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閑話 ご主人様から見たわんことにゃんこ

 

風呂を使ってさっぱりし、帰宅が遅くなったせいか、嫌味のようにシャルが時間を掛け手間暇を掛けて作った、手の込んだ夕食を平らげたカルロスは、食後のお茶を飲みつつエストから渡された本を読んでいた。

想い人からの贈り物が本だなんて、そこはかとなくロマンチックな何かを期待した自分が甘かったのか。などと嘆くも、表紙を見て納得した。


流石はエスト。

俺の趣味をよく分かってるな。


贈られるとお互いが嬉しい物を選択出来る。そんな関係がある種、特別である事の証明なような気がしてくすぐったい。

エストの柔らかい微笑みが脳裏に蘇り、思わず熱い溜め息が漏れてしまう。

彼女はまだ子供だと、そう自分に言い聞かせても無駄で、気持ちが引き摺られていくのを抑えきれなくなったのは、いったいいつの頃からだっただろう。一目見たその日から、カルロスにとってエストは特別だったのかもしれない。


「マスター、1人でニヤついているところを申し訳ありませんが」

「誰が不審人物だ」


ご主人様はただ、可愛い少女の事を想っていただけであるというのに、しもべであるわんこはにべもない。というか、今のシャルは本当にイヌバージョンになっていた。


「急にそっちになって、どうしたんだシャル?」


思わず無意識のうちにフラフラと、床に寝そべったシャルの傍らに座り込み、その見事な毛並みの巨体に手を伸ばして撫で撫で撫で撫で。相変わらず極上の毛皮で触り心地が良い。イヌ万歳。

基本的に、ユーリの方は彼女自身が膜の操り方を把握していない事もあって、カルロスが意識的に人間とネコへの変化を転換させているが、シャルの方は仕事もあればその巨体などの弊害もあり(服着たままでは破ける)、本人の意志に任せている。


「別に。わたしは、夜はいつもこちらです」


カルロスの問い掛けに、シャルはふいっと鼻面を背けてそう答える。

シャルは、そちらの方が楽だからと、寝る際には自室でイヌバージョンになっている事を、カルロスとて知っていた。ただ、このわんこは滅多にその姿で家の中を歩き回ろうとはしないのだ。


カルロスがその体に抱き付いて背中を撫でまくっても、シャルは嫌がって離れようとする素振りも見せない。以前はそう、鬱陶しげにカルロスの事を尻尾でぺちぺち叩いてきたくせに。


「はっは~ん……なるほどな」

「……なんですか?」

「つまりお前は、ユーリにヤキモチか」


遠慮なくぐりぐり撫でつつ、カルロスは可愛いわんこを眺めてにやけていた。

このしもべが、最近やってきたユーリに対してビミョ~~な感覚を覚えている事を、ご主人様はきっちり把握していた。


子ネコ姿のユーリを可愛がりまくるカルロスに、わざと距離を取って素っ気なくしたり、ユーリに意地悪な悪戯を仕掛けたりと、実に可愛らしい捻くれっぷりだ。

対してユーリの方は素直過ぎるほどに素直で、『主、主、大好き!』と、全身で表現しつつ懐いてくる。

タイプの違う2匹とも可愛すぎる。普通、イヌとネコの性格って逆じゃね? とも思うが。


つまり、ユーリがただ今のんびりお風呂中な隙を狙って、ポッと出の新人にご主人様の寵愛を横取りされたと拗ねて、ちょっと離れたりしていたシャルがカルロスを独占しようとしてきた、と。つまりはそういう事らしい。

カルロスの言に、シャルはピクリと耳を反応させ、


「マスターは……」

「うん?」

「ユーリさんと性交なさらないのですか?」


そっぽを向きながらのシャルの問い掛けに、カルロスは思わず顔面をシャルの腹の辺りの毛皮に押し付けていた。

うっかり見事な銀色の毛を一本引っこ抜いてしまったが、気にした様子もなくわんこはご主人様をうっそりと眺めてくる。


「お前なあ……」


わんこのトンデモ発言に、なんだか頭が痛くなってきた。

なるほど、確かにユーリを子ネコ姿に変化させる事を好むとはいえ、本来のアレは一応人間の娘だ。

一緒に暮らしていて、ネコ姿限定とはいえ寝台に引き摺り込み、撫でまくって抱き締めまくっていれば、それは確かに差し障りがあるだろう。

だが、カルロスは声を大にして言いたい。


俺にとってユーリは、対・象・外!


で、あると。語弊の無いように言っておくが、向こうも迷わず同様の返答を返してくる。

仮に、エストとの事が全く無かったとしても。カルロスからしてみれば、考えている事が嫌でも筒抜けな相手に対して、恋愛感情など抱けるか? という基本的な疑問点がある。

特にユーリは他者に読まれないよう思考に壁を張り巡らせる、という技術を全く体得しておらず、カルロスへ向けて様々な思考や感情が垂れ流し状態だ。非常に手間のかかることに、ご主人様の方が意識的に壁を構築してやっているぐらいである。


だが、このやたらとデカいわんこにとっては、ユーリはまだ群れの一員として認めがたい存在であるらしい。

故に、シャルにとって群れのボスであるところのカルロスが、彼女と肉体的な交渉を持てば、ボスのハレム構成員だとかそういう位置に追いやって納得がいく、という事らしい。


『らしい』とか結論付けつつ、正直なところカルロスにはそこに至るまでのシャルの思考は意味不明だ。

例え考えている事や感情を読み取る事は可能でも、それらを導き出す知識や認識を知る事が出来ようとも、結局のところは自分とは違う他人。だから、わんことにゃんこの頭の中を自由に読み取れてようが、カルロスには同意しがたく頷きかねる感覚も多い。


だがなシャル。あのアホネコは、人に母親の面影とか重ねて懐いてきてるガキんちょだぞ?

そんなお子ちゃまとイタせってか。そりゃまず無理だろ。


見た目は幼くとも、肉体的にはあれでも一応年頃の娘であるし、思考回路そのものはいっそシャルよりもよほど知識も豊富で論理的、頭脳回転も早い。

だが、カルロスにとっては感情的に受けつけない相手でしかない。

人間の姿での彼女に、普通に触れる事には嫌悪感など全く覚えないが、『そういう意味』で触れたいとは思えない。例え真っ裸で目の前に現れても、男としての反応を覚えない自信がある。

そもそも、そういった目で見ている相手ならば、ネコの姿に変化させていようが毎晩のように添い寝などしない。


エストで想像したらすぐその気になるんだが……いや、今その手の事は考えるな、俺!


つまるところ、


「あのなあ、シャル。

俺がユーリを抱けるなら、お前の事も抱けるって事になるじゃねえか」


苦々しく告げられたカルロスの窘めるような答えに、シャルは不思議そうに首を傾げた。

そして、『じゃあ試しにちょっと想像してみましょう』とばかりに、モヤモヤと脳内で考え始めたのである。

にゃんこの考え事も突飛で面白いが、このわんこの考え事も、中々に笑えるものが多いので、カルロスは好奇心でシャルの思考を追跡してみた。

……が、すぐさま、しなきゃ良かったと後悔する羽目になった。


シャルがものは試しと想像してみたモヤモヤは、巨大なシャルにのし掛かられているカルロス、などという構図になっていた。傍目にはただペットに戯れつかれている飼い主、という光景でしかないが。


シャル……お前、想像力豊か過ぎんだろ。なんだその子細で詳細な想像図!

しかも俺が下か! ご主人様を組み敷くな!?

冗談半分の想像でさえ自分が上でしか考えられんとか、お前もしっかりオスだったんだな……


ユーリは基本的に考え事は言語主体で物事を考え、記憶の回想以外で脳内に具象化され映像が伴う事は滅多に無いし、今日見た『箒で空飛ぶ魔法使い』などは、子供の悪戯書きか? と聞きたくなるほど拙い想像図だったのだが。

シャルの方は反対に、具体的な想像図を鮮明に脳裏に思い描きながら考え込む事が多い。


「……マスターと合体、というのは……そもそもどうすれば良いのでしょう?」

「んなもん悩まんで良い!」


脳裏で散々、飼い主に戯れつくわんこというほのぼのな光景を思い描いた挙げ句、シャルは首を傾げてカルロスにそんな事を問うてきた。


「そうですね。わたし、マスターと子作りはしたくないです」

「俺だってしたかねえっ! さっきからそう言ってんだろうがっ!」


……シャルがこういった、ぽやっと間抜けな発言をかましてくるたびに、(もしかして俺は、こいつの育て方を間違えたか?)と、頭を抱えたくなるカルロスである。


と、シャルが不意に、耳をピクリと反応させて鼻面を上げた。

カルロスの耳にはさっぱり聞こえてなどこないが、このわんこはにゃんこがお風呂から上がったと判別がつくような、物音や独り言を聞きつけたようだ。

シャルはのっそりと四肢を伸ばし、立ち上がる。

カルロスがユーリの姿を、人間から子ネコの姿へと変わるよう、遠隔から念じると、


“ちょっ、主ーっ!?”


うるさいアホネコ。


にゃんこから抗議を訴えてくる思念が、脳裏に大絶叫状態で響いてくる。

シャルの方はその心の声が聞こえる訳ではないが、非難の鳴き声はしっかり耳に届いたらしい。鼻を鳴らしてふいっと踵を返し、階段の方へと歩みを進め……階段の左右の壁に横幅が合わずに引っ掛かった。


「シャルー、ちゃんと折り畳んでから上れよ? この家、お前には狭いんだからな」

「そのお言葉は聞き飽きました」

「何回忠告しても、お前がうっかり忘れちまうからだろうが」


毎度毎度、シャルは部屋でのびのびぶわっと広げるから、必ず一度は階段で引っ掛かるのだ。

見ている分には笑える光景ではあるが、あの巨体にこう何度も突撃をかまされた、我が家の階段脇の壁の強度が不安にもなる。そこだけちょっぴりへこんでるし。

一歩二歩、と、後退りし、丁寧に畳み直してから改めて階段を上っていく姿も、滅茶苦茶面白可愛い行動である。


シャルが自室へと引っ込んでしまうので、カルロスは自ら厨房へと足を運んで浅めの皿を出し、そこに冷やしておいたミルクを注いだ。


“主ーっ! 何故わざわざ私をまた、こっちの姿にするんですか!?”


その皿を手に食堂へと戻ると、タオルとピンクのリボンを口に銜えて引き摺ってきたにゃんこが、ぷりぷりと怒りを露わにしながらそんな思念を飛ばしてくる。


「まあ落ち着け。俺が拭いてやるから、取り敢えずミルクを舐めろ」


“ま、まさか、主はそれをしたいが為だけに、私をネコに……!?

ネコ好き、恐るべし……”


別にそんな事はないのだが、がっくりうなだれるにゃんこの姿は滅茶苦茶可愛い。

まさか正直に、「お前が夜に人間の姿だと、シャルからまた肉体関係を結ばないのかと聞かれて面倒だから」とは言いにくい。


生乾きのユーリの毛並みをタオルで拭って乾かしてやり、ミルクをちびちびと舐める彼女の首に、改めてリボンを結んでやる。エストからの贈り物だけあって、生地も染料も上等なものだ。


「じゃあ俺は部屋に戻って本を読むから、お前もそれ飲んだら寝ろよ」


ぐりぐりとユーリの頭を撫でてやってから、机の上に読みかけで置きっぱなしにしていた本を手に、カルロスは階段を上がって自室へと戻った。

机に向かって改めて表紙を開く。

気になっている項目は果たして書かれているのだろうかと、目次を流し読みしてみると、


「……あるじゃねえか」


その一文を指で辿りつつ、カルロスは思わずぽつりと呟いていた。

本はそのものズバリ、『ペットと暮らす楽しい生活』で、イヌとネコを一緒に飼う際の悩みや体験談なども載っていた。

それによると、今までは、のほほ~んと暮らしていても愛情独り占めだったイヌ。新たにライバルとしてネコが出現するまでは、従順で反抗することも吠えることも無かったが、ネコが来てから性格が多少変わったようだ、とか。


「我が家の状態そのものだな」


ユーリがそばに来そうになるとなるべく避けようとしたり、悪戯を仕掛けたりと、シャルは今までの従順で大人しい態度が一変して、ある意味『吠えたてている』と言えなくもない。


だが、ユーリはなにかと言うとシャルを気にしているし、シャルの方もユーリの存在を意識しまくっている。

ライバル心のような嫉妬めいた感情をユーリへと抱いている事に、シャル本人はあまり気が付いていないが、彼女の立てる物音や声に、常に耳を澄ませてその動向を探っているのが確たる証拠だろう。


まあ、取っ組み合いの喧嘩に発展しそうな気配がある訳じゃなし。

しばらくこのまま、あいつらの好きにさせておくか。


改めて一番最初の頁から最後にまで目を通し、内容を熟読したカルロスは、そう考えつつパタンと本を閉じた。



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