「……ダメだ、うちの天狼さん、ダンジョンアタックにはまるっきり向いてません……主、助けてー」

「ほら、早く玉座の間とやらを探しますよー」


たとたと、と、平然と歩を進める同僚が、首だけこちらに振り向いてユーリを促してくる。

ユーリはシャルの後について開け放たれたドアを通り、辺りを見回した。今度は廊下で、片側の屋外側の窓からは日の光がふんだんに差し込んできており、非常に明るい。

足下に敷かれた絨毯は毛氈だろうか。緋色に金の縁取りがされており、厚手のそれはフカフカとして足音を吸収する。

窓の反対側の壁には幾つかの扉があり、廊下を真っ直ぐ進んだ先の突き当たりには、やや大きめの扉があった。

早くも脳内マッピングが追い付くか不安になってくる。外観からでも、この宮殿の広大さはバーデュロイの王都ぐらいはありそうだったし。


「さて、どこに向かいましょうか。こちらのズラッと並んだ扉の向こうには、生き物の気配がしませんが」


セオリーとしては、不意打ちや挟み撃ちを避ける為に一部屋一部屋内部の様子を確認しつつ進むものだが、この天狼さんの危機察知能力を信用するならば、廊下に面した部屋に誰かが潜んでいる様子は無いらしい。


「えーと、取り敢えず、真っ直ぐ真っ直ぐ進んでみましょうか。なんかいかにも『この向こうで謁見するんだゼ』的な、過剰装飾で飾り立てられてるところに行き着くまで」


正門のようなところから城に入れたら良かったのだが、上空から眺めても無駄にデカくてどちら方向が正面玄関口なのか、いまいちよく分からなかったのだ。

長い廊下をひたすら突き進み、周囲の物音に耳を澄ませる。

けれど、静けさに包まれたここは、やはり何の気配もしない。この絨毯一つとっても豪華で美しい物であるにも関わらず、誰も居ないここは、まるでつい先ほどまで居た住人達が、一斉に姿を消したかのようだ。


「こうやってよくよく注意して観察してみると、変ですよね。

瘴気ブワッ異変が起こったのはだいたい百年前で、宮殿から住人が逃げ出してそれ以来ずっと放置されてた割には、マルトリリーはあんなにもたくさん綺麗に咲き誇っていましたし、絨毯が経年劣化しているようには見えませんし、どこもかしこも埃どころか塵一つ落ちていません」


城内に侵入するべく、ドアに耳を付けて室内の音を探った時も、屋外と接しているドアであるにも関わらず、砂埃など全く付着していなかった。


「ねえ、ユーリさん。

そもそもこの城の中に、瘴気が満ちていないのならば……わざわざここから住人が逃げ出す必要って、何かあるんですか?」

「え?」


約百年ほど前、この城でいったい何があったのかはユーリには分からない。

だが、全く人の気配がしないのだから、かつての住人は全て避難した後だとばかり思っていた。


麗しく、美しさと清廉さに満ちた城。

主人たるカルロスの姿は、未だ見付からない。



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